65-697 同窓会(上)

 同65-697 同窓会(下)はこちら。

 これは、高校2年の夏休みでの話だ。
 毎年、夏が来れば冬のほうが、冬が来れば夏のほうが良い、と小学生のワガママみたいな事をごねてきたが、
 今年は一段と日差しが暑く、過ごしやすさで言えば100点満点を与えてもいい季節があっという間に過ぎ去ってしまったことを実感する。

 家のリビングで、特に何かがおかしいと思うこともなく、
 俺とはまったく縁もゆかりもない県同士の高校野球を見るともなしに見ていると、俺の携帯電話が蝉の鳴き声に負けじと高音を発生させた。
 毎度わけのわからん事件に巻き込まれてきた俺としては、それを無視することに何の躊躇いもなかったが、

「キョンくんでんわー」
 あぁ。言われんでもわかってる。ここで無視しておくと後々厄介になることもな。
 おそるおそる携帯のディスプレイを確認する。が、それは俺が予想していた人物ではなく、中学からのよしみだった。

「もしもし」
「あ、キョン?お早う」
 国木田だ。

「お早うと言っても、もう午後近いがな」
「まぁそうなんだけどね」
 相変わらず落ち着いた声だ。それより――
「何の用だ?宿題を手伝ってくれるのなら大歓迎だぞ」
「あいにくだけど、僕もまだ手をつけてないし、友人とはいえ人の宿題を手伝ってあげるために自ら電話をかけたりはしないよ」
 そりゃそうだろうな。もしそんな奴ばかりだったらとっくに世界は平和という名のゴール地点に辿り着いてるだろうよ。

「それで用件だけど、明日何があるかわかってる?」
 散らかしたままの記憶を弄ってみたが、何も見つからなかった。
 ふぅと溜め息がひとつ。
「電話してよかったよ。キョンのことだから忘れてるかと思ってね」
 さっさと言え。
「同窓会だよ、中3の。春頃連絡あったでしょ?」
 同窓会か。それは覚えているとも。
 だが残念ながら俺には日にちの連絡は来てないな。まぁクラスで目立つほうじゃなかったし。

「そんなわけで、明日は夕方の6時に駅前近くにある居酒屋だって」
 なるほど。酒を飲む気満々らしいな。俺は遠慮したいが。
「それじゃ明日。あ、ある程度お金は持ってきてね」
「俺の全財産は毎回謎の団に吸い込まれているんだがな」
「あはは…まぁ少しはカンパしてあげるからさ」
「それは助かるね」
「それじゃ」
「ん」

 中学時代は決して知り合いが多いわけでもないし、人気の多い場所は苦手だ。
 だが、不思議と行くのに躊躇いはなかった。何故だ?
 あぁ、わかった。暇なのだ。1ヶ月以上ある夏休みの1日1日にスケジュールがあるはずもなく、家で退屈していることばかりだからだ。
 この時間を宿題に着手できるかできないかが優等生と俺への分岐点なのだろう。だからといってそう簡単に手はつけられんがな。

 しかしある期待感が俺の胸にあった。

 で――
 その日は飯食って妹とゲームして風呂入ってシャミセンの毛を手入れして歯を磨いて寝た。


 翌日、相変わらずの暑さで目を覚まし、身体が汗だらけになっていたため朝からシャワーを浴びることにした。
 部屋に戻り、私服に着替えようとすると、早速外で夏の象徴がみんみんと鳴き始めた。
 まったく、泣きたいのはこっちだ。お前たちの奏でるBGMのせいで暑さ2割増しなんだぞ。

 そんなBGMの中ふと思い返した。
 去年のエンドレスサマー。ハルヒが何に満足しなくてループが起こっていたか俺には未だにはっきりとわかっていないが
 もし宿題を終わらせないと夏が終わらないのだとしたら、今やっておくのがいいのかもしれない。
「仕方ない、やるか」
 万が一また起こらないとも限らない。長門のためにもな。


 あっているかもわからない宿題を適当に片付けていると、もう夕方5時だった。人間集中できる時はできるもんだな。
 俺はなけなしの財産をカバンに入れ、外出の準備をする。
「こんなじかんにどこいくのー?」
「旧友たちとの晩餐会だ。おふくろには夕飯はいらんと言っておいてくれ」
「ちぇー、おるすばんー」
「知らない人を家に入れたりしないようにな」
「はーい」

 ところで小学生には夏休みの宿題はないのだろうか。自由研究みたいなのはした覚えがあるが。

 家を出て、慣れ親しんだチャリを出す。向かうはもはや集合場所のメッカである駅前だ。
 夏とはいえど夕方から夜にかけては日が沈む分気温がやや落ち着く。チャリを漕ぎながら身体に当たってくる風は柔らかで心地が良かった。

 俺はいつもの不法駐輪スペースにチャリを停め、駅前広場から少し路地のほうへ入ったところにある居酒屋を目指す。
 階段を3階分ほど上ると扉が見えた。
 俺は少し緊張しながら扉をゆっくり開くと、カランという鐘の音と共に、中からクーラーの冷気と人々の熱気が漏れてきた。

 やはりうちのクラスがある程度店を貸し切っているらしく、俺が素性を店員に明かすとクラスの居る場所へ案内された。
 歩きながら一通りクラスメートの顔を眺めてみたが、いかん、ほとんど思い出せない。
 元中たちの顔を忘れてしまうほど高校での一年はあまりにも濃厚だったのだとしみじみ思う。

 すると、
「キョン」
 振り返る。
 そこには普段あまり見ない国木田の私服姿があった。
「待ってたよ。少し遅刻だね。来ないのかと心配しちゃったよ」
 時計を見ると6時5分過ぎだった。いつの間にかこんな時間だったか。
 時間という無情の理を感じていると、突然国木田の後ろから影がぬっと現れた。
「おせーよキョン、こういう大事なイベントに遅刻とかありえねーぜ」
 定食セットのようないつもの見慣れた組み合わせだ。

「おい、なぜ谷口がここにいる。」
 国木田は苦笑いして、
「うっかり同窓会やることしゃべっちゃって、そしたらついてきちゃったんだよ」
 俺は再度谷口を見て、
「わかっているとは思うが、お前は同じ窓から出た人間ではないぞ?」
 谷口はいつものニヤケ面を浮かべて、
「んなこたぁわかってるさ。しかしな、高2の夏休みに彼女一人いねーなんざ、俺の信念に反する。ならばここで一発引っ掛けてこの無駄に暑い夏を乗り越えるって寸法よ!」
 感動的なほどこいつは変わらないな。九曜に振られたことはもう九曜ごと忘れているらしい。
 そのプラス思考成分を俺にも注入してくれ。
「てわけで早速、ナンパしようぜっナンパ!」

 …やれやれ

 谷口が片っ端から女を口説いているのを遠い目で見ながら、俺と国木田はちびちびと飯や飲み物を口に運んでいた。
「キョンはお酒飲まないの?」
「俺はパスだ。あまり良い思い出がないんでね」
「ふ~ん」
 その国木田はほんのりと顔が赤くなっていた。
 こいつは酔っぱらうと性格が変わったりするんだろうか。少し見てみたい気もするが。

 また谷口のほうを見ると、酒の入ったグラスを持ちながら飽きもせずナンパに勤しんでいた。
 その行動力には感服するが、皆こんな奴いたっけと思ってるんじゃないだろうか。
 その谷口は最終的にある一人に狙いを定めたらしく、しきりに話しかけていた。

 その様子を見て国木田が、
「あっあの人岡本さんだ」

「岡本…」
 俺は岡本に目を向けた。相変わらずの癖っ毛だが体つきは谷口が攻めるのも無理はないもので、さすがは新体操部だ。
 いきなり谷口に話しかけられたものの、いつしか岡本はまるで旧友としゃべるように谷口と談笑をしだしていた。
 おいおいマジかよ。これは谷口が凄いのか、岡本が変なのか。

 しかしよく見ると岡本の隣の席には須藤がいた。須藤はいきなり現れた谷口を未確認生物を見るような目で見ている。
 そういえばこの同窓会は須藤が岡本に未練があるから開かれたんだっけ?
 だとしたら谷口よ、お前の存在はこの同窓会を破棄処分する可能性を十分に秘めているぞ。
 そんな岡本争奪戦を眺めつつ、俺は国木田とたわいもない会話を交わしていた。

 俺が用を足しに店の奥にあるトイレへ行くと、やけにガタイのいい男が手を洗っていた。そいつは振り返って俺を見ると、
「おっ、キョンか」
 と手を拭きながら言った。
「中河」
 こいつとは当時そこまで仲が良かったわけでもないが、去年の冬に会っていた。
「例の怪我は大丈夫なのか?」
「あぁ、もうすっかり大丈夫だ。今はまたアメフトを続けてる」
「そうか」

 会話が途切れる。俺は去年の冬の出来事を思い出していた。

 しばらくして、
「なぁキョン…」
「ん?」
「長門さんは元気か?」
「…あぁ元気だ」
「そうか、それは良かった」
 中河は遠くを見るような目をして、
「あの時はお前にも長門さんにも迷惑をかけたな。勝手に惚れて、勝手に投げ出して、俺はどうかしていた」

 ……。

「でも初めて長門さんを見た時のあの感覚。あれだけは一生忘れられない」

 ……。

「まったく、夢の中だったのかもしれないな。」
「中河」
 中河が俺を見る。
「いつでもいい。もしお前がまた長門に会いたくなるようなことがあったら、いつでも俺に言え。
 長門ならいつだって会ってくれるさ」

 中河は少し黙っていたが、やがてスポーツ少年の笑顔を作り、
「あぁ、サンキュな」
 そう言って中河は宴会へ戻っていった。
 俺も後に続いたが、用を足してないことに気付き、また戻った。

 席に戻ると、谷口も戻ってきていて酒をグビグビ浴びていた。
 ドンマイ谷口。岡本はお前がそう簡単にかっさらえるような存在じゃない。
「まったく、ロクな女がいやしねぇ!俺の魅力に気付いてくれる人はここにもいねーのか!」
 国木田はまだ頬を赤くしながらその様子を静かに笑っていた。

 カラン。

 反射的に振り返る。

 その時、世界が少し遅れた…気がする。

 店に入ってきたそいつは、キョロキョロと辺りを見回して、俺の姿を確認すると、ゆっくり、ゆっくりと真っ直ぐに俺のほうへ寄ってくる。
 世界には色が付いているのに、そいつの身体だけがセピア色に染められていた。
 あぁ、懐かしいなこの感覚。

 やがて俺の前に着くと、

「やぁ、キョン」
 と、4ヶ月前と変わらない柔らかい微笑を浮かべて言った。

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最終更新:2012年04月19日 00:49
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