66-461「解ったから舌なめずりはやめろ佐々木」

「さ、頂こうか」
 例によって佐々木と喫茶店で駄弁っていると、今日はお勧めの一品とやらを軽くつまもう、という話になった。
 まあ軽くつまむ程度なら財布にも腹にも問題はあるまい。

「牛タンのサンドイッチか。初めて食ったけど旨いな」
「ワリカンなら一人頭四百円もしないからね。たまにはこういうのも良いだろう」
「牛タンってどこの部位だっけか?」
 すると佐々木はぺろりと舌なめずりをし、艶然と微笑んだ。

「タンとは舌の事だね。よく運動する部位ほど旨いというだろう?」
「後は骨に近いほど旨いんだっけか」
 なんとなく落ち着かない。
「そうだね。骨に近いほど肉はうまい、イギリスの格言だよ。よく知っていたね?」
「なんで知ってるんだか自分でも良く解らんが」
 そこ。なんで笑う。

「なんで旨いのかは解るかい?」
「ああ。骨を守る為に脂肪が多く入ってるから旨いとかそんなんだっけか」
「ブラボーだよ。けれどもう一歩踏み込んで考えてみようか」
 なんだよ。それにブラボーはフランス語経由で入ってきたイタリア原産の外来語だろ。イギリスと関係ないぞ。

「くく。骨を芯に置き換えてみたらどうだい?」
 芯に近いほど旨い?
「そう。人もね、その人の芯に近い部分ほど味わい深いという事さ」
「含蓄だな」

「くくっ。ところでキョン。キミは僕の芯というものは何処にあると思うかな?」
「佐々木。お前も年頃の女の子なら男の前で舌なめずりは止めろ」
 色々と持て余す。
「おや親友。性差……は、まあ置いておこう。キミは僕の弁舌を何より評価してくれているのだと思っていたのだが」
「弁舌ってんなら舌先って事だろ。なら芯、本質とはちょっと離れないか?」
 どっちかっていうとその根本、思考だろ。
「だが思考も言葉にしなければ伝わらないからね」
 佐々木は遠い目をする。

「言葉は人間普遍の能力だ、だったか?」
「くっくっ、そうだね。けれど言葉ほどノイズが混ざる伝達手段もない」
 言ってひらひらと右手を回す。
「ああ九曜さんも言っていただろう? 覚えていないかい」
「なんか電波っぽかったが、対話がどうとか言ってたな」
「そう。音声による接触は雑音だってね」

 直接の対話は不可能。端末を間接した音声接触は雑音。概念の相互伝達は過負荷。熱量の無駄。
 一瞬で終了しない事は無限と同じ――――九曜の声がフラッシュバックする。

「こんなまどろっこしいコミュニケーションは連中に取っちゃ埒外なんだろうな」
「そう。雑音だらけな上に時間の無駄。けどね」

「結局僕らはこうして言葉を交わす事でしか意思を伝える事は出来ないんだ。ならやるしかないさ」
 言って、ふと思い出したように喉奥で笑う。
「まあ肉体言語とも言うがね」
「プロレスでもする気か」
 何笑ってんだ。

「いやキミの鈍重なる感性には毎度楽しませて貰っているよ。うん」
「とか言いながらちょっと半目だぞ佐々木」
「そう。表情や空気でも語れるね」
 言ってサンドイッチを手に取り半分に割ると、一口だけ齧って残りを俺の口に押し込んだ。

「このように態度で示すことも出来る」
 どんな意味だコレ。
「くく、考えたまえ。思考もまた人類の能力だよ」
「相変わらず小難しい奴だな」

「そしてこうやってじゃれあう愉しみを得られるのも人間の強みさ。だから楽しもうよ」
「……ま、お前とこうやってやりあうのは嫌いじゃないぜ」
「そうかい」

「でもまあ」
 残り半分を齧りながら、ぽつりと佐々木は呟いた。
「ホントはもっと、シンプルに言葉にするのが一番なのだろうけどね」


■おまけ
「ところでキョン。僕の芯が舌だと仮定しよう」
「まだやるのかそれ」
 くく、もう終わりだよ。
「……味わってみる気はないかい?」
 もう一度だけ、笑みを深めながら舌なめずりをしてみせる。

「悪いが人食主義は勘弁だ」
「そうかい」
 ……にぶちん。

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最終更新:2012年04月29日 00:09
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