6-138「誤解」

季節は12月上旬
一般的な中学校では期末試験へ向けての準備に追われる時期
さらには最終学年となれば受験勉強へ向けての学習も怠ることのできない時期
参考書や問題集との親交を深めるには非常に良い機会であるこの時期の、ある日……


…………今、俺は猛烈にイラついている。




俺は朝っぱらから母親と喧嘩
不機嫌な母親に勉強のことを突付かれるだけならそんなに珍しくもない、が…
俺だって人間だ、そんなに言われたらたまには反撃する事だってあるさ
さらにはそのおかげで家を出る時間が大幅に遅れた
学校までは全力疾走さ
しかし間に合わず遅刻
そして宿題を忘れる
授業ではやたら難しい問題ばかり当てられて1問も答えられない


そんな俺は今、塾からの課題の分厚い問題集をやっていた
明日までに終わらせて提出しなければならない
全然分からない問題のおかげで、朝っぱらから続くイライラに焦りが積み重なる
あぁ…、この問題集をそこの窓から全力でぶん投げることができたらどれほど気持ちいいだろう……

「負のオーラがやたら出ているね、キョン。」

佐々木だ
いつもの俺ならたわいもない返事を返すことができただろう
しかし今の俺にはそんな余裕はない
よって言葉を発せない

「………」

「塾の課題をやってるのかい?
 くく、まだ半分もあるじゃないか。提出期限が明日ということを君は理解してるのかな?」

「分かってるさ、だから学校にまで持ち込んでやってるんだ。
 ………くそっ、全然分かんねぇ。」
「キョン、この問題集ばかり覗いていても進歩しないよ。
 これと一緒にもらった参考書があっただろう?分からない時はそれも使わないと。
 君は頭の回転も良く利口なほうだとは思うが、勉強を冷めて見すぎていると思う。
 確かにこんな数学の公式なんて知らなくても生きていける、
 不便なことはあるだろうが英語を話せなくても充分人生は楽しめる、僕もそう思うよ。
 だがねキョン、今の日本はそんなに甘くはないんだ。
 学歴なんて関係ない、成功した人でこういったことを言う人はよく見るよね、
 でもそんな成功を収めることができるのは何万人に1人だと思う?
 僕は自分の人生を成功させるために勉強してるんだなんて言わないけど、
 人生を歩む上で重要な選択肢が増えるというのは、ワクワクすることだと思わないかい?」

空いている俺の前の国木田の席に座った佐々木は、ひじを俺の机につき、
手であごを支えながらそんなそうな難しいことを言っていた
平常心を保っていない今の俺にそんな難しいことを言ったって素直に反応できるわけがない

「お前にまで説教されなきゃならんのか、
 そんなことより俺は明日までにこれを終わらせなけりゃならんのだ」

問いを必死に考えつつ、俺はぶっきらぼうに答える
相変わらず分からん
頭に血が上り、脈拍が上がってくるのが分かる

「くっく、今日のキョンの機嫌の悪さはそこからきてるのかい?
 朝にでも勉強のことについて親から叱責を受けた、といった感じかな?
 それならば遅刻の理由も納得できるね。
 それよりキョン、親御さんからそんなに心配されてるのかい?
 何だったら受験や課題についても僕が力に―――

「――うるせぇな!」

佐々木にイラついていたわけではない
恐らく…勉強に対して悩みのない佐々木に嫉妬している自分自身にイラついていたんだろう
朝からたまっていたイライラがついに抑えきれなくなってしまった
「……キ、キョン?」

佐々木も動揺しているようだった、それもそうだろう
俺が同年代の友達に対してここまで感情を表したのは初めてかもしれない
こう言っちゃ何だが、俺は結構理性のきいた人物だ
人前で我を忘れて怒り狂うなど、まさかするはずもない

そう思っていたのだが……

「お前はいいよな、俺みたいにこんな苦労する必要がなくて!
 俺とお前は違うんだ!ほっといてくれ!」



………………………



教室の見事な沈黙のおかげでここでようやく現状を把握できる余裕ができた
今は昼休み、ほとんどの生徒が教室で思い思いの時間をすごしている
そんな中に響く怒声、どうやら注目の的らしいね
やれやれ

「すまない、キョン…そ、そんなつもりじゃ――――

佐々木が見たこともない顔をしていた
表現はしにくいが…まぁ、佐々木にこんな顔をさせちゃいけないな…
俺がレアなところを見せたお礼なのだろうか
などという場違いなことを考えているほど俺の思考は腐っちゃいなく、
俺の頭ではさっきからの自分の言動がめまぐるしくリピートされていた


30人ほどの人数がいるにもかかわらずこの沈黙
その沈黙に耐え切れなくなった俺はその教室から逃げ出す事しかできなかった

校舎をフラフラと散策しつつ俺は自らの頭を冷やしていた
まさかあんなこと言っちまうとは………
佐々木はいつも通りの対応をしてくれていた、あの場合明らかに俺がどうかしている
何をやってるんだ俺は………


「謝っとかねぇとな………」

自分自身に言い聞かせるようにこんな言葉を吐いていた
その後、俺は午後の授業の始業の鐘ギリギリに教室に戻った
まぁ……早くから席についてクラスのやつらから注目されたくなかったんだよ
分かるよな?この気持ち


「ねぇキョン、あれはちょっと酷いんじゃない?」

授業が開始してすぐに前の席の国木田が話しかけてきた
もちろん国木田も一部始終を見届けている

「佐々木さん、泣いてたように見えたけど」

………まじかよ……!
あの佐々木が泣く?…嘘だろ、そんな柄じゃねえぞ
国木田の発言に俺は瞬間的に佐々木の席のほうを振り返ってしまった


いない

「それ」

そういいながら国木田が指差したのは俺の机の右上のあたり
何やら書いてあるのに俺は気付いた


――――キョン、本当にごめん


文字体からみても佐々木からのメッセージだった


何でだ

何で俺は佐々木に先に謝らせてるんだ
どうみても悪いのは佐々木に八つ当たりしちまった俺じゃねぇか!

「佐々木さんは………いませんね、
 欠席ではないようですが、どなたか連絡を受けていますか?」

教師が出席を取りつつ佐々木の不在を確認する

「すいません!体調悪いので保健室行って来ます!」

俺は教師にそう告げるや否やダッシュで教室を駆け出した
教師が何やらいっていた気もするがそんなの耳に入っちゃいねえ



佐々木に謝りたかった
俺は一目散に屋上へと向かった
何故場所が分かるかって?
1年近くも一緒にいりゃ落ち込んだあいつが居そうな場所くらい分かっちまうんだよ

ガチャ!
校舎から屋上へ続くドアを一気に開ける
ヒュウ、と冷たい風を感じる。やはりもう冬だな
そして手すりにもたれ掛かりこっちを振り返る佐々木の姿を確認した
そのまま駆け足で佐々木のほうへと向かった

俺の姿を確認してから、佐々木は自らの制服の袖で顔を拭っていた
ホントに泣いてたらしいな…

「くっく、涙が出たのはいったい何年ぶりだろうね」

階段ダッシュのおかげで息切れしてる俺をよそに佐々木が呟く

「……」

「キョン、さっきは―――――

「すまなかった!佐々木!」

まだ言いたいことをまとめてなかったのだがこれ以上佐々木の方から謝らせるのは許せなかった

だが、どうやらこの一言だけで充分だったらしい
そういえば俺のイラついてた理由も分かってくれてたようだしな、佐々木は


「もちろん許すよ、キョン」

爽やかな笑みを見せつつ返す佐々木
そして少しシリアスな顔になりこう続ける

「でも僕が君に対して失礼なことを言ってしまったことは事実だ、
 そのことに関しては僕のほうからも謝らせて欲しい。ごめん、キョン。」

俺はほんとに馬鹿野郎だねぇ
こんないいヤツにあんなこと言っちまったんだ
自分にも非はあるということにして、俺と対等な立場にしようとしてるんだ
それぐらい馬鹿な俺にも理解できるさ

「……キョン、許してくれないのかい?」

俺が反応できないでいると不安になったのか佐々木はこう聞き返してきた
こみ上げる涙を必死に我慢してたんだよ


「許すに…決まってるだろ」







揃って教室に戻った俺たちをやけにニヤニヤしながら見てくるやつらもいたが、まぁ気のせいにしておこう





――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――




6「久しぶりにみんなでゲーセンいかねぇ~?

授業後の教室、何のためにテスト前は部活動禁止になっているのか理解してない連中が
余暇の過ごし方について色々と議論している
もちろん、俺の学力と勉強実績では『テスト前なんだから早く家帰って勉強しろ』なんて事言っても
全くサマにならない事はとっくに理解しているしやろうとも思わん

「キョン~、おまいもゲーセンでも寄ってかねぇか?」
「悪いな、俺は塾の課題ってもんがあるんだ、ベンキョウすんだよ」
「ノリわりいぞ~」

などというくだらんやり取りをしていると、佐々木が隣に居ることに気が付いた

「お、佐々木か」
「キョン、これから君の家へ行っても大丈夫かな?」

いきなりの自宅訪問要求に多少戸惑ったが
佐々木が家に来ることは初めてではなかったので来られても特に困るようなことはなかった

「あ、あぁ、別に構わんが……やることねぇぞ、
 俺はこいつ終わらせないといかんしな」

俺は問題集を指差しながら答える

「だから、だよキョン。終わるまで力になるよ。」
「はは、そりゃ心強いな」

佐々木が家庭教師をやってくれるというのなら、明日までには何とか終わらせそうだな、
……いや、問題集半分もあるんだった。徹夜でもしねぇと無理なんじゃねぇか、
などと考えていると佐々木が他の女子に話しかけられていた

「佐々木さーん、この後暇ならあの喫茶店寄ってこうよ。あの最近できたっていう――

どうやら5~6人の女子グループに誘われているようだ

「あー、ごめんね。今日はちょっと無理なんだ」
「そっかぁー、……あ、もしかしてキョン君が先客~?」

そんな意味深な目で見られてもなぁ、

「確かにこれから佐々木の世話にはなるが、そんなんじゃ――――
「そうなんだ、どうやら今日は家に帰してくれそうになくってさ」


俺の言葉を遮って佐々木がそういうや否や数名の女子グループの
中心に隕石が落ちたかのようにキャーキャー騒ぎ出す

俺の後ろにいた男子のツレも、何やら騒いでいる
うるせぇなあ、裏切り者ってなんだよおい!


「おい佐々木、あいつら何か誤解しちまったんじゃねぇのか?」

帰り道、まだ4時すぎなのにもかかわらず日も短くなったもんだ
と実感させられる太陽の低さを視野に捕らえつつ言った

「何故だい?本当のことだろう。
 あの課題の量じゃ、僕が付きっきりで教えても今日中に終わらせるのは中々に厳しいんじゃないかい?」

あの時やっておけば……という後悔を何度もしているのに、
何故俺はまた同じ後悔をする羽目になっているんだろうねまったく、と思いつつ返す

「まぁ、そうだろうが……」

「それに、僕は構わないよ。誤解されていても」

素っ気無くそんなことを言ったので俺は隣に居るのが本当に佐々木かと確かめてしまった
俺がこんな反応をすることを予想していたのか、佐々木は少し得意げな顔をしていた

だが佐々木は気付いているのかね




自分の顔にほんのり朱が染められていたことに

そんな佐々木を見つつ、俺もその時思ったことを素直に言葉にした




「――俺もさ」


―――――――― Fin ――――――――

タグ:

+ タグ編集
  • タグ:

このサイトはreCAPTCHAによって保護されており、Googleの プライバシーポリシー利用規約 が適用されます。

最終更新:2010年04月13日 23:49
ツールボックス

下から選んでください:

新しいページを作成する
ヘルプ / FAQ もご覧ください。