57-347「月刊佐々木さん9月号」

狂ったように暑い夏休みが終わり、とうとう2学期が始まってしまった9月。

中学3年も早や半分を過ぎたという事になるのだが、それはつまり
母親の強権発動に端を発した塾通いの日々もあと半分という事になる。

俺は決して勉強熱心でもないし、できる事ならできるだけ勉強はせずに暮らしていたい。
というのも変な日本語のように聞こえるがこれが俺の率直な考えだ。
受験勉強もきっと俺自身は全くやる気を起こさず、ただ周囲の空気に流されて
冬休みくらいからなんとなく教科書や問題集を広げるのだろう。

というのが、俺の4月の時点でのぼんやりとした展望だったのだが――。

「何か思い悩んでいる事でもあるのかな」
「ん?」
「心ここにあらず、という感じだったよ、君の目は」

そう言って、フォークとスプーンが一体になった食器でポテトサラダを口に運ぶのは佐々木だ。

「いやあ、意外と勉強も続くもんだなと」

くつくつと笑うと、咀嚼していたものをこくんと飲み込んで佐々木は言葉を紡ぐ。

「あまり勉強が好きじゃない事は知っている、いや、よく分かったけれどね」
「……お前には迷惑かけたなぁ……」
「ほう? もう過去形にしてしまって良いのかな?」
「スミマセン、今後とも何卒……」

そんな事を話しながらお互いに弁当をつついているとドアを開けた男が
こっちを見ながら近づいてきた。

「おお、キョン。今日は佐々木と弁当食ってんのか?」
「ん? まあな。どうかしたか?」
「いや、どうって言うんじゃないがな……」

中河の視線は俺と佐々木を2、3回ほど往復した後、国木田へと向いた。
俺も一緒に国木田の方を向いてみたが、国木田は微笑ましそうな顔をしている。

すると中河は肩をすくめてそちらへ歩いていってしまう。

「……なんだあ?」

くつくつ。佐々木が喉を鳴らして笑う。

「さて」

そう言って佐々木が弁当の包みの中から取り出したのは梨だった。
さらに果物ナイフまで――キレイに刃の部分を包んであったが――持ち出した。
すると鼻歌交じりにスルスルとシュルシュルと皮を剥き始める。

「ほう、上手いもんだな」
「ん? ああ、まあこれくらいは。慣れれば簡単なものさ」

視線をこちらに向けても、その手の動きは淀みなく、止まることはない。

「親戚の家から大量に送られてきてね。家で食べるだけではなかなか処分しきれそうにない。
 そこで君にも手伝ってもらおうと思って持参した次第さ。キョンは梨は嫌いかい?」
「いや、どちらかというと好きだぞ。シャリシャリした歯ざわりとか良いよな」
「うむ。早いものは晩夏から市場に出回り始める。今年は豊作だったようでね。
 昨夜家族で食べてみたから、味については保証しよう」

結局梨の皮は最初から最後まで途切れることはなかった。
8等分に割って、綺麗に芯を切り取ると、これまた準備していた爪楊枝を刺して差し出した。

「ほら、食べてみたまえ」
「おぉ、すまんな」

かぷりと梨に食らいつく。

「果汁も十分で、程よく甘い。うまいな……ってどうした?」
「えっ? あ、あぁ、いや、な、なんでもない。そうか、美味しいのなら何よりだ」

珍しい。どうやらあの佐々木がうろたえている。
だが一体何があったというのか。
ふと視線が気になったのでそちらを向くと国木田たちがこちらを唖然として見ていた。

「なんだ? どうかしたのか、お前らまで」
「えっ? いや、今、あれ? ね、ねぇ、中河」
「あ、おう。いや、その、なんだ。別に羨ましいとは思ってないぞ」
「あん? なんだ、もしかしてお前も梨が食べたいのか?」

余程俺の食べ方が美味しそうに見えたのか、単に梨が好きなのか。
ならば言ってくれれば良いのに、全くもっておかしなヤツだ。
普段は親しき仲にも礼儀ありという言葉を説き聞かせたいと
思わせるほどなのに、変なところで遠慮深いんだな。

「佐々木、中河たちに1切れずつやっても構わんよな?」
「それは構わない、が……」

佐々木の許可をもらっていくつかに爪楊枝を刺し、国木田のところへ持って行き、
弁当箱のフタの上に置いてやった。

「やれやれ。欲しけりゃそう言ってくれりゃ良いんだよ。なあ?」
「そ、そう、だな。全く。水臭い。ははは」
「おし、もう1切れもらうかな」

新しい爪楊枝を刺して口へと放り込む。
かみ締めると甘い汁が溢れ出して口内を喉を潤していく。

「あ……」

と、佐々木が何やら惜しんでいるような声を出す。
もしかして狙っていた1切れだったのか?
焼肉焼いてて自分専用のベストな肉を焼く、みたいな。
そういう事をするヤツ(要は俺の妹だが)には見えなかったのだが。

佐々木は何やら手に持ったままの楊枝を所在なげに動かしていたが
やがて梨に突き刺すと、俯きがちな自分の口へと運んだ。
それを見て俺もまた1切れを取って食べる。

「美味いよな」
「あ、あぁ、そう、だな。旬の物を食べると言うのは身体にも良いからね」
「そう言うよな。夏は夏野菜を食べると……なんだっけ」
「夏野菜は体を冷やす効果があると言われている。しかも栄養価が高いから夏バテ防止にうってつけだ」

だから、と言いながら佐々木は自分の持っていた爪楊枝を最後の1切れに刺して俺へ向けた。

「ほら、もう1つどうだい?」

微笑んで梨を差し出す佐々木の頬は、なぜか梨ではなくりんごのように赤かった。

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最終更新:2011年01月22日 21:25
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