44-101「―佐々木さんの消滅―ep.01 消失」

ep.01 消失

(side kyon)

閉鎖空間から戻って来た翌朝、重い体を引きずって登校した俺は、校門のところで待ち構えていた古泉に
『機関』を代表して世界の崩壊を防いだ礼を言われた。
どうやら閉鎖空間からハルヒと一緒に脱出し帰還したことになっている。佐々木の名前を出すと、古泉は訝しげに、
「はて、佐々木さんという方に心当たりはありませんが、あなたとどういうご関係ですか?」
と抜かしやがった。何度も何度も問い詰め、ようやく古泉がとぼけているのではなく、本当に佐々木のことを
知らないのだと理解した頃には、俺は最早怒る気力も湧かなくなっていた。
佐々木だけじゃない。古泉は佐々木にまつわる全ての存在を否定しやがった。橘京子達の『組織』は存在しない
ことになっており、未来人藤原も、周防九曜とその親玉の天蓋領域の存在も消えていた。
「お疲れのところ申しわけありませんが、涼宮さんのことをくれぐれもお願いします」
最後にそう言った古泉に生返事をして俺は教室に向かった。

そして、教室で上機嫌で俺を迎えたハルヒを見た瞬間、世界の代わりに俺の中で何かが崩壊した。
「あら、おはよう。キョンにしては早いじゃない」
「ああ……」
「目覚めが良かったの? それとも、あんたにもやっとSOS団員としての自覚が少しは出てきたってことかしら?」
「どうだかね……」
「もうっ、ちょっとはしゃきっとしなさいよ。でも気分は悪く無さそうね。あたしもね、とてもすっきりした気分なの」
そうかい、佐々木を消滅させてさぞかし気分もよろしいことだろうよ。
涼宮ハルヒは延々と何やらハイテンションでまくし立てていたが、もう俺の耳は何も聞いてはいなかった。

何故、恋敵だというだけの理由で存在そのものを消去されなければならないんだ? 
ハルヒが神様なのはハルヒの勝手だが、どうしてそこまでされなければならないんだ? 
世界の崩壊を防ぐためだか何だか知らないが、自分の恋人を殺され、そのこと自体をなかったことにするような
奴のご機嫌をとり、仲良くしなければならない理由なんかあるのか?
無意識にやったことだから、涼宮ハルヒに責任を問うのは筋違い? ふざけるな。
佐々木は殺されたんだ。涼宮の嫉妬のせいでな。いや、普通に殺されたのならまだマシだ。ちゃんと葬式ができ、
墓参りができるからな。俺の記憶以外、存在そのものを跡形も無く消された佐々木には何もしてやれないじゃないか。

俺の反応が無いのに業を煮やしたのか、涼宮ハルヒは午前中机に突っ伏している俺の背中を盛んにシャーペンで
つついていたが、返事をするどころか反応すらする気が湧かず、俺は無視し続けた。
どうせ結果は分かっていたが、俺は休み時間に国木田をはじめとして同じ中学から来た連中に佐々木のことを
尋ねてみた。
やはり皆反応は一緒だった。誰も佐々木のことは知らない。

昼休みになると、俺の反応を引き出したいのか、涼宮ハルヒは俺の弁当を強奪した。
「はい、代わりにあたしのお弁当をあげるわ。団長お手製なんだから有難く味わって食べなさいよ」
「俺は食欲が無いからいらん。弁当はお前にやるから両方お前が食え」
そう言い捨てて俺は席を立つ。どこに行こう。とりあえず部室に長門がいるかもしれないな。

旧校舎への渡り廊下を目指して廊下を歩いて行くと、向こうから慌しく古泉が走ってくるのが見えた。
古泉は無視して行こうとする俺を捕まえると、うろたえた様子で尋ねる。
「どうしたんですか。涼宮さんの機嫌が悪くなっています。このままだとまたアレが出てしまいます」
「知ったことか、もう俺にはどうでもいいことだ」
「それは困ります。本当にどうしたんですか。朝もおかしなことをおっしゃられてましたし、何かあったのですか?」
「俺のことは放っておいてくれ。できれば涼宮ハルヒにもお前ら『機関』にも金輪際関わりたくない」
「ちょっと待って下さい。何か気分を害したようなことがあったのならお詫びします。理由を教えていただけませんか」
古泉個人に恨みがあるわけではないので、さすがに可哀相になった。こいつも仕事でやっているのだからな。
「お前が悪いわけじゃない。今は話す気になれないんだよ。しばらくそっとしておいてくれないか」
「分かりました。困ったことがあればいつでも相談に乗ります。なるべく早く涼宮さんのご機嫌を取ってください」
その涼宮ハルヒが原因なんだと言ったところで何も解決はしない。俺は適当に返事をして部室に向かった。

部室の扉を開けると、やっぱり長門はいつものように窓際の定位置に座ってハードカバーを開いていた。
俺を認めて顔を上げるが、表情は全く変わらない。
「……なに?」
「お前には佐々木の記憶があるか?」
「……あなたが挙げた名前に該当する人物の記憶は無い」
何てことだ。長門にすら記憶が残っていないとはな。
「……情報統合思念体は、あなたに感謝している」
「俺がお前の親玉に感謝される謂われは無いが」
「……我々に脅威を与える可能性が高かった天蓋領域がこの時空から消滅している。あなたが涼宮ハルヒの
 力をうまく引き出したためと推測される」
どうやら天蓋領域の記憶はあるようだな。俺の脳裏に長くボリュームのある黒髪の小柄な少女の姿が浮かんだ。
「長門、周防九曜は知ってるか?」
「……そのような人物に心当たりは無い」
「そうか、悪かったな、読書の邪魔をして」

もうこの部室に来る必要も無さそうだ。
俺は私物を持ち帰ろうとして、この部屋に俺のものなんぞひとつもないことに気付く。
長門の本、朝比奈さんのコスプレ衣装とお茶の道具一式、古泉のボードゲーム、団長席のパソコン、
壁に貼られた写真……俺のものなんか何も無いんだな。俺の位置付けも役割もそんなものだったんだろう。
どうせなら佐々木と一緒に俺も消えればよかった。ふとそう思うと鼻がツンとして涙が出そうになる。
情けない顔を長門には見られたくなくて、俺は後ろ手にドアを閉めて部室を後にした。

教室に戻ろうとして階段に差しかかると、真剣な面持ちの朝比奈さんが登って来るのと鉢合わせした。
「あ、キョン君」
俺は言葉を交わしたくなかった。朝比奈さんには心配をかけたくなかったからな。
「どうしたんですか? 古泉君からキョン君の様子がおかしいって聞いたから心配になって」
無垢な天使の顔に心配そうな曇りが見える。古泉の奴、余計なことばかりしやがって。
「朝比奈さんが心配するようなことじゃないです。安心してください」
「でも、キョン君、そんな思い詰めた顔してるのに、安心しろって言われても……」
朝比奈さんは愛らしい大きな瞳でじっと俺を見つめている。
「もし悩んでいることがあるなら、わたしで良ければ相談に乗りますよ」
「朝比奈さんは、佐々木という名前の女の子に心当たりはありますか?」
「ふえっ? ええと、うちのクラスに佐々木さんという生徒はいますけど、キョン君は知らないですよね」
「はい。他には?」
「うーん、心当たりがありません」
「では藤原とか橘という名前はどうですか?」
朝比奈さんは唇に指を当ててしばらく天井を睨んでいたが、結局首を振った。
「ごめんなさい。そういう名前の人には心当たりがないです」
朝比奈さんには申し訳ないが、正直期待はしていなかった。俺は、軽く一礼して階段を駆け下りる。
「あ、キョン君、ちょっと待って……」
背後から朝比奈さんが呼び止めるのを聞き流しつつ、俺は教室に戻った。

「あんた、どこ行ってたのよ。帰って来ると思ってあたしのお弁当残してたんだからねっ」
空になった俺の弁当箱を差し出しながら涼宮がアヒル口を作る。俺は無言で受け取ると、かばんに放り込んだ。
「ちょっと、何やってるのよっ」
俺は涼宮を無視して、近くで目を丸くしている国木田と谷口に言った。
「俺は体調不良なので早退する。悪いが岡部に言っておいてくれないか」
国木田と谷口はわけが分からないという表情だったが、俺は相手の反応を待たずにかばんを手にして教室を出た。
背後でバカキョンとか叫んで騒いでいる涼宮を無視して。

校門のところで再び古泉に会った。
「バイトか?」
「ええ、閉鎖空間が出ました。涼宮さんに素っ気無い態度を取られたのは何故です?」
「もうどうでもいいんだ。あいつのことはお前に任せるからな。彼氏にでも下僕にでもなればいいさ」
「待って下さい。一体全体どうしたっていうんですか。昨日まで何ともなかったのに、突然このような態度を取られる
 理由が分かりません」
「そりゃ分からんだろうよ。何せ誰にも記憶がないんだからな。さっきも言ったが『機関』には金輪際関わりたくない。
 これまでいろいろ世話になったことは礼を言っておく。森さんや新川さんや多丸さん兄弟によろしく言っておいてくれ。
 じゃあな古泉、俺のことはもう放っておいてくれ」
「いや、しかし、そういうわけには……」
古泉がそこまで言ったとき、黒塗りのタクシーが校門の前に停まった。古泉は慌しく乗り込みながら、
「今日のところは我々で何とかします。明日は必ず学校に来て涼宮さんのことをお願いします」
そう言ってタクシーで走り去った。
やれやれ……
俺は封印していた言葉を吐き、溜息をつくとハイキングコースを下り始めた。

「嘘だろ……?」
駅前から自転車を飛ばしてきた俺は、目の前に広がる光景に愕然としていた。
周囲の様子を何度も確認し、周囲の家の塀や電柱に貼られた住居表示を確認し、携帯のGPSでも確認したが、
ここが佐々木の家に間違いない。だが、そこには家も庭も塀すらもなく、空き地が広がるばかりだった。
まるで何年もそのままであったかのように草が生い茂り、背の低い木まで生えている。
ここで佐々木が暮らしていたという事実まで無かったことになっているんだろう。もしかして、佐々木のご両親も
消えてしまったんだろうか。せめて、別の場所で無事に暮らしていると思いたいが、俺には確かめる術は無い。
ポケットに入れていた携帯がメールの着信を告げる。アドレスを知っている中学の頃の同級生全員に出した
メールの返事が次々と届いている。何の期待もせずに開いてみた。

岡本の返信『キョン君久しぶり。うちのクラスに佐々木さんなんて人はいなかったよ。どうかしたの? 大丈夫?』
須藤の返信『元気か。いきなり何だ。佐々木なんて女は知らんぞ。俺は三年間ずっと同じクラスだったんだから
断言するが佐々木なんて奴はクラスにいなかったのは間違いない』
中河の返信『いつぞやはすまなかったな。佐々木といえば三組にいた野球部の主将だろうが。女じゃねえぞ。
そうそう彼女ができたから今度紹介するぞ(以下延々と惚気のため省略)』

他のメールも似たような内容だった。中河以外は涼宮と面識は無いはずだが、彼らの記憶まで改竄されているわけだ。
本当に佐々木は痕跡も残さずというより、最初からいなかったことになっているんだな。
どれだけ確かめても同じことを思い知らされるだけだ。そう思うといい年をしてとめどめもなく涙が出てきた。
この世界で佐々木の記憶が残っているのは俺だけだ。あの顔も、あの声も、いろんな思い出も、何もかも俺には
鮮明に思い出せるのに、誰も佐々木を知らない。
俺はよろよろと自転車から降りると、有刺鉄線で区切られた空き地の前に座り込んだ。
死んだように静かな住宅街に、晩春の午後の陽射しが無情にも照りつける。
立てた膝に顔を埋め、俺は声を立てずに泣いていた。

ふと気がつくと、俺の前に誰かが立っていた。
「……あの、キョン君?」
控えめな声の主は朝比奈さん(大)だった。顔を上げると、いつもの教師風の服装に身を包んだ朝比奈さん(大)が
膝に手をついて心配そうな顔で覗き込んでいる。いつもなら拝むほどに有難い相変わらずの特盛も、今の俺には
何の感慨も引き起こさなかった。
「朝比奈さん、佐々木を知りませんか?」
朝比奈さん(大)は一瞬きょとんとし、しかめ面で小首を傾げて記憶の海の底を浚っていたが、やがて首を振った。
「ごめんなさい。私の知る限りあなたの近くにいた佐々木という名前に該当する人物は思い当たりません。
 どうして、そんなことを訊くんですか?」
「いや、ご存じないのならいいです。同じ人に二度同じ質問をした俺がバカでした」
「キョン君」
不意に朝比奈さん(大)が顔を近づけてきた。以前ならどぎまぎするくらい愛らしく美しい顔も、ほのかに鼻孔を
くすぐるいい匂いも、今の俺にはどうでも良かった。
「今日、小さな私にも同じ質問をしましたよね? どうして、その佐々木という名前にこだわるんですか?」
「本当に知らないのならいいです。それより朝比奈さん、ここに来た用事は何ですか?」
朝比奈さん(大)は、あっと小さく声を上げ、いつもの頭をこつんとする仕草をした。
「いけない、肝心なことを忘れてました。ここの時間で昨日の夜に大きな時空震が記録されたんです。
 そして時空の歪みが一つ消滅したのですけど、そもそもその歪みはこれまでこの時空に存在していなかったんです。
 理解できない現象のため、私が自ら調査に来たというわけ。
 キョン君はその歪みの傍にいましたよね? 何か思い当たることはありませんか?」
なるほど、そういうことか。ハルヒや佐々木は未来人からは時空の歪みという扱いだったのを俺は思い出した。

「その時空の歪みは俺の彼女ですよ」
「え?」
朝比奈さんは俺の言ったことが理解できないようで、きょとんとした表情のまま固まっている。
「あいつは二年以上も俺のことをずっと好きでいてくれたんです。俺のことだけをずっと見てくれていたんです。
 四日前に告白されて、昨日初めてデートしました。そして、昨日の夜にあいつは涼宮に抹殺されました。
 この世界から文字通り何の痕跡も残さずにね。あいつは消される前に最後の力を振り絞って俺の記憶だけを
 残してくれたんです」
「ええっ?」
「そういう記録は無いんですね?」
「え……ああ、はい」
「だったら俺から話すことはもうありません。では俺はこれで失礼しますよ」
俺は立ち上がった。ちょっと立ち眩みがしたが、何とか踏みとどまり自転車に跨る。
「キョン君、待って下さい。それが佐々木さんなんですか?」
「……」
「キョン君、既にあなたの行動は既定事項から外れています。ここままだと未来が消滅してしまうかもしれません」
「だったら何だっていうんですか? 俺の未来はもう消滅させられてますからね、世界がどうなろうが俺の知った
 こっちゃありませんよ」
「あ、キョン君、待って……」
引き止めようとする朝比奈さんを振り切って、俺は自転車をこぎ出した。

いつものパターンだとここで古泉か『機関』の誰かが待ち伏せているのだが、まだ閉鎖空間で奮闘中なのか、
家に着くまで途中誰にも会わなかった。
妹もまだ帰っていない。不審な顔の母親を無視して俺は自室にこもる。
着替えるのももどかしく、俺は中学の卒業アルバムを開いた。
「やっぱりな……」
分かってはいたが、改めて事実を突きつけられると心が折れる。名簿に名前は無く、集合写真にも、クラスの
日常風景にも、体育祭にも文化祭にも修学旅行にもいない。どのページにも佐々木はいないのだ。
俺と佐々木が写っていたはずの写真には俺だけが一人で写っている。何が悲しくて俺が一人で前を向いてにやけている
写真を載せなければならないんだ。何の意味があって俺が一人で校庭を見ている写真を載せなければならないんだよ。
俺の隣には佐々木が写っていたはずだ。それらもきれいさっぱり、長門の情報操作でもここまでするかというくらいに
消えている。佐々木の陰で見えてなかったはずの背景まできっちり写し込まれて。
俺はアルバムを放り出し、部屋中を探し回った。傍から見たら狂っているように見えたかもしれない。
佐々木と撮った写真は無くなっていた。佐々木がくれたものも何一つ見当たらない。佐々木に写させてもらったノートさえ
白紙になっている。

精神科に連れて行かれたら、間違いなく佐々木は俺の脳内彼女だと診断されるだろうな。

そんなに佐々木が憎かったのか、涼宮ハルヒ。いや、涼宮だけじゃないのかもしれないな。整合性なんか無視した
大雑把で子供じみた世界改変をする涼宮がここまで行き届いた仕事をするとは思えないからな。この徹底振りは
長門か、他のインターフェースも一枚噛んでいるかもしれない。事後処理担当の喜緑さんとかであれば、
俺の気持ちなんぞにかかわり無く冷徹にこのくらいの仕事はやってのけるだろう。

気がつくと、散らかり放題の部屋の真ん中に俺は一人で座っていた。
誰も頼りにはならない。本当に佐々木のことを知っているのは自分だけなんだと悟ると、今までいかに人に
頼りきりだったかを改めて思い知らされる。そして、自分がいかに無力であるかも。
だが、生まれついてこれまで躾けられた習性と言うのは恐ろしいものだ。体が勝手に動き、俺は散らかった
部屋を元通りに片付け始めた。ついでに下からゴミ袋を持ってきて、要らないものを放り込む。
SOS団の活動の写真も、記念にとっておいた諸々の品も、涼宮や朝比奈さんにもらったものも、そのほか
雑多な諸々のゴミと一緒にゴミ袋へ入れた。佐々木をあんなにした涼宮とその取り巻きに、これ以上関わる
モチベーションも、必要性も感じられなかったからな。

ゴミ袋の口を閉じて片付けを終える。そこでアドレナリンが切れた俺はベッドに座ってぼんやりとしていた。
「キョンくーん、ハルにゃん来てるよー」
どたどたと階段を登る妹の足音と大声で俺は我に返る。
「ねえ、キョン君、ハルにゃんが来てるんだけど?」
「俺は誰にも会いたくない。帰ってもらえ」
妹は不思議そうな顔で俺を見つめる。
「えーどうしてー? ハルにゃん、なんか落ち込んでるみたいだよー」
「知らん。誰がどうなってようと俺には関係ない」
「ふーん、ケンカでもしたの?」
「お前には関係ないだろ」
妹は怪訝な顔になったが、分かったと言ってまた階段を降りて行った。

下で何やらもめている話し声がして、今度はドスドスと違う足音が階段を登って来る。
蝶番が外れそうなくらいドアが勢い良く開かれると、アヒル口の涼宮が俺を睨みつけていた。
「ちょっと、キョン、どういうことよっ。団長のあたしに一言の断りもなく勝手に下校するなんて許さないわよっ」
どこをどうすればこんなハイテンションになれるのかね。ちょっとは自分に原因があるとか思わないのかね。
俺はこの直情径行唯我独尊傍若無人女に魅かれていた自分自身が信じられなかった。
「人の家に勝手に上がるなってご両親に躾けられなかったのか? 帰ってくれ」
「何よっ、団員の家に団長が上がるのは当然の権利でしょ。バカキョンのくせにそんなデカい態度をとって、
 団長に失礼だと思わないのっ?」
「思いませんね」
態度がデカいというのなら、丁寧に応対してやろうじゃないか。
「ふざけんじゃないわよっ。あんたも末席とはいえSOS団員なんだから、団長に失礼な態度をとるのは
 許さないわよっ。
 まあ、いいわ。今ここで頭を下げて謝ったら許してあげなくもないわよっ」
「俺が謝る理由は見当たらないですね。むしろ、無礼を侘びるべきなのは『涼宮さん』の方だと思いますけど」
俺はファーストネームで呼ぶこともせず、姓を呼び捨てにすることもしなかった。正直、姓をさん付けで呼んで、
それすらもやめておけば良かったと思ったくらいだ。
「どういうことよっ。それに何よ、その他人行儀な口調と呼び方は。何でハルヒって呼んでくれないのよっ?」
「他人、それも恋人でもない異性の下の名前をみだりに呼ぶのは失礼に当たりますからね。ときにあなたは
 佐々木という女に心当たりはないでしょうか?」
涼宮はつまらない話でも聞かされたかのように不満気な表情を崩さず、素っ気無く応じた。
「誰、それ?」

「ああ、心当たりが無いならいいんですよ。期待していませんでしたからね」
「あんた気持ち悪いわよっ。その古泉君みたいな喋り方はやめてよっ」
「知人の喋り方を気持ち悪い呼ばわりされるのは心外ですね。用事が無いならお帰り下さい」
「ちょっと、どういうことよ」
涼宮のテンションが少し下がった。さすがにおかしいと思い始めたのだろうか。まあ、俺にはどうでもいいことだが。
「これ以上あなたに関わりたくないんですよ。SOS団とやらも辞めさせてもらいます。
 まあ、入った覚えはありませんけどね。退部届けが必要なら後で誰かを経由してお渡ししますよ」
「え?……どういうことよっ、説明しなさいよっ。ねえ、キョン……お願いだから」
もう話したいことは全て話した。人殺し呼ばわりしなかったのは俺の最後の良識だと思いたい。
涼宮はしばらくの間騒ぎ立てていたが、俺が背を向けて無視していると次第にテンションを下げ、
「分かった。何だか知らないけどあんたが怒ってるのは分かったから、今日は帰るわよ。
 明日はちゃんと学校に来なさいよ。あたしがお弁当作ってくるから。
 それに部室にも顔を出しなさい。みんな待ってるから……」
それだけ言い残して、涼宮は階段を下りて行った。

「ねえねえ、キョン君、どうしたのー? ハルにゃん泣いてたよー」
妹の無邪気な声が背後から聞こえた。泣いてた? だから何だ。佐々木は俺に会うことも、話すこともできないんだ。
怒ることも、落ち込むことも、泣くこともできないんだ。消えてしまった佐々木は抱きしめてやることもできないんだよ。
「お前には関係ないだろ。放っておいてくれ」
「でもー」
妹は俺の前に回り込んで来て座ると、心配そうな顔で見上げてくる。
「キョン君、とってもこわい顔してるよー」
ああ、そうか。俺は何て奴だ。妹にまでいらん心配をかけてしまったのか。
「ごめんな」
俺は思わず妹をぎゅっと抱きしめていた。小柄な妹は俺の腕の中にすっぽり入ってしまう。
「キョン君、くるしいよー」
「ああ、すまん」
余程きつく抱きしめてしまっていたようだ。腕を緩めると、妹は俺を見上げてにっこりと笑顔を作った。
「何があったか知らないけど、あたしはキョン君の味方だよー。あたしで足りなかったらミヨちゃんも連れてくるから、ね?」
「ああ、ありがとな」
妹はまたにこりとすると、バタバタと階段を下りて行った。
全く俺は何をやっているのだろうな。小学生に心配されるようではいよいよヤキが回ったということか。





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最終更新:2009年10月17日 17:28
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