43-593 「季節外れのホワイトデー」

「親友」……か。
 先日、彼らの前で私が言ってしまった単語に、いくらかの羞恥と行き場のない後悔の念
が心を支配し、深くのところで疼いた。
「本当は、あんなこと言ってちゃだめなのよね……」
 私は嘆息しながら、小綺麗でセンス良くラッピングされた小さな包みを手のひらにのせ
て見つめていた。
「もう、渡せないわね……」
 とっくに手渡す時期を外してしまったその包みを、どうしたものかと躊躇したが、咲く
事もなく落ちてしまったつぼみを惜しむかのように机の引き出しにしまいこんだ。
「ふうっ……」

 ため息を一つ。自らのふがいなさに自己嫌悪に陥りそうになりながら、そこから目をそ
らすように私はふと窓の外へと目を向けた。
 そこには、漆黒のキャンバスに優しげな表情を見せる黄金色の月と、彼女をささえるよ
うに無数の星々が煌めいていた。 
 どれくらいぶりかしら? これほど美しい夜空を眺められるのは……。
 しばらくの間、私は星々が織りなす天体ショーに見入っていた。
「明日も晴れるかしら?」
 澄み切った星空が精神安定剤となったのか、心に安らぎを覚えた私は、ゆっくりと窓か
ら遠ざかり、ついさっきまでの憂鬱を吹っ切るかのようにベッドに身を沈めた。




「ここは、どこ?」
 ふと気がつくと、私は一軒の家の前で佇んでいた。
 ベッドで寝ていたはずなのに……。
「夢……よね?」
 そうは思うのだけれど、肌を刺す冷気があまりにリアルで現実感を伴っていて、夢だと
する私の見解を痛烈に否定する。
 それにしては辺りの様子は奇妙で、人気は全くなく、天を仰ぐとそこにはセピア色で支
配された無機質な空間が広がっていた。
 今が昼なのかそれとも夜なのかさえ定かではない。
 それに私は何をしようとしているのか、何故ここにいるのか、全く理解ができない。
 ――夢なら早く醒めてほしい。

 そう思わずには居られなかった。
 それからどれくらい立ち尽くしていただろう? あるとき不意に体が動き出した。
 とは言っても、私の意志とは無関係に、まるで何かに操られているかのように、私の前
にある家の門扉へと近づいていった。
 そして立ち止まり、扉に備え付けられている郵便受けに向かって私の右手がひとりでに
進んでいった。
 すると、突如として角張った小さな箱のような物の姿が私の目に飛び込んできた。
 ……どうやら何か持っているみたいだ。でも、それなのに手の感触はまるでない。
 そしてそれをそのまま郵便受けに押し込もうとした瞬間、その物体が私は見慣れたもの
であることに気がつきハッとした。
 それの上、私の眼前にそびえ立つその住居は私にとって見覚えがあり、またなじみもあ
る事に思い当たり重ねて驚いた。
 ――その包みは……それにこの家は!?



「なぜ、どうして?」と声を上げるまでもなく、その小さな包みはぽっかりと口を開けた
横長のステンレスの箱の中へと姿を消した。
 どういうことなの? などと思うまもなく、私の体が突如として走り出した。もちろん、
そこにも私の意志はなかった。
 ――あれは間違いなく……そうよね? 机の引き出しに仕舞ったままのはずなのに。そ
れにあの家も……。

 私は走りながらも、考えをまとめようとしてはみたが、私の灰色細胞は想定外のハプニ
ングに際し、混乱の極みに達していた。
 今の私は道路に飛び出してしまった猫のよう。
 でも、これが夢だとすれば、私の潜在意識が願望を映像化したものなの……? 
 わからない。
 それからしばらくの間私の意志とは無関係に走り続けた。
 私は息を切らせながら緩やかな坂道を駆け下りていた。
 しかし、やや急なカーブを曲がったその時、私の目の前に突然まるでブラックホールの
ような何者をも混沌へと吸い込んでしまいそうな闇が広がった。
 そして、私の意識はそのままそこで途切れた……。




「キョーンくん!」
 まるで朝の訪れを知らせる、鶏の化身を思わせるようないななきで静謐を無情に破って
くれたのは、何を隠そう、新学期を迎えて間もない最高学年の称号を拝命したはずの我が
妹であった。
 しかも彼女は、目もくらむようなかの華厳の滝から、真っ逆さまにダイブしてきたので
はないかと思わせる衝撃を、的確に人体の中心線に与えた。それは俺を三途の川の渡し船
を3秒間ほど体験入学させるに十分だった。
 つうか、船頭の顔まで覚えてるっての。死んだじいさんに追い返されたんだぜ。

「おまえは俺を殺す気か!?」
 かろうじて息を吹き返した俺は、無邪気な暗殺者のマイシスターに対して咳き込みなが
ら抗議を行った。
「キョンくんごめんね~。ほんのちょっと、勢いが強かったみたい~」
 あれを、「ちょっと」などとのたまうあたり、全く悪びれていないようで、かの問答無
用・絶対無敵といった枕詞でおなじみの団長様を彷彿とさせるところがあり、俺はこいつ
の将来を憂えずにはいられなかった。
 近い将来、妹とハルヒのダブルで俺に詰め寄っているビジョンが浮かび、背筋に液体窒
素を流し込まれたかのように寒気が駆け巡った。
 ――どうか、真っ当に育ってくれますように。
 そう願わずには居られなかった。
「キョンくん、何してるの?」

 いかにも不思議そうな、幼い表情を浮かべながら、妹は俺にそう尋ねた。
 ふと気づけば、俺は合掌の姿勢をとっていた。どうやら、俺の妹に対する憂慮の念がそ
うさせたようだ。
 それはさておき……。
「おい、今日は土曜だぜ。何もこんな早く起こさなくてもいいだろ?」
 俺が苦言を呈すると、妹はもし日本変顔コンテストがあればグランプリは堅いだろうと
思わせるような、ニマッとしただらしない表情をこちらに向け、
「キョンくん、忘れてるの~? 今日はデートなんだよね。早く起きなきゃだめなんでし
ょ?」



 もうそんな時間か?
 時計を見ると、ロスタイムに突入しそうな状況だ。
 俺は慌てて身を起こす。
 こういうことなら確かに、起こしてくれるのはありがたいが……。
 何がデートだ。そうじゃないって何度も説明しただろうが。
「ええ~、でも佐々木のお姉ちゃんに会いに行くのは本当でしょ~?」
 妹はいやらしい笑みを絶やさず、そんなことをのたまう。
「あのな、佐々木にはちょっとした用事があって、それで会いに行くだけだ。それはお前
も知っているはずだろ?」
 俺は聞き分けのない妹を諭すように説得しているのだが、こいつの表情は変わらない。
 つうか、その「わかってますよ、ダンナ」とでも言いたげな中年オヤジ的顔付きはやめ
ろ。おまえは本当に小学生か?
 まったく、俺はたまにこの妹をミヨキチにチェンジしたくなるぜ。
 ミヨキチなら、俺を優しく起こしてくれそうだぜ。というより、むしろ手を煩わせたく
ないって思っちまうかもしれないね。
「とにかく、俺は出かける準備をするから、お前はさっさと部屋を出て行ってくれ」
 妹は、それでも好奇心がタンクから漏れ出してしまいそうな笑顔で、いかにも名残惜し
そうであったが、俺が再度促すとしぶしぶ部屋を後にした。
 台風一過、静寂を取り戻した部屋で俺はふうっと一息ついて、パジャマに手をかけた。

 それから着替えを済ませると、約束の時間が迫っているので大急ぎで朝食をとり、身支
度を整え玄関へ向かった。
 そこで俺は、起床して1時間も経ってないというのにすでに気疲れしている事に気がつ
き、げんなりした。
 朝の貴重な時間を妹とのいざこざと言おうか、掛け合いのような事で無駄に時間とエネ
ルギーを消費した俺は、回復の呪文を唱える事すらできず、いそいそとママチャリに乗っ
て家を出た。



 自宅を後にしてママチャリを漕ぎゆく事半時間ほど、道の傾斜が徐々に平坦になるるに
つれ、見渡すほどにいつもの北口駅前の光景が広がりつつあった。
 ところで、さっきまで妹とやりあってたように、今日は佐々木とデートである。
 いや、違った。
 自分の頭をポカリと軽くこづく。
 まったく、俺まで妹に毒されてどうする? と自分にツッコミをいれる。
 今日はとある用があって、俺から電話をかけて佐々木を誘ったんだ。

 そこに居合わせたというより、まるでサスペンスドラマの家政婦のようにそれを嗅ぎつ
けた妹がちゃっかり会話を聞いていて、その後芸能リポーター並みの押しの強さで、問い
ただしてきたというわけさ。
 まったく、そのエネルギーを別の方向へ向けてくれよ。勉強なんかにな。
 いつのまにか回想モードに入っているうちに目的地に到着した俺は、去年無情にもチャ
リを撤去されるという教訓が身にしみたので、多少の出費を覚悟して有料の置き場にママ
チャリを預け、待ち合わせ場所である駅の改札前に向かった。




 俺が階段を上りきり、約束の場所へ歩みを進めると、そこには佐々木が文庫本を読みな
がら佇んでいた。
「よっ!」
 まるで芸のない声のかけ方で、手を挙げて佐々木に合図した。
「やあ、キョン」
 佐々木も軽く手を挙げると、小さく笑みを浮かべて応えてくれた。
「待たせたか、佐々木?」
 遅れはしなかったか、と時間を気にしつつ尋ねた。
「大丈夫さ、キョン。待ち合わせの時間通りさ。それにしても1秒違わずこの場所を訪れ
るなんて、感心するよ。まるで公共放送局の時報のような正確さだよ」

 などと、佐々木はにこやかにさも感心したように言ってはいるが、それってつまり、ギ
リギリセーフってことか?
「すまない、佐々木。ちょっとしたトラブルがあって予定より遅くなっちまったんだ。…
…ひょっとして、結構待たせちゃったか?」
 あわやといったところで遅刻は免れたものの、誘った相手を待たせてしまったという失
態に恐縮しながらそう尋ねた。
「そんなには待ってはいないさ、キョン。僕もほんの10分前に来たところさ」
 と、手に持っていた文庫本をバッグにしまいつつそう言った。
 幸いにも、佐々木は全く気にはしていないことにひとまずほっとすると、近況報告もそ
こそこに、俺は佐々木を誘って近くの茶店に向かう事にした。




 場所は変わって、駅からほど近いところにある茶店……というより、俺一人では入る事
にも躊躇せざるを得ないような、小洒落たカフェに佐々木とともにやってきた。
 幸い今回の店は、喜緑さんが店員に扮している事はなく、また佐々木と神として担ぎ上
げようとする橘京子のような不穏分子もおらず、前回とは違いリラックスした気分で佐々
木と向かい合っていた。
「それで、キョン。早速で悪いんだが、今回はいったいどんな用なんだい? キミから誘
いを受けるなんて、この間の事もあるしとても光栄な事だが、かといって件の話の続きと
いうわけでもなさそうだね?」
 注文の品が運ばれてきたところで、佐々木は濡羽色に濁った液体を一口味わった後、落
ち着いた声でそう言った。

「それなんだが……」
 俺は首肯しつつ、手元にあるショルダーバッグの中を探り、長方形の包みをテーブルに
置いた。佐々木が怪訝そうに目をやると、俺はそのリボンで飾られた包みを佐々木の方に
押しやり、
「佐々木、遅くなってすまない。これは、バレンタインのお返しだ。……あのチョコ、
佐々木がくれたものなんだろう? 俺宛に郵便受けに入れてあったんだが……名前が書か
れてなかったから誰がくれた物なのか長い間わからなくてな。やっとおまえからの物だと
見当がついて、それで今日誘ったんだ」

「なんだって!? キョン……なぜそのことを……?」
 というと、驚きの表情とともに佐々木はそわそわとしだした。しかし動転しているのか、
なかなか言葉が出てこない様子だ。
 こんな佐々木を見るのは初めてだぜ。
 佐々木の事だ、自分が神だと橘から知らされたときでも、そこまで驚いてはいなかった
ろうと断言できるぜ。たとえ世界の終わりが明日だと知らされたとしても、冷静かつ論理
的に対処しちまいそうだ。
 それが1年程度のつきあいだったが、佐々木に対する俺の印象だ。
 しかしこの動揺ぶり……驚いたね。佐々木にいったい何があったんだろうな?



 しかし、しばらく佐々木が落ち着くまで間を置き、俺はコーヒーカップに口をつけなが
ら、彼女が口を開くのを待ってみた。
 無理に問いただす事もないさ。
 少し落ち着きを取り戻した佐々木は、おもむろに口を開いた。
「キョン、ちょっと聞きたいのだが……チョコがその郵便受けに入っていたのは、ひょっ
として1週間前のことかい?」
 佐々木が意外な事を言い出したので、俺は疑念を抱きつつ口を開き、
「1週間前? 何を言っているんだ。バレンタインデーの夜に入れてくれたんだろ? 翌
朝、妹が俺の部屋に持ってきて、さんざんからかってくれたよ」
 と俺が答えると、
「なんだって!? そんなバカな。そんなはずが……」
 佐々木はこれ以上にないほど驚愕の表情を浮かべ、さきほどよりも明らかに動揺してい
るようだ。だが、そわそわと何か思考を巡らせているものの、何もまとまらないといった
様子だ。


「佐々木、何をそんなに驚いているのかわからないが、あれを俺にくれたのはお前だろ
う? そんなに悩む事はないんじゃないのか? それより、これを受け取ってくれない
か? 遅れたお詫びと言っちゃ何だけど……」
 俺は錯乱している佐々木の注意をそらすように、再度包みを佐々木へと押しやった。
 すると、佐々木はひとまず思索を止めたようで、その包みと俺を交互にみていたが、や
や困惑しがらもおずおずとその包みを手に取り、
「キョン、こんな物をもらっていいのかい? まだ、ちょっと僕は混乱しているのだが…
…しかし、僕のした事はまるで闇討ちのようなことをしたも同然で、お返しをもらうどこ
ろではないし、むしろお詫びの品を持って馳せ参じなければならないところだよ」

 少し調子を取り戻したように、佐々木は独特の言い回しでそう答えた。
 その後、しばらく遣り取りはあったが、どうにか佐々木は受けとってくれることになっ
た。

「開けてもいいかい?」
 俺が首肯すると、佐々木は器用にリボンをほどき、包装紙を解いて中の箱を開けた。
 その中から出てきたネックレスを手に取ると、佐々木は嬉しそうな表情を素直に表した。
どうやら俺が知る中学の時の佐々木に比べ、幾分か感情を出すようになったようで、年頃
の女性らしさを見せた。
 だが、その表情に俺は思いがけずドキリとさせられたのだが、そのことは誰にも内緒だ。

「このネックレスは、キミが選んでくれたのかい?」
「ああ、多少は妹やその友達の意見を参考にはしたが、駅近くのアクセサリーショップで
2時間ほど迷った末に買ったよ」
 実を言うと、佐々木にアクセサリーを贈るように強く勧めたのは妹だったりする。俺は
お菓子でも返そうと思っていたんだがな。
 少しトラウマなんだが、他の女性客の好奇の視線を浴びながら、女性向けアクセサリー
を物色していた3日前の出来事を思い出すぜ。
 「ザ場違い」とはこのことで、それはまるで、女性専用車に乗ってしまったが満員で移
動すらできなくなってしまったサラリーマンの心境だ。この精神的苦痛はハルヒに科せら
れた罰ゲームに勝るとも劣らないな。もっとも、もうあんな経験はしたくはないもんだ…
…。


「気に入ってくれればいいんだが」
「ありがとう……キョン。大事にするよ。そうだね、我が家の家宝として、桃山時代の茶
壺とともに子々孫々へと伝えたいくらいさ」
 大げさすぎる。さすがにそれはやめてくれ。
 すると、佐々木は「冗談さ」と笑って返した。
 しかし、俺が今までに見た事のないような、その生き生きとした表情の佐々木を見てい
ると、俺の心にもやっとした思いが頭ももたげ、どうにも落ち着かない気分になってきた。
 しかし、その気持ちは脇に追いやり、それから1時間ほど互いの学校生活について話の
華を咲かせ、あの頃に戻ったかのような楽しい時間を過ごした。




 空の色がうっすらと赤みを帯びてきたころ、カフェを後にした俺は佐々木を送るため、
駅の改札口にやってきた。
 どうやら、しばらく空白期間があった佐々木との付き合いもこれからはまた始まりそう
だという予感が俺脳裏に浮かんだ。
 それも悪くはないな。
 佐々木は定期券を取り出した改札機まで進んだが、手前でふと何かを思いついたように
立ち止まると、
「キョン、一つ聞いてもいいかい?」
 俺が首肯すると、
「どうしてキミは、あのチョコが僕からの物だと気がついたんだい? 証拠になりそうな
物はほとんどなかったはずだ。チョコも市販の物だったしね」

 佐々木の疑問を受け、俺はどう答えたものかと逡巡したが、
「筆跡さ。文字の雰囲気というか字面がどこかで見た事があるような気がしていたのさ。
もっとも、その時はわからなかったが、先日再会したときにそう気づいたんだ」
 佐々木はまだ納得しかねるようで、重ねてこう尋ねてきた。
「それだけかい? うーん、僕にはそれだけではホシだとは判断できないな。どうも物的
証拠が不足しているようだね」
 やはり納得してくれないか。
 俺は少し躊躇ったものの、もう一つの理由を告げざるを得なかった。

「もう一つの理由はだな……香りだよ。チョコレートの包装紙から、ほのかにオレンジの
ような芳香がしたんだ。その香りがこの間お前に会ったときにも感じられたから、さっき
言った筆跡の件と重ね合わせて思い当たったのさ」
 俺は言いづらくはあったが、そう答えた。
 なにせ佐々木の匂いが決め手だなんて、まるで変態チックであまり言いたくはなかった
んだよな。
 しかしその答えを聞いた佐々木は、にわかに相貌に朱がさし、一瞬硬直したが、
「……そういうことか。しかしそう言われると、どうもくすぐったいものだね。確かに僕
はオレンジティーの香りがする香水をつけてはいるのだけれど」

 俺の推測が正しかった事を佐々木は認めた。
「……それでは僕はそろそろお暇するよ。キョン、本当に今日はありがとう、楽しかった
よ。それに本当にうれしかった。キミには感謝の念を禁じ得ないよ。そでは、機会があれ
ばまた会おう。じゃあ」
 と言うと、佐々木は俺に向かって手を振り、やや早足で改札を通過した。そしてそのま
まプラットホームに降りる階段へと向かった。
 なにか唐突に話を打ち切ったような気がする。……さすがに佐々木も照れくさかったの
かもな。
 佐々木の行動に呆気にとられながらも、気持ちの高ぶりを感じつつ、佐々木の後ろ姿を
見送った。



 私はその日の夜、自室のベッドで彼から贈られたネックレスに手を触れながら、今日の
出来事に想いを馳せていた。
 今日の事を思い出すと、自然と頬が緩んでくる。とてもキョンには見せられない表情だ。
 でも、どう考えても不思議でならないことがある。
 例えば、私がキョンの家の郵便受けにチョコを投函したのが夢ではなかった事、それか
らなぜかバレンタインデーの夜に時間移動していた事、全くわけがわからない。
 だけど、ひょっとしたらこれは橘さんが言っていたような、その……私が神的存在であ
るという、素養というか資質からくる力なのかしら……?
 だとすれば、まるで反則ね。だって、この力がなければ、私は永遠にキョンにバレンタ
インチョコを渡す事はできなかったはずだから。

 それに少し恐ろしくもあった。なぜならこの力が発動したのは、私の潜在的な願望が源
なのだから。つまり、私の知らないところで、その力が発揮してしまうかもしれないって
事になる。それでは、いずれ取り返しがつかない事が起こる事にもなりかねない。
 だから、私はこの力を抑えていこうと思う。
 それはつまり、橘さんの期待を裏切る事にはなるのだけれど……。
 でも……今回特別ね……。
 私はあらためてネックレスを見つめ、そう思った。
 そう、今度だけは……。

 私は小さな幸せをかみしめながら、床へとついた。そして安らかな眠りへといざなわれ
ていった。


――――――――――――――――――

 後日談をひとつ。
 俺が先日、アクセサリーショップで佐々木へのプレゼントのネックレスを選んでいると
ころを、なんと阪中が丁度居合わせて目撃していたらしい。
 それだけならいいんだが……。
 ところが悪い事に、その話がどういった経路でかはわからないが、こともあろうに無敵
団長様の耳に入ったらしく、今この瞬間も俺の背中が奴の殺気で火傷しそうになっている。
 しかも、今日の放課後にはどうやら俺はハルヒからの追求を避けられそうにない。
 今の俺の心境は、拷問の末に極刑が既に決定している罪人のようさ。
 そこでだ、誰か上手い言い逃れを教えてくれないか? なんでもいいさ。ハルヒの拷問
にも似た取り調べと、罰ゲームとやらを避けられるものならな。

 どうか放課後までに頼む。

タグ:

バレンタイン
+ タグ編集
  • タグ:
  • バレンタイン

このサイトはreCAPTCHAによって保護されており、Googleの プライバシーポリシー利用規約 が適用されます。

最終更新:2013年03月03日 01:46
ツールボックス

下から選んでください:

新しいページを作成する
ヘルプ / FAQ もご覧ください。