65-697 同窓会(下)

 65-697 同窓会(上)より。

「あ、こんばんは佐々木さん」
 国木田は佐々木の姿を確認するとそう言った。
「こんばんは。おや、お酒が入ってるみたいだね。顔が少なからず紅潮しているよ、国木田くん」
「そうかなぁ」
 国木田は自分の頬をペタペタと触っている。

 佐々木は俺の隣の席に腰を落とした。それはまるで世界の摂理に従うかのような自然さだった。
 すると、国木田は思い出したかのように席を立ち上がり、谷口の手を引っ張り出した。
「じゃあキョン、つもる話もあるだろうし、僕たちはちょっと他の所に行ってるよ」
「あぁっ!?何で俺まで連れてくんだよ!」
「谷口、空気を読んで」
 谷口は文句が沢山あるようで、何かを俺に言っていたが、まったく聞き取れなかった。
 それにしても国木田よ、何の空気を読んだんだ?また余計な勘違いをしているようだが。

 2人が去ると、佐々木はグラスにオレンジジュースを入れて、
「とりあえず乾杯するかい?」
「ああ」
 俺もグレープフルーツジュースのグラスを持つ。
「何に乾杯だろう、再会記念かな?」
 佐々木はくっくっと笑うとグラスを近づけてきた。カチンと乾杯を済ませると、佐々木は半分くらい飲んでグラスを置いた。
「色々と何か聞きたそうだね」
「まぁな」
「可能な限りは答えさせてもらうよ、親友としてね」
「じゃあ早速、何で遅れた?」
 佐々木は少し意外だったらしく、目を丸くさせたが、
「塾に行っていた、夏休み中も勉強三昧さ」
 よく俺はこいつと同じ塾に通えたな。俺との学力の差は中学時代よりさらに開いてること間違いない。

「キョンはどうだい、涼宮さんと元気にしてるかい」
「相変わらずだ」
 俺はグラスのジュースを飲み干した。
「楽しそうで何よりだよ、正直君たちが羨ましい。高校生活を無駄なく消費してるようだしね」
「なら、お前もSOS団の活動に参加してみるか?」

 自然に出てきたセリフだった。が、何を言ってるんだ俺は。
 佐々木も残りのジュースを飲み干すと、
「気持ちは嬉しいが、残念ながらそれは出来ないよ」
 グラスを手でいじくりながら、
「聞くところによると、僕と涼宮さんが会った日から何かがだんだんおかしくなっていたそうじゃないか。
 世界が分裂した…だったかな。」
「何故それを知っている」
「橘さんから聞いたのさ。彼女とは友人として今も時々会っている」
 そうなのか。

「あの一連の事件は、思えば僕が涼宮さんと再会した時から始まっていた気がするんだ。だから不用意に涼宮さんに近づいたら、
 彼女はまた何か起こしてしまうかもしれない」
 確かにその通りだった。いつもの日常に突如として現れたイレギュラー因子が佐々木だった。
 佐々木の登場により、ハルヒは安定させていた閉鎖空間をまた大量発生させ、古泉を過労死させる勢いで働かせたのだ。
 今思えば、限りない可能性を秘めたハルヒと佐々木が握手をしていた瞬間は奇跡だったのかもしれない。
「個人的には涼宮さんとはまたお話がしたいが、そのせいでまた世界がこんがらがるのは勘弁さ」
 佐々木はまたオレンジジュースを注いでいる。すると、声のトーンを下げて、
「だから、僕は多分二度と涼宮さんとは会わないのだろう」
 と、相変わらず微笑顔だがどことなく寂しそうに言った。

 しばらくお互いに黙っていたが、思い出したので聞くことにした。
「お前に告白した奴とは結局どうなったんだ」
 佐々木はポテトをつまんで口に運ぶと、それをゆっくり噛みながら飲み込んだ。
「未だに保留のままさ。だが実際勉強に勤しむ毎日でまともに付き合えそうもないがね」
「お前はどうなんだ」

 佐々木は顔を上げて俺を見る。

「お前の気持ちはどうなんだ」

「……。」
「僕は…」
「…僕…が…」

 俺は後悔した。こんなに言葉につまる佐々木を初めて見た。
 考えるより先に言葉が出た。
「いや、今のはナシだ。すまん。」
「……。」
 少し離れていても、佐々木の身体から体温が伝わってきた。
 佐々木は微笑を取り戻し、
「まったく、最近の自分にはほとほと呆れてしまう。もはや病気だ。」
 どんな所に呆れて、何が病気なのだろう。
「ちょっと涼んでくるよ」
 そう言って佐々木は店の外に出て行った。

 よく考えたら、この時俺は外のほうが暑いということに気付いてなかった。
 俺の席に戻ってきた国木田と谷口は、より一層顔を赤くさせていて、俺は谷口の冷やかしをひたすらスルーし続けた。

 同窓会もいよいよ終わりを迎え、須藤が締めの挨拶を交わしている時、やっと佐々木は帰ってきた。
「何してた」
「涼んでいたよ」
「それだけか?」
「星を見ていた」
 メルヘンチックな奴だ。願い事でもしてたのだろうか。

 俺は国木田に少しカンパしてもらい、代金を須藤に提出し、外へ出た。
 辺りはすっかり暗くなっていて、ショボいネオンがそこら中でさんざめいていた。

「キョン、今日は会えて良かったよ」
 いつもの駅前で佐々木は言った。
「やっぱり不思議なことに、キミと話していると心にゆとりが出来る」
「そりゃよかったな。勉強ばかりでは身も心も辛かろう」
「まぁね。それでは、涼宮さんによろしく」

 そう言って、佐々木は改札口へ歩いていく。

 まただ。

 また世界の中で、佐々木だけがセピア色に染まり、虚ろになっていた。

 俺は今日一番の大声を出した。

「佐々木!」

 足を止めた佐々木に一気にあらゆる色が付着した。

「また話したくなったら、いつでも連絡しろよ!内容は何でもアリだ!哲学でも、自然科学でも、経済学でも、何か思ったことがあったら、一緒に暴いてやろうぜ!」

 佐々木は遠くでゆっくり振り返ると、俺が見たことのない笑みを浮かべて、「ありがとう」と口を動かした。
 もしかしたら違ったかもしれないが。

 そして駅へ姿を消していった。

 遠巻きから国木田と谷口がニヤニヤとこっちを見ていたことに気付いたのはその直後だった。


 数週間が過ぎ、二学期が始まる。
 今は放課後、俺は旧館の階段を上っている。
 宿題は大体半分くらい終わらせてあり、残りは古泉あたりに手伝ってもらう予定だ。そして夏休み明け一回目の団会議が行われようとしている。

 また今学期には新たな事件が起こるのではないかと俺の危険察知アンテナが警告を出している。
 ふん。来るなら来やがれ。

 何だって乗り越えてやるさ。
 SOS団と、佐々木がいる限りな。

 俺は部室の扉を開けた。(完)

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最終更新:2012年03月12日 00:19
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