37-818「卵の殻」

―――私は臆病者だ。
360°堅牢なバリケードを張っていつも自分を守っている。
壊れるのが怖い、崩れ去るのが怖い、本音を出すのが怖い・・・
でもそんな手のうちは絶対、誰にも見られたくない、知られたくない。 
だから私は逃亡者だ。
小さな頃からずっとそう―――
闘うという事をまるで知らない恐がりな弱虫。
ただ泣いてばかりいたような気がする。
そしてまた結局、卵の殻に閉じこもって隠れて逃げている。
人と話すと相手の本心が覗きたくなる。
人間の心の闇が怖いから。
そんな自分が嫌いになりそうになった事もある。 
だから闘い方を学んだ。
これから生きていく為に必要だと考えたから・・・
今のままじゃ駄目だと思ったから・・・ 

その答えが今のこれ?
間違っているような気がする。
テストを解き終えて何度見直しても拭えない不安感みたいなもの。
もっと他にやり方があるのでは?
正直、自分でも時々、馬鹿馬鹿しく感じる事がある。
何をやっているの?私は。
でも、これで自分が守られているのは確か。 
この笑顔はいつかどこかで学んだもの、覚えたもの。
これらは全部、何の為?それはきっと自分の為。
すぐに怯える臆病な私の心を乱されたくないから・・・
後悔はしたくない、してはいけない。
理屈では分かっていても感情がそれを許してくれない―――
だから私は誰よりも何よりも理知的、論理的でありたいと願っている。
そうすれば卵の殻が破れる事はない――― 

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「何それ?」 
今、私はまた一つ分厚い殻を作った。
この人は土足で心に踏み込んできて自分を傷つけない人間かどうか?
相手を客観的に観察する為、距離を取るのは私の癖。
いや、癖というより私の生き方になっているのかも・・・。
それにしてもこの状況は私でなくとも誰だって引くと思う。
家の前でいきなり・・・
 
「ですからあなたとお友達になりたいんです」 

お友達・・・ね。
こういうのを何て言うの?怖い?気持ち悪い?鬱陶しい?面倒臭い?
何故、見ず知らずの人といきなり友人にならなければならないのか
彼女の言葉と笑顔の意味も目的も分からない。 

「えぇ~と・・・そうですね。
あなたはまず初対面の相手には『はじめまして』と挨拶するべきなのでは?」 

人間のコミュニケーションにおいて挨拶による第一印象というのは物凄く大事。
そして彼女はそれにわざとなのかと思う程、完全なる失敗を犯した。
今の私は彼女に対して警戒心と猜疑心、そしてほんの少しの嫌悪感が出てきている。 

「あ!そ、そうですね。すみません・・・
佐々木さんとは何だか初めて会った気がしないのでつい・・・」
「何故、私の名前を知ってるの?」 

こんな鋭い目付きは頼まれたってしたくないんだけどな・・・。
益々、怪しさ満点じゃない?この人は一体、何がしたいんだろう?
これではとてもじゃないけど友達になりたいと思っている人間の取る行動じゃない。
新手のナンパ?私も一応、女なのでそういう趣味はない。
誘拐でもするつもり?勘弁して。 

「あ、あの・・・名前はですね・・・」
「警察に行く?」
「なんでそうなるんですか!?お友達になりたくてずっと見てたから!
ですから佐々木さんの事・・・」 

何?これはストーカー?くっくっ、これは厄介な事に巻き込まれたようだ。
まさか自分がそんなものにつきまとわれるとは思いも寄らなかった。
とにかく・・・
「私はあなたと『お友達』になる気はさらさらありません。
あなたが何をしたいのかさっぱり理由が分からないからね」
「そんなぁ~・・・」
「では、さようなら」
早く買い物に行きたいんだよね。
期末テストも終わって高校生活初めての夏休みに向けて夏服を探しに行きたいから。

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溜息は嫌い。でも、いつの間にか癖になっている。
きっといつも彼と一緒にいたから。
そんな癖が私に移ってしまった事が何故か妙に嬉しい。
そんな事に未だに彼との繋がりを感じている。
なんて馬鹿みたい――― 

「何故、付いてくるの?そんなにずっと後ろをつきまとわれていると
実に気になってしまって仕方がないんですけどね」
気持ち悪いし・・・
「だってお友達ですから♪次はどのお店に行きます?」
無視。
「んんっ、もう!ちょっと待って下さい!どこ行くんですか~?」
もっとゆっくり見て回りたい。
「あ!ワンピースですか?可愛いですね♪
さすが佐々木さん、服のセンスも良いのですね。私も何か買いたいな」
「君は胸が無いからワンピースを着ると実に貧相に見えてしまうよ」
なんか意地悪してみたくなってしまった。やられっ放しは癪に障るからね。
「うぅ・・・気にしてるのに・・・」
何なの?この人。放っておこう。
「これなんか佐々木さんに凄く似合うと思います」
なんで私がそんな胸の開いた服を着なきゃいけないのよ。
「佐々木さんがこれを着て男の子に迫ればイチコロなのです」
その言葉に反応を示してしまった自分が悔しい。 

それよりもお腹が空いたな・・・お昼ご飯、何にしよう?
「そろそろお昼ですね」
私の心を見抜かないで。不愉快だから。
「お薦めのお店があります。行きましょう!」
行きません。 

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「何故、あなたは私の目の前に座っているの?」
「一緒にランチなのです♪奢りますよ」
「あなたは私と友達になりたいんでしょう?
友達で奢るなんてのは余程の貸しでも無い限りは有り得ない。
つまり友達になるというのは主目的ではないと感じてしまうね。
そんな風に私のご機嫌を取って何が目的・・・」
「あたしはカツ丼とAセットにチョコレートパフェで♪」 

聞いてないね・・・いや、話を逸らしたのかな?
それに訳の分からない食い合わせだ。 

「今日は領収書が落ちるから思う存分食べないと・・・」
「領収書?」 

ほぅら、目を見開いて少し泳いだね。
何か嘘か隠し事がある証拠さ。
少しばかり訊ねたい事が出てきたが、ひとまず・・・ 

「和風豆腐ハンバーグとBセットをパンで」
最近、大豆食品に凝っているんだ。
「こちらのハンバーグは付け合わせにマッシュポテトか目玉焼きをお選び頂けます」
「目玉焼きで」
うん、これでカロリー調整は完璧なはず。 

「ドリンクバーで何か取って来ましょうか?何飲みます?」
「ありがとう。じゃあ、あなたと同じもので」 
遠目で見るとそんなに歳も変わらないようだけど、
あのツインテールはさすがにやり過ぎかもね。
人から見たら友達同士にしか見えないんだろうな。 

「はい、佐々木さん」
冷たいウーロン茶だった。意外と趣味は合うかも。でも・・・
「はい、交換」
彼女が烏龍茶に一口付けたのを確認して置かれた自分と彼女の烏龍茶を交換した。
睡眠薬でも入っていたらたまったもんじゃないからね。
「何するんですか!?」
「毒味」
「酷い・・・そんな変な事しませんってばぁ~・・・」
だってあなた、怪し過ぎるんだもん。
「ところで佐々木さんは今、好きな男の子とかっているんですか!?」
やれやれ・・・あまりに唐突過ぎるけどやっぱり女の子と一緒に食事なんてなると
きっとこういう話が出るんだろうと予想はしていたけどね。 

「哀れだね」 
彼女は不思議そうな顔をしている。 
「可哀想なのさ、恋愛に没頭するような人間を見ると。
私は一人でいる気軽さというものを愛している。
それはただただ思索に耽っていても自分の考えに基づいて行動する事も
誰にも邪魔されず制限もされない。
実に有意義な時間。
それを恋愛という不確定要素で乱されてしまっては実に不愉快なんだよね」

相手を黙らせるにはこちらからぐうの音も出ない程、畳み掛けてしまうのが最適だ。

「より優れた子孫を残す為の本能としての働きはあるかもしれないが、
その本能を実行する為に多くの緻密なデータの積み重ねはあるの?
そう、『何となく』であるケースがほとんどでしょう?くっくっ・・・
恋愛に溺れた時の男の浅ましさにも女の視野の偏狭さにも
つくづく呆れるばかりよね。
いや、こういう私も女だから自慢する訳ではないけど悲しいかな、
それなりに男性からの好意のアプローチを受けた事はあるよ。
話さえした事も無いような人からでもね。
でも大概の理由は『理由はわからないが好きだ』
分からないものに身を委ねろと平気で口に出してくる。
何を以て判断を下しているの?外見?それとも性的欲求?
こういうのを冷めていると思う?
だから距離を置きたくなるの。
煩わしい、面倒、邪魔、不必要、口もききたくなくなる」 

そう、恋愛なんて心を乱されるだけの棘。 

「しかし、そういうものが通じるのも幼少期だけ。
形成されたコミュニティの中で生活をしていく為には
ある程度の社交性というものも必要になってくる。
無視してばかりもいられないからね。
だけど、ただ無視して黙っていたら
男は勘違いして物静かでシャイな女の子なんだって勝手に決めつけて
更に調子に乗ってつけあがる一方だった。
それを見た女の中には勝手に私を敵視してくる連中までいたよ。
うんざり、本当にうんざり。
だから方策を考えたのさ、憂鬱な邪魔者がすり寄ってこない方法論をね。
分かる?」 

彼女の笑顔は変わらない。 

「私に対して恋愛感情なんて下らないものを
向けられないようにすれば良いと考えた。
つまり男と同一視してくれれば良いと思い付いた。
恋愛感情が本能によるものならばこちらを『女』と感じさせない方法を取ってみた。
だから実は私は男の前では一人称を『僕』としている。
これが思いの外、上手くいってね。
それからぱたりと周りが静かになった。
少々、奇人変人扱いされてしまう場合もあるにはあるが、概ね問題はなく良好だよ」 

彼女の笑顔は変わらない。これは話がまるで通じなかったかな?
「佐々木さんは・・・」
少し余計な話をし過ぎてしまったかもね。
でも、これで彼女も離れてくれれば気が楽なのだが。
「・・・やっぱり臆病なんですね」 
佐々木は少し目を見開き、身体を後ろにそらした。臆病・・・? 

「佐々木さんはとても穏やかで、もの静かで、自分をとても強く律している方です。
それは過剰なくらいに。でも、少し話をしてみて確信しました」 

あなたに私の何が分かるというの? 

「佐々木さんは実はとても繊細で傷つき易い臆病な人。
そして実はとっても優しい人なんだって。
だから怖いんですね、恋愛が、欲望が、そして人間が」 

また私のどこかに棘が刺さった。 

「だから自分を守る為に見ようともせずに距離を取る、避ける、逃げ出す。
でも、佐々木さんが不必要だから切り捨てたと思っているものは
今でも佐々木さんの中に確かに存在しています。
しかもそれは世界を大きく改変出来るくらいに重大なものになるかもしれません」 

何を言っているの?なんだか的外れな事を言い出す人。
まぁ、価値観が変わる事で世界や物事の見方が変わると言う事は
今後、あり得る話かもしれないけどね。
それにしても豆腐ハンバーグまだかな?あ、来た。 

「否定して目を逸らしても駄目ですよ?あたし知ってますから」 

変な人・・・私はお先にハンバーグいただきます。 

「佐々木さんはあの方と一緒にいる時、卵の殻にヒビが入るんです」 

あの方?卵の殻? 

「その隙間から歌ったり踊ったりする楽しそうな声がいっぱい聞こえてきます。
カナリアみたいな綺麗な歌声が穏やかで暖かいすごく優しい風に乗って
ゆっくりと窓が開くのです。あたしは知ってますから」
どうでも良いけどカツ丼来たよ。冷めたらせっかくのフワフワ卵が台無しだ。

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「さて、そろそろ自己紹介をしてもらおうかな?」
ここの豆腐ハンバーグ、なかなかの高得点だ。 

「そして、何が目的なのかも教えてね。
それと『はじめまして』は忘れずに、橘京子さん」
「はい、それでは・・・な、なんであたしの名前知ってるんですか!?」
「くっくっくっ、やられっ放しじゃいられないからね。
プライバシーの侵害に当たるけどそれはお互い様でしょう?
あなたのそれ、素敵な鞄だけどセキュリティーは甘いね」
「一体いつの間に・・・」
「横を歩いている時、お手洗いに行った時、ドリンクバーに飲み物を取りに行った時、
隙はいくらでもあったよ」
「すぐにでもプロになれますよ・・・佐々木さん」
「ありがとう」 

本当はちょっと冒険した後みたいにドキドキなんだけどね。 

「それでは気を取り直して、はい。あたしは橘京子と申します。
あたしの事は京子か京子ちゃんと呼んで下さい♪」
「そう・・・それで橘さんは私に何の用があるの?」
「んんっ、もう!京子って呼んで下さい!あ、チョコレートパフェ食べます?」 
要らない。 

「目的はもう言いました。あたしは佐々木さんとお友達になりたいのです」
「領収書って何?」
うん、また少し目が泳いだね。 

「領収書と言う事はお金を出してくれる何らかのいわば
スポンサーがいると言う事だ。それは会社組織のようなもの?
個人的に友人になりたいと思ってる人間と一緒に食事をするのに
領収書なんて必要だとは思えないしね。
つまり、ただ個人的な趣味で私に近付いてきただけとは思えない」
「りょ、領収書の事はえぇ~と・・・
あたしの家ではいつも食事に行った時に領収書を取っててそれがないと
お小遣いを貰えないのです」
「ふ~ん・・・じゃあ、初対面にも関わらず私の名前を知っているのは?」
「ひょ、表札を見て、お家の」
「そう・・・まぁ、もう構わないよ。しばらく観察してみたけど
君がどこかに連絡を取っているような素振りもなかったし、
わざと人通りの少ない路地に入って隙を作ったけど
別段、誘拐されそうな雰囲気もなかったしね」 

かといって信用した訳ではないけれども。 

「誘拐なんてする訳ありません!本当にただお友達になりたいの!」
「分かったよ。好きにして。私はもう行くよ」
「あ、待って下さい!あたしが奢りますから!」
「さっきも言ったはずよ。
友達になりたいのなら自分の分は自分で払う。
お互い、貸しも借りも無いのだからね。
でも、パフェをチョコと苺の二個はさすがに食べ過ぎ、太るよ」 

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その後も橘京子は私の歩く所へずっと付いて来た。
服屋、靴屋、本屋、眼鏡屋、喫茶店。
何故かやたらと彼女はカラオケに行かないか?と誘って来た。
密室で女二人が大音量で歌って何が楽しいの? 
「私はもう家に帰るよ。あなたはどうするの?」
「そうですね。もう夕方ですし、じゃあ、あたしも」
疲れた・・・やっぱり女同士って疲れる・・・。

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疲れた・・・こんなに佐々木さんに手玉に取られるとは思いも寄らなかった・・・。
でも、こうでなくっちゃ!あたしが組織に発案した計画の一端を担うには
佐々木さんは最高の人材!さすがだわ!
さてと・・・一回、組織に顔を出して今日の事を報告しなきゃ。
その後、閉鎖空間のチェックして今日の報告書を仕上げて・・・忙しい。
タクシー使いたいけど緊急時じゃないから
きっと交通費は電車賃分しか落ちないわね。
お給料前だからあまり無駄遣いは出来ません!
夕陽が眩しい・・・。

組織の持つビルの扉の前に着くとあたしと同じ幹部の一人が煙草を吸っていた。
「おぅ、橘。今日はご機嫌だな。聞いたぞ、例のあれは上手くいったようだな」
「橘京子、ただいま本日の個別任務第三号、完了致しました」
「ご苦労さん」
「組織にはこれから報告しますので中へ・・・」
「いや、監視に回した部下から概ねの状況報告は受けているよ。
幹部のお前がわざわざ出向かんでも大丈夫だ。
それで彼女と直接会って話をしてみてどうだった?
彼女は癖は強いが、なかなかの切れ者だったろう?バレてないよな?」
「えぇ、その点はご心配なく」
「そうか。疲れたんじゃないか?」
「えぇ、まぁ、ほんの少しだけ。
でも佐々木さんはあたし達『組織』にとって『神の力』を手に入れる為には
絶対に必要不可欠な方ですから」
それに佐々木さんと親しくなれたから今日の任務は大成功。
今夜の晩御飯には自分へのご褒美にアイスクリームを付けよう。
「いつもの閉鎖空間のチェックが済んだら今日はもう帰って良いぞ」
「了解致しました。あとこれ、本日の経費の領収書です」
「おぅ。ん?おいおい、随分と食ったな。育ち盛りと言う事か?」
「そ、そうですね。彼女はダイエットなんかとは無縁の人なのでしょうか?
それだけ食べてあの体型を保てるなんて羨ましい限りなのです」
こういう時はたっぷりの笑顔♪ 

閉鎖空間は相変わらず、穏やかでゆったりとしていた。
今日の任務は組織としても一歩大きく前進する為に必要な事項であった。
直に接触する事に難色を示す意見もあったが、あまりの動きのなさと
そして一つの報告が決め手となった。
涼宮ハルヒと彼女に生み出された超能力者が集う『機関』が接触を図った。
その報告は組織を大きく動かした。
佐々木さんと対をなす『神の力』を持つ女性、涼宮ハルヒ―――
世界を大きく動かし操る『神の力』―――
あの力を向こう側にだけ独占させる訳にはいかない。
より安定した精神を持つ佐々木さんにこそ、あの力はふさわしい代物。
今のままではあまりにも不確定要素が多過ぎる。
それからあたしの企画書により大多数は
佐々木さんへの接触、干渉を行う事に対して賛成に回った。
その動きへと傾いたのには佐々木さんの性質も大きく作用している。
何故なら彼女に混乱や感情の爆発は皆無と言っても良い。
常に理知的、論理的であって動揺する事なく、解決策を導き出す。
組織側からアクションを掛けてみても大きな混乱を引き起こす可能性は低いと
判断された。それに組織の上層部も焦っているように感じている。
当然か・・・それは世界を掌握する力なのだから。

閉鎖空間を出たあたしは携帯のメールで『異常なし』と簡単な報告を入れて
途中のコンビニでアイスクリームを買って家路に着いた。
今夜の晩御飯は冷蔵庫の残り物。
お昼食べ過ぎちゃったからちょっと気になる。
早くお風呂に入って寝たい・・・。
街灯の光る帰りの夜道で思い浮かぶのはそんな事ばかり。
こんな何気ない億劫な事柄もプライベートタイムとして
組織の人間になってから好きな時間だと実感している。
あぁ、そうだ。報告書・・・どうしよう?
思い悩んでいるうちに家の玄関に辿り着いた。
人間は本当に不思議な生き物だと思う。
全く別の事を考えていて帰り道なんて無意識で気にもしていないのに
いつの間にか家の前に立っている。
つくづく都合良く出来ている生き物だと思う。 

「よいしょ・・・ん?あれ?」
嘘でしょ!?確かに鞄の中に・・・
「家の鍵・・・無くしちゃった!?嘘!?どっかに落としちゃった!?」
「くっくっ、探し物はこれかな?『組織』幹部の橘京子さん♪」 

頭が真っ白になった―――
これ以上、適切な表現はない。
嘘でしょ・・・?何これ?どういう事?
「やはり君は個人的な理由で僕に接触してきた訳ではなかったのだね、橘さん。
君くらいの年齢で『組織』の幹部にのし上がるとは
余程、仕事は出来る方のようだ。でも、実に迂闊だったね」 

なんで『組織』の事を? 

「鍵を抜き取られていた事に今の今まで気が付かない、
尾行への注意も足りない、外で極秘任務を口外し、
報告を済ましてしまったのも実に不注意としか言えない失態の数々だ」 

さ、佐々木さん?まさか・・・ 

「まぁ、こういう事はどのような組織であっても憂慮すべき問題だ。
君は蟻の巣の法則を知っているかい?
蟻というのは例え、数を増やそうが減らそうが働くのは八割のみで
残りの二割は必ず仕事もせずにサボるそうだ。
そう、組織というのはどんなに固くネジを締めても
必ずどこか緩んで漏れてしまうものなのさ。
あなたに非がある訳ではなく、これは避けようのない組織の性というものだね」 

背中に汗が伝う・・・ 

「汗をかいているね?暑い?中に入って少し話をしようか?
君のお家で冷たい烏龍茶でも飲みながらた~っぷりとね」
佐々木さんの素敵な可愛い笑顔が霞んで見える。

ゆっくりと扉が開く。まるで地獄への入り口みたいに。
「何を・・・」
「あぁ、それと力ずくでどうにかしようなんて考えは起こさない方が良いよ。
理由は勿論、分かっているよね?
それに君達『組織』は僕が絶対必要不可欠な存在だとも言っていたね。
と言う事は僕に手を出す事は決して出来ない立場なのかな?」 

この人はどこまで知っているの?どこまでバレた? 

「ふむ・・・女子高生の一人暮らしにしては悪くない部屋だね。
これも『組織』とやらが資金源になっているのかな?」 

探りを入れられている・・・下手な事は喋れない。
「沈黙は金なり、だね・・・」 

佐々木さんがどこまで知っているのか引き出す事が先決。
『組織』について知られても実態を隠す手立てはいくらでもある。
なにか別の目的を仕立て上げてカモフラージュすれば・・・ 

「烏龍茶は僕が入れるよ。豆乳無い?混ぜると美味しいんだよね」 
氷がカランと鳴る音が響く。
「やっぱりあった。うん、やはり君とはいくらか趣向が合うようだ」
佐々木さんが最近、美容と健康の為に豆乳にハマっているという報告書を読んで
あたしも試しに始めてみただけ。お陰で体調は凄く良いけれど。 

「くっくっ、まるでこの豆乳の入った烏龍茶のようだね」
何がですか?
「あれは何なの?」
あれ?あれって何?
「あの真っ白な世界。『閉鎖空間』って言ってたっけ?」
目眩と吐き気がして床に倒れ込んでしまいそうになった。
閉鎖空間の事まで知られている・・・でも、なんで? 

「うん、なんで?って感じの顔だ。疑問が頭を駆け回っている様子だね、橘さん。
難しい問題ではないよ、答えは簡単さ。
僕は君があの『閉鎖空間』とやらに消えていくのをこの目で見ていたから。
目の前でああもまざまざと見せつけられればね。
はっきりと確認しさえすれば意識してみれば何て事は無い。
実にすんなり私も侵入出来たよ、軽々とね。
映画にでも出てくるちょっとしたスペクタクル気分だったね」 

あたしは今、ホラーミステリーで追い詰められた犯人の気分なのです・・・ 

「あれは何?まぁ、話したくなければそれでも構わないけどあれは面白いね。
何だかむず痒いけどホッと安らぐ、落ち着く感じの場所だったよ、あれは。
実に不思議だね。あれも私と何か関係のある事柄なのかな?」 
あたし、これで『組織』をクビになるかも・・・
でも、泣いちゃ駄目!まだ諦めちゃ駄目!
ここは笑顔を振りまいて強く立ち上がるのです!橘京子!

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うん、どうやらあの『閉鎖空間』とやらも私と関係のある事柄のようだ。
この橘京子という女性の癖や特徴は今日一日ずっと観察していた。
あれだけ身近で曝け出してくれれば分析を行うのは容易い。
彼女は普段と嘘や隠し事をしている時とで笑顔の形が微妙に違う。
その違いはわずかだけれどもしばらくずっと見ていると違いが分かる。
さぁて・・・次はどんな角度でどう攻めてみようかな?
「次は橘さんの番だよ。色々と話を聞かせて欲しいな」
橘京子は喋らない。何を話すべきか黙って考えているのだろう。
この人は猪突猛進するタイプのようだけれども決して馬鹿ではない。
頭の回転が速い為に行動に移すのも早く、それに周りが付いて行けずに
傍目からは暴走しているように映ってしまうタイプだ。 

「あたし、超能力者なのです・・・」 

おやおや、これはまた物凄い珍妙な切り口だ。 
「じゃあ、何かやってみせて?」 
会話の主導権を握るにはみなまで喋らせずにこちらから切り出していく、基本だよ。
「それは無理。普段のあたしには何の能力もありません」
「普段?ふ~ん・・・じゃあ、何を以て超能力者と定義されるの?
普段が無いなら何らかの特殊な条件下ではあると考えられるね」
「は、はい。それがあの『閉鎖空間』なのです」
「なるほど」
と言っても納得した訳ではない。
彼女の言葉はふざけて嘘を付いているのか真実なのか・・・。
「あぁ~ひょっとしてこうかな?つまり、あの『閉鎖空間』とやらは
超能力を発現させる為の特殊な空間、とでも解釈すれば良いのかな?」
「・・・はい」
「そこでその超能力とやらを発揮出来るのが橘さんな訳だ。他には?」
「他?」
「他にはその超能力者っていないの?」
「あ、はい。いません」
「そう。橘さん、嘘を付いたら閻魔大王に舌を引っこ抜かれるよ。
くっくっ、閻魔大王にね・・・でも、お陰で少し確信を持てたよ。
超能力云々の話は本当のようだね。
でなければ他に超能力者はいないなんて嘘をつく必要がない。
そんな話を信じさせたいなら他にもいると言った方が良いからね。
つまり、他にも超能力者はいるけどもっと大きな
隠さなきゃいけない秘密があるからこそ、付いた小さな嘘だ。論理的に見ればね」
この烏龍茶、美味しい。
「そして、それが超能力者集団、あの『組織』と言った所なのだろうね」

これで半分程度、話が繋がった。
彼女は超能力者。他にも超能力者はいる。
その能力は『閉鎖空間』という特殊状況下でのみ発現する。
そしてその超能力者を集めた『組織』が存在する。
いや、先に『組織』があって超能力者を集めているのかな?
そして彼女はその『組織』の幹部。 

しかし一つだけ全く繋がらない・・・私だ。 

何故、そんな『組織』が私に接触してきたのか?
何の関係があるの?私は生憎、そんな超能力に目覚めた事実も記憶も無い。
いや、私に自覚が無いだけで何らかを感知するシステムがあるのだろうか?
もし、そんなシステムがあるのだとすれば今ある情報から導き出される答えは
そのシステムがあの『閉鎖空間』なのであろう。
しかし、そんな超能力が私にあるのだとすればこんなお友達になりたいだなんて
回りくどい手を使って近付く必要がない。
さっさと『閉鎖空間』に連れて行って
『あなたは超能力者』と私に言ってしまえば済む話だ。
つまり、これらの事実から推測される答えは・・・
彼女はまだ私に話していないもっと大きな何かを隠している。
それが多分あの最後のカード・・・ 

「それで?そこであなたは何をしているの?」
「それで、あの・・・」
沈黙と牽制。あまり下手に余計な事を喋らない方が良い。
情報を引き出すにはこちらのカードを晒さずに相手に喋らせる。
「『閉鎖空間』のチェックなんかを」
「異常が無いかどうかを確かめていたんだね。
くっくっ、デートの後にお仕事とは、うん、それは実に勤勉な仕事ぶりだ」
橘京子はまだ烏龍茶に手を付けない。美味しいのに。
「で、あなた方『組織』は僕に一体、何をして欲しいの?」
このツインテールの超能力者は目を伏せて俯いている。 

きっと橘京子は必ずここで何らかの嘘を付いてくるはず。
恐らく、ここがその『組織』や超能力なんて突拍子も無い話と私とを繋ぐ
重要なファクターだから。 

「何も・・・」 
何も? 

「何もしないで欲しいのです。
何もせずにこれまで同じようにこれからも生活していって欲しいのです」
「それは無理だね。僕はもう色々と知らなくても良い事を知ってしまった。
今更引き返せとは脅しのつもり?それに普通に生活しているだけなのに
君達にチラチラと監視され覗かれるのは非常に不愉快だね」
「ごめんなさい・・・」
「謝れば良いと言うものではないよ。このままだとただの敵対関係となるだけ」
「それは困ります!そんな敵視されると・・・」
「君達が困る?きっとそうなんだろうね。
最初言っていた目的は『お友達になりたい』だったからね。
それが本当の目的だとは思えないが僕を取り込みたいのは確かなようだ」
「そんな・・・取り込むだなんて・・・」 

でも、ぼんやりと見えてきたよ。
その『組織』は私を超能力者としてスカウトしに来た訳ではない。
だけれども『組織』は私の存在を欲しがっている。
その為に支離滅裂で調子外れなやり方で私と『お友達』になりたいとやってきた。
そして『組織』は私の事は注意深く観察を続けている。
非常に不愉快で唾棄したくなるほどの嫌悪感を感じるけれどもね!
その『組織』にとって私は絶対的に必要不可欠な存在。
最後のカードを切ろう。それはつまり・・・ 

「僕が何らかの条件により『神の力』を手に入れる可能性があると言う事だね」 

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―――『神の力』?

そんなものを信じろというの?
そんな子供じみた妄想の産物のような言葉を?
随分とカルト宗教的な匂いのするおかしな言葉だ。
でも、様々なものを目にするうちに私がしらない何かが存在していると言う事は
事実として避けられないのだと思えてきた。
これまで私が無知で知らなかっただけなのかもしれない。
非常識だから信じないは通用しない。
何らかの理由により私にはそんな事は一切知らされず、
他人ばかりが知っている。そして私の存在を欲しがっている。

―――『神の力』

その言葉を聞いた時、私は思わず笑って噴き出しそうになった。
よく友人に「変で奇妙な笑い方」と言われる声で、
私自身は普通だと思っているのだけれども。
何を言っているの?この頓珍漢なツインテール女、と。
でも、彼女を尾行しているうちにいくつかのおかしな現象と行動を目の当たりにする。
最初は彼女がどこに住んでいて正体は何者なのか?
そんな好奇心から冒険のつもりで尾行していた。
そのうちに少しずつ怖くなっていく。
彼女の鍵を抜き取った事を少し後悔した。
自分の好奇心を諌めたくなった。
しかし、一度やり始めてしまった事を途中で投げ出す訳には
いかない状況になってしまった。納得がいかなかったから。
彼女の前に現れる瞬間が一番緊張した。
そして、彼女の部屋で問い詰める際にも危険はないか?
論理的な不備は無いか?心臓がずっとドキドキ脈打っていた。
だから私は緊張しないように震えないように作り上げた分身、
『男と話をする時の僕』で初めて女の子である橘京子と言葉を交わした。
この『僕』は僕であって私でない。
人前で弱く臆病な泣き虫の私を守る為の『卵の殻』―――
絶対に誰にも開かせないよう、覗かせないよう、
論理と理屈と知性で構築された迷宮まで張り巡らせて――― 

━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━

―――橘京子は心臓が握り潰された感覚に陥った。
いや、今この瞬間に止まったかもしれない。心臓も時間も存在そのものも。
目眩と吐き気で顔が青くなっているだろう事は感じていた。
頭にも血が巡っていない。
目の前にいる相手に常に先手先手で攻め込まれて背中に冷や汗が伝っていた。
でも、そんな重要な情報を与えたつもりはない。
もうある程度の妥協は仕方が無いとバレても差し支えの無い所まで
小出しに情報を分け与えた。
そうすれば相手の好奇心は満たされてくれるはずと。
・・・甘かった。
完全に失敗した。
どこまで知っているのか探るつもりが逆に探られていて
しかも最後のカードをタイミング良く切り出されてしまった。

―――『神の力』

それだけは知られたくなかった。
彼女の性質からしてそんなものが存在し、且つその力を持つ事が可能だと分かっても
きっと彼女は頑なに拒否するだろう。
それに『組織』としても彼女にその力を自覚させた上で持たせる事は
危険だと判断している。
それは今その『神の力』を保有している涼宮ハルヒに関わる『機関』の見解も同じだ。
当たり前である。
個人の思いつきや気紛れで世界を改変されようものならたまったものではない。
思い通りに動かせてしまうのだ、何もかもが。
でも、彼女はきっともう気が付いている。
自分の存在がただの女の子ではない事を――― 

佐々木さんは烏龍茶を手に微笑んでいる。
こんな状況でなければ天使みたいに可愛いのに・・・ 

「烏龍茶、美味しいよ。飲みなよ」 

彼女のこの落ち着きと頭の回転の速さは何?
こんな人、『組織』のスパイ部門にだって数えるくらいしかいない。 

「橘さん、あの煙草を吸っていた人にこう言っていたよね?
僕は『組織』にとって『神の力』を手に入れる為には絶対に必要不可欠な人間だと」 

ほとんどの人はそれを聞いても何の話か分からないだろう。
ちょっとした暗号めいた言葉遊びなのだと気にも留めないに違いない。
でも彼女は違った。
知的好奇心の旺盛なのと理知的な頭脳をもってしてここまで辿り着いてしまった。 
もう隠せないの? 

「隠せないよ、もう。
君の言葉からしてその『神の力』はまだ『組織』は持っていない。
それを手に入れる為に僕は絶対に必要不可欠な存在。
そしてその力の事は『組織』としては僕に知られたくなかった」 

知られちゃいけなかった・・・ 

「じゃあ、僕が『神の力』の保有者?それも違う。
それならば『神の力』を持つ僕が必要だという表現となるはずだ。
でもあなたは言った。『神の力』を手に入れる為に僕が必要だと。
つまり『神の力』は僕でもなく、『組織』でもなく、
どこか別の所に存在しているという事だ。
ここから推察される『神の力』と僕との関係はつまり・・・」 

話が逸れる事無く進んでいく。 
何故たったこれだけの情報でここまで筋道立てて進む事が出来るの? 

「僕がその『神の力』を動かす事の出来る人間、そして更に踏み込めば
僕自身がその『神の力』を保有する権利を持つ『器』だという可能性もある」

━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━

終わった。最後のカードを切った。
この推論から外れる証明は他に思い浮かばない。
こんな話は信じたくもないし、馬鹿馬鹿しいとも思うけれど
その為に何か大きな『組織』が動いているのは確かだから。
橘京子は身を固めて押し黙っている。
せっかく入れた烏龍茶の氷は全て解けてしまった。
薄くなったら不味いのに。 

「それは・・・」
「もう駆け引きや騙し合いはよそう。そんな事を繰り返していても
何の発展も望めないし、徒労に終わるばかりだ」 
お腹も空いてきたしね。 
「はい、もう覚悟を決めました」
「そう?ありがとう。では、話してくれないかい?
私達がもっと『お友達』になる為にいっぱい話をしよう」 
これからの事も含めて。

「橘さん、あなたが言う『閉鎖空間』や『神の力』については分かったよ」 
まさか私自身の精神が『閉鎖空間』なんて
訳の分からないものを生み出しているとはね。
あなたが『組織』幹部の超能力者というのも面白いと思ったけど、
私もまさかそんな珍妙な存在だとは思いも寄らなかったよ、くっくっ。
で、その『神の力』は本来、私が持つべきものだった。
だけど今は保有していない。
そして、その力を現在保有しているのは『涼宮ハルヒ』なる女性だという事もね。
ようやく彼女は豆乳入り烏龍茶を飲み始めた。
私もさっきまで緊張感は少し和らいでいる。 

「で、その涼宮さんなる女性と私とが何の関係があるの?
私はそんな人とは会った事もないし、面識も無い。
どんなに記憶を手繰っても繋がりが思い浮かばないな」
「その『神の力』にはそれを発現させる為の『器』と『鍵』が必要なのです。
佐々木さんやその涼宮さんは『器』としての能力を持っています。
そして『鍵』は佐々木さん、あなたがよくご存知の人物なのです」 

へぇ~・・・
そんな大仰で厄介な役割を担わされている可哀想なご不幸者はどこの誰? 

「佐々木さんと大の仲良しの彼です、キョンさん」
キョン!?キョンなの!?
「・・・くっ・・・くっくっくっ、まさかここでキョンが出てくるとは・・・
つくづく彼は妙な役回りを与えられる運命にあるようだ」 

橘京子は笑っている。これは普段の彼女の笑顔だ。 
「彼女もキョンさんと同じ北高に通学しています」
「でも、それはおかしいね。そうするとキョンがその涼宮さんと出会ったのは
高校と言う事になる。何故、キョンと先に出会っていた私にその『神の力』とやらが
発現しなかったのだい?」
「そこで更にいくつかの複雑な要因が絡み合っています。
ここから少し前置きが長くなってしまいますが、重大なお話です。
涼宮さんはキョンさんを引き連れて『SOS団』なる団体を作り上げました。
その団体の活動自体はそれほど問題ではありません。問題はそのメンバーです」 

SOS団?それはまた不思議な名前、お助け福祉団体か何かかな? 

「メンバーはキョンさんと涼宮さんの二人を合わせて計5人。
そしてその構成メンバーのうちの一人にあたし達『組織』と敵対する
とある『機関』のメンバーが所属しています。
名前は古泉一樹。彼も超能力者です」 

なるほどね。 

「つまりこういう事かな?橘さん。その『機関』の超能力者、古泉一樹なる人物が
『神の力』を持つ涼宮さんと接触を図った事に力の独占への危惧と焦燥を感じた。
そして、あなた達『組織』は私へ能力を与えたいが為に的外れな方法で
私にコンタクトを取ってきた訳だ。違う?」 

組織同士の争いなんてものは大体、いつもそんな理由さ。 

「それが力の発動と何の関わりがあるの?」
そこまでだとただの権力闘争にしか過ぎない。
「はい、実はあとの二人のメンバーもとても厄介なのです。
一人は簡単に言ってしまえば宇宙人です」 

くっくっくっ、宇宙人とこれまた面白い話になってきたよ。
常に平々凡々を愛していたキョン、君の高校生活は一体どうなっているのだい? 

「笑い事じゃありません。これは非常に由々しき問題なのです!
その宇宙人は全宇宙に広がる情報系の海から発生した、
非常に高度な知性を持つ通称『情報統合思念体』と呼ばれる生命体から生み出された
地球の人間とコンタクトを取る為のインターフェースなのです。
あたし達はそのインターフェースの事をTFEI端末と呼んでいます」
「TFEIが苗字?」
「からかわないで下さい!!」
「くっくっ、冗談だよ。ところで宇宙人にも名前ってあるの?」
「その端末の名前は長門有希という名前らしいのですが、宇宙人の目的は
涼宮さんの観察です。何でも進化にいきずまったその『情報統合思念体』が
自律進化の可能性を涼宮さんの能力に求めているそうなのですが、
目的が観察なだけにこれと言った大きな問題は現れていないようです」
「その名前と目的から推察するにその宇宙人さんは見た目はただの女の子なのかな?」
「そうらしいです。報告書を見る限りでは」
「自律進化の可能性ね・・・宇宙人さんにも色々とお悩みがあるようだ」 

「そしてもう一人・・・その人物が『神の力』を佐々木さんではなく、
涼宮さんに発現させる要因となった人物とも言えます」
そんな事が出来るなんて人物とはどのような方なのか実に興味があるね。
「名前は朝比奈みくる。未来人です」 

み、未来人!?くっくっ、まただよ?キョン。
今の君の高校生活はとんでもない所に飛躍していて本当に充実していそうだね。 

「彼女自体はその『神の力』にどうこうする能力はありません。ただ彼女には・・・」
「タイムスリップかい?」
「はい!そうです!やっぱり佐々木さんは理解が早い!」 

まぁ、展開から言えばそういう話になるだろうね。 
「そして、そのタイムスリップの能力によって僕とキョンが出会う前に 
キョンと涼宮さんが出会うように仕掛けられていて
何かしらの出来事が引き起こされていたと言った所じゃないかな?どう?橘さん」
「はい、その通りなのです」 

━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━

えっ!?ちょっと私、耳が遠くなったかな?
この人は何言ってるの?ねぇ、大丈夫?
ショックで混乱してるの?橘さん?

「ですから、佐々木さん!キョンさんと付き合って下さい!!
今からでも電話で良いので告白しましょう!!
大丈夫です!彼にはまだ特定の彼女はいないようですし、
佐々木さんは可愛いですからきっと夏の誘惑でコロリと行くはずです。
『組織』のリサーチによれば、今からでもキスまでなら彼もOKだと思います。
さぁ!早く呼び出しましょう!」 

いやいやいや、意味が分からないよ、橘さん。
なんでそんな話になっちゃうの? 

「ちょっと話を整理しよう?キョンが『神の力』を手に入れる為の
『鍵』だと言う事は受け入れるけど、それでなんで私とキョンが
その、なんて言うの?こ、恋人関係にならなきゃいけないの?」
「嫌ですか?」 

嫌とかそういう事じゃなくて・・・ 

「だってキョンとは『親友』であってそんな関係じゃないもの!
男だ女だなんて性別を超えた関係なの!」 

橘さんは豆乳入り烏龍茶をおいしそうに飲んでいる。
何?そのニヤニヤ顔は!? 

「だって、佐々木さぁ~ん♪あんなにキョンさんの事が大好きなのに・・・」
「な!?止めてよ!そんなんじゃないってば!!
それにね、もう一つ勘違いがあるよ。橘さんのこれまでの話を信じるとして
私は『神の力』だなんて世界を改変させてしまうような物騒な代物は
絶対に要らない!必要無いよ!」
「なんで!?あの力の本来の持ち主は佐々木さんなのです!
ただ貸してたものを返してもらうだけ」
「だとしても要らない。私は凡人だよ。
そんなものを背負えるほど強くは出来ていないの」 

そう、私はそんなに強くない。
勘違いしないで、私にだって欲望はあるし、不満もある。
でも、それで世界の全てを背負えるように強くは出来ていない。
臆病なの・・・。
だから、いつもあれこれ理屈を付けて距離を取るスタンスで生きてきた。
キョンとの事だってそう。
彼と同じ高校に通う事だって考えたし、いっぱい悩んだ。
放課後、彼の自転車で二人乗りして色んな話をして
そんな関係が、そんな時間がいつまでも続けば良いと思っていた。
でも生憎、彼と私とは違う高校に通う事になった。
私とキョンはそんなベタベタした甘えた関係じゃないと自分の気持ちを
無理矢理、卵の殻の中に封じ込めて隠した。
本当はずっと一緒にいたかったのに・・・
だからと言ってキョンとの関係を引きずるつもりもないし、
彼には今の高校生活があるのだからそれに干渉する気もない。
いや、違う。それも言い訳。
私が臆病だからキョンとの心地良い関係を壊したくないだけ。
彼は稀代の鈍感だけれども優しいから、きっと気を遣われてしまう。
私はキョンにそんな事だけは絶対にして欲しくない。
ごめんね・・・私は臆病なの――― 

「・・・木さん?」
ん?
「佐々木さん!?聞いてます?」 

あぁ、ごめんね。全く聞いてなかった。 

「んんっ、もう!男の子なんてちょっと色仕掛けで迫れば
コロッとなびいてイチコロなのです!」 

橘さん、良い流れを見事にぶち壊してくれるね。 

「とにかく、私はキョンに対して変な気を起こすつもりはないし、
万が一、そういう関係になる事があったとしてもそれは純粋な想いであるべきで
『神の力』だなんだで他人に促されてキョンを巻き込むのもごめんだね。
まぁ、キョンはもう巻き込まれているのかもしれないけど、
私がそんな力を持ってしまったと彼に気を遣われて接してもらうなんて
絶対にごめんだよ。だから連絡を取る気も無い」
「駄目なのです!」
橘さん、人の話、聞いてた? 

「まぁ、とにかくまずはもう一回その『閉鎖空間』とやらに
これからまた二人で入ってみようじゃないか?
私も君の超能力とやらも見てみたいし、面白そうだからね。
その後、橘さんのいる『組織』とやら人達を紹介してもらおうかな?
ご挨拶に伺おうじゃないか?
橘さんとはまだ『はじめまして』の挨拶も済んでいないが・・・
サプライズで訪問してみよう!人が呆気に取られた顔というのは
見ていて実に爽快で面白いし、ね?くっくっ」 

悪戯な笑い声が卵の殻から溢れてくる―――



To be continued
 

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最終更新:2009年04月27日 20:53
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