『すいませんでした』
開口一番、俺たちはそんな言葉を吐いた。
目の前では厳ついおっさんが腕を組んで俺たちを見下ろしている。
やれやれ。
どうしてこんなことになったんだろうね。
事の発端はあの麻雀勝負。
もちろん勝負自体は南2局で佐々木が華麗に大三元を和了し、対面を飛ばして勝負がついた。それはいい。
それはいいのだが――
問題はかかった時間であった。
いくら俺たちが麻雀を打てるとはいっても初心者は初心者。
1半荘に1時間半のペースである。まぁ佐々木が初心者かは疑わしいところではあるが。
あのときは南2局で終わったにせよ積まれた本場は2本。結局1時間は優に越えていた。
結果として塾に遅れることとなった俺たちは今二人で塾長に頭を下げているわけである。
もちろん『麻雀していて遅れましたー!』なんて漫画の主人公みたいに
馬鹿正直に遅れた理由を言ってはいないのだが。
とりあえず遅れた理由は二人で寄り道をしていたことにしておいた。嘘ではないしな。
「やれやれ」
それから一しきり塾長からの叱咤激励を受けた――いや、激励はなかった。
叱咤叱咤を受けた俺たちは、授業に戻るべく教室のドアを開いた。そこで――
思わぬ第二波を受けることとなる。神様は俺たちを休ませてはくれないのかね。
教室に入ると同時に俺たちを待っていたのは同級生からの冷やかし、質問の波状攻撃。
授業中ならまだ何とかなっただろうが塾長に怒られ終わったところで計ったように休み時間が訪れたのがまずかった。
これもさぼって麻雀していた罰なんだろうね・・・
『いやー重役出勤ですなー。お二人で仲良く遅刻ですか』『いつから!?いつから二人は付き合ってんの!?』
『あああぁぁぁ俺の女神がキョンなんかに~』『大丈夫よ。どうあってもあなたの番来ないんだから』『てめっ・・・』
『ぃよっ熱いね!ご両人。今まで何してたのかな~?』『そりゃお前、男と女が二人でやることっつったらSEっ・・・っ痛!?』
丸めた教科書で最後の発言を止めてくれた隣の吉田さんには感謝したい。本っっ当に感謝したい。
「やれやれ」
これだから中学生ってのは嫌だね。
俺は自分の身分を棚にあげてそんなことを思っていた。
そして外野の囃し立てる声にはできるだけ耳を傾けないようにして静かに席に座って教材を取り出した。
その時横目でちらりと佐々木を見ると――
うっ・・・
耳まで真っ赤にして俯いていた。
やばい、かわい・・・いじゃない。ごめんな、佐々木。こんな目に合わせて。
俺は心の中で何度も謝った。男の俺より女性の方がこういう冷やかしは恥ずかしいに決まってるじゃないか。
そして一日中、いや一塾中見世物となった俺らにもやっと帰宅の時間が訪れた。
俺は素早く駐輪場に停めてあるチャリの鍵を外していて――大事なことに気がついた。
「あっ、約束・・・」
麻雀の敗戦によりこれから佐々木の送り迎えをすることとなった俺だが
この日はさすがに二人乗りするわけにもいかないだろう。
そう思った俺は一言佐々木に声を掛けるべく塾に戻ろうとして――
後ろで佇んでいる人物に気がついた。
「さ、佐々木」
彼女は俺の呼びかけに答える代わりに下を向いたまま後部座席に乗ってきた。
しかし、当然その場面は同時刻に帰宅することとなる同級生も自動的に目撃することとなる。
『くぁー。見せ付けてくれるわー』『佐々木さん、良かったわね!』
『う、羨ましすぎる・・・俺の女神が後部座席に・・・・・・』『あら、そんなに二人乗りがしたいならこの女神が後ろに乗ってあげようか~?』
『俺は女神を乗せたいんであって眼鏡を乗せる趣味はねえんだよ・・・っ痛だ!?』
後ろではやけに盛り上がっているのがまた恥ずかしかった。
「あー・・・本当にいいのか?」
俺は頬をぽりぽり掻きながらそんなことを聞いた。
彼女は下を向いたまま――
「や、約束だからね」
と、その愛くるしい顔を上下させていた。
やれやれ。
やっぱり罰ゲームじゃないね。
最終更新:2009年03月14日 23:24