15-341「佐々木IN北高「転校生」-1

人間の適応力と言うのはたいしたもので、この毎朝の強制ハイキングコース踏破も今ではさほど苦にならなくなっていた。まあ、
SOS団の活動やそれに付帯する事件の数々を経験してきた俺の適応力が強化されてるってのもあるんだけどな。
『もう一つのSOS団』騒動も片付き久々に穏やかな気持ちで俺は坂を上って行った。学校に着いて数分でその穏やかな気持ちが
打ち砕かれるとも知らずに。

教室に入ると、ハルヒの姿がなかった。カバンは机の横にかかってるから、またどこか校内を徘徊してるんだろうが朝っぱらから
余計な事件を見つけてきてくれないことを祈ろう。そう思いつつ席に着いた瞬間、教室の扉を荒々しく開いてハルヒが入ってきた。
その顔に浮かぶあの赤道直下の太陽のような笑みを見て、俺は自分の祈りが天に届かなかったことを確信していた。
「キョン!遅かったじゃい。大事件よ!」
はいはい、今度はなんだい。裏山にUFOでも落ちてたか?それとも阪中のトコの犬が人間の言葉でもしゃべりだしたか?
「アンタ朝から寝ぼけてるの?転校生よ、転校生!」
ちょっと待て。謎の転校生の枠なら古泉で埋まってるだろ。古泉の時に比べれば不自然ってほどの時期でもないし。
「違うの。時期がどうとかじゃなく、その転校生、どこから来たと思う?」
「外国か?カナダとかホンジェラスとか」
そう言うとハルヒは心底あきれた顔で俺を見つめた後、この辺では知らない者はいない名門進学校の名を挙げた。
「あんな入学するのも大変な超難関校に合格しながら、こんな普通の公立校に移ってくるなんて、これは何かあるわ!あ、そうだ!
SOS団の噂を聞きつけて監視のために送り込まれたスパイかもしれないわ!」
その想像力には感心するよ。まあ、コイツが気づいてないだけで、SOS団の団員自体、ハルヒを監視するために送り込まれてきた
宇宙人と未来人と超能力者なんだけどな。最近は俺もそれを忘れそうになるくらいみんな仲間として溶け込んでいるが。
「で、どこのクラスに入るんだ?男か?女か?」
あまり興味もないが一応そう尋ねると
「もちろんウチのクラスよ。女の子らしいわ」
それを聞いていて、ふとあることに気がついた。それと同時に、俺の第六感が警報を鳴らし始めたことも付け加えておこう。
ハルヒが名を挙げた名門校、そこには俺の知っている奴がいる。そいつとは一ヶ月ばかり前に、妙な形で再会したばかりだ。もしも
そいつが急に転校してきたとなると、ハルヒの陰謀論が若干だが現実味を帯びてきちまうじゃないか。
いや、偶然さ。そんな遠くの学校でもないし、転校生がいたのと同じ学校に知ってる奴がいたっておかしくはないさ。いや、偶然で
あってくれ。俺は今日二回目の祈りを天に送った。
どうやら、天界の郵便局は俺の祈りを宛先不明で送り返してきたらしい。
担任岡部と共に教室に入ってきた転校生、北高のセーラー服を身に纏った少女、そいつは俺の目か脳が故障してしまったのでもない
限り、俺の親友、佐々木以外の何者でもなかった。
「ちょっと!キョン、あれ・・・!」
ハルヒが俺の背中をつついて小声でささやく。
「どういうことよ!?」
その答えなら俺が知りたい。そう思っているうちに佐々木らしいソツのない自己紹介も終わり、担任岡部が
「うーんと、席はどうするかな。そうだ、席替えの時期だし一緒にやっちゃおう」
と言い出してクラス委員が毎度おなじみゴーフルの缶を取り出した。
席替えの結果は言うまでもないだろう。俺は窓側後方2番目、そしてその後ろにハルヒ。ただ、今までと違うのは俺の隣に佐々木が
座っていることだった。
「おはよう、キョン。また君と机を並べて学校生活を送れるとは嬉しい限りだよ。この学校の事に関しては君のほうが先輩だ。色々
教えてもらうこともあるだろうがよろしく頼むよ」
佐々木は笑顔を浮かべてそう声をかけてきたが、俺は生返事しか出来なかった。色々と懸念事項が出来ていたからだ。ふと気づくと、
主に中学時代からのクラスメイト連中が俺と佐々木、一部はその次にハルヒに視線を走らせては薄い笑みを浮かべたり、前後左右の
奴と何か話したりしている。なんなんだろうね。
1限目が終わり休み時間になると、佐々木の席は再会を喜ぶ中学時代の同級生を中心とした女子たちに囲まれていた。俺は不機嫌な
顔で教室を出て行くハルヒの後ろ姿を見届けてから廊下に出た。そこにちょうどやってきたのは古泉だった。いいタイミングだな、
こっちから出向く手間が省けた。
「おや、あなたが僕のところに用事とは珍しいですね」
俺なんかにじゃなく、そこら辺の女子に向けて見せたらさぞ有効的だろうと思うような笑顔を浮かべて古泉は言った。
「で、用事と言うのはなんでしょう?」
しらばっくれるな。お前も同じ用事で俺のところに来たんだろう。
「ご明察です。こないだの一件の直後でもありますしね」
「じゃああれか?また橘京子の組織あたりの工作か?」
勢い込んで尋ねる俺を制するような手振りを見せた古泉は軽く首を振りつつ答えた。
「いや、向こうの組織の動きとは関係ないようです。ご存知のように佐々木さんはその神的能力を失くし、涼宮さんの能力を自らに
移す可能性もなくなったわけです。ですから向こうの組織が何らかの目的で佐々木さんを北高に来させた可能性は薄いでしょう」
「そうは言うが、こんな時期に佐々木が転校してくるのはどう考えても不自然だろ」
俺がそう食い下がると、古泉もそれには同意し『機関』の方で鋭意調査中だと告げた。
「昼休みまでには判明するでしょう。あなたにもちゃんと御報告しますよ。そうですね、学食では涼宮さんが昼食に来るでしょうし、
中庭のベンチで待ち合わせと言うことでいかがですか」
OK。もしまたなにかゴタゴタに巻き込まれるとしても、覚悟を決めるには早い方がいいからな。あとは…そうだ、もう一つの
懸念事項を聞いておこう。
「お前や長門、それから特に朝比奈さんのクラスに転校生が来るような様子はないか?」
俺の質問の意図をすぐに理解したらしい古泉は
「そのような動きはないようです。一応長門さんを通じて同じTFEIの喜緑さんにも万が一の場合に備えてもらうよう依頼はして
ありますが」
と言った。ハルヒのクラスに佐々木と言う事は、もしあの第2SOS団の連中が後を追って来るとしたら古泉のクラスに橘、長門の
クラスに周防九曜、そして朝比奈さんのクラスに藤原と言う組み合わせが一番あり得るだろう。そして誘拐騒ぎの一件から考えても、
狙われるとしたら一番危ないのは朝比奈さんだからな。よろしく頼むぜ。
「お任せください。もしそうなっても『機関』の全力を挙げてSOS団の団員に危害が及ぶような真似はさせません」
そう言い残し、古泉は去っていった。よろしく頼むぜ。
その時ちょうど休み時間終了を告げるチャイムが鳴り、俺は自分の席に戻った。そしてどこからか戻ってきたハルヒは佐々木の席の
脇に立つと不敵な笑みを浮かべ
「あんた、今度は何を企んでるの?」
と言い放った。しかし佐々木も落ち着いたものでそんなハルヒの態度に気圧されることもなく笑顔を浮かべると
「何も企ててなんかないわよ。これからよろしくね、涼宮さん」
と言ってのけるんだからたいしたもんだ。しかしハルヒは間髪を入れず
「信用できないわ!」
と言い放った。そりゃまあこないだの騒動の中心人物がいきなり転校してきたんだからそれもわからないではないが、などと考えて
いると佐々木は俺の方に向き直ると
「どうだい、キョン?君も僕の事を信用してはくれないんだろうか?」
と聞いてきた。正直に言おう。一瞬、俺は答えに困った。佐々木を疑いたくはない。とは言えあんな出来事の直後だし・・・。
口ごもる俺を、佐々木はまっすぐに見詰めていた。その瞳を見たとき、俺は自分に腹が立った。俺を親友と呼んでくれ、これほどに
まっすぐな瞳で俺を見つめてくれる友を、一瞬でも疑った自分に。
「ハルヒ」
俺は首をひねり、佐々木の脇に立つハルヒの顔を見つめて聞いた。
「お前、俺やSOS団の連中が言った事に疑いを持つか?」
「え、な、なによ急に。そんなの疑うわけないじゃない。SOS団の仲間を疑うような真似はしないわ」
「そうだろう。ならば言おう。佐々木は俺の親友だ。そして、佐々木も俺を親友と言ってくれる。今の佐々木の瞳は、親友に対して
嘘をついている奴の瞳じゃない。俺親友としては佐々木を信じる。団員の俺が言うことだ。お前もそれを信じてくれ」
ハルヒは一瞬あっけにとられたような表情をしたが、すぐにいつもの不機嫌な時のアヒルのような口をして
「・・・アンタがそこまで言うなら信じてあげるわよ。ただし、あとで何かの罠だったりしたらSOS団団長の名において罰ゲーム
フルコースを用意しとくから覚悟しなさい」
と言って自分の席に戻った。
佐々木は微笑みながら俺に小声で
「ありがとう」
と囁き、俺が何か返事をしようと思っているところで2限目、英語の教師が入ってきてとりあえずはそこまでとなった。
3・4限目は体育で、体育前の休み時間といえば1年ちょっと前のあの日以来男子はチャイムがなるや否や着替えを持って教室から
走り出る習慣がついている。今回ももちろんそうだったわけだが、俺はしっかりと体操着の袋の他にもう一つ、弁当箱の入った袋も
持ち出した。古泉の調査結果が気がかりだし、ヘタに教室に戻ってハルヒや佐々木に捕まるより、隣の教室で着替えた後中庭に直行
した方が安全確実だからな。
今日の体育はサッカーで、幸いにもサッカー部のレギュラー連中と同じチームのDFとなった俺は試合時間の大半を自陣で棒立ちと
なって休養に充てることに成功した。その上、敗軍の罰ゲームである校庭5周も回避できたんだからたまにはサッカー部に感謝して
おこう。せめて県大会で1勝でもしてくれるレベルならもう少し応援してやるんだが。

そんなわけで体力を無駄に浪費もせずに昼休みを迎え、古泉の待つ中庭へ足を向けた。古泉はもう来ていてテーブルのあるベンチに
座り、俺の姿を見つけるといつものように笑みを浮かべ軽く右手を上げた。
「前の時間は体育でしたね、お疲れ様です。お飲みになりませんか?」
そう言って差し出された、自販機で買ったばかりらしい冷え切ったお茶を遠慮なく頂戴しつつ、早速調査結果を聞いた。
「その件ですが、最初にお詫びしておくことがあります」
バツの悪そうな苦笑を浮かべた古泉は
「お詫びと言うのは、佐々木さんの能力に関する件です」
と言葉を続け、それを聞いた俺も思わず缶から口を離し、
「佐々木の能力?なくなったんじゃなかったのか?」
と聞き返した。
「我々の機関でも橘京子の組織でも、ああ、向こうの組織にも我々の内通者がいましてね、そこからの情報なのですが佐々木さんの
能力は失われたと言うのが共通認識でした」
「『でした』ってことは、じゃあ、佐々木はまだハルヒと同じようなけったいな能力を持ってるって言うのか?」
思わず声が大きくなるが、古泉は淡々と続けた。
「実際、彼女の能力はほぼ失われているのは事実です、ほぼ、ね。ただ、先程長門さんに聞いたところ、3週間前にごく微弱な情報
フレアとなんらかの改変がこの世界において観測されたと言う話でした。涼宮さんのそれに比べて、本当に小規模なもので特に報告
するような変動は見られない程度のものだったと言うことですが」
それが佐々木が転校してくるきっかけ?だとしたら、佐々木は何かを知っていて、それを俺にも隠しているのか?そんな疑問を感じ
俺の表情が曇ったのを察したのか古泉はフォローするかのように付け加えた。
「涼宮さんと同様、佐々木さんも自分が世界を改変していると言うことに気がついてはいないはずですよ」
そうであってくれ。俺はさっきの佐々木のまっすぐな視線を信じているし、これからも信じ続けたい。

「さて、その佐々木さんに残されていたわずかな能力についてもご説明しておくべきでしょうね」
もちろんだ。
「その前に、あなたは1年前に閉鎖空間に言った時のことを覚えていますか?」
ああ、お前が赤い光の球になるような奇妙奇天烈な奴だと知ったのはその時だったな。
「懐かしいですね。だけど違います。僕が言っているのはその後、あなたと涼宮さんが二人で行った時のことですよ」
やっぱりそっちか。覚えてない、と言いたいところなんだけどな。悪夢を見てたってことにしておいてくれないか。
「ふふふ、悪夢、ですか。まあそれはさておき、あの時窓越しに僕が言った台詞も覚えてらっしゃいますか?」
アダムとイブ云々なら忘れてやる。って言うか、お前も忘れろ。
「いえ、そちらではありません。僕は言いましたよね。あなたは、涼宮さんに望まれてあの空間に行ったただ一人の人物だと」
ああ、忌々しいことにはっきりと覚えてるぜ。
「佐々木さんの今回の能力の発動はそれと似て非なるもの、いや、同じことを裏返しにした、と言うべきかも知れませんね」
…もう少しわかりやすく言えないか?いつものことだが。
「これは失礼しました。要するに、涼宮さんはこの世界に不満を持ち、新世界を作り出した。そしてその世界に、こちらの世界から
一緒にいたい人を呼び寄せたわけです。一方、佐々木さんはこの世界を作り変えたいと思うほどには不満には思っていない。だから
わざわざ新世界を作る必要はないわけです。ただ、涼宮さんと同様、『自分の傍にいてほしい人』が存在して、涼宮さんがあなたを
自分の世界に呼び寄せたのと反対に佐々木さんは自分の方がその人がいる場所、つまりこの北高に転校できるよう世界を改変した、
と言うのが今回の事態に対する『機関』の見解であり、これは情報統合思念体の見解とも一致しています」
古泉の説明を聞いていて、俺には一つの疑問が生まれていた。それを聞いてみる。
「なあ、それが正解だと仮定すると、佐々木は元の学校に『一緒にいたい』と思う相手がいなかったってことか?」
古泉は一瞬あっけにとられた表情をしたが、一つ軽い溜息を漏らすとすぐにいつもの笑顔に戻り言った。
「どうでしょう。正確なところまではわかりかねますが少なくとも向こうの学校よりこちらの方により強く『一緒にいたい』と思う
人物がいるのは確実なようです」
向こうでイジメでも受けて、こっちに来たくなったわけじゃないだろうな。もしそうなら俺はソイツをただでは済ましたくない。
「それは心配ないでしょう。佐々木さんはあの通り魅力的な方です。クラスで孤立したりもしていなかったようですし。ただ、あの
学校はバリバリの進学校ですから、同級生と言えども受験戦争においてはみんなが敵、とでも言うような雰囲気はあるようですし、
真に心を許せる友人はいなかった可能性はありますが」
なるほど。それで居心地の悪い向こうの学校より、中学時代の友人も多い北高に移りたくなったわけか。佐々木も案外かわいらしい
ところがあるんだな。でも、休みの日に中学時代の友人を呼び出してパッと騒ぐ程度じゃ駄目だったのかね。
そう言うと古泉はもう一度溜息をついた後
「あなたの口癖を一つお借りしていいですか?」
と聞いてきた。なんでもいいぜ。利子不要、返済期限なしで貸してやる。
「やれやれ」
古泉は肩をすぼめ、両手を肩の前にあげて手のひらを広げるようなポーズを取ってそう呟くとクラスの用事があるからと席を立った。
いったい何が言いたかったんだろう。そんな疑問も空腹感の訪れと共に消し飛び、俺は傍らの弁当箱に手を伸ばした。

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最終更新:2007年08月04日 09:17
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