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猿喰はさみSS・イラスト2

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ダンゲロス俺の嫁より・猿喰はさみ

『ダンゲロス俺の嫁より・猿喰はさみ』


 通りかかりの花屋で購入した花は、紅い色をしていた。蟹の鋏のような花弁を、透明なビニールからのぞかせている。その花の名を店員に聞くべきだったと、後になってから思う。
 今はもう、きれいに片付けられた路地裏の一角。幾つかの花が添えられている。手にしていた紅い花束を、そこに置く。
 こういった追悼にふさわしい花というものが、よくわからなかった。そのため、適当に目についた花を選んでしまったが、大丈夫だっただろうか。
 友人が生きていたら、そんなどうでもいいこと気にするな。と笑ったかもしれない。

 行方不明になっていた友人・加藤が凄惨な姿で発見されたのが、この場所だった。
 加藤は私の同僚だ。希望崎学園で教師をしていた。
 彼が行方不明になったのが一週間前。柿でもぶつけられたかのような、打撲と血に染まった死体として発見されたのがその三日後。
 誘拐か、通り魔か。犯人は未だ見つかっていない。
「一体どうして……。」
 こんなことに。
 友人といっても、加藤と私は同僚であるという以外、大したつながりはない。それなのに、何かひっかかる。彼とは何かもっと、大事な……。

「はれれー?稲江先生じゃないですかぁー!」

 気の抜けた声。
 後ろを振り向くと、見知った顔の少女が立っていた。
「おや、猿喰くんか。」
 こんにちはー。とひょこひょこ近づいてくる。
 彼女は、希望崎学園の2年生。猿喰はさみだ。
 私は彼女の担任ではないが、非常勤で化学の授業を受け持っている。
 卓越したコミュ力をもち、クラスでもまとめ役を担う彼女のことは、いやでも記憶に残る。
「ん……。その子は?」
 はさみの後ろに、黒髪の白いコートを着た少女が、ニコニコと立っている。
「えへへ。お友達です。」
「どうもこんにちは。稲江先生。松永めしあと申します。」
「あ……。ああ。どうも……。ひ。ひいっ!?」

 どこかで見たような。いや、それどころか知り合いだったような……。
 いかん。考えると何故か、頭が割れそうになる。
 松永めしあと名乗ったその少女と目が合う。言い知れぬ威圧感。悪寒。体がガクガクと震えだす。気が遠くなる。なんだ。これは。なんだ。これは。
「あー……。えっとぉ、ごめんなさい。めしあ君はちょっと、コミュ力が高くって…。」
「コミュ……力……?」
「そうなんです。それでその……コミュ圧が制御しきれずに、会った人を気絶させちゃうことがあって。最近は訓練して、すこしーだけ制御できたと思うんですけどねぇ。」
「は……あ。」

 まだまだ訓練が必要だねー。と、はさみがめしあの頭を撫でる。
 コミュ力でここまでの威圧感を出せるものなのか。そもそもコミュ力とはなんなのか。
 疑問に思うより先に、とにかく彼女から離れたいという気持ちが先立つ。
「そ、そうか。私は用事があるから!これで!失礼するよ!じゃあな!」シュパッ!
 早足で二人から離れる。

 その後ろ姿を見つめる二人。
「あららー。行っちゃった。事件について、聞こうと思ったんだけどな。」
「う……うう……わたくしのせいでしょうか……?」
「よしよし。気にしなくていいよっ。ふふふ。さあ、次行こうか。楽しいねえ!」
 はさみは、ぴょんぴょんと飛び跳ねながらめしあに手を差し出す。
 めしあはその手を、嬉しそうに受け取った。


Ⅴ Ⅴ Ⅴ Ⅴ


○その少し前の出来事。

「めーしあくーーーーん!」
「ほわぁ……。」

 猿喰はさみが、松永めしあの体を揺する。
 はさみがめしあのコミュ圧制御の訓練を請け負うようになってから、
 めしあは、はさみの暮らす学生マンションに住み込みで暮らすようになった。
 人間嫌いのはさみも、めしあだけは特別だ。
 身長ははさみより上だが、心は幼い子供のようなめしあの事を、はさみは本気でかわいがっている。
「めぇ~~~~~。」
 めしあの飼っている仔羊のめえちゃんも一緒だ。
「さあ、起きるんだ。めしワトソン君。」
 めしあの耳元に近づき、真面目な低めの声で囁くはさみ。
「おはようございます……猿喰さん。」
「もう12時だよっもうっ」
 そう言いながら、はさみは歯ブラシとコップを手渡す。
 めしあは一日の大半を寝て過ごす。
「今日は事件の謎を追おうと思うんだ。めしワトスン君。」
「はわあ……。そうですか。しゃかしゃか。」
「もーーーーっ反応薄いなあ。ふふふっ。」
 そう言いながら、はさみは切ったリンゴとミルクを机に置く。
 もはや最近のめしあは、生活のほとんどの世話をはさみに任せきっている。

「事件って、何のことでしょうか?」
 リンゴをもごもごさせながら、めしあが尋ねる。
「さっきテレビでもやってたけど……。」
 それは、連続無差別誘拐殺人事件と呼ばれている。希望崎学園の教師以外にも、複数の会社員。浮浪者。自営業が殺害されている。
 その全てが、一度行方不明になりニ、三日後に死体となって発見されている点が特徴だ。

「被害者さん達とは自分もよくお話しをしていたからねえ。」
 というより、はさみは学園問わず、近所のほとんどの大人と会話をしたことがある。猿喰はさみはコミュ力使いだ。
「やっぱり気になるんだー。だから、自分たちで犯人を見つけようと思うの。」
「そうですかぁ。楽しそうですね。もごもご。」
 よくわからなかったが、めしあにとって世の中は楽しいことに満ちている。
「めしワトソンくーん。これは、真面目な捜査なんだぞ?」
「わかりました。うふふ。」

Ⅴ Ⅴ Ⅴ Ⅴ

「はーやっくでってこっい♪かっきのったねー♪」
 はさみが手拍子を立てて歌う。
 ポンッという音と共に、はさみの目の前に大きな絵本が現れる。
 はさみの魔人能力『はやくでてこいかきのたね(以下略)』だ。

 はさみにとって現在最も必要とする人物の情報が、その絵本に表示される。
 対象が魔人なら、その魔人能力の簡単な解説までされる便利な能力だが、
 8時間以内にその人物と仲良くならなければ、その人との縁は永遠に切れてしまうという。
 ただし、元から仲の良い人物ならば、その限りではない。

「ふむふむふむ……。」
 絵本は飛び出す絵本となっており、今は、かわいらしい男の子が泣きべそをかく姿が見えた。
「あー、この子知ってる。うちの近所の子だ。」
「あら、そうなのですか?」

Ⅴ Ⅴ Ⅴ Ⅴ

 その男の子は小学3年生くらいだろうか。
 民家が立ち並ぶ路地裏。
 人気のないアパートの階段に座っていたその子は、はさみの姿をみとめると駆け寄ってきた。
 手には携帯ゲーム機をもっている。
「やーこんちは!臼矢くん。」
「はさみのねーちゃんじゃん。何してんのさ。」
「んー、聞き込み調査っす!」
 ぴっしと、額に手を当てるはさみ。
「なにそれ。」
 臼矢と呼ばれた少年は、年の割に冷静な反応だ。
 ふと、はさみの後ろに立つ松永めしあの姿を見つける。
「なに……あれ。」
「んー?」

 にこにこと、嬉しそうにめしあが少年に近づく。
「『お久しぶり』です。臼矢さん。松永めしあと申します。」
「ど……どーも。」
 もちろん臼谷はめしあとの面識はない。会った記憶もない。しかし、めしあのコミュ力はそういった事柄にはとらわれない。

「臼矢くんこそ、何してんのさー。」
 はさみが聞き返す。
「いや、別に。ゲームしてただけだよ。」
「ふーん……?」
「な……なんだよ?」

 そこへいきなり、松永めしあが臼矢の体を引きよせ、抱きしめる。
「――――ぎゃああっ~~~!?」
「おおっと!めしあちゃん、だいたーん!?」
「~~~~~~~~!???」
「よいしょっと。」

 はさみが臼矢の体をめしあから引き離す。
「大丈夫……かな?臼矢君たら。めしあちゃんのコミュ力を直接受けて気絶しないなんて、やるじゃないかっ!なかなかのコミュ力だねー。」
「は……ああ。な、何だよいまのっ!?」
 その頬は赤く――染まらずに、むしろめしあのコミュ力に当てられて青ざめている。
「ごめんなさい、臼矢さん。なんだか元気が無いように見えたので。」

 めしあの観察は正しい。
 臼矢の元気の無い理由を、はさみはよく知っていた。
 臼矢の兄、栗矢は希望崎学園の1年生だ。
 コミュ力使いであるはさみも、彼とは会話をしたことがある。
 彼は、3ヶ月以上前から行方不明になっている。

 はさみは臼矢の持っているゲーム機に目をやる。
 彼はよく兄の栗矢とそのゲームで遊んでいた。

「そういえば臼矢君、外出歩いて大丈夫なの?」
「あ……最近元気だったんだけど、今ので気分悪くなったかも。」
 加えて、臼矢は身体が弱い。
 長い間一人で外を出歩くのは、臼矢にとってあまり良いことではない。
「うえ……。ちょっと薬飲まなきゃ。」
 臼矢はポケットから錠剤を取り出すと、水もなしに1粒飲み込んだ。
「あれれ、まだそれ飲んでるんだ。」
「ん。」
 臼矢の飲む錠剤の包装には『ウルワシ製薬』の文字が印刷されている。
 ウルワシ製薬の薬品は、世間的な評判は良いが、裏ではあまり良い噂を聞かない。
 変な副作用があるかもよ。と冗談めいて、はさみはよく臼矢に忠告しているが、それは半ば本気の忠告だった。
「これが無いと外でれないし。」
「んー……。そっか。」

 それからは、はさみの異能レベルのコミュ力を活用し、三人で臼矢の家までお邪魔することになった。はさみは得意のペーパークラフトで、一枚の紙から見事な五重塔をつくりあげ、臼矢にそれをプレゼントした。
 会話の途中で、はさみは臼矢から兄・栗矢に関する話を聞き出す。
 栗矢は希望崎学園に通っていることもあり、魔人だったらしい。
 はさみはその情報に驚いた。彼女は栗矢のことを人間だと思っていたからだ。
 どうやら栗矢は魔人にしては中2力が非常に低く、学園にも魔人として登録されていなかったらしい。

Ⅴ Ⅴ Ⅴ Ⅴ

「――それは、ようするに『SLG(弱能力者)』ってことだねっ。」
 栗矢と別れた帰り道。はさみは松永めしあにそう呟いた。
 日はもう暮れようとしている。空はオレンジと薄紫色のグラデーションに染まっていた。綿の雲は、その空の布に水滴を零したような、濃淡を加えた色を反映している。
「……そうですねぇ、臼矢さんのお話を聞いた限りでは、そんな感じでしたねぇ。」
 SLG。Short-Lived Glowの略称のそれは、魔人のなかでも比較的弱い能力を持つ者を指す。
 松永めしあのとぼしい記憶力によると、確か猿喰はさみの両親も、SLG指定能力者だったはずだ。

 そしてその両親も、臼矢の兄と同様、行方不明になっている。

 はさみは何か思うところがあるのだろうか。珍しく黙ったまま、顔を下に向け、何か考え込んでいる。


 やがてはさみは能力を発動した。
 はさみの目の前に現れた絵本を、はさみはじっと見つめる。先程と比べて、安心したような、落ち着いた表情を浮かべて。

 松永めしあは、それを優しく見守っていた。

Ⅴ Ⅴ Ⅴ Ⅴ

 猿喰はさみが魔人能力に目覚めたのは、両親を失い、祖父母の家で暮らすようになってからの事だった。
 はさみはその時から高いコミュ力を有していたが、その割によく一人で絵本を読むような、物静かな子だった。
 はさみの大好きな絵本は『猿蟹合戦』
 自分の名前に似ているという理由もあって、何度も何度もその絵本を読んだ。

 『猿蟹合戦』には色んなパターンがある。
 はさみの持っていた絵本は古いもので、悪い猿に渋柿をぶつけられたカニは死んでしまい、その子ガニ達がその復讐を行うという、シビアな内容だった。
 それでもそこに描かれたカニ達は可愛らしく、やがてはさみはその子達を何とか助けてあげたいと考えるようになった。
 絵本に白い紙を貼り付ける。
 クレヨンを取り出す。
 はさみは、新しい『お話』を、その上に……

Ⅴ Ⅴ Ⅴ Ⅴ

「あ、稲江センセーだっ!」
 私が教室に入ると、猿喰はさみがまっさきに反応する。
 例の事件で死んだ加藤は、物理の非常勤講師だった。私はその代わりだ。

「あれれ、どうして先生が来たんですか~?」
 言いにくいことを堂々と……。気のつかえる猿喰はさみにしては、珍しい。
 他の生徒が怪訝な顔をして猿喰はさみを見ていた。まあ、そうだろう。
 加藤が死んだこと。まさか、彼女がそれを知らないはずがない。

「………んん~~?」
 知らない……はずが。
「まさか、猿喰君……?」
 どうやら猿喰はさみは、本当に加藤の死を知らなかったらしい。
 いや、信じられないことに、加藤の存在自体を忘れていたようだ。

 児童文学研究会の教室は、手芸部のすぐ近くにあった。
 非常勤であり、学園に詳しくない私にも、あそこの恐ろしさはわかる。そのため、できるだけ近づかないようにしていた。
 猿喰はさみ。なかなか度胸のある子だ。彼女はこの児童文学研究会で、独りきりの活動をしているらしい。
 研究会の簡素な部屋には、はさみがとったであろう賞状や、美しいペーパークラフトなどが飾られていた。

「それじゃあ本当に、加藤のこと、忘れていたんだね?」
「え……ええっとぉー……。そういうことに、なり、ます。です。……はい。」
 手を膝で組み、もじもじと指を動かしている。
 曖昧に、視線を逸らしながら言いにくそうに話す仕草は、普段のコミュ力が高い彼女とはかけ離れていた。


「あの……、『縁』を切ったんだと思います。」


 何故加藤のことを忘れてしまったのか。その理由として、彼女はそう話してくれた。
「『縁』……?」
「はい。」
 はさみは私の目の前に、右手をハサミのかたちにしてかざした。
「コミュ技ってやつです。」
「コミュ……技?」
 聞いたことがない。
「自分は自分のコミュ力をつかって、人と人の間の『縁』を切れるんです。コミュ力ってのは要するに『人と人との関係性』を操る能力ですから」
 いきなり話が飛んだ。
「ほお……。それが君の魔人能力かい?」
「んっとー。コミュ力つかいってのは、みんな、魔人能力の他に――中には魔人能力と組み合わさっている人もいますけれど、それぞれ固有の『コミュ技』みたいなものを持っているんです。ですからこれは魔人能力じゃないんですね。」

「ちょきん。」
「ちょきん。」

「……?」
 はさみはハサミの形をした右手で、二回、宙を切る仕草をした。
「今ので、先生と松永めしあ君の『縁』を切りました。」
「…………? 松永めしあ……?」
「覚えていないですねー? 昨日自分と一緒に歩いていた女の子です。」
「猿喰君は……。昨日は一人だったと思うが……。いや、待てよ……誰かいたかな?」
「無理に思い出そうとしないほうがいいですよー。相手はめしあ君だし。また会えばすぐにお友だちになれます。あの子にとっては、『縁』があるかどうかなんて、大した問題じゃないんです。」
「はあ……。」

 彼女の『特技』が本当かどうかはわからない。考えても仕方がない。
 私はもう一つの疑問を投げかけてみることにした。
「それじゃあ、その特技を使って、猿喰君自身が加藤との『縁』を……?」
「ちょん切ったんでしょうねえ。そういうことになります。」
「一体どうして……?」
「ん~~~んんん~~。」
 はさみは天を見上げると、両手を糸巻きのように胸の前でぐるぐると回転させた。何かを思い出そうとしているようだ。
「わからないです。だって、『縁』を切っちゃったんだもん。」
 と舌を出して笑った。
「……。」
 なにか嫌なことがあったのかも。とはさみは笑いながら答えるが、あまり笑える話ではない。
「そうか……。わかった。ありがとう。」
 私は立ち上がる。
「これ以上聞いても仕方が無いみたいだからね。これにて失礼するよ。」
 何故だかわからないが、私は急速にこの話題に興味を失ってしまった。
「先生は、加藤さんのことが気になって、ここまで訊きにいらしたんですよね?」
 扉の前に立つ。私は後ろを振り返る。
「そうだね。たぶん。」
「それは、稲江先生と加藤さんがお友達だからですか?」
「いや、別にそういうわけじゃないよ。ただ、猿喰君の様子がおかしかったから、気になっただけさ。」
 なるほどー。自分のためだったんですね。とはさみが納得したように頷いた。

Ⅴ Ⅴ Ⅴ Ⅴ

 ぽつーーーーーーーん

 夕暮れでオレンジ色に染まっている、
 誰もいない教室で、松永めしあが一人、机に突っ伏して、すやすやと眠っていた。
「すーすー。すーすー。」
 彼女はいつも通り学校へやって来て、いつも通り適当な教室に入り、誰か『学校のお友達』がやってくるのを待っていた。
 だが、猿喰はさみが近くにいないめしあのコミュ力は強烈で、誰もその教室へ近づくことはできなかったらしい。
 めしあは初めニコニコと授業が始まるのを待っていたのだが、やがて眠くなり寝てしまっていた。

「おおっ!こんな所にいた!めっしあくーん!!」
 猿喰はさみが教室へやってきた。
「ささっ!帰ろうめしあ君!ヘイ!」
 はさみがめしあに抱きつき、その頭をくしゃくしゃと撫でる。
「ふわぁ~~。あ、猿喰さん。おはよう御座います。」
「もう下校時刻で御座いますよ。めしあ君。」
「そうですか。」
 ゴッ
 めしあは机に突っ伏してまた寝始めた。
「もーーーーっ。」


 二人が下校する頃には、辺りはすっかり暗くなっていた。
「めしあ君、今日の晩御飯なにがいいかな?」
「そうですねぇ……。またお林檎を頂ければと思います。」
「うはあ……めしあ君って、霞を食べてでも生きて行けそうだよね……。」
「?」

 二人がそんなとりとめのない話をしていると、
 眼の前に、2mはある大きな黒い影。
「…………。」
 暗くてよく見えないが、目が光っている。
「おや……。」
 はさみが気づく。

 それは、巨大な『日本猿』であった。
「ヴヴヴヴヴヴヴヴヴ……!」
 巨大猿は、二人の姿を睨みつけると、前かがみにゆっくりと、二人の周囲を旋回し始める。
「めしあ君……。これは……。」
「猿喰さん、下がっていて下さい。」
 松永めしあは珍しく真剣な顔をすると、はさみを庇うように前へと進みでた。
「ヴヴヴ ヴ ヴ ヴ ヴ ヴ ヴ……!!」
 その巨大猿は、めしあの姿を見ても動じる様子はない。

「ヴ ヴアア ア ア ア ア ア!!」
 襲いかかる獣。
 バチィッ!!
「ヴアアアアッ!?」
 めしあの手にしていた牧杖から雷めいた光線が発せられ、巨大猿に命中した。
 めしあの強烈なコミュ力が、物理的な衝撃を伴って獣を攻撃したのだ!
「ヴアアアアッ!!アアアアアッ……!!」
 巨大猿は叫び声をあげ、何と、煙のようにその場で掻き消えてしまった。
「また、現れましたね……。一体なんなのでしょうか、あれは。」
「ええーっ!めしあ君、今のお猿さんを何度も見たことあるの!?」
「はい……。その時は確か、猿喰さんも一緒に居たような気がするのですが……。」
「ええーっ!」
 というより、めしあがそこまでの記憶力をもっていることに対して、失礼ながらもはさみはちょっとだけ驚いた。

Ⅴ Ⅴ Ⅴ Ⅴ

「うーーん。どこいっちゃったんだろ。」
 臼矢が困った顔で、部屋を探しまわる。
「せっかくはさみのねーちゃんに、作ってもらったのになぁ。」
 昨日、はさみに作ってもらったはずの、紙でできた五十の塔が、いくら探しても見つからないのだ。
「臼矢、いい加減寝なさい。寝る前に薬飲むの、忘れないようにね。」
 母親に注意される。
 兄が居なくなってから、親の臼矢への干渉がやや強くなった。過保護になった。といったほうが正しいかもしれない。
 仕方ない。臼矢は諦める。
 そういえば以前、猿喰はさみに作ってもらった紙の『蜂の巣』も、どこかへ消えたと思ったら、いつの間にか部屋においてあった。
 ああいったものは、一枚の紙にぺたん、と戻すことが出来るために、失くしやすいのかもしれない。
 たぶん、明日になれば見つかるだろう。そうだと良いな。と思いながら、
 臼矢は眠りについた。

Ⅴ Ⅴ Ⅴ Ⅴ

 電話で深夜の学校まで呼び出された。
 「秘密をばらされたくなければ、一人で来い。」とありがちなセリフを言われて。
 どういうつもりだか知らないが、仕方がない。
 この程度のリスクは覚悟していた。
 守衛に挨拶して、校門を通る。
 ここで私に何か危害が加われば学校へ知れ渡るだろう。
 少なくとも手荒な真似はしないでくれることを願う。

 そこには、一人の少女がいた。
「やっぱり君か……。」
 この教室を指定した。という事は、まさかと思ったが……。

「こんばんはぁー。稲江先生。」
 児童文学研究会の部屋に、猿喰はさみが一人で座っていた。
「まあまあ、お座りくださいな。」
「……。」
 警戒しながら腰掛ける。
 机には、紙で出来た見事な五十の塔がおいてあった。
「……これは、昼間もこの部屋においてあったやつだね。」
「そうですそうです!よく見てますねっ先生っ」
 はさみが手を叩いて喜んだ。
「それでこの作品、先生に差し上げたいと思って……。」
 そう言って、はさみはそれに手をやると、てきぱきとそれを折りたたみ、綺麗な一枚の紙にまで戻した。
「すごいでしょー、これで持ち運びに便利ですよねぇ。」
「……。」
 怪しいが、仕方がない。わたしはそれを懐へしまう。
「それで、コレをプレゼントすることが、猿喰君の目的だったのかな?」
「はい。そうですけど。……あ、まだあった。あと一つお聞きしたいことがっ!」
 はさみがハイッと手を挙げる。
「何かな?」

「はい。えっと。
 臼矢君のお兄さん・栗矢君を誘拐したのは、稲江先生ですね?」

Ⅴ Ⅴ Ⅴ Ⅴ

 ペットのめえ君を抱いて寝ていた松永めしあは、部屋にはさみの姿が無いことに気がついた。
「はれれ……。猿喰さぁん……?」
 ふにゃりと起き上がると、部屋の電気を点ける。
「ううう……。また居なくなっちゃいました……。」
 めしあはちょっとだけ、泣きそうな顔になった。

Ⅴ Ⅴ Ⅴ Ⅴ

 猿喰はさみの言うことは正しい。
 希望崎学園の生徒、栗矢を誘拐したのは私だ。
「どうしてそう思うんだい?」
「特に根拠はありませんっ!」
 きっぱりと言い放つはさみ。
「はあ。」

「そうですねえ、強いて言うとすれば……。先生は栗矢君の魔人能力をご存知ですか?」
「いや、わからないね……。そもそも、彼は魔人だったのかな?」
 やっぱり根拠、あるんじゃないか。と思いながら返答する。
「学園には知られていませんが、栗矢君は魔人でした。それもSLG。彼の魔人能力は、『人の目を見て会話ができる』という内容の能力だったそうです。これは、頑張れば誰でもできるようになることですから、SLG指定能力ですね。」
「へえ……、そうだったのか。それは私も欲しいくらいだよ。」
「ふふふ。例えば自分たちコミュ力使いも同じです。よく勘違いされて、そのままになっているんですけれども、学園側には自分たちは『人とコミュニケーションがとれる』という内容のSLG指定能力として登録されています。」
「……そういえばそうだったかな。」

「でも、先生は自分が『縁』を切る『技』についてお話しした時、『魔人能力』なのかとおっしゃいましたね。……でもこの技は、明らかにSLGじゃありません。先生には、学園の情報とは別に、学園生徒の『中2力』を知る情報網があるんじゃないかな?と自分は思いました。」

「うーん、話が見えてこないんだが。まあ、君のコミュ力を見ていれば、猿喰くん、君がSLGで無いことは誰にだってわかることさ。」
「それともう一つ。」
 はさみは私の言葉を無視して話を続ける。
「自分はあの後、先生と松永めしあの『縁』を切ったと言いましたけれど、あれは嘘です。」
「う……そ?」
「そもそもめしあ君と遭遇して、次までにめしあ君の事を覚えていられるコミュ力の人なんて、そうそういません。めしあ君の『畏れを抱かせるコミュ力』はそういうものなんです。あの臼矢君だって、めしあ君とは何度も会っているのに、毎回その事を忘れちゃうんです。まあ、最近ではめしあ君に抱きつかれても気絶しないぶん、確実に進歩はしているんですけどね?」
 私にはよく意味のわからないことを、猿喰はさみは嬉しそうに話す。

「自分が切ったのは、稲江先生と加藤さんの『仕事』の縁。それと、加藤先生と学園全体の縁の二つです。二つ目のは、自分が単純に切り忘れていたんで、あわてて切ったんですけどね。先生はあの場で忘れてしまったと思いますけれど、加藤”さん”は、この学園の先生だったんですよ?」

 加藤がこの学園の教師……だった?そんなこと、覚えていない。記憶にない。
「私と加藤の『縁』……。しかし、私は加藤のことをまだ覚えて……。」
「だって、切ったのは『仕事』の縁ですからねー。プライベートな『縁』はまだ残っておりますよ。えーとまあ……、直後に興味を失ってしまうような、か細い友情だった可能性はありますけども。」
 あの時私は、あの場にいることに、急速に興味を失ってしまった。あれはまさか……
「自分はそれで、先生はやっぱり怪しいな。って思ったんです。それでちょっと調べてみたら、先生もその加藤さんて人と同じだったことがわかったんです。」
 はさみの目から段々と光が消えて行く。
「ちなみにここでいう『仕事』っていうのは、先生たちの『裏のお仕事』のほうですよ?加藤さんを始末したときにあらかじめ縁を全部切っておいたはずが、たぶんちゃんと切れていなかったんですね。それで先生、事件現場にお花を持って行っちゃったんですねー。」
「………!」
 がたり、と私は椅子から立ち上がる。
 ――まさか。
 私が今している『仕事』に、加藤が関わっていた……!?
 その事を私は、この女に忘れさせられていた……!?

 はさみが目で指示をする。座りなさい、と。


「先生がどういう立場なのかは知りませんし、興味もありません。『ウルワシ製薬』とどういう関係なのかも、大した問題じゃありません。あそこがどんだけ人の役に立っていようと、先生のその仕事がバイト感覚だろうと何だろうと。先生が秘密裏に、『SLG指定能力者』を学園から誘拐して『ウルワシ』に被験体として売り渡している。それだけでもう、いいんです。」


「……………。」
「自分の両親も、『ウルワシ』に殺されたんです。あれは元々は、土地の関係で揉めたのが原因ですけれどね。これはそのための単純な復讐ですけれど、これをやって自分が不快になったり、何か罪の意識を持つようなことは避けたいんです。――だってそうでしょう?自分は悪くなくって、相手が悪いのに、どうしてこっちが嫌な思いをしなきゃいけないんだろうって、先生、そう思いませんか?」
 そう言いながらはさみは、自分の掌を拳銃の形にして顔の横まで上げると、それをハサミの形に変えた。無表情で。
「だから『切る』んです。目的を達成する度に。その記憶を消すために、その『縁』を…。」

 こいつ……!

「私をどうするつもりだ?」
 コートの右ポケットを意識する。『種』なら持っている。
 加藤のことは思い出せないが、相棒がいたことは覚えている。
 そいつは学園生徒の中2力と家庭事情を調べ、問題のなさそうな生徒を選ぶ。
 私はその生徒を、『種』と呼ばれる転送装置を使って然るべき場所へ『転送』する。
 それが『仕事』だ。
 学園内での事件に警察権力は介入できない。生徒会は所詮高校生だ。
 ましてや行方不明者はSLG――この世の最底辺の社会的弱者だ。一人や二人居なくなったって世間は騒がない。
 この女はSLGではないが……。会社は『コミュ力魔人』に興味を持っている。場合によっては転送させてもらうとしよう。


「自分は何もしません。」
 はさみが腕をおろし、立ち上がる。
 その後ろに、霧のようなもやがかかり、凝縮し……やがて形作る。
「この子が全部やってくれますから。」

「―――――――……!?」
 それは巨大な猿の姿をしていた。
 はさみがその猿に道を譲ると、
 のしのしと、こちらに向かって歩いてきた。
「ヴヴウッヴヴヴヴ ヴ ヴ ウ ウ ヴ!!」
「ふ――ふざけやがって……!!」
 奴の魔人生物か?
 私は立ち上がり、はさみに向かって『種』をつかおうと――

「ヴ オ オ オ オ オ オ オ オ オ オ!!」
 その猿が腕を振るう。
「―――――ッ!」
 とっさに『種』をそいつめがけて発動させる。
 その種は、開くとガスが吹き出し、対象を一時的な催眠状態にする。
 そして、ある種の『認識』を強制し、人為的な魔人能力を対象に引き出させることで、
 対象を指定した場所までワープさせ、その後、行動不能にさせることができる。

 ……はずなのだが。
「―――――――ブッ!!」
 私の腕は種ごとその獣に破壊された。
「あああああああああああああああああッ!!!!」
 ――何故だ!?種が効かない!獣だからか!?

「その子は召喚獣ですから、そういった類のものは効きませんよー?」
 はさみは既に離れた場所から、こちらを視ている。
「その子は栗矢君の弟、臼矢君が無自覚に発動した魔人能力です。『ウルワシ』のつくった薬の副作用のせいかどうかまではわかりませんけどねー?」

Ⅴ Ⅴ Ⅴ Ⅴ

 その能力は臼矢にとって大事なもの。例えば兄だったり、貰ったばかりのプレゼントだったり、失くしてしまった小銭だったり、ゲームだったりが奪われてしまったときに自動発動する。
 それを奪った者。もしくは所有者を襲撃し、次元の狭間まで連れ去り、力の限り殴り続けた後に解放する。
 臼矢の兄は、能力発動時点ですでに命が絶たれてしまっていたために、効果は発揮されなかった。大事なものが完全に破壊されてしまえば、能力の意味はなくなる。

 はさみの魔人能力『はやくめをだせかきのたね/ださなきゃはさみでちょんぎるぞ・HEY!』は、表示された人物の魔人能力についても知ることが出来る。
 はさみは臼矢の姿をこの能力で見た時点で、既に事件の真相について把握していた。

 もっともそれ以前に、はさみは今と同様に、臼矢の能力を利用して加藤を殺害していた。
 その時のことはもう、臼矢の能力の事も含めて、はさみは覚えてはいない。

Ⅴ Ⅴ Ⅴ Ⅴ

 私は懐から紙切れを取り出した。
 先程はさみに渡された紙。
「は…あぁ、これか……!?こいつのせいか……!??」
「おお、ご名答!」
 はさみが声をあげる。やはりこれのせいか!

「ヴ ヴアア ア ア ア ア ア!!」
「くそ――!返す!!これは、私のものじゃあ、無いッ!!」
 その紙きれを、扉の前に立つはさみの元へと投げる。
「ヴアア ア ア ア ア ア―――アッ!!」
 ――やった! その獣は、真っ直ぐにはさみへ向かって――

「………。」
 はさみは無表情で右手をチョキの形で差し出すと、
 それを獣に向かって突き出した。
 獣の腹にがつん。と当たると、
「――――――――ヴアアアッッ!!」
 それは苦しそうにうずくまってしまった。
 はさみはその右手を獣から離すと、私の方へと向ける。

「ちょきん。」
「ちょきん。」
「ちょきん。」
「ちょきん。」

「…………!……?」
「……先生。」
 はさみが紙切れを拾い上げ、私の元へひらりと投げ返す。
「いくらなんでも、自由に他人の『縁』を切るなんてこと。魔人能力でもそうそうできるものじゃあありませんよ。」
 ――まさか。
「ちょっと考えればわかることじゃないですか。もー。」
 ――この能力、
「あ、ちなみに今ので先生の親戚、友人、家族、仕事の『縁』は全部切っておきました。」
 ――この強さ。……この女!!



「――『転校生』か―――――!?」



「違いますよ。」
 はさみはニコリと笑った。
 そして能力を発動する。
 はさみの目の前に大きな絵本が現れた。

Ⅴ Ⅴ Ⅴ Ⅴ

 その少女は絵本を書き換えた。
 自分の愛するそのカニさん達を助けるために。
 そして、カニさん達は、何の不自由もなく、幸せにくらすことになる。

 それからと言うもの、少女はありとあらゆる絵本や小説を持ちだしては、それを書き換える。
 その主人公たちを愛し、助けてあげるために。
 少女はやがて、それだけでは物足りなくなってしまった。
 自分はその主人公たちを愛しているのに、絵本の中の彼らは、自分を愛してはくれない。

 もしも自分が絵本の中にいて、それを助けてくれる人がいたら、どんなに嬉しいだろう。

Ⅴ Ⅴ Ⅴ Ⅴ

「自分は絵本が好きなんで、そういう魔人能力を持っているんです。」
 はさみが語りだす。
 その前にうずくまっていた獣は、やがて稲江に向き直り、歩き出す。
「……!!………!」
「いつからかは思い出せませんが、『彼』がその絵本に時たま表示されるようになったんです。
 ……それは、居場所が表示されない不思議な人物でした。」
 獣が迫る。
「……ヒィィッ!」
「8時間以内に仲良くならなければ、普通は縁が切れてしまう。そういう制約なんです。
 でもその人は、会えなくても時たま、やっぱり絵本にでてくるんです。不思議だなァって思っていました。」

 稲江はふらふらと立ち上がると、棚に手をやり、そこからカッターナイフを取り出した。
「ヒ……ハハッ!!」
 狂気じみた笑いを浮かべ、迫る獣を無視し、机越しにはさみに向かってそれを投げつける。
「―――――――――――――ッ!」



「でも自分は気づいたんです。元から彼と自分は『仲』が良かった。それは、幼い頃に自分が願ったもの、愛されたい、愛したいと願っていたものでした……



 ……そのことに気づいた時、猿喰はさみは『俺の嫁』になったんです。」



「俺の――嫁……?」
 カンッ!という音を立てて、そのカッターナイフが弾き返された。
 はさみは何も、動いてなどいない。
 その前方に浮遊していた絵本が、それを弾き返したのだ。
「……ハ…?」

「それは、絵本を書き換えるように自分のことを助けてくれる。自分に『力』を与えてくれる。決して会えないけれど、絵本を観るように自分のことを見守ってくれる。……そして自分も、その人のことを、絵本を通じて見ることが出来る。」
「な―――なんだ、それは……。」
 獣が迫る。
「あ……、いい忘れてましたけど、自分が先生のどこが嫌いかって行ったら、その大事な人と名前がちょっと、似てるんですよね。ごめんなさい、これはわざとじゃないのに。」


「ヴ オ オ オ オ オ オ オ オ オ オ!!」
「何なんだそれはああああぁぁぁぁ―――――――ッ!!!」


 男は獣に引きずられて、現れたもやの中に放り込まれた。
 獣もまた、そのもやの中へ入ろうとする。
「おっとっと、忘れるところだった。」
 はさみは手をハサミの形にすると、

「ちょきん。」

 その『獣』と『臼矢』の縁を切った。
「ヴオオォ………」
 術者との縁を切られた召喚獣は、
「……………」
 やがて靄となって消えていった。その男も連れて。

「ちょきん。」
 それからはさみは今まさに、消えていった男と自分との縁も切り、その記憶を抹消した。

Ⅴ Ⅴ Ⅴ Ⅴ

 外へ出たはさみは、泣きべそをかく少女の姿を見つけた。
「めしあくーーん!こんな時間に何してんのさ!もう!」
「猿喰さぁぁん……。」
 めしあは白い枕を抱えて、暗い夜道をさまよい歩いていた。
「どこ行ってたんですかぁぁ、心配しましたよぅぅ……。」

「あー、あーあーうー……、ごめんよ。めしあ君。」
 はさみがめしあの頭を撫でる。
「うーん。自分はナンデこんな時間に学校にいたんだっけなぁ、思い出せないけど。まあ、思い出せないってことは、大した用事じゃなかったんだろうねっ。」
 うんうんそうだそうだ。と自分を納得させた。
「心配しましたようぅぅぅ……。」
「はいはい。」
「……すーすー。」
「えーーっ!?」ガビーン
 寝てしまった。どうすればいいんだろう。

「お……重いよめしあ君。」
 めしあを後ろに抱えて、ずるずると引きずりながら家路へと進むこととなった。
「はぁ……。あ、そういえば。」
 明日、臼矢君に会いに行こう。
 どうしてこないだは、あんな事をしてしまったんだろう。
 せっかく作ってあげたペーパークラフトを、何故か持って帰ってしまった。しかもどこかへやってしまった。
 また作ってあげなくちゃ。とはさみは反省する。

 空には赤い三日月が見えた。
 それ以外、何も見えない空。
 人によっては不気味だと思うかもしれない。
 でもはさみは、それを綺麗だと思った。
 カニのハサミみたいで、綺麗で可愛いじゃないか。

 はさみは絵本を取り出し、その中を覗きこむ。

 後ろでぐーすか寝ているめしあは重いけれど。
 めしあの安心しきった寝顔を見ると、はさみも安心する。
 誰かに見守られていると思うだけで、安心できる。
 うん、きっとそれだけで、人は強くなれるものだな。はさみはそう認識している。


<了>

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