しゅくしょうしゃしゃき伍 前編

翌朝、金曜日。
脳に戻って来た意識が現在の状況を理解するのに少し時間が必要だった。
というか寝起きで目の前に愛くるしい佐々木の顔があったらそりゃあ驚くだろ?
吐息がかかる程近い。というより寝息が鼻に当たってこそばゆい……。
俺何もしてないよな?
服も着てるし平気…………だな。よし。
俺は佐々木の頭を一撫でしてから、起こさぬようそうっと布団から抜けだした。
6:41…………
いつもより少しだけ早く起きた俺は、いつもより少しだけ早く学校へ向かった。

気持ちのいい朝とはいえハイキングコースばりの坂道が緩やかになるでもなく、
軽やかだった足取りもどこへやらだ。それでも教室の暖房を求めて冬の寒さを噛
み締めながら早足で上っていくと見慣れた黄色いリボンとセーラー服が目に入っ
た。
よかった。戻ったみたいだな。
「ようハルヒ。今日は早いな」


いつも通りのはずだった。
何の変哲もないごく一般的な挨拶。文句のつけようもない同級生同士のやり取り
だ。
いや、同級生同士のやり取りのはずだった、と言うべきか。
振り向いた顔が少し大人びて見えたのは気のせいじゃなかった。

「キョン、あんた…最高学年の先輩様に向かって呼び捨てなんて、偉くなったわ
ね。敬語の使い方を義務教育課程で習わなかったのかしら?」



《しゅくしょうしゃしゃき伍 前編》



状況が飲み込めない。こいつは何を言っているんだ?
最高学年?ホワイ?
「あーぅ……マイブレイン(私の脳)がノットスリーピング(寝たままでない)なら
ユーはラストイヤー(去年)のスプリング(春)にエントランス(入学)したプレゼン
ト(現在)はセカンドグレィド(二年生)のハイスクールスチューデンツ(高校生)の
はずだがぁ?」
「誰がルー語にしろって言ったのよ!敬語よ『け・え・ご』!!今日は夢見が悪
くてイライラしてんのよ、これ以上無駄にアングリー(怒り)な気分にさせないで
くれる?」
そう言うとハルヒ先輩はスタスタと行っちまった。
一体どうなっているんだ、戻ったんじゃなかったのか?

普段全く使わない上に日本語をルー語に変換するという重労働で疲弊仕切ったマ
イブレインをリミッターカットし、フル回転させながら考える。
なんだ?何が起こっている。この様子だとそろそろアイツが現れる頃か。
案の定、坂を上りきった俺を待っていたのはベンチに座ったやたらイイ男だった

その男はこちらを見てニヤリとほほ笑むと徐にネクタイを緩め、
「やらないか」
「やらねぇよ」
笑えない冗談はやめろ古泉。そこまでしてキャラを立てたいか。
「ノリが悪いですね。あまり期待していなかったとは言え、もう少し冗談が通じ
ると思ったんですが」
生憎とそんな気分じゃないんでな。ハルヒに会わなければウホっ、ぐらいは言っ
てやったかも知れんが。
「それは残念でした。ところで早速ですが本題に移りましょう。涼宮『先輩』の
事です」
ニヤけた面を突然真面目面に切り替えて言った。
ああ、是非とも御教授願いたいものだ。さっさと行くぞ。
「おいおいいいのかいホイホイついてきちまって」
…………じゃあ、死んで。
「ちょ、待ってくださいわかりましたよこのネタ引きずるのやめますから!」
それでいい。
「ふぅ………全く…では部室へ行きましょうか。ところで、鞄はどうなさいまし
たか?」
鞄?鞄ならここにちゃんと……
そこでようやく気付いた。
勉強道具とともに鞄を佐々木宅に忘れて来た事に。
………入学直後の小学生じゃ在るまいし何をやってるんだ俺は……
「ふふ……。まぁいいでしょう。緊急事態ですし、本日の授業はサボタージュの
方向で」
悪いな岡部教諭よ。
俺は今日は学校に来ていながらも欠席することになったようだ。



「では昨日の事を聞かせていただきましょうか」
なんだ語るのは俺なのか?お前から説明があるんじゃないのか。
「まずはあなたの話が先です。僕の推論が外れていなければ、問題はやはりあな
たにある」
そういう古泉はやんわりと俺に非難の目を向けている。なんだ責任転嫁はよして
くれ。

脇では長門が珍しく薄い本を読んでいた。ブックカヴぁーをしていてタイトルは
分からないが、サイズ的に文庫本ではないようだ。
気にならないと言えば嘘になるが……今はそれより昨日の事………
それはやはり涼宮ハルヒ教諭との一件のことなのだろう。

俺は再び回想の海へと飛び込んだ。
…………………………

…………………

………

「今日の団活は休みにするわ。少し事情があってね。他の二人にも話してあるか
ら、有希も帰って良いわ。あ、キョンは残りなさい。話があるから」
来て早々一気にここまで言い切り俺に人差し指を突き付ける人物は言うまでも無
く我らが団長涼宮ハルヒだ。
ただ、今は団長兼顧問の教師という立場だが。

長門は一度ハルヒを見て溜め息をつき、それから俺を見てチッと舌打ちしてから
本を閉じ、部室を出ていった。
「な、長門気をつけて帰れよ?」
せめてもの償いに俺は手を振って挨拶したが、長門は一瞥もくれずに去っていっ
た。
機嫌悪そうだったな……追い出されたからか?

ドアのところで長門が去るのを確認したハルヒはこちらに優しくほほ笑んだ。
「人間はやらなくて後悔するよりも、やって後悔したほうが良いって言うわよね



ちょっと待てそれなんて朝倉だ。
3度目か?3度目の正直で俺ついに死亡か。
もしこの後、現場の独断で~なんて言われて刺されるくらいなら俺は自分から窓
へ身投げするね。
しかし続いた言葉は幸か不幸か違ったものだった。
「ねぇキョン。若さって何だと思う?」
手にナイフはない。眉毛は細い。……セーフか。
「若さ……振り向かない事、じゃないですよね?」
昔、濃ゆい顔の宇宙刑事にそう教わったんだ。
分かる人だけうなずいてくれ。分からない人はオ〇サイトへゴーだ。ニ〇動でも
いい。
「そこまでわかるなら、愛って何なのかも解るわよね?」
いつもとは雰囲気が違い落ち着いている。嵐の前の静けさ、とは思いたくないが
さっきからいやな予感がしっ放しだ……的中するなよ?
「愛とは………ためらわないこと、ですね」
全く、こんな微妙なところから引用するなよ………ジェネレーションギャップか


「私はね、高校生の頃までは不思議を望んで毎日過ごして来たの。でもね、結局
なにも見つからなかった。その内気付いたら大人になっていて、そしてあなた達
に出会った」
一応このハルヒにも過去の人生の過程は不自然なく存在するらしい。よくできた
もんだな。
「昔のワクワクが蘇ったわ。不思議な気分だった。そして、この団を作った。も
しかしたら私の望む不思議なことが起こるかもって……」
俺は何も言わなかった。否、空気に押されて何も言えなかった。
「結局結成から一年を過ぎても、何も収穫はなかった。でもね、気付いたの。そ
んな不思議体験よりも大切な存在に…」
ハルヒは瞳を閉じて一息ついてから俺の目を見た。

「私は、これが愛だと言うならためらわない。後悔したくないもの。だから…言
うわ。キョン、私は………あなたの事が好きよ」

…………やはり、な。
分かってはいたが、実際その場に立ってみるとこの言葉は重いな…………普段の
ハルヒに言われていたらどうしただろう。
そんなことが頭をかすめたが今はそんなことを考えている場合ではない。答えは
決まっている。さてどうやってさりげなく断るか……
しかし再び目を瞑って開いた時のハルヒの目はさっきまでの落ち着いた雰囲気で
はなく、獲物を追う肉食動物のそれだった。まさか…………

「年齢や、教師と生徒だなんて関係ないわっ!さぁキョン!私と禁断の愛をぉぉ
ぉぉぉ!!!」
次の瞬間俺はハルヒに押し倒されていた。
だぁぁこいつ焦って年齢と一緒に理性もぶっ飛ばしやがったな!ムードもへった
くれも全部ぶち壊しじゃないか!!
「だ、ダメですよ!俺は学生で先生は教師なんですから!」
「何も問題はないわ!あんたの部屋に似たようなシチュのAVがあったじゃない!
それと同じよ!!」
何故それを!じゃなくて…
「あれは架空の設定だから楽しめるんです!現実に起こったら困るんですよ!」
事実困った状態になっている。帰ったらあれは捨てるぞ……
「心配ないわ痛くしないから!初めてだから、優しくしてねぇっ!」
それこのタイミングで言うセリフじゃねぇぇぇぇ!!!

「だから、俺は学生同士の普通の恋愛がしたいんですよ!禁断の愛は望んでない
んです!」

突如、ハルヒの動きが止まった。そしてフラフラと立ち上がると「売れ残りやな
い……売れ残りやないんや……」と呟きながら去っていった。
俺は呆気にとられ、しばらく動けなかったんだ。



「以上だ。ハルヒが自分から去っていったんだぞ。上手く断れたんだろ?」
違うのか、と問うてみる。
しかし向かいの超能力者は呆れ顔で、
「あなたは……それでは結局根本的な解決になっていないじゃないですか…」
溜め息とともに吐き出した。
どういうことだ?
「いいですか。長門さんはあなたになんとおっしゃったんです?」
上手く断れとしか言われていないが?なぁ長門。
「あなたならやってくれると思った。でも、今回は別の意味でやってくれた。う
かつ」
「………………はぁ…」
古泉、そんなあからさまにがっかりした表情をするな。お前だって長門に聞けと
言ったじゃないか。
それなら逆に聞くが、どうすればよかったんだ?
「涼宮さんはまだ年上が有利だと――もちろん深層心理での話ですが――思って
います。あなたは昨日学生などと濁さずにハッキリと年上好みではないと言うべ
きだったんです。それで生まれる閉鎖空間なら、僕は喜んで消しましょう」
それはあれか。
またも俺の発言でハルヒは年上でかつ学生である立場、つまり先輩になるように
その分年齢を戻したと言いたいのか。
「正確には戻したのではない。改変に改変を重ねた形になる」
どういうことだ?何か違うのか?
「いろいろと違う。説明する…?」
いやいい。長くなりそうだからな。後にしよう。で、どうなったんだ古泉?
「年齢の変化で言えば、17歳+10歳-9歳=18歳ということですね。それと涼宮さん
は昨日起こったことを夢だと思っています。実際の昨日は団活が休みで直ぐに帰
宅した、と改変されているようですね。もちろん他の人間の認識でも同様に」
全く都合のいい能力だな。
それより昨日のハルヒは27歳だったのか。そもそもなんで27歳だ?始めから先輩
でもよかったんじゃないか?
「恐らくあなたの部屋のベッドの下を見れば理由は明らかでしょう」
………………長門、そんなじっと見ないでくれ。死にたくなってきた。


よ、よし!話を変えよう!
「そういえば昨日電話かけたのに出なかったのはバイトに行ってたからか?」
「お察しのとおりです。あの留守録には流石の僕も憤りを感じましたね。何が『
佐々木の家に泊まるからお前口裏合わせ宜しくな』ですか。危く機関から支給さ
れている携帯電話をまっ二つにするところでしたよ」
それは………まぁなんだ。すまなかった。
「昨日は本当に大変だったんですよ?普段腕でビルを壊す程度の《神人》が、ま
るで『話が違うじゃないのよ!』と言わんばかりにヒステリ気味で飛び跳ねたり
、猛スピードで転がりまわって市街地が荒野になったり、目からビームに口から
バズーカでゲ〇ズ周辺も一瞬で焼け野原ですよ。しかも群れを成してそれをやる
もんですから手の付けようがありません。
止どめに森さんが、あのモミアゲがぁぁぁ!今度会ったらぶっ殺してやる!って
キレてましてね。その後僕に組み手と称して八つ当たりですよ。本当勘弁して欲
しいです。あの人、他の人に変に思われないようにって気を使ってわざと服に隠
れて見えなくなる所を集中的に攻撃するんです。ところでこいつを見てどう思い
ますか?」
そう言って捲ったシャツの下には青黒い痣が大量に………
「すごく……痛そうです」
「痛いんですよ、実際。この際だから言わせてもらいます。あなたには彼女を安
定させる力もあれば、不安定にさせる力もあるんです。少しは僕の苦労も………

ああ悪かった。だがお前なんでそんな心底楽しそうな表情でまくし立てる。怒っ
てるんじゃねぇのか?
「今は怒ってませんよ。呆れてるんです。ただこの際だから言ってしまおうと思
いまして。それに、普段はやる気なく表情筋を緩ませているか、苦虫を噛み締め
るような表情のあなたですから、申し訳なさそうな顔は見ていて非常に愉快です

「今ので謝罪の念がきれいさっぱり消えたぜ」
「それは残念です」
やっぱりお前はその不気味な程さわやかな笑顔を維持するべきだな。

ああそういえば。
「なぁ長門、今回は佐々木に影響は出てないのか?」
「出ていない。正確に言えば、まだ出ていない。さらに言うともし影響が出たと
しても恐らく無視できるレベル」
そうか。ハルヒが若返った分大きくなっているかと思ったんだが。ならやはり戻
るのはあと二日か。
「当初の計算ではそうなる。涼宮ハルヒが元の年齢に戻ればそれから一日経つご
とに年齢で言えば3歳程度ずつ戻る予定……………だった」
だった?
「改変が確認された……たった今」
「それはどういう……」
言うが早いか超能力者の方から物凄い毒電波が流れてきた。

『(いいからはやく か↑ け↓ て↑)(Pom!)ガ チ ャ ガ チ ャ き
 ゅ ~ っ と ふ ぃ ぎ ゅ あ っ と ★ こ の 街 に 降 り
……』
「すみません、電話です。…もしもし古泉ですが」



…………ツッコまない………絶対にツッコまないぞ……


「え!?なんですって!?佐々木さんに!!?」
なんだ?佐々木がどうかしたのか?
古泉は待ってくださいとこちらに手の平を向け、
「はい、はい。わかりました。今回ばかりは呉越同舟獣拳合体ということで。い
え、もちろんこちらが激獣拳です。なんたって主役張ってますから。はい。では
…」
おい、誰からなんだ。佐々木に何かあったのか!?
携帯を閉じた古泉は心なしかやつれて見えた。

「橘さんからの電話です。僕もまだ信じられませんが、佐々木さんが………」

俺にもその後の言葉はすぐには信じられなかった。が、結果として直後に目の当
たりにすることになるのだ。
今まで以上に予想外なハルヒの能力のぶっ飛び具合とそれ以上に予想GUYな佐々木
の超絶変化を…………。




あの、えっとぉ…ごめんなさい。後半に続きますぅ……

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最終更新:2008年02月16日 12:17
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