66-10 佐々木さんのごまかし

 あれは高校二年に進級する寸前、春休みの事だったろうか。
 僕は、告白された。

「佐々木さん!」
 実にストレートな告白だったと記憶している。
 後で「僕に告白するなんて、なかなか物好きなものだ」などと思ったものだが
 この時は不意打ちをくらったようなもので、とっさに返答する余裕がなく、ひとまず保留と言う事にしてもらった。

 一年前なら一蹴していた事だろう。
 恋愛なんて精神病の一種だと言うのが僕の持論だからだ。
 だが、この一年、僕を支えるこの価値観に揺らぎが生じているのを感じていた。

 キミのせいだよ? キョン。
 まぶたの裏の、元同級生に問いかける。

 ここしばらく、何かの拍子に浮かぶ風景があった。
 それはダルそうな元同級生の顔と、彼と過ごした日々の事。
 彼の机に乗り出し、間近に見上げた彼の顔。机を並べて給食を食べるのはほぼ毎日の事で
 火木には彼の自転車で塾に行き、火木土が終われば肩を並べてバス停へ歩いた。

 それが終わったのが一年前。
 瞼に浮かびだしたのも一年前。
 会いに行こうかな、と考えを弄んでいる内に一年が過ぎた。
 フラッシュバックする風景は消えず、彼から年賀状が届いた日は半日潰れ、告白されてからは夢にまで出た。
 こんな有様で会いに行ってみたまえ。何を言うのか知れたものじゃない。

 そんなに私は「今」がつまらないのだろうか? そんなに「あの頃」が楽しかったのだろうか?
 なんらかの精神性疾患にかかっている事はもう否定できない。
 ただ、それが恋愛という感情かは断定できない。
 なら、確かめるにはどうすれば良いのか?

 やれやれ。
 何度目かの溜息を吐いたとき、家の電話が鳴っていたのに気付いた。
「同窓会?」

 渡りに船というべきだろう。
 かかってきたのは、まさにそのキョンと話す機会を提供するものだった。
 やるじゃないか須藤。これが中学時代なら給食のゼリーくらいお礼に提供してあげたのに残念だったね。
 とりあえず北高組の窓口にキョンを推薦しようか。

 しかし須藤の返事には、北高組から得たと言う世間話が付いてきた。

「キョンが?」
 須藤の言葉は、何故か僕からあらゆるコメントを奪った。
 僕は日本語を初期化されたまま、入力されたコメントをただ脳内で反芻する。

 彼が、美少女だらけのグループで?
 え? なに? 涼宮さん?

 それからの事はよく憶えている。
 言葉を封じられた代わりに、僕は須藤の言葉を次から次に記憶していった。
 それは、キョンが今は北高で楽しくやっているという内容だった。
 あの太陽のような少女、涼宮さんと一緒に。

 須藤からの電話を終えたとき、また、彼から電話がかかってくるだろうな、等と考えていた。
「ちょっと、生返事すぎたろうか」

 それからの行動は早かった。
 予定は前倒したが、「時すでに遅し」と「冷静になれ。そのやり方は不味い」
 二つの忠告がどこかで聞こえた気がした。

 涼宮ハルヒ。小学生時代の僕のあこがれ。
 クラスを越えたグループを作り、休み時間ごとにみんなを遊びに引っ張り回した学校中の人気者。
 彼女は太陽のように明るく、太陽のような引力で誰でも引き付けた。
 あの笑顔が、今は彼に向けられている。
 そう思うと落ち着かなかった。


 土曜日。いつもより早めに家を出る。
 こんな簡単に彼に会えたのか。コロンブスの卵とはよく言ったものだね。
 週2で見ていたせいなのか、彼の背中は一目で判った。
「やあ、キョン」
「うわ、なんだ佐々木か」

 彼の語尾は断定だった。?マークなんか付いちゃいない。それがなんとなく嬉しかった。
 さあ、彼の「友人」に会いに行こう。
 四方山話に興じることしばし。

 彼は変わっていなかった。
 まるでこの一年なんかなかったように思えてくる。
 僕の価値観を揺るがす変容? そんなものはきっと幻だったのだ。僕も彼もこんなに変わっていないのだから……。

「遅刻とはいい度胸ね! あんだけ……!」

 えらい美人がそこにいた。

 良い気分が吹き飛ぶ。一目で解った。あの涼宮ハルヒは、まさに「美人」になっていた。
 キョンを完全に「身内」と捉えた彼女の声に、名状し難い感覚を憶える。
 ああ、「身構えていて」よかった。
 ここで真っ白にはなれない。

「それ、誰?」
「ああ、こいつは俺の……」

「親友」

 あ。反射的に言ってしまった。

「は?」
「と言っても中学時代の、それも三年のときだけどね……」
 いつも被ってる模範生の仮面が、すらすらと語を継いでゆく。
 キョンもあっけに取られているのが解った。そうさ、僕はキミと誰よりも親しかったと思うよ?
 でもキミも僕も本当に腹の内まで話していたかな。
 答えは否さ。

 親友だなんておこがましい。
 だけど「友達」「旧友」「元同級生」? ……なんでだろう。僕らはそんな関係じゃない、と、否定したかった。

 これが恋愛感情なのだろうか。
 仮面の下で考える。彼に親しい、僕の知らない異性の存在。輝くような涼宮ハルヒ。

 僕とキョンは恋愛関係ではなかった。なら「嫉妬」というにはおこがましい。
 だけど僕は「恋愛」を申し込まれた時に彼が浮かんで、彼の傍らに異性が居ることに名状し難い反発を覚えた。
 これが、恋愛感情なのだろうか。

「失礼するよ。また連絡する。じゃあね」

 その場を辞して、駅へと向かう。
 連絡先も交換しなかったと気付いたのは、電車に乗ってからだった。
「しまったな」

「何がです?」
 呟きに返事があった。
「ああ失礼。私は橘京子と申します…………」

 僕は恋愛という感情を「認識」した上で「理解」していなかったのかもしれない。
 或いはごまかしていたのだろうか? 誰から?
 これはそれを確かめる2週間ほどの物語。
 僕と、キョンとの物語。

 終わり、或いは「涼宮ハルヒの分裂」へ続く。

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最終更新:2012年03月18日 12:19
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