53-179「月刊佐々木さん3月号」

「キョン、桜は好きかい?」

3月。
中学生活最後の懸案事項である高校入試をお互い無事クリアし
残すイベントは卒業式だけとなった、ある晴れた日のこと。

「あぁ、好きだな。というか日本人で桜が嫌いなんてのはモグリだろ」
「くっくっ、そうかもしれないね」

そう。残るは卒業式『だけ』になってしまった。


「今年は例年より早めの開花が予想されているそうだよ」
「地球温暖化の影響かねえ」

彼とよく話すようになって、あっという間に時間は過ぎ去ってしまった。

「ところで、桜、と一口に言ってみてもその種類がどのくらいあるか知っているかい?」
「ん・・・んー・・・いや、サッパリ分からん。大層ありそうだなとしか言えん」

キョンは良き話し相手であり、良き聞き役でもある。

「正確な数は僕にも分からないがね、おおよそ600以上だと言われている」
「600か・・・日本人、やりすぎだろ・・・」
「それだけ愛されている、とも言えるよ」

でも、それももうすぐ終わってしまう。
卒業すれば別の高校に行くのだから。

「そういやなんで学校には桜が植えてあるんだ?小学校にもあったぞ」
「諸説あるね。桜を聖なるものと考え、結界の役割を持たせたとか
 あとはやはり、入学や卒業の時期に咲くという事ももちろん一役買っているのだろうね」

桜は出会いと別れの象徴だ。作られた象徴かもしれないけれど。

「ちなみに一般的に桜と言えばソメイヨシノを指すことが多いが
 学校ではヤエザクラも混植されることがあるようだよ」
「ほう、なんでだ?」
「ソメイヨシノは咲く期間が短い。一週間もてば良い方だろう?
 しかしそれでは場合によっては入学式の日には桜が散ってしまっている可能性がある」
「なるほど。じゃあヤエザクラってのはソメイヨシノより長く咲いてるのか?」
「ご明察だよ、キョン」

彼は適度に賢く、適度に物を知らない。
基本的に消極的ではあるが、比較的積極的に知識を学ぶ姿勢がある。
・・・勉学については若干その点について考える必要があるけれど。

「まぁ確かに入学式を迎える日に校庭が茶色だけってのは味気ないだろうな」
「同意するね。せっかくのめでたい時に彩りがないのは寂しいことだ」

どちらともなく口を噤む。
彼はぼんやりと窓の外を眺めている。もうすぐ咲くであろう桜に思いを馳せているのだろうか。

陽射しが気持ちいい。こうしてキョンと一緒にいられるのもあとわずか。

それから1年あまりが経った。


高校最初の春休み。今日も電車に乗って塾へ。
この数日でその蕾から顔を覗かせていた桜がポツポツ開き始めている。
満開と言うにはまだ早い。せいぜい5分咲きといったところ。

自転車を停めようと駅前の駐輪場に滑り込む。

と、そこには懐かしい姿があった。

最初に驚いた。次いで、驚いてしまった。呼吸を忘れるくらいに。
あの、少しやる気のなさそうな、どこか気だるげな後姿。

見間違うことなんてなかった。

けれど、言葉が出ない。なんて声をかけよう?自然に、さりげなく、穏やかに。

「やぁ、キョン」
「うわ」

・・・ちょっと傷つくな。なんだいその反応は?

「なんだ、佐々木か」

覚えていてくれたのか。少し嬉しいよ、キョン。
ちょっと困ったような笑顔。あれから1年以上経ったというのに、受ける印象は変わらない。

少し僕が目線を上にしなければいけないくらいだ。

桜は出会いの象徴だ。たとえそれが5分咲きであっても。
僕らの再会に彩りを添えるには十分だった。

「なんだとは、とんだご挨拶だ。ずいぶん久しぶりなのに」

おわり

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最終更新:2010年06月19日 13:45
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