55-597「ササッキーの陰謀」

●月○日
 キョンと違う学校に進学して1ヶ月。やっと新しい環境にも慣れてはきたけど、
やっぱり物足りないというか、認めたくはないが僕は完全にある種の精神病にかかっているらしい。
ああ、はっきり言おう。僕は寂しいんだ。

 というわけで、北高まで来てしまったのだが……、
えーと、これはたまたま下校の途中に迷っていた人がいて、その人を案内してたら
偶然そこが北高の近くだった、ということでいいよね。そう、これは不可抗力であって、
あくまでも偶然なんだから。
 キョンのことだからきっと部活にも入ってないだろうし、下校時間に合わせて来れば、
間違いなくここを通過するはず。僕はわざわざその為に学校が終わるや否やダッシュして
いつもより3本も早い急行に乗って、この坂道を普通では考えられないぐらい早足で上ってきたとか、
そういうことじゃ全然なくて、これはたまたま、ということで。よしっ! 大丈夫よササッキー。
ちょっと汗拭いとかないとね……。

 で、な、なんなのあの人たちは?
 ま、まあ春だからこーゆーこともあるかとは思うけど、バニー姿の女性が二人、校門で何か配ってる。
「あ、あのぉ、これ受け取ってくだしゃい」
 あ、どうもすみません。
 受け取ってしまった。
「何やってんのよみくるちゃん、校外の人に渡してもしょうがないでしょ!」
「えぇっ、そうだったんですかぁ?」

 やたらとテンションが高いあっちの人がリーダーなのかしら。
格好は派手だけど、二人とも美少女で通じるルックスだし、今、ビラを手渡してくれた人は
ほとんど女子生徒の敵というべき放漫なプロモーション。あっちのリーダーの人もそれなりに……って
僕はおっさんか! 
 しかし、なんと言うか、北高ってフリーダムな校風なのね……。

 何々、SOS団? 何だこれは。キョンはまさかこんなのに関わってないだろうね。
 あ、先生みたいのが来て連行されてる。さすがにそうだよね。ちょっと安心した。

 でも、キョンは出てこないな。まさか、もう帰っちゃったのかな。

△月○日
 北高に行った同級生から恐ろしいたれ込みが……。キョンはあのSOS団とか言うのに関わってるらしい。
 というか、創設メンバーの一人らしいじゃないか。
 いったいどうなってるんだキョン。僕は君をそんなふしだらな人間に育てた覚えはないぞ!

 まさか、とは思うが、あのビラを配っていた女性の色香に籠絡されて……。
いや、そんなことは。この僕が1年かけてあれこれ仕掛けても、全く落城の気配さえ見せなかった
あの難攻不落、浮沈空母キョン号を、そんなに簡単に落とせるわけが……。
でも、あの二人は僕の持ってないものをたくさん持ってたし……。
 いっ、いや! そんなことはない! あの三国一の朴念仁がたった数ヶ月でそこまで変わるもんか。却下だ却下!

 というわけで、また北高に来てしまった。
来てしまったのはいいけど、この先、僕はどうしたらいいんだ。
キョンがSOS団とかいうのに参加しているのなら、しばらく学校からは出てこないだろうし……
「あれ? 佐々木さん?」
く、国木田!? ヤバい! ここは知らんぷりして通り過ぎるに限る。
「どうしたんだよ、うひょ、すっげー美人じゃねえか、お前の知り合いか?」
「だと、思ったんだけどなあ。でも、まさかね。行こう谷口」
「なんだよ、もっと押せば今は知り合いじゃなくても、知り合いになれるかもしれねーじゃねえか」

えーと、国木田くん、友達は選んだ方がいいと思うよ。
まさかキョンも高校に入ってあんな人と関わって、おかしくなってたりしないよね……。


●月○日
 やっと受験が終わったばかりだというのに、また予備校通いとはね。
予備校で「よお、偶然だな」なんて感じでとなりの席にキョンが居てくれたら……。
 僕はまた思いつくことを片っ端から話すんだ。
キョンは僕を博識だといつも感心してくれてたけど、あの話のネタを仕入れるのに、
僕がどれほど苦労してたかなんて知らないんだろうな。
僕が君の知らない話をすると、君はいつも不思議そうな顔で僕を見つめてくれた。
僕はそれが嬉しくて仕方がなかったんだ。

 ふうっ……。

 ん? あそこの河原を歩いてるのは、もしかして、きょ、キョンじゃないか?! 
しかも、あの時の女性の敵と一緒に仲良く何か話してる……。
肩がちょんと触れ合って、あっいけない、なんて照れてうつむいちゃったり、
なんていうのは、いいかねキョン、女は全部計算づくでやってることなんだぞ! まったく油断も隙もない!!!
 
 何を話してるのか気になる。いや、猛烈に気になる。
これは声が聞こえるところまで近づくべきだと僕の本能が命じている。

 そして、もし、万一の場合には……。
くつくつくつ、北高潜入のために通信教育で磨いたストーキング術が早くも役に立つ時が来たようだね。
 
 未来から来ましたって……、あの女性、いわゆる電波系か。
 変な話の蘊蓄ばかり話して聞かせて、キョンに電波話の耐性をつけてしまった張本人の僕が言うのも何だけど、キョンも何納得しちゃってるわけ? 胸なのか? その女の胸にだまされてるのかキョン?

 って、あれ、どこ行っちゃったの?

 興奮してたら見失ってしまった。もういい、今日は予備校はサボりだサボり。図書館で勉強だ!
 
 って、おぉ、運命は僕を見放さずにいてくれたんだね! キョンが図書館に来るなんて珍しいことも……
って、その女誰? 一日の内に違う女を取っ替え引っ替えとは。キョン、僕は君のことを見損なっていたようだね。
ただ、そういう地味目だけど、こう芯のある美しさを持った女性に光を当てる、
というところだけは褒めてあげてもいいけどね。
 さっきのフェロモン垂れ流しの発育過剰娘に比べれば、ずっと君には似合ってる。例えば、僕みたいな……、
ってあの女、ずっとこっちを睨んでるんですが……。これはもう、宣戦布告と見なしていいよね。
それとキョンにもお灸を据えてやらないと!

 あれ、なんで声が出ないの?
 あぁ、キョンが行っちゃう。待ってキョン、君のために溜め込んだとっておきの蘊蓄は、
イントロを話すだけでももう最低3日はかかるぐらいまでの量が……。

 あの女、こっち見てにやっと笑ったよね? 間違いなく勝ち誇ってたよね?
 キョン、君はいったい高校に行って誰と何をしてるんだい?


□月●日
 もう偶然を装うのは止めた。堂々と正面突破しようじゃないか!
僕はこう見えてもキョンの母親公認の存在なんだぞ! 彼が北高に入れる学力が身に付いたのだって、
半分ぐらいは僕の功績なんだ。うん、逃げ隠れする必要なんてないさ。
夏休みに友達の家を訪ねるなんて、誰でもやってるもんね。

ピンポーン

 あああああああ、あのさささささささ佐々木と申しますが……、って何で僕はこんなにあがってるんだ!?

「あ、佐々木ちゃん、久しぶりぃ!!」
 妹ちゃんが出てきてくれた。君は相変わらず天真爛漫でかわいいね。
キョンにその1/100でも素直さがあれば……。
「キョンくんお出かけしてるよ。今日はハルにゃんたちとプールなんだって。
私も連れてって欲しかったのに、置いて行かれちゃったの。どうしたの佐々木ちゃん。
キョンくんとお約束してたの?」

 いいいい、いや私も近くに来たついでに寄ってみただけだから。じゃあまたね、妹ちゃん。

 ふふふふふ、不自然じゃなかったよね?
 今度はせめて電話してから来た方がいいんだろうな……。
いや、でも、それはちょっと。あくまでも自然、そして偶然の出会いが運命の絆を深めると信じる僕としてはだな……。

 ふうっ、会いたいよキョン。


□月○日
 あれからまた何度かキョンの家に突撃したんだが、その度に留守。
キョン、君がそんなに部活に熱心になるなんて、にわかには信じがたいと最初は思ってたんだが、
聞けば、やれ盆踊りだ、やれ花火大会だと、ひたすら遊んでるだけみたいじゃないか!
この僕を放っておいて、君はあの女性たちと夏休みを思い切り満喫してると言う訳なのか!?
まったく許しがたい。

 でも、偶然、あくまでも近くに来たから寄った、という理由は二日置きには使いすぎだったかも。
さすがに妹ちゃんが何かを疑い始めてきてるような気がする……。

 それにしても、なんだか今年はいつもの夏休みよりずっと長い気がするよ……。


□月○日
 商店街にバニーガールが出没しているという噂を、母親がどこからか聞きつけてきた。
なんでも高校生の自主制作映画の撮影らしい。
 嫌な予感がしたので探りを入れてみると、案の定だった。
 今日も撮影をしているという情報をゲットしたので早速商店街へ。
行ける! この流れなら偶然の邂逅を装い放題だもんね!

 行ってみるとすでに軽く人だかりができていた。まったく男って奴はどうしようもないもんだね。
たかだか少しばかり発育のいい女性が、そのラインをあらわにした格好をしているというだけで大騒ぎ。
キョンはそんな中身のない女には興味なんて、持たないよね?……。

 それと、涼宮さんだったね。相変わらず凄い勢いだ。
しかし、何かと言っては「キョン、キョン」と君は気安すぎないか?
まだ100mは離れているというのに、君がキョンに何かを命じている声だけはここまで聞こえてくるほどじゃないか。

 さて、僕のキョンはどこにいるのかな……、ってまたあの女と目が合った!
くつくつ、今日は魔女の扮装かい? まったく君には本当によくお似合いだと思うよ。
さあ、今日こそ僕のキョンを返してもらうよ!

 うっ、また動けない。そして声も出ない(泣)。お肉屋さんの前で釘付けにされてる。
あの女がまたこっちを見て勝ち誇ってる。くそう、まさか本物の魔女だったなんて、そんなはずが……。

 あ、いえ、違うんです。僕はコロッケを買いにきたんじゃないんです。
えっ? 今なら2個で50円? お嬢さん美人だからおまけも付けちゃうってそんな(照)

 ああ、行ってしまう。また、またなのかい? キョン、どうして僕に気づいてくれないんだキョン……。


△月□日
 今日こそは堂々と、そしてやっと完璧な理由で北高に入れる。
この日をどれだけ待っていたことか。もちろん今日だって予備校はある。
でも、この日だけは譲れない。僕はこの日の休みを獲得するために、血のにじむような思いで勉強して、
模試でも、学内の定期考査でも常に上位の成績を取ってきたんだ
(春に一度サボったら、両親に滅茶苦茶叱られたから仕方がない)。

北高祭、なかなか賑やかにやってるじゃないか。僕の学校は進学校のせいか、春に一度やったら、
秋には学園祭がないからね。でも、学園祭はやはり春ではなく、秋に催した方がいいと思うね。
新しいクラスに馴染めない段階では、正直、勢いが削がれるというものだからね。
まあ、僕は秋になっても馴染めてないわけだけども……。

 さて、キョンのクラスの出し物は……。なんだこれ? アンケート発表?
まったくもってやれやれだね。しかし、若干興味深い内容もあるね……。

 クラスの男子の人気投票で、キョンが3位につけてる。
ここの女子たちもなかなか見る目があるようじゃないか、って、これって僕が喜んでいいことなのかな……。
 ん? 鬱陶しいカップル部門になんでキョンと涼宮さんの名前が出てるんだ?
けしからんじゃないか実に。大体、恋愛なんていうものは一種の精神病であって……。

 ふうっ……。なんだか寂しくなってきちゃった。

「あれー? もしかしてササッキー?」
(ドキッ!)抜かった! 中学からここに来てるのはキョンだけじゃないのをすっかり失念してた。
まだ見つかるわけにはいかない。ここは他人のふり他人のふり……。

 キョン、君はいったいどこにいるんだい? あ、そうだ! あの映画を上映しているところに行けば……。

(映画鑑賞後)

 キョンの奴め、僕に内緒でこんな面白い映画を作るなんてちょっと悔しいじゃないか。
なんで僕を編集担当に呼んでくれなかったんだ。大体、特殊効果の処理がまるでなってない。
僕ならもっとぴしっとしたSFXと、派手な爆発効果を出してあげられたのに(←実は自主制作映画マニア)。
しかし、まあなんだ、何だかちょっと感動してしまったじゃないか。
みくるさんという発育過剰な女性もなかなか健気に描かれていたし。
うん、陰からそっと見守る女性なんて、何とも泣かせていいじゃないか(ぐすん)。
 あと、あの魔女はユキって言うんだね。覚えたぞ。

 何だか歩き回って疲れてしまった。キョンには会えないし……。
偶然を装うのは止めて、思い切って携帯に電話しちゃおうかな……。

 雨が降ってきた。僕が悲しいのを空も察してくれたんだろうか。
近くにいるはずなのに、会えないなんて、こんなに孤独を感じることはないよ。
 とりあえず、体育館に避難しよう。バンドの演奏がやってるみたいだけど、椅子はあるはずだから座れるだろうし。
 
 結構、混んでるね。おやおや、ステージには涼宮さんたちがいるじゃないか。
 どこかに空いてる席は……。
 キョン! こんなところに居たのか! やっと会えたね! 今、そこに行くよ!!

(ドンっ!)
「あ、すみません、大丈夫ですか? 大丈夫ですね。では僕は急ぐので失礼」
 随分失礼な人だね。か弱い女性を突き飛ばしておいて、そのまま行ってしまうなんて、
少しばかり二枚目だからといい気になるんじゃ、って、キョンの横に陣取ったぞあの男!
絶対に許さないぞ! そこは僕のための場所じゃないか。
 って、どうして勝ち誇ったような顔でこっちを見るんだ? 君に僕の何がわかるって、
もしかして、そっちのケのある人なの? いやーっ、キョン、今すぐ逃げてーっ!

 って、またユキって子と目が合った。
 うえーん、また動けない。どうして? 何なのここ?
もしかして僕は超絶アウェーに無防備のままで飛び込んできた、ただの愚か者だったというわけなの?(泣)

「じゃあ行きます。Lost my Music!」

 涼宮さんっていい声で歌うんだね。ユキって子のギターも凄い巧い。

 ……それにしても、なんて悲しい曲なんだろう。
 キョン、君はこんなに近くにいるのに、すごく遠くなっちゃった気がするよ。

 僕は結局、そのまま帰ることにした。
 ただ、記念だからと思って、MDだけは申し込んできたけど……。


●月○日
 いつものようにキョンにストーキン、げふん、
北高付近で張り込、げふんげふん、偶然通りかかった。

 あいにくの曇り空で、寒さが身にしみた。
最近はさすがに虚しいがすでに習慣なので、止めにくくなってしまった。
だって、止めた途端に今までうまくいってたことが、ダメになっちゃったりして、なんてことが、
世の中往々にしてあるものだからね。

 キョンが下校する時間は読めないけど、部活生が帰る時間はすでに把握してあるので、
多分、そう大きなズレはないはず。

 やだな、雨が降ってきた。

 ん? あの声は、涼宮さんだね。本当に良く通る声だね。
そして、君はまたキョンと一緒なわけだ。
君は会話の中にキョンという言葉を入れすぎるから、
離れていてもすぐにわかる。

 そうかそうか、相合い傘でハイテンションなわけね。

 くつくつくつ、甘いよ涼宮さん。
その程度、ことキョンが相手では何のポイント稼ぎにもならない。
他でもない、僕がそう言うんだから間違いないさ。
なにしろその手のことはもう僕が散々やり尽くしてるから、
キョンには免疫がつきまくってるはずだ。
やれやれ、といつもの台詞を引き出せれば上出来というとこだろうね。
 僕なんか、自転車に二人乗りした上で、相合い傘の経験だってあるんだよ。
もちろん、当てたさ。ぎゅーっと。当たり前だろう?

 ……ああ、キョンはピクリともしなかったよ。
若いのにEDなんじゃないかと心配になったぐらいさ。
僕のボリュームに問題があったんじゃないかって? 失敬だな。

 ふうっ。
 僕もそろそろ本気にならないといけないのかな……。

 って、ユキさん、無言で僕の後ろに立つのは
本気で怖いから止めにしてくれないかな……。
わかったよ、何の事情があるか知らないが、自重しろって言うんだろ。
だから、涙目で睨まないでください。お願いします。
あなたも悔しいんですか、そうですか。

大丈夫、キョンはあの程度では何とも思いはしないよ。
うん、僕が保証する。ユキさん。


●月○日
 キョンが倒れて救急車で運ばれて、入院したって母親に聞いた。
 僕は居ても立っても居られず、病院に駆けつけた。ロビーで妹ちゃんに会った。
キョンは大丈夫だって言ってた。今はちょっと寝てるだけだって。
君はいい子だね。怖いときには素直に泣いてもいいんだよ、と言ったら、
「大丈夫だもん。キョンくんは強いんだもん」って叱られた。
そうだね、僕たちより、キョンの方がずっと怖いんだもんね。
 いい子にはキャラメルをあげよう。
「ありがとう佐々木ちゃん!」
その代わり、後でちゃんと歯を磨かないとね。
「ぶうっ、なんだか佐々木ちゃん、キョンくんみたいだよ」

 キョンの病室は特別室だとかで、今は家族以外は入れないという。
容態は心配ないとお母様にも伺ったので、お見舞いだけ言って帰ろうとしたら、
ユキさんが前から歩いてきた。すれ違い様に声が聞こえた。
「今までごめんなさい」
 そう聞こえた。私に? どうして?
 なぜだろう、とても悲しそうだった。あの子もきっと、悪い子じゃないんだと思った。

 帰り際、「キョンくんに何かあったら、この私がぜっーたいに許さないにょろよ~」
と叫びながら病院に駆け込んできた髪の長い、きれいな女の人とすれ違った。
「わあい、鶴ちゃんだあ!」
「妹ちゃん、ここはうちの病院みたいなもんだから、
ぜーんぜん心配なんかしなくたっていいさあ! キョンくんは私にとっても
家族同然みたいなもんだからねえ!!」
「うん、ありがとう!」

 も、もしかして、彼女が私立を蹴ってなぜか公立に入ったとかいう
鶴屋家の噂のお嬢様? で、キョンが、か、家族同然だって?!

 妹ちゃんともすでに仲良しだし、彼女のあの入れ込み様は普通じゃないぞ。
 キョン、君はどんだけ……。僕は本気で心配になってきたよ……。

「ハルにゃんがずっーと一緒に付いてくれてるから安心なの」
「そうなのかいっ、じゃあ安心だねぇ!」

 全然安心じゃないです。
 それに、さっきは家族しか面会できないって言ってたのに、
どんだけの範囲が家族扱いになってるんですか?!
 僕も将来の伴侶として、家族扱いということにしてもらうよ。

 僕が病室に向かおうとしたら、後ろから服の端っこをつままれている感触があった。

 あの、ユキさんとやら。前にも言いましたけど、
あなたに無言で後ろに立たれるのはもの凄く怖いんですが……。
それに、いつの間にそこに現れたんですか? 全然気配とかしなかったんですけど……。

「……今はまだダメ」
 だったらいつならいいって言うんだい? 僕はもう何ヶ月も……。
「春には。それまでは危険」

 病院で騒ぎを起こすのも嫌だったので、引き下がることにしたが、
キョン、君はたくさんの人に愛されてるんだぞ。わかってるのか?
わかってるなら、早く目を覚ましてくれ。


□月○日
 橘さんという子と知り合いになった。
はっきり言って、電波系のかわいそうな子だったけど、
この子の電波話には、SOS団のメンバーに関することはもちろん。
キョンが深く関係していたから、無視するわけにもいかなくなった。
それに、この子が言う組織とやらが、それなりの「実力」まで持っていると聞かされては、
僕にしてみれば、キョンを人質に取られているようなもの。
僕の態度次第では、キョンに危険が及ぶかもしれない。
 そんなことを僕が許せるはずがない。

 あと、橘さんとやら、キョンと会うときには、
その、後ろで1本に縛る髪型は絶対に止めた方がいいと思うよ。
キョンはその1本で縛る髪型が大嫌いでね。無条件で敵だと思うみたいなんだ。
 そうそう、2本なら大丈夫だ。良く似合ってるよ。3本でもいいかもしれない。
とにかく、1本だけはぜっーたいにダメだからね。

 これ以上、ライバルを増やしてたまるもんか。


□月▲日
 北高に進んだ友人の中には、進んで僕のスネーク役を引き受けてくれる子がいる、
とは多分、キョンは気づいてないだろう。
 ただね、彼らや彼女たちはキョンを「浮気者」と規定していて、
涼宮さんからキョンを「取り戻せ」、とか言ってくるのは勘弁して欲しい。
なにしろ僕は、涼宮さんにキョンを取られたなどとは
微塵も思ってないわけだからね。くつくつくつ。
本人はどう思っているか知らないが、涼宮さんはまだ何も手に入れていないんだから。

 おほん、でだ。
 キョン、君という奴には本当に呆れた。
 SOS団が発行したという小冊子が今、僕の手元にある。
 僕というものがありながら、君はこのミヨキチこと吉村美代子さんという子と
えらく楽しそうな中学最後の春休みを過ごしていたみたいじゃないか。
 君に直接問いただしたいところではあるが、まずは敵を確認しなければなるまい。
 そんなわけで、今、僕は妹ちゃんが出かける所をストーキン、げふんげふん、
駅前で妹ちゃんを偶然見かけたので、保護する意味もあって
遠くから随伴しているわけなのだが、

 もしかして、あの子が吉村さん、いや、ミヨキチなのか?
 そんな馬鹿な。魔女のユキさん改め、
ヒューマノイドインターフェースの長門さんはもちろん、僕よりその、なんだ、
女としての完成度が高いんじゃないのか? 妹ちゃんと同じ小学5年なんだよね?
これは、普段何を食べてるのかに至るまで、調査が必要かもしれないね。うん。

 でだ。
 だから、いい加減、後ろから出てきてくれないか。
 さっきからずっとそこに居るのはわかってるんだよユキさん、いや、長門さん。
 どうせ目的は一緒なんだろう?
「……監視対象の鍵たる存在に影響を及ぼす可能性がある。調査が必要」
言い訳なら僕の目を見て話しなさい。
よそ見をしながら小難しい言い回しをしたからと言って、
この僕を煙に撒けると思ったら大間違いだよ長門さん。
「それから、訂正を要求する。私の完成度はあなたより上」

 ごっ、五十歩百歩じゃないか!
「その場合でも、五十歩の差で私の勝ち」
むうっ。……やれやれ。やはり君とは仲良くなれない運命のようだね。
まあ、いい。今日の僕たちの目的は同じなんだし、今だけは仲良くしようじゃないか。
一人での監視、いや随伴活動(尾行とも言う)はかえって怪しまれるからね。
「……それだけは同意する」

 というわけで、僕たち二人はミヨキチなる発育過剰娘2号を敵性と判断して、
共同での調査を行なうことになった。
 
「……胸囲、ウエスト、身長体重のバランスは、日本人の16歳の平均に匹敵。
部分的には上回る数値。危険。今のうちに成長を止めさせるべき」

 長門さん、危険って、僕にはあなたの視線だけで
人でも殺しかねないような目つきの方がよほど危険に見えるんだけど……。
「長期的に見た場合、あなたより2号の潜在能力の方が胸囲、いや、脅威」
殴るよ、長門さん。

 一日中、付け回し、げふんげふん、未成年者保護の目的で随伴した結果、ミヨキチなる人物は見た目はともかく、
その行動様式そのものは、実にかわいらしい、普通の小学生の女の子だとわかった。キョンは子供に弱いし、
また好かれるタイプだし、兄属性持ちだけに、逆に鈍いというか、だから安心というか、という結論に達した。
最後に妹ちゃんが家に帰るところまで保護したし、いい加減飽きてきたしで、さて解散と思ったところ、

「ただいまあ! キョンくん、ミヨちゃん連れてきたよお!」
「おぉ、良く来たね」
 キョンだ! 
 な、長門さん、さっきで全然だったのに、何だか急にやる気出してませんか?
「……気のせい」
あっそう。

「ミヨちゃんちね、今日、お父さんとお母さんがお出かけなんだって、だからあ……」
「ああ、さっき電話があった。ミヨキチもうちで晩ご飯を食べていきなさい。
あとで俺が送っていってあげるから」
「……いいんですか?」
「遠慮することはないさ」
「いつもいつもすみません。うちの両親がわがままばかりお願いしてしまって」
「わーい! 良かったね! ミヨちゃん。私はミヨちゃんの味方だからね!」

 って、一瞬、妹ちゃんがこっちを見たよね?
「……遮蔽シールドは完璧だったはず。気づかれる可能性は、無視できるレベル。ただ……」
「……ただ?」
「涼宮ハルヒが彼女に何らかの影響を与えた可能性は否定できない。
涼宮ハルヒが、彼女に特殊な力を与えることで、潜在的な障害に対する感知性を上げようとしている可能性がある」
なな、なんだってー! 
そ、それは妹ちゃんを直近のセンサー兼インターセプターにしようとしてるってことかい?
涼宮さん、君って人は……。でも、ミヨキチには反応してないわけ?
涼宮さんも意外に詰めの甘い人だねまったく。

「あなたがスネークと呼称する存在を持つのと同じこと。人のことは言えない」
う、うるさい! 僕のスネークちゃんたちは、好意でやってくれてるんだ。
いっ、一緒にしないでくれ! 大体、なんで君がそれを知ってるんだ!?

ってそんな場合じゃないよ。なんなんだ? ミヨキチなる発育過剰娘2号に対する、
キョンのあの甘やかし方は!? 僕だってキョンの家で晩ご飯をお呼ばれしたのは、
中学時代のたった数回だけなのに、あの様子じゃ、あの娘はキョンの家に入り浸ってる可能性さえあるじゃないか。
 しかもだ、キョンと話す時のあの子は確実に男を誑かそうとする「女の顔」になってたぞ。
小学生でも女はやっぱり女なんだよキョン。君は脇が甘すぎるぞ!
「……引き続き監視が必要。彼を犯罪者にするわけにはいかない。
この国の法律では、いかなる理由があっても、13歳未満に対しては暴行罪が適用される」

 ……いや、長門さん、僕はさすがにそこまでは心配してないよ。だってキョンだし。

 結局、僕と長門さんは、午後10時にキョンと妹ちゃんが、ミヨキチなる発育過剰娘2号を
自宅に送り届けるところまでを監視して任務を終えた。
 
 へーっくしょい! こんちきしょう!
すっかり風邪を引いたようだ。春とは言え、夜はまだ寒いからね。
ところで、長門さんは平気なの?
「私の周囲1cmの範囲に空調フィールドを展開してある。零下275度でも快適」
ああ、そう。あなたも人外だったんだもんね。ふんっ。
「訂正を要求する。あなたが潜在的に持つ力もある意味人外」

あー、うるさいうるさい。だったらなんで僕がこんな思いをしなきゃいけないんだ!
僕に力とやらがあるんなら、使うよ、使っちゃうよ!
「……」
 ……ごめんね、長門さん。帰りにあったかいコーヒーでも飲んでいこうか。
今日は僕が奢るよ。


●月○日
くつくつくつ。涼宮さんの力が弱くなってきていると、九曜さんは言う。
僕が今までキョンに会えなかったのは、涼宮さんの力の影響だったのだと橘さんは言う。
だから、もうすぐキョンと会えるようになる、と。

 理由なんてもうどうだっていい。キョンに会える。
 会って話ができるだけで、僕はある種の孤独から解放される。
 フラグがどれほど折られようが、その度にまた僕は新しく立ててみせるさ。
涼宮さんの力が大きくて危険だろうと、僕に力があろうとなかろうと関係ない。

 キョン、君と話したいことがたくさんあるんだ。

 君の横には今、涼宮さんが居て、長門さんがいて、みくるさんという女性のてk、
じゃなくて、君は天使と呼ぶけど僕らにとっては悪魔のような、じゃなくて……、
なぜだろう、みくるさんという人のことを書こうとすると
手が勝手に余計な修辞をつけてしまう……。

 おほん、まあ、それはともかく、橘さんの話では、君と僕はいよいよ、次の休みの日に
駅前の自転車置き場で偶然再会するシナリオができているのだという。
自称未来人の藤原くんによれば、それが規定事項だとも。
 そう言えば、長門さんが「春には」と言ってたけど、このことだったのかな。
 
 僕は彼女たちをまだ完全に信用はしていないけど、それでも最近わかってきたのは、
悪い人たちじゃないということ。

 それより、ああ、どうしよう。キョンと会える……。
1年ぶりの再会だからね。着ていくもの選びに困ってしまうな……。

「やっぱり、佐々木さんには清楚な感じのコーディネートがいいと思いますよ」
橘さん、ただの電波娘かと思っていたが、君もなかなか分かってきたようだね。

そっ、そうだよね。で、男の子にとってやっぱり基本は、あああああ、青の縞パンなんだよね?


●月□日
 やったよ。僕はとうとうやった。
くつくつくつ、これで涼宮さんにも眠れない夜がやって来るに違いないね。
 
 えっ? 駅前でちょろんと会って、ただ挨拶しただけだろって?
 甘いね。僕が「親友」だと自己紹介した時のあの涼宮さんの顔を見ただろう?
 今まで傲慢にもその全人格まで自分の所有物だと考えていたキョンに、
僕という未知の存在がいて、しかも、親密である、ということの意識付けは完璧に実行できた。
 一度生まれた小さな疑念は、さらに大きな疑念を呼んで、
それは勝手にどんどん大きくなって、最後には自分では止められなくなるものなんだよ。

 くつくつくつ。あー、気持ちいい。
僕が今まで苦しんできたことの半分ぐらいは、これで彼女と共有できるね。

 なにしろこれでやっと僕も本編に絡めるわけだからね。
今まではずっと「変な女」とか、「中学時代に仲良くしていた女子」とか
意味深な話を振られるばかりで、その度にキョンの自己韜晦機能の発動で冷たくされ続けてきたんだから。
 ……キョンももう少し言いようがあるだろうに。僕だって凹むんだぞ……。

 でも、ちょっと待てよ。状況はあんまり変わってないんじゃないか?
涼宮さんは相変わらずキョンを拘束するんだろうし、いや、むしろさらにきつく束縛する可能性もあるよね……。

 大体、あの手の子は、自分のそれに気がつくと異常に独占欲が強くなると相場が決まってる。
学校のある平日はもちろん、休日まで団活と称してキョンを呼び出し続けて……。
 キョンは自分から人を突き放したりできるような性格じゃないからズルズルと
彼女に引っ張られるようにして付き合わされ続けて、やれやれ、なんて甘い顔してると、
気がつけばプロポーズしたことにされてて、あれ? そうだっけとか言いつつも
いつの間にか「ねえ結納はいつにする?」なんて両家の家族が盛り上がってて、
あっという間にのっぴきならない所まで行っちゃってそのまま……。
 
 嫌だ、そんなの嫌だ。大体、5行前の「キョンは」以降は、僕が半年前に立てた
「超極秘・ササッキーの未来計画」のプランB-15に該当する作戦と同じじゃないか!

 こっ、このままでは不味い。僕としたことがなんたる大失策だ。
僕はあの時、親友なんて生ぬるい言い方じゃなくて、「嫁」とか、「妻」とか、少なくとも「女(はーと)」とか
もっと押しを強くして自己紹介しといた方が良かったんじゃないのか?
キョンのことだからきっとそう言わたら、その瞬間から僕を意識しまくりになっちゃって、
気がついたら僕のことばかりを考えるようになって、いつの間にか本格的な恋に発展……、
なんて、うふふ展開に持ち込めてたかもしれないし……。

 でも、やっぱり涼宮さんたちからの妨害は大きくて、それでも愛を貫くために
最後は駆け落ちーっなんてのもまた燃える展開だよね(うっとり)……。

 ばっ、馬鹿な妄想は止めだ止め!
大体、駆け落ちってのはキョンにトラウマがありすぎるから、
成功するとはこれっぽっちも思えない上に、向こうには長門さんまでいるんだから、成功率は小数点以下じゃないか。
 と、とにかくこのままでは不味い。いや、僕が一方的に不利だ。

 えーと、
 
 あ、橘さん? ああ、僕だ。この前の話だけどね、うん、それ。
キョンを喫茶店に呼び出せばいいんだっけ? ……ちょっと、喜びすぎだよ。
それに、僕はまだ君たちに協力すると決めたわけじゃないし、君たちを信用したわけではないんだ。
ただ、こっちにもちょっと事情があってね。そう、少しだけ協力する気になったんだ。
その代わり、僕に協力してくれるという約束は、ああ、別に今すぐどうこうというつもりはないよ。
だからメロンパン持って今すぐ来いなんて僕は言ってないだろう? 来なくていいから!
ただ、僕にも頼りになる人たちが必要なのかな、と思ってね。うん、そう。よろしく頼むよ。
あ、あとそれから、君も九曜さんも……、そう、1本で髪を結うのは絶対禁止。
わかってきたね。いい子だ。じゃあまた連絡するよ。

 ……やれやれ。僕もやっぱり生身の女だったんだと自覚せざるを得ないね。

 さて、キョン、覚悟はいいかい? くつくつくつ。
 
 えーと、こんな日のために通販で手に入れておいた、
「特盛に見せる大人ブラジャーと、大人パンツ(キリッ!)」はどこにしまったっけ……。


●月○日
 あああああああああああああ、もう僕って奴はもうどうしようもない意気地なしだ!!!!
 またやってしまった……。この日のために何度も何度もシミュレーションを繰り返して、
朴念仁のキョンに否が応でも異性を意識させるために、
そこはかとなく女性である自分を演出する一人特訓を日夜繰り返してきてたのに……。
それに朝だって、もっ、もしもの時に備えて、いつもより2時間も早起きして、念入りに身体を洗って、
下着だって全部この日のために用意したとっておきを着用して、
全身気合い入れまくりでやって来たというのに、
こみ上げてくる恥ずかしさが先に立ってまた理屈っぽい、変な女を演じて、
結局は自分もキョンも煙に巻いてしまった……。

 大体だ、言うに事欠いて
「高校生だけは、高学生って言わないのはなぜか?」
って意味わかんないよ。いくらテンパってたとはいえ、やっと切り出した話題がそれかよ、と。
ササッキーって馬鹿なの? 死ぬの?

 大体、橘さんがいけないんだよ。
キョンは最初から喧嘩腰だったじゃないか。キョンは意外と頑固なんだ。
一度ああなってしまうと、そう簡単には懐柔できないんだぞ。
 だからこそ僕は彼を信頼し、かつ頼ってしまっているわけなんだけどね……。

 とはいえ、僕も何もできなかった。
ホントにもう自己嫌悪だ。穴があったら橘さんを埋めてやりたい!!

 ただね、キョンの話し方や言葉の選び方が、どこか僕がしているそれに似ていたり、
僕が時折、「やれやれ」と言いながらため息をついてしまうのはきっと、
キョンの中に僕が、そして僕の中にもキョンが今も確かに存在する証拠だと思うんだ。
 
 涼宮さんや長門さんには悪いけど、僕は譲る気はない。絶対にね。

今日から毎日牛乳1リットル! イソフラボンも積極的に摂取していくよ!
半年、いや、3ヶ月で必ず追いついてみせる。だから待っててねキョン!


番外編
□月○日
 そろそろ同窓会のことについて、主要関係者とは連絡を取らなければならない。
面倒だし、僕も色々と忙しくなってきたしで、言い出しっぺである須藤に
全部任せておきたいところなのではあるが、まあ、乗りかけた船だ。
順番に連絡していくか。まずは都合の悪い時期を教えてもらわないといけないからね。
特に部活動をやってるような人たちは、地区大会だ、遠征だとそもそも街にいないということがあるし。

 まずは、岡本さんか、彼女は確か女子校だったよね。新体操はまだやっているんだろうか?
「あら、ササッキー? 久しぶりだね! 今もキョンくんとは仲良くやってるの?」
 ……あのね、だからね、なんで久々の挨拶代わりの第一声がそれなのか、と。
「ダメだよササッキー。いい加減自分の気持ちに素直にならないと。
キョンくんと話してる時のササッキーは、いつもとは全然違うかわいい顔をしてたんだからね!」
 そ、そうかな……(照)。でも、肝心のキョンがそう感じてなければ意味ない気もするが……。

 市立に行った中河。暑苦しい印象しかなかったが、キョンとは仲良しみたいだったな。
「おお、佐々木か。お前、キョンをちゃんと見張ってないと、
あいつ高校でえらく楽しそうに複数の女子たちとつるんでるぞ。
まあ、あいつはああ見えて男女関係には真面目だし、そもそも鈍いから、
心配に及ぶようなことはあるまいが、お前もそろそろ将来のこととか……」
 ちょ、ちょーっと待て中河。どうしてノッケからずっと僕に説教を試みているのか、
理由を聞かせてもらいたいね。
 あ? 冬に長門さんとの橋渡しを頼んだ? それで? キョンはそれを引き受けてくれたのだが、
自分サイドの都合で断ってしまった? 断るとこまでキョンにやらせたのか君は!
君って奴は、本当に最低だな。中河、自分が何をしたのかわかってるのか?
説教を受けるべきなのは、君の方だろ! そんなことをキョンに頼むなんて、何を考えてるんだ!
「すまんすまん。お前のキョンに余計なことをさせたのは謝るよ。
あのときは本当にどうかしてたんだろうな。でもなあ、人間、やっぱり自分の気持ちに正直になるのは大事だと思うぞ。
失ってから気づくものもあるんだからな。まずはぶつかってみてだな……」
 そうだった、こいつはこういうちょっと面倒くさい奴だったんだ。また連絡する。切るぞ!
まったく、さらっと「お前のキョン」とか言うな。……ちょっと舞い上がりそうになっちゃったじゃないか。

 こんな感じで僕の分担分の同級生たち何人かに電話して行ったのだが、
「ササッキーはさ、プチ遠距離恋愛って感じだもんね」とか、
「涼宮さんって知ってる? そう、東中出身の超問題児。
なんだかキョンくん、最近その涼宮さんとつるんでるらしいよ。気をつけな!」とか、
「おう、佐々木、お前もうキョンとは別れたわけ? キョンのやつ、北高でやたらと羽伸ばしてるぞ」とか、
「キョンくんはねえ……。妹属性付きの兄ポジションってのは、意外に手強いんだよ。
身近な女性ほど、本能的に女として見ないような訓練を積んで来ちゃってるからさ。
ササッキーも挫けちゃだめだよ! アタシはササッキーの健気さはちゃんと報われると
信じてるからさ。応援してるからね!!」とか、
「えーっ、もしかしてキョンくんとうまくいってないの? 嘘ぉ? だってキョンくんササッキーにだけは心を開いてたのに。
ササッキーが学校を休んだ日なんてもう、キョンくんのおとなしいことおとなしいこと……」とか、
「ササッキーもさ、同窓会とか言ってないで、早くキョンくんのことなんて忘れて、次の男探した方がいいよ。
そりゃあれだけ仲良しだったんだから辛いのはわかるけどさ」とかとか……。

 なんだってどいつもこいつも最初に出てくるのが僕とキョンの話ばかりなんだ?
 須藤と岡本さんの話なんてこれっぽっちも出てこないぞ。
 こっ、これじゃまるで、僕がキョンに会いたいから同窓会を企画してるみたいじゃないか……。
 でも、まあ、なんだかちょっと嬉しかったのはここだけの話だ……。

 そっ、そりゃ僕もキョンも多少はお互いに意識はしてたと思うんだけどさ。
だって、健康な思春期真っ盛りの男女なわけだし、キョンは正直、僕にとっては
一番話しやすい相手だったわけで、学校でも塾でもいつも一緒だったしね。
それでお互い何も意識しないとしたら、それは逆に何かおかしいと言わざるを得ないだろ?

 ただ、お互いに受験生だったし、いつの間にか何となーく仲良くなりすぎてしまって、
そう意識するのが怖くなっちゃってたというか、居心地のいいぬるま湯は、
いつまでもそのままの方が快適だと思ってたというか……。
 つまりは、あの頃の僕たちはまだまだ十分に子供だったということだろうね。
 ……ああ、僕は僕なりに努力はしたよ。キョンに女を意識させるためにさ。
精一杯大胆になった時期もあった。でもね……、なにせ相手はあのキョンだからね……。
 
 子供っぽい夢想家だったキョンに、現実的な思考を植え付けたのは多分僕だけど、
今の状況を鑑みるに、キョンには却って逆効果だったようだ。
一度は自分自身で否定できた非現実的世界をリアルに、しかも強烈に体験してしまったものだから、
逆に洗脳が解けたような心境になってしまい、熱心な信者に近い心境になっているんだろうな。

 さて、旧友たちの誤解を解くのも面倒なので、このまま同窓会になだれこむとするか。
キョン、僕は最近、自分と向き合う覚悟みたいのが出来てきてね。
 中学時代には怖かったことも、目の前に具体的な敵が現れたことで、プラスのエネルギーに変わってきたみたいなんだ。
 策士と言われてもいいさ。キョン、今度の同窓会は、覚悟して出席した方がいいかもしれないよ。
 こういう時の女子の結束力というのは、君が想像する以上のエネルギーがあるんだからね。くつくつくつ。

 特にエネルギッシュな何人かには、ちょっと燃料も投下しておいたからね。
くつくつ、女の怖さを存分に味わうといいよ、キョン。

「うんそう。キョンの奴、私には1年近く連絡もくれなかったわ。釣った魚には、って感じ?
うん、大丈夫。でもね、私もなんだかもう怖くて自分からじゃ何も言えなくて……」

 なーんてね。
 嘘は、言ってないもんね!


△月○日
 あんなに怒っているキョンは初めてかもしれない。
 矛先は僕には向けられていないとはいえ、ちょっとショック。

 でも、今まではずっと、主たる敵は涼宮さんだと思っていたのに、
もしかして、長門さんもかなりの強敵ということだったんだろうか?
 だとしたら、長門さんがキョンにストーカーまがいのことをしていると
言いつけちゃおうっかな。キョンはああ見えて凄く正義感の強い人だから、
そういうのって絶対許せないと思うんだ♪ くつくつ。長門さん、悪いけど
君はこれで脱落だよ。くつくつくつ。

 ……だめだ。それに関しては僕は絶対に人のことをどうこう言えない……。
今日までの僕の所業がキョンにバレたら、絶縁なんて甘いもんじゃ済まない……。
どうすれば……。

 あ、国木田くん? そう、同窓会のこともあるんだけど、ちょっと聞きたいことが、
って、なんでキョンのことだと思うわけ? いや、キョンのことなのは確かなんだが。
 何か変わった様子はなかっただろうか? いつもより怒ってたりとか、
気が立ってたりだとか、その、いつも以上に涼宮さんと仲良くしてたりだとか……。
 あ? 涼宮さんとイチャイチャしてるのはいつものこと?
……そっ、それは、けしからんね。いや、そういう意味ではなくて、人前でそういう
破廉恥な行動は厳に慎むべきという意味でだ。でも、どうせキョンには自覚はないんだろ?
 みみみみ、見てないよ! 僕が君たちの学校の教室の様子を覗けるわけがないだろ!
 え? 中学時代の僕たちと同じだって? 失敬だな。
僕たちの関係はそんな(安っぽい)ものではないと何度言えば、君にもわかってもらえるんだろうか。
 何? 僕はいつもキョンの机まで身体を乗り出して、見つめ合って話してたけど、
涼宮さんはまだ後ろからシャープペンで突くぐらいが関の山だから大丈夫?
 そ、そうか、それなら安心だな。え、何が安心かって?
君にはわからなくていいんだよ。くつくつ。
……国木田、何がおかしい? そうやって人を笑うのは関心しないな。
 
 あ、あのさ。ところで、キョンと長門さんって、どんな関係なのかな? え? いや、別に
ちょっと変な噂を聞いてね。谷口くん? 誰のこと? 僕は知らないよ。
教室で抱き合ってた? 谷口くんがちん入しなかったら、行くとこまで行ってたかも?
どどどどど、どういうことだい?! そそそそ、それは初耳なんだが……。
えっ? 嘘? 涼宮さんのいたずら?
国木田、僕をからかうつもりなのか? 僕は君を過大評価していたのかもしれないね。
僕が心配するようなことじゃないと思うって、僕が何の心配をしていると?
君も相変わらず食えない男だ。くつくつくつ。
いい加減自分を正直に出した方がいいんじゃないかって? 
もう中学生じゃないんだし、か……

 あ、いや、別に少し考え事をしてたんだ。素直にか。そうだね、考慮してみよう。
え? 意外だって。僕も少しは成長したのさ。くつくつくつ。
ああ、また連絡するよ。

 くーっ、聞いといて良かった……。
さて、涼宮さんばかりか、あの長門さんまでが直接行動を試みていたなんて……。
まあ、彼女はどうにも僕と同じで激しくむっつりスケ……、おほん、内に秘めるタイプのようだし、
みくるさんという女性の敵も、嫌だ嫌だと言いながら、進んで色んなコスプレをしては、
キョンに色目ばかり使っているようだし、鶴屋家のお嬢様の様子も何か変だったし、
ミヨキチとかいう発情小娘も妹ちゃんを抱き込んで、何かを企んでるし……。

 最近じゃ、うちの九曜さんまでキョンに向かって
「私と付き合う?」などと実にけしからんことを言い出してキョンにちょっかいかけて、
あちゃくらさん(?)とキミドリさんとか言うコンビに阻止されたっていうし、
橘さんは僕を神様だとか言いながら、二言目にはキョンが、キョンがとうるさいしだな……。
あれは僕をダシにして、キョンを狙ってるとしか思えないんだが。

 ……しかし、キョンがそんなにモテるはずはないと思うんだが、これも何かの力が働いてるんだろうか。
 キョンをこの異常な世界から救い出せるのは、やっぱり僕しかいないようだね。
 よし、キョン、待っててね。あなたのササッキーが、今、助け出してあげるからね(うっとり)。

 ……ふうっ。
いつものことながら、何だかちょっと自己嫌悪……。

 さて、ちょっとすっきりしたし、豆乳飲んで早く寝よう。お肌と発育に悪影響だからね!  

ん? 僕が我を失っている間に きょ、キョンから、めめめめメールが来てた!
まままま、まさか、僕が今、何を妄想してたかとかは悟られてないよね!?オロオロ

「佐々木、昨日は興奮したまま電話してごめん。
お前の周囲にどんな奴が居ようが、俺はお前がお前である限り、お前のことだけはずっと信じていけると思ってるからな。
困ったことがあったらいつでも連絡してこいよ」

 こっ、これは、期待しちゃってもいいんだよね!! (≧▽≦)ワクワク
少なくとも「僕は」キョンに嫌われてなんていないんだよね!!

 ななななな、なんて返信したらいいんだ? 九曜は僕がぶち殺しておきます、でいいのかな?
えいくそ、今までキョンに対して女の子キャラを使ってこなかったから……、
こんな時、どんな顔をすればいいのかわからないの、
はっ!? 笑えばいいのか!

 ……少し落ち着こう。ただメールが1本来ただけじゃないか……。

 とりあえず、次の会合では多分、長門さんのことで対決姿勢で来るに違いないよね。
ということは、僕が橘さんと九曜さんを抑えておけばいい、ということになるか。
 でも、この前、藤原くんに言われたこともずっと気になってるんだよな……。

 まあ、いい。因果律というのは、因があって初めて果が出るものだ。
規定事項とやらをもし、僕が知っていて覆したら、その時はどうなるんだろうね?
 運命がどちらに味方するのか、それを見極めてみようじゃないか。キョンと一緒にね。

 さて、キョンに返信しないと!
 
 ……ところで、僕は携帯のメールの出し方が、よくわからないんだが、どうすればいいんだろう……。
返信は、やっぱりした方がいいんだよね? でもなあ、変なボタンを押して、壊れたら一大事だし……。

 そうだ! 今度キョンに会ったら、使い方を聞けばいいのか! 
「なんだ佐々木、お前そんなことも知らないで携帯使ってるのか?」
僕にだって苦手なものはあるさ。どうもこういう機械の扱いには不慣れでね。
「どれどれ。しかし、佐々木に俺が何かを教えてやるなんて、ちょっと新鮮だな」
うん、ごめんねキョン。
……なーんて展開は、すごく女の子っぽい感じじゃないか? うんうん。

 何だか楽しみになってきたな。お休みキョン……。
橘さんと九曜さんは、あとで僕が明日の太陽が拝めないぐらい折檻しておくから、もう怒らないでね。

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最終更新:2010年09月14日 00:37
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