66-784 人をなめた話

 人間ってどんな味がするんだろうな。
「君にカニバリストとしての素質があったとは意外だよ。
 少々、友達付き合いを考えさせてもらおうかな」
 いや、別に蟹は好きだがなんでそれでお前に全力引かれないといかんのだ。
「カニバリズムというのはつまり食人、人が人を食うことだよ」
 ぐえ。

「その様子を見る限り、その不穏当な台詞はどうやら違う意図のようだね。
 何やら人を食った話だけど、聞かせてもらえるかな」
 うまいこと言ったつもりかよ。
 さっき中河と成績の話をしていたんだが、その、なんだ、つまり点数の比較をしていたわけだ。
「ふむ、君がそうやってクラスメイトと張り合いをできるとは、
 中間テストの前日に泊まり込みで一緒に勉強した甲斐があったというものだよ。
 それについてはもちろん感謝してるぞ。神様仏様佐々木様。
 で、中河のやつが少々気分を害してしまってな。
「自分と同様と思っていた君があれだけの成績を取ったのが信じがたかったと」
 期末のときはほとんどどっこいどっこいだったからな。
 で、あいつが捨て台詞を吐きつつ泣いてどこかへ行ったんだが、
 その台詞が「俺を舐めてんなよー!」だったわけだ。
「その台詞から人間の味を考察する君の思考回路がどうなっているのかニューロンを見てみたいね」
 そもそもなんで、舐める、なんだろうなと思ったら疑問が深まってしまってな。

「確か、舌で舐めるのとは語源が違ったはずだよ。
 古語で平仮名で「なめし」というと「無礼である」という意味があってね。
 そこから転じて、なめる、が見くびるとか、ないがしろにするという意味を持つようになったはずだ」
 少なくともお前をなめるのは無理だということがよくわかった。
「おや、舐めるつもりはないのかい?」
 今お前、漢字の方の意図で喋っただろう。
「なかなか勘が鋭いね、キョン。そもそも人間の味ってどうなのかと考えたのは君じゃないか」
 それはそうだが。
「基本的には塩味になるだろうね。人間は塩化ナトリウムで浸透圧を利用して生体を調整している。
 汗をかいた後で放っておくと塩を吹いた憶えはないかい?」
 じゃあ舐めると塩味になるのか。汗をかいた後でなくても?
「人間は普段から汗をかいているんだよ。はっきりとは見えないけどね」
 そうなのか?実感がわかないが。

「試してみるかい?」
 誰でだ。俺は妹をぺろぺろする変態にはならんぞ。
「君の目の前にいるのも同じホモ・サピエンスの生体なんだけどね」
 同じ変態じゃないか。
「なぜ変態なのかな?
 君と僕は同じホモ・サピエンスの雄と雌でありかつ近親関係にはないのだから
 身体的接触を行うことは自然ななりゆきであって変態的なものではないと思うよ。
 変態というのは異常な性癖や性欲のことであり、生物として当然のことは変態とはいわない」
 なんだか騙されたような気がするが、変態じゃないなら試してみるか。
「そうそう、知的好奇心を試すのは悪いことではないよ、キョン」

 どこを舐めたらいいんだ?
「露出しているところで汗の味がわかりやすいところというと、そうだね、首筋ではどうだろうか」
 なるほど。じゃあ舐めてみるぞ。ちょっと固定のために肩に手を掛けるぞ。
「ご自由に」
 ぺろぺろぺろ……
「ん……っ」
 なるほど、確かに塩味だな。くどくなくてあっさりしているというか……
「……ふぅ。美味しかったのか不味かったのか聞いておきたいね」
 ああ。お前の身体、美味しかったぞ、ごちそうさま。

「くっくっく、君に喰われたような心境はなかなかよいものだね」
 それを人を食った態度というんだ。
「ここでそう言い返してくるとはやるじゃないかキョン。
 じゃあ僕も君を喰う、もとい舐めてみようか。甘くないといいのだけどね。
 甘いとどうなるんだ?
「糖尿病だと汗に糖分が混じるんだよ」
 やめてくれ。この歳で糖尿病になるほど不摂生はしていないはずだ。確認しろ。
「ではお言葉に甘えて、甘くないか確かめてみよう」
 む……これは、……くすぐったいな。

「ふぅ……、ごちそうさまキョン。安心したまえ、ちゃんと美味しい塩味だったよ」
 ふう、健康を確認できたところでそろそろ帰るか。
「そうだね。みんなが先に帰ってくれていて幸いだったよ」
 ところで佐々木よ、人間が塩味なのになんで唾は塩味がせんのだろうな。

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最終更新:2012年05月10日 00:58
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