(2)

翌日。

翠星石の様子は見たところいつも通りだった。今日も元気に腹黒い。
相変わらず雛苺や金糸雀をからかっては玉砕し、真紅に叱られ、水銀燈にからかわれていることには気づいていない。彼女の方が数枚上手だ。薔薇水晶は相変わらず黙ってその様子を眺めている。
蒼星石も、落ち込んだり凹んだりしている翠星石のフォローやら皆に対するツッコみやらをこなしながら(何しろこの面子ではまともなツッコミが自分だけである)いつも通りの時間を過ごしていた。
この前の昼休みの件については、蒼星石の方からは何も言わないことにした。
それは翠星石の問題だからだ。いずれ彼女自身が解決しなければならない種類の問題。
もし翠星石が自分を頼るのなら、その時は全力で助ける。力になる。
しかしそれまでは、自分から話を蒸し返す必要は無い。
そもそも翠星石は『(彼女曰く)辛気臭い』話題を好まないのだ。
「変なところで意地っ張りだからね」
「何か言ったですか?蒼星石」
学校も終わり、夕焼けに染まるいつもの帰り道。
隣を歩く翠星石が疑問の声を漏らす。
「ううん、何でもないよ」
「?・・・・・・ならいいですけど・・・・・・」
疑問を残しつつ、視線を前方に戻す翠星石。

いつも通りの一日。
(『その時』が来るまでは)
きっと変わることのない日々。
(そのころには、僕も・・・・・・?)
それは翠星石の問題。
しかし、翠星石『だけ』が抱える問題でも、ない。
蒼星石は、姉を通してその感覚を得ていた。
今は姉を助け、力になることで全力の自分。
しかし、いずれは自分自身について考えなければならない時が来る。
それが必要なのだと。
「その時僕は・・・・・・どうするのかな」
「むむ!やっぱり何か言ったです。ぃイライラするからちゃんと聞こえるように喋るです!!」
「いや、ほんとに何でもないってば」
「な・に・を!隠す必要があるですかさっさと白状しやがれですぅ~~~!!」
ぎりぎりぎりぎり・・・・・・・
「痛い痛いだから首は喋ろうにも喋れなく」

流石の蒼星石も、この時点で『その時』の到来が目前に迫っていようとは、予想もしていなかった。




「これです!!」
帰宅し、夕飯を終えて学校の課題にとりかかっていた蒼星石は突如廊下に響きわたる翠星石の声を聞いた。
続いて、ばでんと扉が開く音。どどどと廊下を駆ける足音。そして、
「これです蒼星石!!」
勢いよく自室の扉が開けはなたれる。もちろんそこに立っているのは翠星石。
「これですよ蒼星石!!バンドです!!音楽です!!やってやるですよさあ行くのです転がる石のように!!」
言うなり蒼星石の腕をつかみ、勉強机の前から引きはがそうとする。
「ちょ、ちょっと待ってよどうしたのいきなり」
慌てて椅子から立ち上がる蒼星石。言いながら、
『思えば彼女の行動がいきなりでないことがあっただろうか』
『いやない』
と思考が巡る。
大方いつもの『突発性自立行動支援型玉砕症候群(世界に患者一名)』だろうと見当をつけて、腕にかかる翠星石の指をひっぺがし、一息。
「何?バンド?一体何の話なの?」
「だからバンドですよ!!音楽をやるのです!!『私たち』で!!」
「バンド・・・・・・『私たち』?」
いまだ興奮冷めやらぬ様子の翠星石をベッドに座らせ、蒼星石は椅子に座る。
「バンドを僕たちでやるって、どういうことさ」
「どうもこうもないのです。文字通りの意味ですよ」
翠星石はじっとこちらを見据えてくる。
その視線に、蒼星石はいつもと違う何かを感じ取る。
他人には判別しがたいその違い、例えて言うならば、瞳に燃える炎の温度が違う。
いつもの、昼間のキャンプファイヤーのような無意味かつ無節操な炎ではなく、暗闇に灯された蝋燭のような、静かな、しかし高温の火。
その様子に、蒼星石は認識を改める。
昨日のこともある。適当に話を聞くことはできない。
翠星石の言葉を繰り返す。
「文字通りの意味・・・・・・」
バンドを組んで。
音楽をやる。
となると、細かいことはさておき、まず聞かなければならないことがある。
「・・・・・・何故、どうしていきなり、バンドなの?」
そう、理由の部分だ。
翠星石がこのように「~をやるです!!」と言い出すのは珍しいことではない。
これまで何度も彼女が幼い頃から繰り返してきたことだ。真紅たち周囲の面々を巻き込み、トラブルや、反対に意外な成果につながったりもする事件をひき起こしてきた。
蒼星石や真紅たちにとって、それは日常の中の冒険であり、伴った苦い経験も、今では皆で共有できる良い思い出となっている。
だが今回。
流石に自分たちも、昔のように無邪気な振る舞いばかりはできない。
「バンドをやる」というからには、翠星石の提案ではいつものことだが、真紅たちにもお呼びがかかることになるだろう。
バンドをやる、ということ。共同作業。半端な覚悟で人を誘うわけにはいかない。
やるからには、それなりの理由、決意、覚悟が必要だ。
だから蒼星石は見極めようと思う。
いつもの思いつきで終わらせるのか。
それとも、翠星石が本気になろうとしているのかを。
「これを見るです蒼星石」
蒼星石の問いかけに、翠星石は持っていた雑誌を突きつける。
「これは・・・・・・」
翠星石が購読しているロック専門誌『ROCK ON』だ。
もともと翠星石は音楽好きである。
蒼星石も翠星石ほどではないが音楽は聴く。
しかし二人の趣味は真逆といっていい。
蒼星石の好みが『ソウルやバラード系の女性歌手、時々クラシック』であるのに対し、
翠星石の趣味はずばり『Rock’n Roll』。
薔薇学の乙女たちなら名前すら聞いたことの無いような洋邦のバンド、グループ、シンガーの曲を愛好している彼女の部屋からは一日中爆音が響いてくる日も少なくない。
その翠星石ご用達の専門誌を受け取って、蒼星石は示された記事を見る。


最終更新:2006年12月07日 19:24