41-800「佐々木さんの卒業式」

今日でこの中学校ともお別れ。三年間もここですごしたのか。今日で別れるということが中々飲み込めない。
それは厳然たる事実なのだが理解できない。思えばものごとはそういうものなのかもしれない。
校舎に対して思いを馳せる。そんなにきれいなものではない。いや、むしろ汚いと言えるだろう。
しかし、この汚い校舎はこうして50年以上、生徒を送りだしてきたのだ。
その生徒達の一人一人の人生を思うと眩暈がする。
これからも、この校舎は生徒たちを自分の中に受け入れ、そして無感動に送り出す。汚れを被りながら。


教室でクラスのみんなが最後の談笑をしている。中には感極まって泣いている者もいる。
私も長年、少なくとも1年間を共にした女子達と話を交わす。
「サキちゃん。違う高校にいっても私たち、友達だよね」
「もちろん。私たちは何があっても、永遠に友達だよ」

別れ。
出会いがあれば別れがある。
そんなことは知っていた。
でも、分かってはいなかったんだ。

「キョン」
国木田と普段通り、穏やかに話している彼に声をかける。
「ああ、佐々木か。どうした?」
「屋上に行かないか?」
そう言って、人差し指で上を指す。
「キョン、行ってきなよ」
国木田がいつも通りの、不純物の一切まじっていない笑顔で言った。
「ああ」とキョンは頷いた。


卒業式の10分前。屋上には誰もいなかった。
二人には広すぎる屋上。そこを二人でゆっくりと歩く。
空をみる。快晴の空に雲が一つ浮かんでいる。
空にとっては有り難くないものかもしれないが、見た感じそれはなくてはならないものだった。
それが空を支えているようにさえ見えた。
中学の思い出が頭をよぎる。思えば、色んなことがあった。
ゆっくりと記憶をよみがえらせる。様々なシーンが頭に流れ込んでくる。
楽しかったこと、腹が立ったこと、悲しかったこと、呆れたこと、嬉しかったこと・・・・。
それを思うと、涙がこみ上げる。
彼に悟られないように少し顔を背け、涙を拭く。
彼を見てみる。空をじっと見つめている。その上に向けられた目は、潤んでいるように見えた。

「キョン、中学校生活はどうだったかい?」
少し横でつっ立っている彼にそう訊ねてみる。
「そうだな。ごく控えめに言っても、面白かった。色んな出会いがあり、色んなことがあった。
たしかに、その時々では文句も言った。でもそれを含めて、全部いい思い出だ」
「僕も同感だな。楽しかった・・・・」
精神が一体化するような奇妙な感じに襲われる。私とキョンは、もしかしたら二人で一つなのかもしれない。


中学校生活というジグソーパズル。今まで熱心にピースを一つ一つはめていった。
そして今、確信した。
これが最後の1ピース。

「僕はずっとしたかったことがあったんだ」
「ん、何がしたかったんだ?」
彼は心底わからないという顔をする。
「こうして・・・・・・横になって空を見るのさ」
服が汚れることなど気にしない。体を横たえる。

空。
真っ青だ。雲ひとつない。
誰もいない屋上で一人、こうして空を見てみたかった。
でも今は。
一人じゃない。
一緒に見たい人がいる。

「よっと。いい眺めだな」
そう言って彼も私から1メートルほどのところでゴロンと横になる。
しばらく無言で透き通るような空を眺める。
「ずっとこうしていたいよな」と彼が言った。
私もそう思った。しかし、そう言うことはなぜか出来なかった。
彼の顔を見る。すると、彼も私を見た。
見つめ合う。


心臓がドクドクと早鐘をうつ。彼にも私の心音が聞こえてるんじゃないか?
まずい、赤面している。
急いで顔を背け、彼に背中を向ける。
なぜ。なんで。
もう彼に会えないかもしれない。そう思うと、息苦しい。胸がつまるんだ。
なんで。

本当は分かっていたんだ。でも、その現実から目を背けていた。傷つくことが、怖いから。
でも、今なら言える。

私は・キョンのことが・好きだ

彼の顔を見るため、体を彼の方へと向ける。彼はずっと僕のことを見ていたようだ。
すぐに目が合った。
再度、見つめ合う。

「なあ、佐々木」
「なんだい?」
少し裏声になりながら聞き返す。
「お前、俺のことをどう思ってるんだ?」































「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・好き・・・」






















そして世界は色あせた。










白黒の世界。
昔のテレビみたいだ。カクカクする動きの悪いテレビ。
しかし、それとはまた違うものだった。
動きが・・・・・音が・・・・・・
ない。

キョンは完全にモノクロになり、しかも動かなかった。でも、私は動ける。色もついてる。
自前の冷静さを発揮する時だ。落ち着け・・・・・

私を置いて、時が止まった?


「それはダメなの」
背後から声がして、体を強張らせる。
振り向くと、そこには私と同じ、色のついた二人の少女がいた。


「佐々木さん、はじめまして。私は朝倉涼子。この子は長戸有希。あ、でも名前は覚えなくていいわ。
どうせ、忘れるんですもの」
背の高い方がはっきりとした聞き取りやすい口調で説明する。
私の名前をなんで知っている?
朝倉涼子?
知らない名前だ。何もかもがおかしい。
「あ、びっくりした?普段は流れている時間が止まったんですものね。驚くのも当然か。
でもね、時間はあなたの気付かないうちに何度も止まっているのよ。
あなたの時間は止まっているから分からなかったでしょうけど。
つまりね、今の状況はそんなに異常じゃないってこと。
少しは私の言いたいこと、分かる?」
朝倉さんという方が説明する役割らしい。
「少しはね」
「物分りがよくて助かるわ。暴れられたら、こっちも疲れるもの」
そういって、彼女は次の言葉を探すように口を閉じた。
背の低い方は無表情につっ立っている。
二人は制服を着ている。この制服には見覚えがある。確か、県立北校。キョンが進学する高校の制服だ。
朝倉さんとやらは言うことをまとめたらしく、再び口を開く。
「ほんとはね、こんな説明しなくてもいいの。私たちはあなたの記憶は消せるから。
でもね、それってすごい失礼なことだと思うのね。だって、あなたの運命を無理やり私たちが改変するわけでしょ?
そんなことをするんだから、やっぱり説明義務くらいはあると思うの。
まあ、あなたは忘れちゃうんだけどね。だから説明するのは私たちの自己満足のためとも言えるわ」


朝倉さんは胸の前で両手の指を合わせ、説明する。長門さんは最初から全く動かない。呼吸しているのだろうかと思わせるほどに動かない。
「まず、なんで時を止めたかを話します。簡単に言うと、世界崩壊を食い止めるため」
なにが簡単なのだろうか。全く意味が分からない。
「そこで白黒になって固まってるキョンくんは世界を救うのです。ある少女と出会ってね。
その女の子は世界を創造する力を持っていて、機嫌が悪くなると世界を壊してしまうわけ。
だから、キョンくんがその女の子の恋人のような役を務めることで彼女の精神を安定させる。
そうすれば、世界は今まで通り。問題ない」
ふむ。SFのような世界だ。時が止まるんだ。それくらいのことはあるかもしれないな。
「でもね、今あなたは彼に告白したでしょ?」
「そうだね。そういうことになる」
「彼、あなたのこと好きよ」
そう言って、朝倉さんは私に微笑みかける。
キョンは私のことが好き。
私もキョンのことが好き。
そのことを理解しようとすると、胸が熱くなる。頭のヒューズが飛び、何も考えなれなくなる。
「でもね、それがダメなの」
‥‥‥‥。発せられた言葉の意味が数秒間、理解できなかった。
私と彼の両思い。それが、ダメ?何を言っているのだろうか。


「ごめんなさい。私だって二人の幸せを壊したくはないの。でも、こうしないと世界が崩壊してしまうの。
どうしようもないの。ごめんなさい」
「・・・・・・どういうことか、話してください」
声をひねり出す。
「うん。もし、時を止めなかった場合。あなたとキョンくんは付き合います。
毎週、日曜日にはデート。映画館に行ったり、ショッピングをしたり・・・・・。
二人は本当に楽しそうだった」
「まるで見たかのような口ぶりですね」
「私たちは確かに『見た』の」
また彼女が言っていることを理解できない。
「実は一度、現実にそれは起こりました。私たちは時を止めず、ただ観察していたの。
その結果。今から1年後に宇宙は消えました」
宇宙の消失。私の想像力をはるかに超えた問題だ。空間の消失?物質の消失?
「私たちの親玉にあたる情報統合思念体だけは残りました。だって情報なんですもの。
物質に依拠しない。消しようがないの。
で、情報統合思念体は考えました。思念体自らの自律進化のヒントになる観察対象である宇宙の消失。
困った。
じゃあ、時を戻して世界を救済しよう。
そうして、私たちがこうしてここにいるわけ」


話の間に落ち着きを取り戻す。
なるほど。大体の話はつかめた。
「で、どう世界を変えるんですか?」
「あなたのキョンくんに対する感情を変えて、二人が付き合わないようにする。
そうすれば、さっき言ったようにキョンくんが世界を救います」
「・・・・・・・・・・・」
こんな悲しいことがあるだろうか。
二人は両思い。
二人で一歩を踏み出そうとした。
その一歩目で、私たちは奈落の底へと突き落とされた。
なんの権利があって。どうして。
私はキョンが好きだ。
せっかく素直に言えたのに。
唇を噛み、声にならない声で呻く。

「ごめんなさい。どうしようもないの・・・・・・」
世界。こんなことなら崩壊した方が、マシだ。だが、口から出そうになる言葉を必死に抑え、言うべきことを言った。
「ああ、分かってる。世界のため、だよね」
しかし、依然からだを焦がすような感情が渦巻いている。他人によって強制的に運命を変えられる。
そんなこと耐えられるわけないじゃないか。


「ごめんなさい」
長門さんがはじめて口を開いた。それは、本当に申し訳なさそうな声だった。無表情の中にもそういう色がある。
この二人だって大変なんだ。
二人の申し訳なさそうな様子を見る。
‥‥‥‥‥‥
‥‥‥これは仕方ないことだ。そう・・・・・思えた。
「いや、いいんだ。で、どうするんだい?」
精一杯の虚勢を張る。
「あなたに選択してもらおうと思います。彼との関係を。
あなたは彼に会わなかったということにもできるし、彼のことが嫌いだということにも出来ます。
二人が付き合わない関係であれば、なんでもOKです」
そうか・・・・・・・・。
しばし、考える。
それなら・・・・・・・・


「・・・・・・でよろしく」
「なるほど。あなたらしい答えね。わかったわ。
じゃあ、長門さん」
「わかった」
長門さんが一歩前に出て、開いた手を天にかざす。
そして、聞き取れないスピードで謎の呪文を唱えた。











世界は色を取り戻した。













佐々木の背中をじっと見ていると、再びこちらの方を見た。
心音が強い。もしかしたら、佐々木にも俺の心臓の音が聞こえてるかもしれないな。

男には勇気をふりしぼって言わなくちゃいけない時がある。
それが、今だ。

「なあ、佐々木」
「なんだい?」
「お前、俺のことをどう思ってるんだ?」
「・・・・・・・・・・・・・・親友かな・・」

‥‥‥‥え。親友?
‥‥‥‥‥‥
そうか、そうだよな。俺が一人で勘違いしてただけだ。

それにしても、人生って・・・・・・上手くいかないもんだ。


「ん、キョン。もうこんな時間だ。式に遅れてしまうぞ。ほら、行こう」
そう言って佐々木は立ち上がり、校舎の入り口へと早歩きでいってしまった。
「・・・・・・・やれやれ」
そう一人で呟く。
「おい、待ってくれよ。佐々木」
俺はそういって立ち上がり、彼女の後ろを追って走り出した。









これでよかったのかしら。彼と親友なんて。不思議だわ。普通そんなこと考えない。有機生命体の考えることはよくわからないわね」
二人を観察していた朝倉がそう呟く。
「不思議。でも、私もきっとああする」
長門が言う。
「そう?それはそうと3年も待っていた私たちも、もう少しで出番よ。4月からは第一線で活躍できるわ」
その朝倉の言葉には長門は何も言わず、二人を観察していた。
(この子、人間と上手くやれるかしら)と朝倉は長門のことが心配になった。

「素敵」
長門は無音でそう呟いた。だが、朝倉にはちゃんと聞こえていた。
(ふふ、大丈夫かもね)

「頑張りましょう!」と朝倉が長門の背中を叩きながら言う。
「そう」
長門は無表情にそう答える。
(大丈夫かしら・・・・・やっぱり心配だわ)
そう思って、朝倉は小さな溜息を一つ吐いた。




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最終更新:2009年10月09日 20:20
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