67-509β「そこが小鍋立ての良いところなのだよβ」



「成るほど」
 ざくりと音を立ててささがきごぼうを噛み締め、佐々木はくるりと人差し指を回した。
「察するにだ。涼宮さんにとってもキミは『魔法使い』だったのかもね」
「魔法使い?」
 オウム返した俺へ向かい、意味ありげに喉を鳴らす。

「いや、この場合、願いを叶えてくれる彦星さまだった、と言うべきなのかもしれないね」
 魔法使いねえ、何時かもそんな呼ばれ方をした気がするな。
 さて、なんだったか? と雑然たる記憶の倉庫をまさぐりつつ、俺は小鍋に豚肉を足した。
 今晩の我が家のメニューは小鍋立て、具はシンプルに新ごぼうと豚肉。
 それに各々の茶碗飯と小皿だ。
 ………………
 ………


『小鍋立てというのは具は二、三品で良いんだ。代わりに出し汁は予備を多めに用意した方が良いがね』
 どこぞの受け売りを教えてくれたのは例によって佐々木だ。小鍋立てでは小さめの土鍋を卓上コンロにかける。
 小さめだからすぐにダシが熱くなる。それを利用しざざっと短時間で熱しては食べるのだ。
 二人向き合い小さな鍋を囲むのはちょっとシュールだが
 まあ、俺ららしいかもしれん。

『くく、こんなのは気があった人とじゃなきゃ出来ないからね』
 汗を拭きながら、飾らない笑顔で佐々木は笑う。確かにこんなのは格好付けてちゃできないかもな。
 俺たちには丁度良いかもしれないって訳だ。
『そう。僕にとってはキョン、やっぱりキミがそうなのさ』
 …………………
 ………

 それは大学に入って一回目の七夕を前にした、ある日の夜の事。
 我がルームシェアメイトにして親友、佐々木は鍋をつつきながら言ったものだ。

「キョン、小鍋立てを楽しんでくれるのも嬉しいのだが、僕の話も聞いてくれるともう一つありがたいね」
 ん。すまん、つい新ごぼうに意識を飛ばしていたようだ。
「惜しいね。今回はごぼうではなく笹の話だ」
「そう、七夕の話だったか」
「その通りだ」
 言いつつ佐々木はれんげ一杯分だけ出し汁を飯にかけ、軽く醤油を足した。
 おい、雑炊とかにはしないのか?

「それも良いが、僕はご飯の感触がはっきりしているのも好きでね」
 なるほどと土鍋に引っ掛けられたれんげを取り、同じようにやってみる。
 豚肉の脂が溶け込んだダシが掛かった部分と、掛かっていない部分、両方の味わいの違いがなかなかに面白い。
 これだけでも中々イケるのではなかろうか。

「くく、雑炊がしたいならそれも良い。けれど最後にしておくれよ?」
「なるほど、道理で飯も多めに用意したわけだな」
 もっともらしく頷いてやると、得たりと笑いが返ってきた。
 いつもの片頬を歪める偽悪的な笑みだ。

「男子大学生が食べ盛りである事は、ここ数ヶ月の共同生活でよく理解させて頂いたからね」
「フレキシブルな対応に感謝するぜ親友」
「くく、どういたしまして」
 ってまた脱線してるな。

「そう。ささがきごぼうの話だったね」
「佐々木。笹の話だ」
 いや違った。七夕の話だ。
「くく、キミが高校一年の時に、時を越えて中学時代の涼宮さんの下に送られたのだったか」
 その通り。それもまた朝比奈さん(大)から課せられたミッションの一つさ。

「理解者のいなかったらしい当時の彼女にとって、それは『願いを叶えてくれる魔法使い』だったのではないかな。
 猫を欲しがっていた折も折に三毛猫シャミセンくんをつれてきたというキミに
 妹さんがそれを感じたようにね」
「そんなご大層なもんかね」
「ご大層もご大層さ」
 何がおかしいのかいつもの二割り増しでくつくつと笑っている。

「キミはいつもいつもそうして良いタイミングで現れるのさ。彼女たちが欲しがっている宝物を携えてね」
 別に狙ってやってる訳じゃないんだが。
「そりゃそうだ。キミがそんな気の遣い方が出来る男だとは僕だって思っちゃいないさ」
「さりげなくディスるな」
「くっくっく」

「キョン、大事なのは受け取る側の感情だよ。例えば、このごぼうだ」
 薄く柔らかくささがきにされ、ダシの染みたごぼうを頬張る。
 釣られてついつい俺の箸も伸びた
 うん、旨い。

「けれど、食べつけていない西洋人に『木の根を食わされた』なんて非難されたりね」
「なんだそりゃ。食ってみりゃ解るだろうに」
「ふふ、さてどうだろうね」
 旨いと思うがなあ。

「とまれこういう場合、大事なのは受け取る側の感情だ。与える側の感情なんて二の次なのさ」
 食事として、善意として、差し出したはずのごぼうが「虐待」と感じられることもあれば
 逆にまったくの無造作な行為が、善意として受け止められることもある。
 結局は受け取り方次第で世界の見方なんて変わってしまう。

「きっと涼宮さんには強烈なインパクトだったのだろうね。それから三年も先の七夕にも忘れえていなかったように」
 ……仮にそうだとしても、今がどうなのかまでは知らんがな。まあ今度の七夕ではどうだろうね。
 そこは佐々木、お前が自分の目で確かめてみろ。
「くく、お言葉に甘えさせて頂こう」
 笑いながら飯の用意をする。
 そろそろ雑炊か?
「そうしよう」


 ……たった一度の出会いが、三年も尾を引いた、ね。
 それなりに筋は通っているし、作為が出発点に仕掛けられていたことは否定しない。
 そんなことが朝比奈さん(大)の顔と共にチラついた。

「ん、キョン何か言ったかい?」
「いや、後を引くなこの雑炊」
「うふん、そうだろう」

「しかし、そうだな」
 例えその根本に善意があったとしても、それが周囲に通じねば無意味だ。
 ましてや、それが周囲に迷惑をかけるやり方なら、俺は好きになれないとは思うね。
「……橘さんの事、まだ許していないのかい?」
「……まあな。心が狭いと思うか?」
「キミにも理由があるのだろ?」
 確かにそうだが、質問に質問で返すな。
 すっかり善人そうになった栗色のツインテールが脳裏を駆け巡る。

「橘が世界平和の為に動いていたのは解るさ。それにあいつが根が悪いやつじゃない事もな。だが」
 その為に朝比奈さんを誘拐し、あまつさえ、その詫びさえロクに入れていないのだ。
 であるなら、俺はまだあいつを許すわけにはいかん。
 何よりも俺が許せないのはそこなのだ。

「あいつにとって、それが必須事項だったのだろうって事は解る。だがそれだけじゃダメだ」
「説明責任を果たせって事かな?」
 ま、そんなところだ。

 あの春先の一件。問い詰めた俺に、橘は必要な事だったとさらりと言い逃れた。
 けれどな、奴に誠意と言うものがあるならちゃんと理由を説明し、そして当人に謝るべきだと俺は思う。
 つまるところ、あの件で橘が一生懸命なのは伝わったさ。あいつが善意で動いたらしいのもな。

 けれどだからって他人に迷惑をかけていいって話じゃない。
 それくらいは理解しとかなきゃいかん。
 そのはずだ。

「……でなきゃ橘さん自身の為にもならない、かな?」
「そんな大層なもんじゃねえよ」
 佐々木、お前はお前で俺を評価しすぎだ。
 俺はただ我慢ならんだけだよ。
「そうかい」
「そうだ」
 ……そしてそんな風に自分を客観視できないアホの子に、お前を任せるつもりにもなれん。

「キョン、何か言ったかな?」
「いや? 確か製氷器に注いだシャーベットの素が固まっているはずだったと思ってな?」
「ほう。手回しが良いね、ではとって来ようか」
「頼む」
 とたとたと冷蔵庫に歩み寄る佐々木を見やりつつ、俺はテーブルの上のコンロや鍋をシンクへ片付ける。
「なあ佐々木」
「キョン」
 背中を向けたまま、佐々木は先に言わせろと言わんばかりに言葉で俺を遮る。
 お前に先に喋らせると色々面倒そうなんだが、とは敢えて言わない。

「僕にとってもキミは魔法使いだ。いつだってキミは僕が一番欲しいものを、欲しい時に示してくれる。
 僕がつい自分の弱さで自分を曲げそうになった時ほど、『曲げるな』と言わんばかりの態度を示してくれたようにね。
 僕はキミのそんなところも気に入っているんだ」

「なんのことやら解らんが、褒めてもらっているのだと受け取っておこう」
「そうだね。そうしてくれると嬉しい」
 背中を向けたまま、くつくつといつもの声が響いてくる。

「確かに今の『僕』は枠に嵌めた演技かもしれない。けれどね、これでも僕は僕が気に入っているんだ。だから、こうして」
 テーブルに器を置き、にっこりと笑った。
「自然体でいられるキミとの関係が心地良いのさ」
 過分なお褒めを頂き恐縮するぜ。
「くく、そうかい?」
「そうだ」
 お前はいつも俺を過大評価しすぎなんだよ。その辺もハルヒと逆だな。
「ふふ、果たしてそうかな? ま、僕も藪をつついてまで蛇を出すつもりはないがね。ともあれ」
 ふんもっふ!?

「どうかな?」
 ……さすがの俺でも混ぜて凍らせるだけのシャーベットくらい上手くやれるさ。
「くく、そう卑下するものでもないだろうに」
 言って佐々木は俺の口の中に突っ込んだスプーンを手元に戻すと、一匙すくって自分の口元へ運んだ。
 二人でしゃりしゃりと口中のシャーベットを齧る。
「うん。旨いよ」
「そうかい」
 頷いてやると、スプーンを差し出してくる。
「ほら、もう一口」
 シャーベットをのせたスプーンを俺に差し出しながら、佐々木はいつもの三割り増しの笑顔で覗き込んできた。

「あのな、佐々木」
「おやキョン。キミは僕を性差を越えた親友と認識してくれているのではなかったのかな?」
 俺が無言で顔を背けると、そむけた側へとスプーンを差し向ける。
 いい加減に角が解け始めた頃、俺は諦めてぱくりといった。
「よろしい。くっくっく」
 何がそんなに可笑しいんだ。

「くく、そうだね。君と一緒なら僕はいつだって自然体でいられる。……だからこそ自分から崩したくなってしまうのかもね」
 言い終え、唇に添えていた指をそっとなぞらせると、そのまま流れるような仕草で俺の唇を指で撫でた。
 柄にもなくぞくりとする俺を、いつもより甘い瞳が覗き込む。
「おい、佐々木」
「くくっ」

「今度こそ僕の心の底からの望みだよ。ね? 魔法使いさん?」
)終わり

 共通設定で同シリーズ終了後に書いた後、没にして67-509「そこが小鍋立ての良いところなのだよ」に再編したもののリサイクル。

タグ:

+ タグ編集
  • タグ:

このサイトはreCAPTCHAによって保護されており、Googleの プライバシーポリシー利用規約 が適用されます。

最終更新:2013年03月13日 23:12
ツールボックス

下から選んでください:

新しいページを作成する
ヘルプ / FAQ もご覧ください。