14-908「佐々木さんの熱唱」

────やはり、来るのではなかった。
そもそもが俺に楽しい時間など望むべくも無かったのだ。
今日は土曜。健全に生活をされている普通人の皆さんなら優雅なる休日を満喫するはずの日。
幸運なことに、年中無休が信条ではないかと誤解しそうな我らがSOS団も本日は休業。
よって本来ならば俺も優雅なる休日組に回り、布団と熱い抱擁を交わしながら惰眠を貪るはずだった。
しかし、現実ってのは意外と厳しい。
とある事情により、俺の明るい未来計画は既に破綻していた。
何故かって?それはだな、

「くくくくく、ふーはっはっははははは!!
 これこそ茶番だ。滅多に見れない、音感ゼロじゃないか、はっはっ。」
こうやって普段無愛想なくせに嫌なところを付いてきて馬鹿笑いをかます未来人と。
「笑っちゃダメですよぉ……ぷぷっ。」
相変わらず俺の神経を逆撫でする能力は天下一品らしい超能力者と。
「────あなたの──音程は────とても、独特ね────。」
地球人類とのコミュニケーション能力が未実装としか思えないTFEI。
よりにもよってこいつらと、カラオケなんぞに来る羽目になり、あまつさえ今しがた俺のミラクルボイスを披露したからだ。
ギャラリーの反応はご覧の通り。
いつぞやの喫茶店では、こいつらとの会合に妹に委任状を持たせて参加させるべきだったかと悩んだものだが、訂正しよう。
こいつらへの代理にはシャミセンで十分だ。妹ですら惜しい。
俺の暗い気分をさらに増長させるように、目の前のモニターが無機質な音と光を映し出す。

『曲目 bird cage  あなたの採点結果は40点です!』

忌々しい、ああ忌々しい、忌々しい。
作られし機械の分際で人間様の声に点数を付けるなどとは神をも恐れぬ暴虐。
まあ神といっても、俺の知っている神はその存在そのものが暴虐だが。
今頃ハカセ君なる小学生の勉強でもみている頃だろうか?

散々な結果にふてくされながら隣の佐々木にマイクを渡す。
そんな俺の顔が可笑しかったのか、佐々木が少し話しかけてきた。
「いやいや、なかなか知る機会のなかった君の音楽の成績について考察を深めさせてもらった。
 しかしこの曲は僕も知っているのだが、アーティストの声が君によく似ていたように思う。
 なかなかいいチョイスだったと思うよ?。」
「そのいいチョイスの結果があれか?」
未だに笑いが収まらないと言った感じの2人+顔色を変えない一人の方を向きながら言う。
お前ら、いつまで笑ってるんだ(一人除く)。
「くっくっ、拗ねるなよ。ある音をどう感じるかはその人次第さ。
 例えば鈴虫の音など、僕たちには心地よく聞こえるが、外国の人には雑音にしか聞こえないとも聞く。
 そんなに気にすることもあるまい。」
もっともらしく慰めているように聞こえるがな、佐々木。
……目が笑っているぞ。
「おや、そうかい?しまったな。これでも隠しているつもりだったのだが。」
もう隠す気もなくなったのか、おかしくて仕方が無い、といったような表情になる。
対して、俺の表情は苦虫を噛み潰したようになっているだろう。
……もういい、お前の番だ、歌えよ。
「そうさせてもらうことにしよう。僕の歌が君にとって雑音でなければいいが。」
そう言うのもそこそこに、イントロが流れる。
曲名は『First Good Bye』か。聞かない曲だな。
まあいい、友人の歌声をおとなしく拝聴することにしよう。

♪もっと解り合えたなら
 今仲良くしてる あの娘が 私で
 いつも 帰り道 Paradice
 アイスを舐めながら 人生無駄遣い

さすが佐々木だ、何でもそつなくこなしやがるな。
雑音どころか、不覚にも少し聞き入ってしまった。
「ふふ、どうですか?佐々木さんの歌は?」
いつの間にか橘が隣に寄ってきていた。
歌を邪魔しないよう、小声で会話する。
「ああ、上手いな。俺とは比べ物にならん。」
「ええ、本当にお上手です。さすが佐々木さん。
 ですが、私が聞きたいのはのはそういう感想ではないんです。」
どういうことだ。
あいにく俺には音感の持ち合わせが無いので、専門的な分析はしかねるぞ。
「そんなことさっきからわかってま……睨まないで下さいよぅ、すいません。
 それよりですね、私が言いたいのは、この曲の歌詞についてですよ。」
歌詞?
ちょうどモニターに映っているので確認する。

♪何も見てないフリで背中見てた
 暗くなって走り出す
 I miss you Baby
 知った恋はジェラシーの悔しさだけ
 置いて 逃げていったけど
 もう Good Bye,Bye! First Love

「おお……。」
思わず感嘆する。
「感じ取れましたか?」
もちろんだ、お前も気付いていたか。
「ああ、悔しさの『悔』と言う字は『梅』に似ているな。」
「誰がそんなところの感想を言えと言ったんですかぁ!!もうっ!!」
憤懣やる方ない、といったような声で橘が言う。
そう言われても困るのだが。
本当に似ていないか?『悔』と『梅』。
「はぁ…もういいです。
 苦労しますねぇ…佐々木さん。」
待て。
何故あいつが苦労を背負い込むことになる。
俺は人畜無害が信条の一般人だぞ。
その熱意をもった主張にも、最早橘は溜息をつくのみだった。
納得がいかない。

そうこうしているうちに佐々木の歌はつつがなく終了。
「やあ、どうだったかね。
 自分の歌、というのは自らでは評価しにくいものでね。客観的な評価が欲しい。」
あれだけ上手いなら俺の感想なんて要らないと思うんだがね。
そうだな、まあ。
「……生憎と雑音には聞こえなかったな。」
「くっくっ、それは何よりだ。さあ、次の人は誰だい?」

そんな感じでしばらく時間が経過した。
それぞれがそれぞれ、好きな曲を歌っていく中で、恐るべき事実が発覚する。
音楽の神の寵愛を受けていないのは俺だけだったらしく、皆一様に上手いのだ。
これではまるでちょっとした晒し者ではないか。
「くっくっ、ご機嫌斜めだね。
 しかしだよ、キョン。今のこの状況は、とても喜ばしいものだとは思わないか?」
どういうことだ。
俺が晒し者になっているのに喜ばしいとは、お前との友情もここまでか?
「そういうことではないよ。考えても見たまえ。
 いつぞやの喫茶店では、僕らの間には常に険悪な雰囲気が終始漂っていた。
 それが今、僕らは誰一人欠席することなく仲良くこんなところに来ている。
 その事実に、思いを致すとね。」
呉越同舟状態は今も変わっていないぞ。
あの時から状況は何も変化していないのだからな。
だいたい、このカラオケはお前が有無を言わさず俺を来させたように記憶しているが。
「それは言わぬが花、というものだよ。
 だが、僕らがあの喫茶店のままの状態なら、それでも君は今日ここには来なかっただろう。
 それだけでも、格段に進歩していると僕は思うよ。君はどうだい?」
佐々木が視線を合わせてくる。
なんとなく耐え切れなくなって、目を周りに逸らす。
そうすると当然、あいつらが目に入る。
橘、藤原、九曜。
こいつらは敵なのか否か、そもそも各人の目的すらも分かっていない。
SOS団の立場からすると、こいつらはいい影響を与えるとは思えない。
だが、今は。
少なくともカラオケに来ているだけの今は。
「……まあ、悪くは無いんじゃないか。」
思わずそんなことを呟いちまったが。
言った瞬間、後悔した。
何故ならば、
「いやいや、そう言って貰うと、僕も予定を組んだ甲斐があるというものだ。」
こうやってニヤニヤしている奴が目の前にいるからだ。
「妄言だ、失言だ、忘れろ!!」
俺の必死の訴えにも耳を貸さない。
ちょうど曲が終わったところらしく、佐々木はマイクに手を伸ばす。
「さて、次は僕の番だからね……と、おやおや。」

♪~♪~♪♪

聞き覚えのあり過ぎるイントロに脱力する。
……佐々木、お前って奴は。
「くっくっ、すまない、どうやら入力を間違えたらしい。
 どうだろう、せっかくだし、君が歌ってくれないだろうか。
 サポートは僕に任せてくれればいい。」
そういいながら、佐々木は新たにもう一つマイクを握る。
何が間違えた、だ。こいつめ。
こんな間違え方があるか。明らかにこれが狙いだっただろう。
やれやれ。
まあ、あれだ。
入れてしまった以上、歌うしかないだろうよ。
だからだな、その。
佐々木が両手に持っているマイクのうち、一本を受け取った理由は。
キャンセルボタンを押すのがめんどくさい、そう、それだけだ。
決して、今日、ほんの少しぐらいは楽しかったかもしれない、と思ったせいではない。断じて。

♪日常を壊すなよ 俺は普通に怠ける
 冒険とかいいから もうどうでもいいから
♪I believe you












おまけ NG集(ボツネタ)

NG 1

「はっはっは。歌の採点40点とはな、傑作だ。」
この野郎。本当におかしそうに笑ってやがる。
やはりシャミセンに来させてネコミミモードでも歌わせれば良かった。
「ほう、では次はキミが歌ってみたまえ。」
佐々木がそんな提案をする。それには俺も同意だ。
「過去の現地民に指図されるのは気に食わんが、まあいいだろう。
 僕をそこの間抜け面と同じだと思うなよ?」

♪~♪♪
何処かできいたような曲調に首を傾げながらも、スタート。
「みッみッみらk」
ガチャ。
『お飲み物お持ちいたしましたー。』
このタイミングでか。
「ああ、どうも。そこに置いていってください。」
自信満々の藤原の歌声は無様にも侵入者によって妨害の憂き目に合っていた。
…まあ、何だ、気を落とすな。

NG 2

おっと、次は九曜の番だ。
あいつに歌という概念があるのか、まずそれを聞きたいところだがな。

「──曖昧──3cm──そりゃぷにっt」
プツッ
いささかの躊躇いも無く停止ボタンを押す。
「────何故──?」
「禁則事項だ。」
「────そう。────────残念。」

NG 3

それは、カラオケルームに入るときのこと。
ふと目に付いたものに俺は疑問を持った。
「橘、その手のタンバリン、まさか持参か?」
橘はさも当然のように、
「ええ、佐々木さんの歌をしっかりとサポートするためですよ!任せてくださいね!」
自信満々にそう言った。
何と言うか、コメントが見つからない。
「……いや、折角だがそれは遠慮しよう。」
佐々木の言葉が、全てを物語っていた。

NG 4

「歌は、上手さじゃない。────ハート────。」
「……ますます気分が沈む慰めありがとよ。」

「しかし君はCDを出すときどうしていたんだい?」
「……聞きたいか?ほんっとーに聞きたいか?」
「いや、いい。……顔が恐いぞ、キョン。」
む、いかんいかん。あのときの悪夢の特訓を思い出してしまった。
リテイク、リテイク、リテイクの嵐だったんでな。あれは朝倉に次ぐ俺のトラウマだ。

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最終更新:2007年07月21日 08:15
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