64-676 おさんぽ

夜、人が居ない事を前提に行動できるささやかな時間。
お気に入りのニルヴァーナ。パール・ジャム。ストーン・テンプル・パイロッツ。
刹那的な感情を音に込めて歌う。

男の子みたいな皮のロングコートにどこかの魔女みたいな帽子
胸元の開いた挑発的なワイシャツに赤と黒のチェックのネクタイ。
気分で合わせた黒くて硬い編み上げブーツにほつれたビンテージのジーンズ。

コツ、コツ、と音を立てて歩くのが楽しい。
世界に対して怒り、焦燥、悲しみ、そして刹那的な快楽を伝える音。
お気に入りで固めた今の私なら。
今なら、この世のどんな悪意でも踏み潰せる気がした。


私の趣味は散歩。
お気に入りの時間に。
普段の私のイメージからかけ離れた格好で。
誰に見せる訳でもないのにかっこよさを求めて。
いつもと雰囲気の違う自分と世界を眺めるのが好きだった。
コツ、コツ、コツ。


今日は駅前の方にでも行ってみようと思った。
理由なんてない。普段はしない行動をとってみるのが楽しい。
町の方は夜の住人がいっぱいいた。
普段の私なら彼らなんて気にも留めないだろう。
今の私には彼らが鈍く、確かに光って見えた。

夜の世界では、彼らが蝶で、私が蛾だ。
見た目が似てるだけの模造品。
彼らの周りに飛んでいる本物の蝶には私はなれない。


だからだろうか。
自然と彼らから遠ざかるのは。
いいや、
きっと自分が近づくとツバサを焼かれると知っているからだろう。
夜の世界にも階級制度は広まっているようだ。
つまらない冗談にクスッ、と。
コツ、コツ、コツ。

何となく入った路地裏。
理由なんてやっぱり無い。
あえて言うなら私は焼かれるのが怖いから。
そんな少しセンチメンタルな自分ににやつく。

暗闇に浮かぶ二つの目。
自分の膝よりも低い位置。
まるまるっと太ったねこさんが一匹。
毛並みは悪いが目つきは鋭かった。
こちらをじっと観察しているようだ。
少しでも協力しようと膝を折った。

「こんばんわ。」と、何となく。
反応は無い、がそのまま何となく話しかけた。

「君も蝶かい?それとも蛾かい?」
にゃんこさんは、少しおどけたように前足で顔をぐりぐり。
私にはその仕草が手招きをしているように見えた。
クスッ、と笑って私は言った。

「ごめんね。私は蛾だから、もう進めない。」
そういうとネコさんはぐりぐりを止めた。
いきなり走り出して深い場所に消えてしまう。
もう私には見えないと思っていた場所で何か光った。
鈍かったけれど。
私にはやはり眩しかった。


お気にいりの再生がもう終わる。
魔法が解けてしまう。
私をおいて、時間が私に追いついてしまう。
半端者の私は階級制度に入れてすらいない。
蛾に居場所なんてない。


・・・ただ、そうだな。
また、気まぐれに。
かっこつけて、自嘲したくなったら。
また私は飛ぶだろう。
火に焼かれそうになりながら。

だから。

私の趣味は散歩。

続編 65-329 だから
http://www10.atwiki.jp/sasaki_ss/pages/1690.html

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最終更新:2012年04月25日 09:03
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