66-259 佐々木とキョンと藤原とフロイト先生のお話

「よう」
「おやキョン。どうしたんだい?」
 放課後。いつもの不思議探索におけるSOS団の待ち合わせ場所である駅前公園……その傍にある駐輪場での事である。
 もっとも不思議探索以外、それこそ平日の放課後に訪れる理由なんて普通はない。つまりこの場に俺が立っているのはイレギュラーであり
 ここを毎日のように訪れているという佐々木と、こうして出会うのもイレギュラーな事なのだ。だが。

「なんとなくな。お前はこれから塾か?」
「そうだね。だがお茶を一杯頂くくらいの時間はあるよ」
「ならご同道願おう。親友」
 と、あいつの台詞を真似ると、佐々木は鳩のように笑う。
 相変わらずよく笑う奴だ。

「で、なんでこんなとこに居るんだいキミは」
「ちょいと夢を見てな。……この店でお前と話す夢だ」
「僕の夢を見てくれたとは幸甚だね」
「なんとなくだよ。気にすんな」

「で、なんとなく夢の通りに足を運んでみたと」
「そうだな」
 すると佐々木はちょっと考え込むように首を傾げた。

「なるほど。ジークムント・フロイトの言葉を思い出すね」
 古泉も俺も絶賛依存中のフロイト先生か。
「うん。似たような話がある。彼は、夢は過去について教えると言った」
「この場合、予知夢とかじゃないのか」
「相変わらずだねキョン」
 悪かったな。エンターテイメント症候群の病人で。
「彼は夢というのは過去に由来するものだが、予知夢というのも一理あると言ったんだ」
「どっちなんだ」

「夢というのは過去、記憶から成り立っているとした。記憶の中には当然キミの願望などが含まれるね。
 その願望が「キミが望む未来」の形を取り、キミの夢に現れたらどうなる?」
「これは予知夢だ、きっと俺は自分が望む未来に行けるんだ、とか思っちまう訳か」
「そう。そしてキミはその夢に、未来へと導かれる訳だ」

「―――過去の模造として作り上げられた未来へと、ね」
 ブレンドコーヒーを口に含み、佐々木は偽悪的にニヤリと笑ってみせた。

「やはり幸甚だよキョン。それにしたって君が行動しなければ実現しない訳だからね」
「そんな持ち上げても何も出ねーぞ」
 くっくと笑うと、ふと佐々木は眉をひそめた。

「そういえば以前藤原くんも似たような事を言っていたね」
 あの未来人野郎か。あまり思い出したくないが。
「彼はいつか、サービスタイムとか言って僕らにTPDDについて語ってくれたじゃないか。アレは興味深かったね」
「できれば聞き流して欲しかったがな」
 俺は流すつもりだったが、佐々木はやはり眉をひそめている。
 いつも笑ってるコイツからするとちと珍しいな。

「あの事件で、僕とキミはTPDDについてを知った。
 これを僕らがいずれ形にするか、或いは何かに活用する事こそが彼の望みだったんじゃないだろうか」
「あれはサービスタイム、予定外の台詞だったんだろ? なら関係ないんじゃねえの?」
「彼の言葉を鵜呑みにしていい保障はないよ。それにね」
 俺のほうに乗り出しながら、佐々木は続ける。

「彼は、そうして僕らが未来の情報を知れば、その言葉に影響され、人生を左右されるだろう、と言ったろう」
「奴の言う未来人のアドバンテージか」
「そう。彼らは僕らをほんの少しの言葉でも誘導できる。好むと好まざるとね」
 現代人から見れば改めて迷惑な連中だな。

「そうかもしれないね。しかし彼らとて不用意に過去が乱れるのは得策ではないはずだ」
「何故だ?」
 条件反射的に問うと、佐々木は少し呆れたような顔をした。
「彼らの任務は過去の修正、そうじゃないのかい?」
「ごもっとも」
 その呆れ顔も久しぶりだな。
 考えてみれば、受験戦争時にはよくこの手のやり取りをした気がする。
 そのせいか佐々木の呆れたような笑みにも数%程度の懐かしげな様子が混入されていた。


「ああ、なるほど」
 だから禁則事項っつって言葉が制限されてる訳か。
「そしてキミの朝比奈さんが、何も知らない、という特性を持たされた理由でもあるだろうね」
 未来人の言動は過去を変えうる、だから言葉を『禁則事項』で封じられる、か。
 あくまで想像だが、的外れでもないかもしれん。それに

「確かにこの辺、さっきの言葉に似てるな」
「そう。自分の願望を予知夢という体裁で見て、そちらに誘導されるというのは、自分の望みと過去に、未来へ誘導されるようなものだ」
「同じように、未来人が「望ましい未来像」を過去人に聞かせれば、過去人は左右される」
 ましてや「未来像」が本物である必要すらもない、か。
「めんどくさい連中だな」
「まったくだよ」
 二人揃って肩をすくめた。

「そう言えばキミの場合は何かとTPDDに関わる機会が多いのだろう?」
「まあな。つってもそんなに多い訳じゃねえが」
「そのTPDDがどんな代物なのか、それを君に伝えることにはやはり意味があると思うよ」
 言って佐々木は唇の端だけを歪ませ笑う。コイツ流の合図だ。
「何だよ。俺はお前みたいに論文書いたりする予定はねえぞ」
「僕は思考。キミは行動だね」
 何がおかしいのか喉奥で笑う。

「キミは今までTPDDを使う未来人さんの言うなりになってきたんだろう? なら藤原くんはきっとこう言いたかったのさ。
 少しは彼らを疑え、とね」

「彼の言葉がこれに尽きるとしたらどうだい? キミはそれまで朝比奈さんという信頼できる未来人にしか出会っていなかった。
 だからキミは未来人というものに対する疑いをなくし、彼らに従ってきた」
 そこで思わせぶりに言葉を切ると、コーヒーをひと啜り。
「でも藤原くんはどうだった?」
「俺の中でも嫌な奴トップスリーに入るな」
「そう、もしかしたら、そうある為に嫌な奴を演じていたのかもしれないね」
「演じる? 俺に嫌われたかったってか?」

「そうだよ。未来人にも悪い奴はいる。お前が知っている未来人もそうかもしれないぞ……」
 言って佐々木は軽くコーヒーカップのふちを指でなぞる。
「少しは彼らを疑え、とね」

「でもな、そうやって嫌な奴を演じたからアイツは失敗したろ?」
「力とやらの委譲の件かい?」
 そうだ。あいつが俺を懐柔しようとしたなら結末は違ったはずだ。
「くっくっく。キミはあのタクシーでの会話を忘れたのかい?」
 返答に詰まる。

「彼はそもそも僕らを『説得』するつもりなんてなかったのさ。あらかじめ決められた命令書に従っていたに過ぎない。既定事項という奴だ」
 藤原はタクシーに乗りたくなかった。それでもわざわざ乗ったのは、それが既定事項だったから。
 嫌でも既定事項に従わなければ、歴史の流れが破綻する。
 つまり「決められた歴史を辿れなくなる」。
 そこが一番大事なのだ。

「佐々木、お前が見抜いたんだったな」
「そうだったかな? とまれ彼は歴史の流れを知っていた。だから、説得なんかに意味は無いと知っていたのさ」
 むしろ説得が成功し「藤原の知らない歴史の流れ」に変わったなら、その先が予測できなくなる。成功なんかしちゃ困るんだ。
 予定日に北高の閉鎖空間に連れ込んで、力ずくで合意を迫る。
 これだけが大事だったのだ。

「ま、つまるところ。彼は立場上、キミに好かれても嫌われても構わなかったんじゃないかな」
 だからわざわざ悪人を演じたって構わなかった、か。
 確かに筋は通ってるが。
「藤原くんは既定事項に従いながらも、既定事項というものを誰よりも嫌っていたようだからね。
 だから、未来人、ひいては既定事項に従うキミの態度が許せなかったのさ」
「そんなに嫌いだった、のか?」
「だってそうだろ?」
 くつくつと佐々木は笑う。

「藤原くんにとっての現在、僕らにとっての未来。
 そこで彼の姉君が失われるんだ、それは当然藤原くんにとっては好ましくない未来だ。
 既定事項を埋め、そこにたどり着こうとするキミが、そうしなければ彼女を救うことが出来ない自分自身が、藤原くんは憎かったのさ」
 いつもの皮肉げな笑みが、まるで自嘲でもしているかのように一層の皮肉の色を湛えて……沈思黙考。
 顔を再び上げた佐々木の笑みは、一転、優しげな笑みに変わった。

「だからきっと彼の最後の行動だけは、彼の本音だったのだと思う」
「時空法律違反だとかなんだとか朝比奈さんも言ってたな」
 言いたいことはわかるさ。
 でもな。

「俺は朝比奈さん(大)を敵に回すつもりはないぞ」
 更に朝比奈さん(超)とか出てきたら判らんが。
「まあね。だが選択肢くらいには入れておきたまえ。藤原くんの遺言かもしれない」
 縁起でもない事言うなよ。確かに古泉は赤玉ぶっぱなしたが、アイツは人殺しなんかする奴じゃない。
「勿論そんな意味じゃないよ。ただどちらにせよ彼はもうこちらに来れないのだろう?」
「古泉はそう言ってたな。断層がどうとか」

「これは私見だが、あのとき歴史の流れが一つ決定したのではないかな?
 藤原くんの『彼と朝比奈さんが姉弟である未来』と、キミの朝比奈さんの『彼と朝比奈さんが他人である未来』、その分岐点だったのだと」
 くつくつと喉奥を鳴らし、佐々木は言葉を一つ一つ継いでいく。
「その分岐が確定し、彼は以後のこの世界とは無関係な存在になったのだ、とね」
 よくわからんがともかく会えない事だけは解るぞ。
 もう会いたくもないがね。

「そうだね。なら、藤原くんの台詞は全てが彼の遺言、彼がキミと出会った証だよ」
 男の遺言なんか聞かされてもな。
「くっく。藤原くんが朝比奈さんの妹だったら良かったのにね」
「それは困る。藤原は敵だったからな」
「ほう。なら僕も困ったかもしれない」
「ん?」
「ん?」

「つうか未来理論なんだろ。ならお前が論文なり何なりにして残してやれ」
「考えておくよ。ただやはりそれは蛇の誘惑だね」
 知恵の実ってか?
「千歩譲って書けたとしても、一足飛びの先達の知識を僕が発表するのは気が引けるね」
 つっても未来人の言った事を論文にしましたーじゃ尚更だろう。
 ただでさえ現状じゃ電波話でしかないんだし。
「それにな、要領良くやらなきゃ、人間の人生なんて短いもんだぜ」
 一応言ってやる。だがコイツの価値観を揺るがせはすまい。
 それを解っているのか、佐々木も笑って返した。

「以前話したように、僕はね、誰にも思考を邪魔されずオリジナルの言葉、概念を残したいと思っている」
「いつかの佐々木の野望か」
「くっく。笑ってくれていいよ?」
 笑うかよ。親友。
「ふふ、だから僕には躊躇われるね。魅力的ではあるけれど」

「……その僕の野望からすると、改めてキミ達の不思議騒動からは身を遠ざけるべきなのかもしれないね」
「寂しい事言うなよ」
「ん?」
「いや悪い。俺の感傷だな」
 悪かったよ。って人が謝ってんのに何笑ってんだ佐々木。

「ところで親友。キミとの楽しい思考ゲームの結果、どうやら僕は塾に行けそうにないのだが」
 あ、悪い。思ったより長話になっちまったな。
「いやいや。それより責任をとってくれると嬉しい」
「なんだ。俺の自転車で市外の塾まで運べってか?」
「くっくっく。それも魅力的だが」

「せっかくだ。気晴らしに付き合ってくれないか? 親友」
「へいへい」
 つっても長話の大半を喋ってたのはお前だぞ。
「ならこれは僕の壮大なトラップという事にしてくれてもいいよ」
 片頬を歪め、にやりと笑う。

「現代人だって、言葉で他人を誘導する事くらいは出来るってことさ」



「……ふくく、ここから先は今の僕にはあまり好ましくない推論なのだが」
「何かあったか?」
「いやね」
 佐々木は遠い目をしている。

「僕の夢は自分の思考の何がしかを後世に残すこと、だったね?」
「そう、だったな」
 それきり佐々木は沈黙し、やがてすっと目を細めた。

「僕は今回、TPDDに関する知識を得た。そして僕は……そう、涼宮さんに雰囲気が似ている、だったかな?」
「まあそうだが……もったいぶらんと言っちまえよ」
「うふん、ま、そうだね」

「……涼宮さんが家庭教師をし、そしてやがて、TPDDの基礎開発者となるという少年がいる……だったかな?」
 佐々木、だから何が言いたいんだ?
「うん」

「……これは想像、いや妄想だが、僕はいずれその少年とパートナーとなり、TPDD開発に携わることで夢を果たすのかも……しれないね」
 一瞬だけ沈黙した佐々木は、やがて腹を抱えて笑い出した。
「いや妄想だ。その少年には悪いことを考えてしまったね。はは、まったくつまらない考えさ。はは」
「おい」
「妄想だよ」
 涙を浮かべるほどに佐々木は笑う。
「藤原くん、そして橘さん、更には最後に北高へと向かったあのタクシーでの一幕。そのつながりからの妄想さ。妄想だよ、はは」

 未来の事なんぞ俺には解らんし、佐々木にだって決して解るまい。
 ただそれでも、佐々木はしばらく笑い続ける。
 涙さえ浮かべて笑い続ける。

 けどな佐々木、俺達は現代人だ。未来人と違って未来を変える事に躊躇いをおぼえる必要はない。
 お前は今「好ましくない」と言った、それがどれだけ好ましくないのかは解らん。
 けど、好ましくないと思うならどんどん変えていけば良いだろ?
 未来の形を変える事に、俺たちは躊躇う事なんてないんだ。
 それが現代人のアドバンテージだ、違ったか?

 俺たちには「既定事項」なんてない。未来なんていくらでも変えられるんだ。
 嫌なら変えろ、望むなら望め、望みに向かって歩けばいい。
 それが現代人のアドバンテージなんだろ?


 我ながらクサい台詞だが、なんとかそれだけ言ってやると、しばらく目を伏せたまま笑っていた佐々木の笑みが、また形を変えた。
 いつもの形にほんの少しだけ戻り、誘うようにこちらへ笑いかける。
「そうだね」
「そして佐々木、これはお前が言ったことの変形でもある。そうだろ?」
「くくく、そう、そうだったね」
 まったく、お前は隙がないようで、どっかでっかい隙があるよな。
 相変わらずで安心したぜ……ってのはなんか違うか。

「そうかな?」
「そうだよ」
「くく、やれやれ。昔からキミは妙なところで聡いね」
 褒めてないだろそれ。
「褒めているのさ」
 笑みの形がまた変わった。

「そんなキミだから、僕はキミをいつだって好ましいと思っている。知らなかったのかな?」
)終わり

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最終更新:2012年07月02日 09:55
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