66-86 ルームシェア佐々木さんとハードル

「……まさか、それほどとは」
 大学。古泉は眉間に当てるように中指を立て
「まるで本当に無邪気なバカップルの同棲生活の一ページのようではありませんか」
 何度も言うようだがな古泉。俺は確かに無邪気かもしれんがカップルではないしルームシェアだ。
 俺の母親もあちらさんも了解してくれた上に誓約書まで書かされたんだぞ。
「ええ、そうでしょうとも……どうも高校時代も似たような話をした覚えがありますが」
「奇遇だな。俺もだ」
 古泉はぐっとコーヒーを飲み干すと、空き缶をダストシュートへシュートする。

「確かに、涼宮さんの能力に復活の兆候は見えませんが……ああ、どうですあなたも。もう一本」
 ガコン! と小気味良い音を立て缶コーヒーを取り出す。
 おごりならありがたく受け取ってやろう。
「セカンドレイド!」
「うお!?」
 古泉が投擲したコーヒーをあわててカバンで受け止める。
「危ねえじゃねえか!」
「失礼。でも以前あなたも仰ったではないですか。言って解らないなら、叩きのめしてでも解らせると」
 そこまで言ってねえよ! 神人退治から解放されて運動不足だとでも言うつもりかお前は。

 それからしばらく。
 古泉に卍固めを食らわされた俺に向かい、ハルヒはあっさり言ったものだ。

「言ってなかったけ? 佐々木さん真っ先にあたしのとこに挨拶に来たわよ」
「why? 何故?」
「何言ってんのよ」
 いつものように口をアヒル形にし、ついで口元を膨らませコーヒー牛乳パックを膨らませてゆく。
「あんたはSOS団の団員その1で雑用係よ。わかってんでしょ」
 俺に昇格の場は無いのか。

「僕が副団長であるように、与えられる側には、役職を変化させる権利はありません」
 任命権を握っている側の内的変化、或いは自ら現在の立場から脱却し、対等の立場へ再構成しないとね。
 と続けた古泉のにやけ顔は、いつものように楽しげで、いつものように偽悪的で、そしてどこか寂しげに見えた。
「本当に涼宮さんはあなたを信頼している、という事ですよ」
 ……そうかい。

「ま、なんにせよSOS団とあたしは常勝不敗なんだから、多少のハンディマッチくらい許すべきと思うわけ」
 今度は音高くコーヒー牛乳を思い切り搾ると、そのまま右手で握り潰す。
「向かってくるなら叩き潰すまでよ!」

「あ。それはそれとして古泉くん」
「はい。なんでしょう団長閣下」
「なんかムカついたからちゃんと最後までやっちゃってね」
 お前な、俺はとっくにボコボコだぞ。俺の頭が悪くなったらどうしてくれるんだ。

「もう十分悪いじゃない」
 言うと思ったよ!
「では次からは蹴りにしましょう」
 お前はお前で高校時代よりフランクになったな古泉!
「過激でしょうか?」
 ちょっとしたスペクタクルだよ!
「協定違反を確認した」
 長門、なんだ協定って。やめてローキックはやめて。
「いいからどいてなさい!」
 だからってドロップキックもやめろハルヒ!

「……と、察するにこんな事があったのかな?」
「察しがいいどころじゃないぞ佐々木」
 ぎこちなく赤チンを塗りながら、くっくっと喉奥で佐々木が笑う。

「なに、風の便りだよ」
 おい佐々木。それは風じゃなくて携帯電話だ。
「大事な団員をお預かりするのだからね。ちゃんと団長殿には話を通しておいたのさ」

 すっかり馴染んだ共用の居間に座り込み、俺は憮然と言ったものだ。
「そもそもルームシェアってのは、ひとつの住居を親族関係や恋愛関係にない他人同士が、
 シェア、つまり共同で借りたり、共有して居住することを指すもんだ。俺と佐々木は親友であってだな……」
 こらそこ、笑うな。
「くっく。その通りだね。だからこそ許可された」
 誰にだ。いや聞かんぞ。あまり穏やかじゃない名前が返ってきそうだ。
 あと赤チンが染みる。もうちょいマトモに塗ってくれ。
「善処しよう」
「あとな」

「何度も言うが俺の背中から離れなさい」
「前向きに善処しよう」
 俺の左肩に手をかけながら、佐々木は背後から俺を抱き、覗き込むようにして赤チンを塗ってくれていた。
 文句を言う筋合いはない訳だが、普通は前から塗るもんだろう。

「くっくっく。キミの膝はね、僕にはまだハードルが高いのさ」
 なんのこっちゃ。

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最終更新:2012年04月19日 00:57
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