66-710「で、キョン。どう責任をとってくれるのかな?」

「で、キョン。どう責任をとってくれるのかな?」
 俺のベッドの上。かけ布団だけ羽織り、裸の背中を向け合い、まだ荒い吐息を誤魔化すように佐々木は言った。言われてしまった。
 なんてこった、まさに台詞通りの場面じゃねえか。

『寄りかかるな佐々木』
『くく、手を貸してやろうというんじゃないか親友』
 今年は「永遠の八月」を回避すべく、宿題を片付けようと「面倒見のいい」「勉強の出来る」佐々木に声をかけた。
 そこまでは問題なかった。あの春以来のぎくしゃくした関係は俺としても気になるところだったしな。
 俺はこれでも交遊録、特に「親友」等と呼び合う奴は気にかける人間のつもりだ。
 しかしだ。

 あの春の事件で改めて「俺はお前を性差なんかで見ない」と強調したのを気に入ったのか
 まあなんというかだな、夏の薄着のまま、以前以上に、やたらと「近い」態度で寄ってきた佐々木に…………今度は限界を越えてしまった。
 中学時代よりも肉体的に成長し、中学時代よりも近くなった関係に、中学時代より露骨になった俺の欲望に
 そうだ、佐々木が悪いんじゃない。俺を信じてくれたからこそあんな態度だっただろうに。
 俺は、俺は…………。

「だんまりかい? まあいいさ」
 脱力の余り何一つまとわぬままの俺の背中に、背中を寄せてくる。
「キミが無責任でない事はよく知っている。それに僕が高値こそ付けてないとはいえ貧してはいない事はキミも」
「佐々木」
 言葉を遮り俺はベッドを降りる。視線だけこちらに向けて硬直する佐々木に向かい

「すまん」
 俺は自室の床に深々と土下座した。
 全く無意味な行為でも、致さずにはおれなかった。
 緊張で粘つく舌をなんとか動かし、それでも謝罪を続けた。お前を傷つけたのは俺の意思だ。だから俺を罰して欲しい、と。
 俺は俺を信じてくれた親友にとんでもない事をしでかしてしまったのだから。


「ところでキョン、興味深いとは思わないかい?」
 ゼリーのような沈黙を破り、場違いな返事が返ってくる。
 俺が返事を返せないでいるのも気にせず、佐々木はいつもの調子で滔々と語り続けた。
「僕らは親友だ。僕がキミをそう思っているというだけでなく、先日からはキミも僕をそう任じてくれるようになった」
 土下座したままの俺には顔は見えない。
「そう、僕らは親友だ」

「けれど、やはりキミはオスという本能から逃れられなかった」
 ああやはりダメだ。佐々木は俺に逃げ出したくなるような言葉を投げかけ
「……僕がメスの本能から逃れられなかったようにね」
 一拍の間を置いて爆弾を落とした。

「キョン、気に病む事はないよ。キミは健康なオスなのだ。そこに健康なメスが密室で寄り添ったのだから」
「それは聞けんぞ佐々木、俺達は」
「黙りたまえ」
 黙るかバカと言おうとした俺に、佐々木は無言でシーツを指差す。
 シーツの朱色の染みの前に俺は沈黙するしかなかった。
 全裸で。

「くっくっ、そんなに僕がメスの部分を見せたのがショックだったかい? まったく相変わらずだなキミは。
 そう、キミは誰かが変化しようとするのを嫌うね。好ましいところでもあるが」
 言って掛け布団を羽織ったままぽんぽんとベッドの上を叩き、促す。
 躊躇する俺に目線で命令する。来たまえ、と。


「例えば春先、僕が僕であろうとするのを肯定したように。或いは、長門さんが長門さんであるのを否定した時のように。
 そしてあの中学三年の雨の日、僕がただの「女の子」に過ぎない事を晒してしまった時のように」
 掛け布団一枚の格好のまま、くつくつと喉奥を鳴らして笑っている。
「あの雨の日以来、関係の進展を止めてしまった時のようにだ」
 ぺたり、と背中に背中を預けてくる。

「キミは変わったようで変わってないね。
 あの雨の日以来キミは「やれやれ」が口癖になり、やや思考が停滞気味になった。
 しかし再会したキミは「やれやれ」等と思考を停滞はしなくなった。だから一見変わってしまったように見えるがそうでもない。
 例えば、僕が「告白された」などと言った際、今度こそキミは「やれやれ」等と思考を止めず、言葉を捜してくれたね?
 けれどそれは、キミが僕に変わって欲しくなかったからなんじゃないのかい?
 まあ僕が更なる追い打ちをかけたからうやむやになってしまったが」
 ペラペラとよく回る舌だな、とは思ったが口には出さない。

『キョン、キョン、ああ!!』
 先刻の上ずった佐々木の声とは、まるで別人で………身体の一部に血液が集中するのを感じる。

「ぐ。そんな事は無い。俺は変わったぞ」
 俺はあの雨の日、難儀に際し「やれやれ」と思考停止することを覚えた。
 しかし、やがてSOS団が一致団結するにつれ、「やれやれ」と思考停止する事を止めた。
 今の俺には他人行儀に途方に暮れている暇など無いのだと、一朝ことあれば動き回らなきゃダメなのだと学んだからだ。
 でなきゃ、トラブルは手に負えない事態にまで発展してしまう。
 俺は変わった。変わったはずだ。

「そうかな? あの雨の日とは状況が違うよ?」
 しかし佐々木は容赦なく俺に言葉を投げつけてくる。

「あの雨の日、僕は自分が女である事を強調した。
 けど僕は「そう見られたい自分とそう見られない自分」を、キミはキミで「僕を女と再認識すること」を「やれやれ」と避けてしまった。
 そう、そうやって思考停止をしなければ良かれ悪しかれ僕らの関係は変わっていたのさ」

「くく、キミが僕の外観をそれなりに褒めていてくれた事をすっかり失念していたのは、あの時の僕のミスだったがね」
『お前、その理屈っぽいところ直せばさぞモテるだろうにな』
 何故かその日の俺の言葉がフラッシュバックする。

「翻って今はどうだい? キミは緊迫感が起こりうる非日常の中に居る。思考停止してしまえば、今の関係が容易に壊れかねない状況にね」
「どちらも一緒なのだと言いたいのか?」
「さて、どうだろうね」

「僕が思うに、キミは他人の急な変化や、関係の変化を、無意識に押し留めてくれる奴なのさ。
 それが当人の望むところであろうとなかろうとだ。けどそれはキミなりの優しさなのだろうと思うよ。
 だってその為にキミ自身が『役得』を失うケースでも、キミ自身が傷付くケースでも、キミはそれを恐れないからね」
 ヒリヒリと背中が痛む。いや、ホントに痛いのは別のものかもしれない。

「昨年、涼宮さんと二人で世界改変を迎えようとした時だって、そうだったんだろう?」
 世界を塗り替え、「二人で新しい世界を迎えようとしたハルヒ」を俺は拒絶し、その上で「今のハルヒ」をキスの形で肯定した。
 もしあの世界を受け入れていたら、俺とハルヒはどんな関係になっていたのだろう。

 俺はただ、あいつに今あいつを取り巻く環境を知ってほしかったのだ。
 今お前が居る世界は捨てたものじゃない、今お前を取り巻いている環境は捨てたものじゃないのだと……。
 ああ、そうかもしれんな。俺はいつも「今」は捨てたものじゃないのだと思っているのかもしれん。けどな佐々木よ。

「……そんなご大層なもんじゃねえ。俺はいつでも、あー、そうだ必死なだけだ」
 ベッドの上で背中を向ける俺に、佐々木は滑らかな背中をすり寄せる。ミミズ腫れが出来た背中に心地良かった。
「なら尚更だ。本質かトラウマかどっちかなのかい?」
「尚更知るか。本質もトラウマも本人には解らん」
 古泉じゃあるまいに勝手に人を分析すんな。
 ただでさえ身体的に全裸なのに。

「ならば自ら考えたまえ。僕が思うには」
 一旦言葉を切ると、佐々木は躊躇いがちに言う。
「うん。例の、急にブラジル蝶になって遠くに行ってしまったというキミの憧れの女性、それが原因ではないか、な」
「そんなもんとっくに俺の心の倉庫の肥やしだぞ」
 きっぱり言ってやると、再び沈黙が落ちた。
 本心だぞ。これは。


「ま、何にせよだ。気に病む事は無い」
「!?」
 佐々木が俺の背中に抱きつき、布団で二人を包む。お互いに全裸のまま。
 先端に特記事項を持つ柔らかいものが俺の背中に当たる。当たって当たって当たりまくる。

「遠因はキミだが、直接的な原因は僕だと言ったろ。だから気に病む事は無い。それに強姦罪は親告罪だ」
 親告罪、つまり佐々木が俺を訴えなければ成立しない類なのだ。しかしだ。
「僕もキミへの距離感というものが解らなくなってきてたんだ。共犯だよ」
 人の背中と言うか耳元でくつくつ笑うんじゃねえ。
「済まないね。なんなら訴えてくれて構わないよ」
 手が後ろに回るのは俺だ。

「ふふ、こうしてキミの背中に爪を立ててしまったようだしね」
 ミミズ腫れを舐めるな。なんかぞくぞくする。
「傷にはツバでもつけろというじゃないか」
「ええい屁理屈を」

「大体ね、キミも悪いんだよ。中学時代より肉体的数値は変化しているし、内的にも変化を加えたつもりだ。
 これでも結構自信があったのだよ? あの春、喉元や膝丈などなかなか大胆な格好をしていたつもりなのだが覚えていてくれてないかい?
 それでもキミの視線は変わらなかったのだから、僕は僕なりにショックでもあったのだが」
 人の肩に顎を乗せるな。あごを。

「オマケに見せ付けられたのはキミと涼宮さん、SOS団とやらの絆だ。僕が二週間足らずで諦めモードに入った事くらい想像してくれ。
 ただでさえ一年のブランク、というか、キミを振り切る為にこそ一年も間をおいていたというのに
 何なんだろうね僕は。いちいち矛盾していると思わないかい?」
 腹を、いやこら、ああもうあちこち触るな!
 お前はお前でタガが外れすぎだ!


「ええいそんなん言われたって、言われなきゃ解らん! 俺は鈍重な感性なんだろ!」
「くっくっ、まさにその通りだ。あの事件は鈍感なキミには性急過ぎたよ。けど、それすら解らないくらい近視眼に陥りきっていたのさ」
 なんだ、人生はクローズアップで見れば悲劇。 ロングショットで見れば喜劇、だっけか?
「そう、チャップリンの格言だね。特に若い内は誰であれ視野狭窄に陥り易いものさ」
「特にお前みたいに、秀才気取ってる奴なら尚更だな」
「くっくっ、その通りだ。上手い事言うね」
 皮肉だぞ皮肉。

「だ、だからな、言ったろ、判じ物は間に合ってるってな」
 ちゃんと解り易い様に話せ佐々木。俺は鈍感だから言ってくれなきゃ解らんし、頭の回転が早くもないから考える時間だって欲しいぞ。
「くくく、言葉のパズルはもう沢山だってね。キミの言葉はたまにド直球ストレートだ。好意に値するよ」
 こ、行為の間違いじゃないのか佐々木。
「ふくく何の事かな」

 ああそうだ。春の事件の終わりがけを思い出す。
 判じ物、言葉のパズルは間に合っていると俺は言った。
 そしたらあいつは言った。「これは告白じゃない」つまり「これは友達としての言葉」だと。
 だから俺は言ってやったんだ。「あばよ親友!」と。そう「友達は友達でも、俺達は特別な友達なんだろ」ってな。

「ふふ、それがどれだけ嬉しかったか」
 だから言わなきゃ解らん。
「そしてどれだけ寂しかったか。それこそ、言葉に出来ないような気持ちだったのさ」

「そうさ、キミはいつだって他人のあり様を尊重する。
 涼宮さんが世界ごと変えようとした時も、長門さんが世界と自分とキミの仲間達を変えた時も、僕が僕をさらけ出した時も
 僕が僕をさらけ出せなかった時も、いつもキミは『僕たちが僕たちである事』を何より尊重するのだね。
 そして、キミ自身を取り巻く環境が『そのままに保たれる』ことを望んでいるように思える」

「かといってキミが器用な奴だとも思っていないよ。だから多分それは無意識、キミの行動規範なのだろう」
 俺がそんな指針で物事を捉えてるってのか? そんな事は
「無意識の指針だと言ったろ」
 ハルヒといいお前といい無意識を便利な言葉にしすぎだ。

「ふふ、キミの感性は鈍重と言うより、そうしたベクトルを重視するからこその有り様なのかもしれない」
「んな無茶な理屈があるか。それなら今『佐々木』のままでこうしてるお前は、って」
 佐々木はなんというか俺のアレをコレしつつ耳を甘噛みしてくる。

「おやおや。今の僕は『キミの知っている佐々木』かい? 違うだろ?」
 く、肉食獣が耳元で囁いている気がする。
「それでいて僕は僕。これも僕だよ」

「そんな哲学会話なんだからな、佐々木」
「おやおや僕はただキミの器官に手と指で刺激を与えているだけだよ? どの器官とは言わないが」
 言ってるも同然だ! というか言わんでも俺には解るわ!
「僕の存在を感じて頂けているとは幸甚だなあ」
 耳元で囁くな!

 俺は佐々木、いや他人との一度出来上がった関係を壊すのが嫌なのだろう、と佐々木は指摘する。
 昔大好きだった人が「急激に変化して」去っていったという過去が、そうさせさせているのではないのかと。
 その態度が「鈍感」と周囲に見え、それに甘え、或いは苛立った佐々木は色々と「少女らしからぬ言葉」を投げてきたのだと。
 その関係が中学時代から続いてきたから、あいつの行動にも他意はなかったのだと。

 しかし中学時代と違っていたのは、俺もようやく人並みに思春期を迎え始めていたという事。
 その俺に、中学時代よりも更に加速した言動と行動、更に佐々木自身の肉体的な成長、久しぶりという機会ゆえに着飾った格好。
 せめて俺が「意識的に」変化を否定していたなら拒めただろう、だが所詮は無意識の行動に過ぎない。
 だから誰にも「限界」が解らなかったのだ。

 それらの複合的要因が、なんというかアレしてコレしたのだ、と………。

 これも一種のすれ違いという奴なのだろうか。
「くっくっ、まあ肉体的には最接近しているけれどね」
「上手いこと言ったつもりか!」
「くっくっく」

「まあキミが鈍感な事も否定はしないよ」
 さっきと同じ声が、今度は朗らかに響いていく。
「鈍感だの、人間関係がどうたらだの、そういった要素が複合して「キミ」が成り立つ。何事も単純ではないのさ。けどね」
 語りながらも俺を両腕でとらえ、子供がぬいぐるみでも抱くかのようにゆっくりと俺の背中に頬を寄せ続けた。
 そうだ。こうして佐々木の小ささを感じるたびに、俺はこいつが女である事を意識する。

 こいつの言葉はいつだって強くて正しい。だから俺は毎度言い負かされてきたし、だからこそ「弱さ」を感じられなかった。
 けれどこいつに触れる度に、その小ささ、脆さ、弱さを再確認させられる。
 佐々木が女であると再認識させられるのだ。

 思えば中学時代、俺達は殆ど触れ合ってこなかった。
 だからこそ、俺はいつだって佐々木を心のイメージで捉えて、その肉体的なイメージで認識できなかったのかもしれない。
 だからこそ、触れ合うようになってから、俺のイメージが急速に変わったのかもしれない。
 そうとも、佐々木は佐々木であり、そして「女」なのである、と。

「キミがそんなだから、そうだと知ってるから、僕は距離感が解らなくなるのさ。その行く末がこれなのだと理解して欲しいね」
「他人のせいにすんじゃねえ。お前こそなんつうかアレなんじゃないのか」
「くく、明確に言葉にしたまえ。言葉に出来るならするべきだよ」
 するりと背中から抜け出し、俺の前にしゃがみこむ。
 生まれたままの綺麗な姿。

「いつかも言ったが、意思を他者に伝えるのは人間普遍の能力だよキョン。だから存分に語り合おうじゃないか」
 生まれたままの姿のまましゃがみこんだ佐々木が、やんわりと俺の頭を両腕で捉えたところで
「ああ、そうしようぜ」
 俺は半ば押し倒すようにして唇を奪った。
 そうとも語り合おうぜ。
 肉体言語でな。

「ん」
 長い長いキス。
 というより、長くならざるを得ないのだ。俺達にはそんな知識などロクにない、あるのは互いを求める欲求だけなのだから。
 互いに両腕で強く抱き寄せあい、不器用に、精一杯に舌を動かし、ただ一心に互いの口内を味わい続けた。
 交換しようとして漏れた唾液が口元を塗らしてゆく。

「伝わったか?」
「ん、肉体言語か。なかなか荒っぽい表現をするじゃないか」
「ならお前ならどんな表現をするんだ?」
 いつもの偽悪的な笑みが返ってくる。

「残念だが僕にも言葉には出来ないものがあってね。ここは行為で示すことにするよ」
 そう言って佐々木は裸の両腕を広げ、小首を傾げるようにして微笑む。
 後はもう言葉にするまでもないことだった。
 俺は男で、こいつは女なのだから。


「くく、実に不思議じゃないか」
「何がだ、佐々木」
 再び無心に唇をむさぼりあった後、俺は段々と下へと下っていく。
 やがて俺の唇が徐々に這って喉元に達した頃、佐々木は堪えるように語り始めた。
「僕らは精神的には親友であり、誰よりも対等な関係のはずだ。なのにこうして望んで組み敷き、敷かれている」
 一心不乱に舌を使う俺の頭を強くかき抱きながら、それでも語り続ける。
 淫靡な光景のはずなのに、まるでいつもの延長のようだった。

「実に不思議だよ。今、僕の肉体はキミに征服される事を望んでいる」
「佐々木、肉体だけなのか?」
 舌を動かす度に小刻みな反応が返り
「いや違うね、精神もだ。ん、これが本能なのかなキョン」
 ほの紅い白い肌、緩んでは締めを繰り返す細い両腕、たまに漏らす、不規則な吐息が劣情を煽る。
 俺の舌を押し返すような弾力と滑らかな感触がどうしようもなく征服欲を刺激した。

「わ、いや、僕は知識欲には貪欲なんだ、だから、教えておくれ」
「本能なんて解らねえよ、思考は理性なんだろ」
「そうだね、ああ、そうだそうなんだ」
 一際高まった声が耳をくすぐる。
「キョン、キョン」

「これは本能、だから、キョン、もう」
 解れ濡れた場所を擦り寄せてくる。ああもう十分だ。十分だろ。
 蕩けた言葉の前に昂ぶりは限界に達し、俺はまた佐々木自身へともぐりこんでいった。

 俺の家族の不在もあり、まさに「猿の様に」と言われるその通りに続いた。
 俺が溜め込んでいたもの、佐々木が溜め込んでいたもの、それを行為に変えて吐き出し求め合う。
 やがて俺に爪を立てて痛みを堪えていた声がゆっくりゆっくりと変わっていき
 内側のうねりがより俺を包み込むよう変わっていったのは覚えている。
 その変化に俺はますます興奮を掻き立てられた。

 素直な反応を返す肉体も、恥じて自分を保とうとする強がりも、腕の中の華奢な全てが愛おしかった。
 いつも強くあろうとするこいつが、こうして寄りかかってくれるのが嬉しくてたまらなかった。
 俺に隙を見せてくれるこいつが可愛くてたまらなかった。
 悪いか、俺だって男なんだ。

 次に自分を取り戻した時、俺はベッドに突っ伏していて
 視界に入ったのは、裸身のあちこちに情事の痕を漂わせてこちらを見つめる佐々木の微笑み。やがて笑みはいつもの偽悪的なそれに変わり―――
 振り出しに戻すかのように言い直した。
「で、キョン。どう責任をとってくれるのかな?」


「それはその、アレだな」
「ああ、言っておくが彼氏彼女の関係なら却下させていただく」
 俺の機先を制するように佐々木は言う。
「それともキミは『一度抱いたのだから俺のものだ』とか前時代的な台詞を言うつもりかい? 感心しないね」
 再び全身を布団で覆い、睨むように見つめてくる。

「今回はいわば成り行き、あー、その余禄ともいえる行為だったと言えるだろう。これっきりにしよう」
「佐々木、お前は俺の事をなんだと思ってるんだ」
「僕の鈍感な親友かな」
 とぼけるように言ってから、ニヤリと舌なめずりをする。
 思春期の乙女、という魔性そのものの笑みで。

「それとも何かい? 僕にキミのセックスフレンドにでもなれというのかい?」
「せ」
 佐々木、その台詞はあまりに。
「冗談だよ、まあ」
 そっぽを向く。

「まあ以前『キミの望みであるなら、なんでも言う事を聞く』と約束した弱みはある。キミが強く望むなら否定しないよ」
「あんまり刺激的な事は言わんでくれ。俺にも限界があるのは解ったんだろ」
「くく、限界? そうだねキミの限界まで搾り取ったつもりではある」
 おいこら親友。

「おや限界ではなかったかな?」
 知るかよ……って限界を確かめる為に云々とかはナシだぞ親友。
「ほう、なかなか察しがいいじゃないか」
 手を意味ありげに動かすな。

「くく、僕の一部でキミが昂揚していくのを感じるのは実に甘美だった」
「だからそういう事を言うんじゃねえ親友」
「ううん、自分の中で他人が動いているのだよ?」
 知るか! どんな対応すればいいんだ。

「いいじゃないか、これでも僕は肉体的に文字通り裂けるような痛みを味わったのだ。代わりにキミの羞恥心くらい頂いたっていいだろ」 
「ええい口が減らん。まったく」
 言いかけた俺に

「ああ親友、もう「やれやれ」は無しだよ?」
「親友。人の機先を制すな」
「くっくっく」
 笑い、佐々木は布団で巻き寿司状態のまま部屋を出て行く。

「シャワーを借りるよ」
「ああ」
「よく考えておくれよ?」
「ああ」
「今度はちゃんと時間をあげよう」
「ああ」
「僕を惚れさせたのだ。面倒な相手に引っかかったと思って後悔してくれると嬉しい」
「ああ、あ?」

「ああ、そうだね言い忘れていた」
 佐々木は振り返ると、いつもの片頬を歪める笑みで笑う。
「僕はキミにステディな関係となる事で責任を取って欲しくはない、とは言った。
 けどそれはキミが嫌いって訳じゃない。ただ単に『既成事実』とやらでキミを縛り付けるのはしたくない、それだけの事なのさ」

「キミが好きであるという事。それだけは紛れもない事実だよ、キョン」
 俺が鈍感だと最大限に理解した一撃に、俺の理性が再び屈したのは言うまでもないだろう。
 くつくつと笑う声がいつしか声にならなくなってゆく。それはまるで、俺たちの関係の変化そのものであるようだった。


■その後の一幕
「くく、そうそう御礼をしなければならないね。返礼的な意味で」
「おい親友よ何故にじりよる。何よりなんで俺をうつぶせに固定する?」
「決まっているじゃないか。僕に女の喜びを教えてくれたお礼だ。キミにも男の喜びを教えてあげようというのさ、もちろん責め的な意味で」
「いや俺は十分、やめろその指の不穏な動きはなんだ、やめろそれは汚い、汚いぞ佐々木」
 ゆっくりと俺の下半身に指を伸ばしてくる。

「ふくく道具は今後購入を検討するとして、今日は舌と指でしてあげよう。しかし僕も書物上の知識しかないから暴れないでくれよ?」
 その後、佐々木の稚拙ながらもそれでいてねっとりとした責めが俺の下半身のどこを襲ったのかは語りたくない。
 ただ「男にも穴はあるのだからね?」と艶やかに微笑んだ顔だけは二度と忘れられそうに無いな。
 頼むから癖になってくれるなよ。

 ただ、その時に俺も妙に高ぶってしまってだな……なんというかその男女共通器官に対し、俺も男性特有器官による反撃を試みてしまった。
 それだけならまあまた一つ大人の階段をステップアップしてしまったというだけで済んだのかもしれんが
 女の佐々木が指でやるのと違って、男の俺の器官は、その、放出能力があるのだ。解るだろ?
 結果、佐々木が腹を壊してしまい病院で要らん恥をかいた上にお説教されてしまった。 
 ちゃんと前もって準備はしておけとな。知らんわ。
 いや知ったけどさ。

 後日、佐々木に何故そんなことに興味を持ったのかと聞いたところ「キミの身体には全部触れておきたいのさ」とにこやかに返してきたが
 その方向性の間違いだけはどうにか指摘しておきたいところだ。誰か知恵を貸してくれると助かるが
 考えてみればこんなこと誰にも相談できそうもないわな。
 ああそうだ今度ばかりは封印を解くぞ。
 解いてもいいはずだ。

「やれやれ」

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最終更新:2012年07月18日 02:01
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