66-100 ルームシェア佐々木さんが止まらない

「キョン、ロマンチックが止まらないんだが」
 佐々木、言動が意味不明瞭だ。
「だからね、キョン。ロマンチックが止まらないんだよ」
「だからな、佐々木。お前やっぱり酔ってるって」
「酔ってないよ!」
 酔ってるよ! 紛うことなく酔ってるよ!

『ところでキョン』
 スーパーにて。ビールと輸入物ワインを籠に入れてきたのは佐々木だった。
 曰く、近くゼミの新歓コンパがあるので、その「対策」として自分のアルコール耐性を見ておきたいとのこと。
 まあこいつらしいと言えばこいつらしい慎重さと言うべきだろう。
 だが俺達はまだ18歳だぞ? 日本国の法律を鑑みろ親友。

『だからと言って免除されるかな? 僕は半々、いや七割の確率で飲まされると思っている』
 ま、かくいう俺も、15の頃に某孤島の館で飲まされ……というか飲んでしまい
 泥酔した挙句もう酒は飲むまいと誓った記憶がある。
『くっくっく。キミは僕にもそんな醜態を晒して欲しいと願っているのかい?』
『誰が言うかよ。わかった、酌くらいはしてやる』
 そんで晩飯に酒席が設けられたという訳だ。
 はい、回想終わり。

「だいたいだね、ワインなんてのは気楽に飲む為にあるようなものなのだよ」
 一応キリスト様の血液なんだろ? それって気楽ってもんなのかね。

「ふ、くく。偉大な神の子による紀元は2000年前、だがワインはその更に2000年前の石版に既に記録があり
 一説には紀元前8000年も前からの歴史があるとされるのだよ。こう言ってはなんだが、ジーザスの方が後付なのさ。
 それに知っているかいキョン? 飲用に適した軟水が多い日本人からするとピンと来がたい話だが
 ヨーロッパの水は硬水が主流の為に飲み難く、言ってみれば「味付け」の為に
 ワインが造られていた、なんて考え方もあるくらいなのだよ」

 ワイングラスを空にして、にへらと笑って俺に突き出す。
 確かにいつも笑っていると言えばそうなのだが、今日の笑みはなんというか、

「悪くない気分さ。これが酔っているという状態なら、これは決して悪くないよ」

『いやーあんた最高! お礼にみくるちゃん置いていくからさ、ちゃんとしたメイドに教育してやってよ!』
 いつかワインをラッパ飲みしつつ、館の主をばんばん叩いていたハルヒがオーバーラップする。

 うむ。確かに佐々木は俺の中でもトップレベルに値する人格者であり、常識人ではあるのだが
 タイプこそ違えど、ハルヒと「変人」の共通項で括れる事を改めて思い出す。
 神様というのは変人でくくる代物なのかね?

「キョン?」
 と、ふと見ると佐々木が半目でこちらを睨んでいる。珍しいこともあるものだ。
 やっぱ酔ってるだろお前。

「酔ってないよ。それよりね、せっかく僕と二人きりなんだから僕の事を見ておくれよ」
「見てるだろ。ほれ」
「見てない。涼宮さんを思い出してる」
 ぶすっと目をそらし、100均で買ったワイングラスを指でなぞる。
 おまけになんか目は潤うわ肌はぼぉっと上気してるわいつもより顔が

「佐々木、顔が近い」
「悪いかね親友? 古泉くんには許す癖に」
「好きでさせてる訳じゃねえよ」
「え、こ、古泉くんが、す、好きだったのかい!?」
「佐々木、顔が遠い!」
「キミはどっちがいいんだい!」
「お前はホントにどうしたいんだよ!」
「キミの隣が良いに決まっているじゃないか!」
「いいじゃねえか好きにしろ!」
「え」
「え」

 ……勢いで不適当な台詞を口走った気もする。
 それきり、佐々木はにこにこと笑ったまま小刻みに揺れていた。
 あぐらをかいてなんとなーく隣に座りなおし、頭をぽんぽんと軽く撫でてやっても、佐々木はされるがままに笑っていた。
 あ。昔、こんなオモチャがなかったろうか。

「……ところでキョン。ワインの神様ディオニューソス、そうバックス、バッカス神とも言うね……
 彼の事をかの哲学者フリードリヒ・ニーチェはこう評したそうだ」
「なんだよ。酒乱の神様か?」

「くく、近いよ………陶酔的・激情的な芸術を象徴する神様だと、さ」

「……だからね、キョン」
 親友。潤んだ瞳で見上げるんじゃありません。
「ロマンティックが、とまらないのさ・・・・・・・・・・」

 これまた何となくあぐらのまま後じさると、後を追うように、こてんと横倒しになって寝息を立てはじめた。
 やれやれ、コンパとやらは丁重にお断り願わせるか、或いは付き人として待機しておくか。
 とてもじゃないが一人にしておけそうにないね。

 と思う余裕はこの時にはなかった。
 なんせ俺のジョン・スミスを、佐々木さんの後頭部が強打してくれやがったのだから。
「……色々ぶちこわしだぞ親友」

「……それでも、ぼくはね、ここがいいんだ」
 呻く俺に、佐々木はにへらと寝言で返す。
「ここはね、ぼくのばしょなのさ」

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最終更新:2012年04月19日 00:57
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