53-680「月刊佐々木さん4月号」

4月。
いよいよ中学も最終学年を迎える運びとなった訳だが
それは同時に俺にとって最大の障壁がハッキリと姿を現す事を意味していた。

つまりそう、日本津々浦々、全国の中学生のほとんどが経験する「高校入試」である

もちろん、家庭の事情で高校に進学せず専門学校に行ったり、あるいは就職する人も
いるかもしれないが、やはり大半の中学生は高校進学を選択するだろう。
近年では、中学から私立に行き、中高一貫と言う名のエスカレーターに乗って
高校へ進学する生徒も増えているそうだが、まぁ、それは今は置いておくとして。

高校入試の事を考えると頭が痛い、のだが、実は俺より頭が痛かったのは俺の母親の方だった。
と言っても、こういった問題では当事者である子どもより、
親の方が思い悩む傾向にあるのは定説と考えて差し支えないのだろう。

そんなある日、突然母親から1枚のチラシを受け取った。

「……入塾のお手続きご案内……?」

すでに必要事項には全て記入が済んでおり、あとはこれを届けて来いと言う。
俺は自分が置かれた状況を瞬時に把握していた。

「キョンくーん、じゅくいくの?」

イマイチ塾が何か分かってない妹の事は放っておくとして、だ。
まぁ理由を聞く必要はある訳もなかったが、
しかし無抵抗でと言うのも若い故のプライドが許さなかったので一言申した。

「……行かなきゃダメですか」
「小遣いなくすよ」

こうして有無を言わさぬ母上の圧力に俺の膝は容易に屈してしまったのだった。

「塾、ねぇ」

幸い目的の塾は自宅から自転車で15分という距離にあり
苦痛を伴わずに通える範囲だった。

「はい、ご苦労さま。それじゃちょっとテストしてみようか」
「え、今からですか?」
「そう。君の編入クラスを決める参考にするから。
 と言ってもクラス自体は多くないんだけどね。それでも指導の際には参考になるから」

試験のために勉強に来たというのに、そのための試験を受けねばならんとは横暴も良いところだ。
しかも今日これから。試験勉強期間もないのか、と憤慨できる訳もなく。
某売られた仔牛のように俺は連れられて行ったのだった。

テストは所謂小テストで、1教科10分ほどのボリュームでそれを5教科。
それなりに疲れる内容だったが、まぁ実力は出し切れただろう。
良い点数に直結するとは限らないが。

「今日はどうする?せっかくだから授業に出て行くかい?」

一瞬迷ったが、こうなったら腹をくくるしかない。
じゃあ、と俺は、それでも不承不承だが、授業に参加するのだった。

塾での授業は週3回。火、木、土曜。
毎日じゃないというのが不幸中の幸いだが、
それでも昨年度に比べれば大幅な勉強時間の増大だ。

「キョン、塾はどう?」
「まだ入ったばかりだが、とりあえず楽しくはないな」

あははと笑うのは国木田。成績優秀、眉目秀麗、品行方正。
俺が通う事になった塾とは別の塾に行っている。

「まぁ楽しくはないかもしれないけど、やっとくに越した事はないよ」
「ん、なんだ。キョンは塾に行くようになったのか?」

隣から会話に割って入ってきたのは中河だった。
コイツは国木田とは反対に体育会系を地で行くようなヤツだ。
品行が悪いとか、容姿が端麗でないとか言うつもりはないが。

「まぁな。とうとう母親の堪忍袋が仕事を放棄したらしい」
「お前は勉強しないからなぁ」
「おいちょっと待て。国木田ならともかくお前には言われたくないぞ、中河」

コイツはまさしく体育会系。三度の飯より筋肉イジメが好きなようなヤツなのだ。
その中河に言われたのでは俺の立つ瀬がない。

「中河は部活やってるし、キョンの方が分が悪いよ」
「……む」

そう言われてしまうと反論の余地がない。

「まぁそうなんだ。こないだっから塾に通う事になっちまったんだよ」
「俺たちも3年だからな。仕方ないだろう」

やれやれ。思わず俺は窓の外、晴れ渡る空を見上げていた。

塾に通い始めて一週間、俺はそのクラスで1つの発見をしていた。
いや、そんな大仰なものでもないかもしれないのだが。

学校の同級生が、同じ塾の同じクラスにいるのだ。
名前はなんだっけな。自己紹介の時に……あーえっと、そうだそうだ。

「よ、佐々木」
「ん?おや、君は……確か同じクラスの、えーと……」

まだ話した事のない女子だったが、どうやら顔は覚えてもらっていたらしい。

同じ空間にいるとは言え、基本的に男子と女子は違う世界の住人だ。
席が隣とか、部活が同じとか、そういった共通の基盤なしには
あまり交流することもなく終わるケースが多い気がする。
事実、2年の時など、1年間で会話した回数が片手で済むような女子が何人もいたしな。

一応断っておくが、俺は女子に嫌われていた訳ではない、……と思いたい。
俺は元々女子に積極的に話しかけるような性格はしていないのだった。

だがこの時は、戦地に1人取り残された三等兵が、
友軍に再開合流できたような気持ちでいたのだ。

「お前もこの塾に来てるんだな」
「あぁ、僕は去年の夏からずっとね。君は?」
「俺はこの4月からさ。ま、入りたてのヒヨッコってヤツだ」

くっと笑う。女子にしてはちょっと独特な笑い方という印象。
いや、男子にだってこんな風に笑うヤツはいないかもしれんが。

「学校でも塾でも同じクラス、か。何かあればお互い宜しくという事で良いかい?」
「おう。まさしくそれを言おうとしてたんだぜ。先取りされたな」

くっくっ。手を口に当て、こもるように笑った。

「君のことは何と呼べば良いかな?」
「姓でも名でも好きな方で呼べば良いさ。お勧めしないがキョンってあだ名もある」
「キョン、キョンか。良い響きだね。それで呼ぶことにしよう」

では、と居住まいを正すようにこちらに向き直って

「僕は佐々木。よろしく、キョン」
「あぁ、よろしくな、佐々木」

これから1年、一緒に戦う事になる新しい友人と、俺は握手を交わしたのだった。

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最終更新:2010年06月19日 13:55
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