66-36β 佐々木さんと「やあ、親友」

 66-36 佐々木さんの仮面と驚愕続編。時間軸は驚愕(後)
 佐々木さんが恋心だと「完全に自覚・自認」したのは驚愕の頬ぐりぐり以降じゃないかという解釈シリーズ(驚愕前P282)。

 うつぶせに布団に包まり、ぽふぽふと枕を叩く。
 ぎゅっと猫のぬいぐるみを抱きしめ、一呼吸。ああ、ようやく収まった。

 さてキョンの自室を辞してからのことだ。
 久しぶりに歩く彼の家からの帰り道。ほんの数えるほどだったはずだけれど、やけに鮮明に覚えていた。
 我が家に近付くその度に、身体はルーチンワークに切り替わってゆく。
 ルーチンワークが頭を休め、僕の思考をまとめてゆく。

 自室につく頃にはすっかり気付いてた。
 中学時代の僕は、客観視したなら恋する少女だ。どうみてもロマンティックが止まっていない。
 彼の机に肘をつき、乗り出し見上げた彼の顔。きっとあの時も笑顔だった。
 仮面じゃない、私の笑顔。

 中学時代を5秒で遡行し、あっという間に今日の思い出。
 彼に語った私の夢、溶き混ぜ語った私の本音。

 それきり自室で真っ赤になって、それから彼に苛立って、そんな自分が嫌になった。
 自分だって遠ざけていた感情。なのに彼に気づけなんておかしな話さ。
 ……そうでしょう?

 いつか僕は豪語した。理性的にある為には、恋愛感情なんてノイズだと。
 思考する為には、感情なんてノイズになると。

 でも国木田くんにキョンへの感情を問いかけられた時、
 そしてあの忘れ難い雨の日に、キョンが「僕を女と見ていないこと」にどんな思いを抱いた?
 あれだけ豪語しておいて、そんな思いを抱いてしまう自分に「やれやれ」と思ったのか? だから進路を決めてしまったのか?
 まるで自分自身にあてつけるように選んでしまったのか?

 僕はキョンに「女」として見て貰いたいのか?
 僕は、築き上げた「僕」を放棄して、いまさら「女」になるべきなのか?
 それとも「僕」は「僕」であるべきなのか?

『お前は理性的な人間なんだろう? なら理性的な判断で過ごすがいい』

 女の自分を切り捨てて、過ごした一年はどうだった?
 無様な「僕」なんて仮面を付けたって、キョン以外、皆「女」としかお前を見ない、そう悟ったのではないかね?
 誰にも好かれようとしなくても、誰にも好意を振舞わなくても、誰もがお前を「女」と見る。
 誰も「僕」なんて面白がらない。誰もがお前を「女」と見る。
 あの「告白」こそ、その極致じゃないか!

 僕は「女である自分」を遠ざけて、結果、「女である自分」を見つめなおす羽目になったのだ。

 僕は自分の思考、自分の夢の為に彼を遠ざけた。
 そして思い知ったのだ。誰よりも「僕」を尊重し「僕」として見る彼にこそ、僕は好意を抱いているのだと。
 ああそうとも。つまるところ、僕は彼が好きだったのだ!
 あれは恋愛感情だったのだ。

 僕は「僕」として見られたかった。
 でも「僕」として見てくれるキョンにこそ、僕は「女」として見られたかったのだ。
 思考にフリーズした僕は、こうして一年を過ごしてしまったのだと。

 それと「認識」しても、「理解」はせずに。
 それとも「理解」を否定して?
 僕は恋をしていたのだろう。

『彼女と僕、神モドキな二人に好意を寄せられているキミに、何も出来ないなんてことはない』

 さっき、彼の自室で長広舌でごまかした台詞を思い出す。
 なんだこれは。どこが「佐々木」だ。どうみたってロマンティックが止まっていない。

「……やれやれ」
 確かに恋愛は精神病だよ。有用か有害かについての価値観はやや変化したがね。
 いや、そういう基準で考えると間違いが生じるかもしれない。
 そうだね。……僕の両親という事例もある。
 彼女たちも最初はこうだったのだろうか。

 価値観の見直しというのは大変だよ。だがやりがいのある思考さ。
 僕としては実に有用な精神的エアロビクスだ。
 胸なんか痛くはないぞ。

 今、彼は彼の絆の為に、彼の「SOS団」の為に奔走している真っ最中だ。
 僕の心の踏ん切りはついた。いささか気恥ずかしいが、ようやく二年来の疑問が解けたのだ。
 今は彼の為に思考を割くべきだ。とはいえなにができるだろう。

 全ての状況は「選択をキョンに委ねている」。それは間違いない。
 確かにあの会合で、藤原くんは「九曜なら力の委譲が出来る」と言い、キョンもそれを首肯していた。

 しかしそれが可能なら、何故彼らはそれをしない?
 彼の心を宇宙的、或いは未来的に操り「はい」と言わせることさえ簡単だろう。なのに何故それをしないのか?
 それは彼自身の選択にこそ、意味がある事を示している。誰もが口先では彼を軽視する、
 しかし、選択者はやはり彼なのだ。

 ……僕が選ばれることはないだろう。
 僕が「神」となって得をするのは橘さん、藤原さん、九曜さん。なんと全員が「キョンの敵」だ。
 そしてキョンは「彼の知る佐々木は、そんな事は望まない」と信じてくれた。
 選ばれる理由なんてどこにもない。

 あるとすれば理由は二つ。
 一つは、彼の仲間である「長門さん」への干渉が止むという事。
 しかしだ。彼女は同時に「思念体」とやらに属し、その思念体は「力」が涼宮さん側にある事を望んでいる。
 彼女を助ける為に、僕に力を譲渡する? それは長門さん自身の立場を危うくしないだろうか?

 第一、「干渉」自体は九曜さんも有用性は感じていないと言っていた。遠からず止むだろう事くらいは想像が付く。
 むしろ藤原くんの発言は「いずれ止む」事を踏まえての発言だったのではないか?
 なにせ彼は「未来人」なのだ。「何時終わるか」を知っているのだとしたら?
 それを、あたかも己の指示であるように見せかけているとしたら?

 なら、唯一のキョンの利点は「平和で常識的な世界を得られるであろう」……という事かな?

「ふ、くく」
 笑わせてもらってはいけない。
 彼はね、僕が知る限りでも最高の「変わり者」だ。
 きっと彼は覚えてないだろうが、「エンターテイメント症候群」と称したことさえあるくらいさ。
 彼はきっとこの一年、素敵な体験をしたのだろう。例え宇宙人達とでさえ「言葉で解り合える」と難なく思えるくらいに。

 そんな日常を彼が面白くないと思っているはずはない。
 さあ、僕を選んで、平和な世界にしませんか?
 なんて言ったところで無駄なのさ。

 僕が選ばれるというのはそういうこと。
 僕は平凡な日常の体現、涼宮さんは彼の望む非日常の体現なのだ。
 選ばれるような理屈なんてない。

 もちろん対抗する手段は一つある。
 涼宮さんは「無自覚に彼を選んでいる」が、僕は「自覚している」のだ。
 そう、かのロミオとジュリエットのように全ての理屈を蹴っ飛ばし、ただ「I Love You」とそのまま彼にぶつければいいのさ。
 彼が誤解しようの無い、まじりっけなしの本音をぶつければいい。

「……ばかか私は」
 愕然とする。思わずぬいぐるみに額をぶつけた。

 そんなの、非日常を楽しむ彼を困らせることでしかないんだ。

 なんて情動に支配された発想だろう。
 改めて思う。忌避するまでも無く、僕はそもそも恋愛という奴にあまり向いてはいないのだ。
 そうさ。情動云々と言いながら、僕はこの一週間に何回塾を休んだ? なんで彼の電話を一晩中待っていた?
 なんで彼の家にまでわざわざ突貫した? たった二人で話しあうなら、つまるところは電話でよかったはずなのに。
 やはり、僕は決して「理性的な人間」ではないのだ……。

 僕は彼の非日常の中には居られない。
 涼宮さんみたいに「無意識の神様」にだってなれない。
 きっと僕の本能は、神様の力を欲望に使う。

 僕が「神様候補」なら、彼の非日常を壊す存在になり得る以上は、僕は彼の傍に居るべきではないのだ……。
 ロマンティックが止まってゆく。

「それでも、僕に望みがあるとするのなら……」
 それは、未来人、宇宙人、超能力者たちの挙動と、藤原くんの言葉から察せられるもの……。

 電子音。ぼんやりと至った僕の思考を、携帯電話のアラームが中断させた。
「藤原くん、か」

 それから僕は電話した。
 藤原くんから電話を受けて、韜晦トークを咀嚼して、それからキョンへ電話した。

「やぁ親友」
『佐々木か』
「明日、また駅前で集まろう。と、藤原くんが言っている」
 さてどうやら終幕らしい。いつもの韜晦トーク気取りだったが、藤原くんはどうも素直なところがあるね。
 とはいえ、もう僕に出来る事も、決断する事すらもない。
 僕は「日常」の側なのだから。

 僕にできる事があるとすれば、ただ、キョンが気負わないように心をほぐしてやることだけだ。
 どんな選択をしたって、それが正しいのだと伝えてあげればいい。
 そうさ、最適の選択なんてとっくに決まっているのだから。

「キミならなんとかするさ。涼宮さんと僕が選んだ唯一の一般人、それがキミなのだからね」

『佐々木、お前はなぜ俺を選ぶ』
「くく、キョン。キミの鈍重なる感性には前から気を揉ませてもらっていたが、この期に及んでまでそんな事を言うとはね」

 精一杯の言葉に返ってきたのは、相変わらずの鈍感な言葉。
 呆れついでに自分に呆れた。だって今、彼は「神の力」とやらの話をしているのだよ?
 そこに遠まわしなI Love Youを混ぜて混乱させたのは僕だ。自爆という奴だ。そうさストレートには教えられないね。
 言ったりなんかしてやるもんか。

「たとえ話をしようか」

 宝くじに例えてみよう。
 キミは「報酬の為に、期限付きの選択肢」に答えなければならない。
 これが「神の力」とやら関する選択肢ではない事くらいは解るはずだよ?
 それならキミが選ぶ必要なんてないんだ。それは涼宮さんが今まさに所持しているのだから、ただ自然に任せればいい。

 今、キミは「キミが得る為に選択しなければならない」んだ。
 全てはキミの心が選択するんだ。キミは選択肢を……恋愛感情というものを、きっと心に眠らせているんだ。
 覚えているかい? キミはエンターテイメント症候群なんだ。キミは恋愛というエンターテイメントも楽しむべきなのさ。

 キミは僕を「女」と見ていない。だから選ぶべきは僕じゃない。
 何より涼宮さんは気が短い。彼女が無意識であれキミを選んでいるならば、とっくにとさかにきているはずさ。
 だからキミが「恋愛なのだ」と自覚させたまえ。……そして、キミも自覚したまえ。
 それはきっと全てを決める。だから選びたまえ。
 キミはまさに迫られているんだ。

 くく、実に嫌そうな沈黙だ。ガラにもないって事かい?
 だがキミは選びたまえ。キミの選択は必ず正しいと僕は信じているからね。

「僕だってイヤだね。そんな立場はさ。でも僕はキミが……おっとと、というかね、あー、そうだ、
 キミを信頼している、と言いたかった」

 ……そうさ、信じているからね。
 だから「キミが好きだ」なんて決して言っちゃいけないのさ。僕はノイズを与えちゃいけない。

『解ったよ佐々木。俺に任せておけ。明日、また会おう』
 ……そうさ。キミの選択は必ず正しい。
「ああ、期待しているよ。僕のキミへの信頼は進水式を迎えたばかりの潜水艦の圧壊深度よりも深い。
 思う存分、ダウントリムするといい。いささかも構わないよ」
 そうさ構わない。これは、きっと、正しい。

「じゃあね、親友」

 そして金曜日。僕は北高の校門前で立ち尽くしていた。
 一人で。

「……………………」
 精一杯のアドバイスは木曜日にやった。藤原くんの情報をなんとか車中で引き出しもした。
 でもやっぱり役には立てなかった。やっぱり僕は置いていかれた。
 おそらくは僕の内面空間とやらに入ったのだろう。
 そこなら誰も手が出せないはずだから。

 頭をぽりぽり掻いては見たが、やっぱりどうにもならない。
 しかし「僕の閉鎖空間」とやらは、橘さんの手を借り「精神だけで入る」代物じゃなかったのかな?
 まあいい。このままここに居ても邪魔というものだろう。

 これが、僕が「日常」の側に立っているという事なんだろうね。
 僕は結局何もしなかった。
 その結果なんだ。

「……それとも僕は」
 彼を舌先三寸で騙してでも、例え「神様」になってでも、力づくで彼を奪い取るべきだったのだろうか……。
 まるで北欧の神々を騙したロキのように、或いは御伽噺の悪い魔女のように…………。
 彼と、彼の信頼を裏切ってでも? ……なんて情動に支配された考え方だろう。

「僕は、悪い魔女を演じるくらいなら、キミの信じた『佐々木』を演じて見せるよ」

 その仮面が、とっくに涙でふやけていてもだ。
 そうだろう?

 信じているよ、キョン。
 うん。キミが誰かにせっつかれでもしない限り、僕へ連絡しないであろう事も含めてね。
 そっと溜息をつき、僕は北高を後にした。


「やれやれ」 
 結論から言うとキョンはホントに連絡してこなかった。
 あの大騒動の後だ、わざわざ休日を潰して直接出向いてくるという線も無しだろう。
 そこで月曜日の放課後を見越して待っていたところ、やはり彼は現れた。あの「駅前の公園」に。

「やあ」
 全ての決着は着いた、と橘さんから聞いている。
 ……そしてどうやら僕の推測がそれなりに正しいものであろうという事も。

 恒常的にあったという「僕の世界」は、涼宮さんのそれと一時融合し、共に砕けたという。
 さて、その空間が、僕の何も欲さない「希薄な欲求」を示すものだったならば、それが砕けたとはどういう事だろう。
 それは失われたのか、それとも性質そのものが変化してしまったのか。

 僕自身の「神様の器」とやらも解らないが、僕を祭り上げようとした未来人、宇宙人が空中分解した以上
 後ろ盾を失った橘さん達は地下にもぐるそうだ。
 懲りてくれればいいのだけれど。

 そう言えば何から話せば良いのだろう。たっぷり2日間あったはずなのに、驚くほど浮かばなかった。
 考えてみれば、僕から彼への言葉はとっくの昔に出尽くしている。

 むしろ「語るべきじゃない」のだ。
 そうとも。あの二週間前の告白、混乱、脳裏に浮かんだキョンの顔、そこから僕の思考は再起動した。
 僕はこの二週間で、あの「雨の日」に抱えた感情を「恋愛感情」なのだと自覚した。
 そして僕は「日常」でしかなく、「非日常」の中には行けないという事も。

 とりあえず場当たりの無い事を話していたが、とぼけていると気付かれたようだ。
 くっく、好ましいよ。……その上で爆弾を投げてきた。

「訊きたい事がある。お前が俺の家に来た理由、もう一つあるって言ったな? ありゃなんだ?」
「よく覚えていたね。さりげなく言ったつもりだったから、すっかり忘れてくれているんじゃないかと期待していたんだが」

 もしかしてキミ、全部すっとぼけ続けているんじゃないだろうね。
 まあ良い。なら僕も覚悟を決めるまでさ。忘れてくれていればと期待はしていたんだが。
 さあ。これが最後の確認だ。

「二週間前の事だ。僕は告白された」
 リアクションを待つ。……彼は凍り付いていた……続けてみようか。

「今も保留って事にしている。つまり僕は恋愛相談に来たんだよ」
「そりゃあ……。役に立てなくてすまなかったな」
 まるで地の分のような声音が返ってくる。

「いいよ。あの状況で相談を持ち出しても困るだけだろう? それにやっぱり自分の問題は自分で解決すべきだと直前で考え直したんだ。キミに余計なノイズを与えるのは得策ではなかっただろうしね」
 早口になる。彼の反応が知りたくなかったのかもしれない。

 ……彼は沈黙していた。

 まるで「キミが僕を連れてきた時」の涼宮さんのように。
 或いは「キミと涼宮さんたちの話」を聞いた時の僕のように。
 ……正直、安堵した。

『へえ、彼氏が出来たのか?』
『お前相手に踏み込んでくるなんざ、見所あるじゃないか』
『そいつは良かった! お前なら男には不自由しないだろうからな。その奇矯な性格はしっかり隠蔽しとけよ』

 彼が「友達」へこうやって笑いかける姿くらい、想像できていたんだよ。
 実際、中学時代に『おまえ、回りくどくて理屈っぽい言葉遣いを直せばさぞかしモテるだろうに』と言われた事がある。
 あの時は得たりとばかりに答えたものさ。
 モテるモテないに興味なんて無い。
 恋愛なんて精神病だとね。

 思えば、きっとあれは彼なりの褒め言葉だったのだと思う。
 でもね、あれは「俺なんか放っておいて、さっさと良い男でも見つけろよ」という風にも聞こえるのだよ?
 キミも一度涼宮さんにでも言われてみたまえ。
 くっくっく…………。

 これは、多少は女性と見られていると思っていいのかな、キョン?

 くく、まったく。ホントに僕はどうしたいのだろうね?
 あの雨の日のように、キミに女と見られたいのか、それとも見られたくないのか。
 冗談。とっくに解っているさ。

 それから恥ずかしい種明かしをした。僕が涼宮さんに憧れていた事を。そして僕の家庭の事を。
 するとキョンはまた沈黙し、静かに息を吐き出した。

「結局俺は、自分とその周辺の人間関係しか知ることは出来ないんだ」と。

 彼は嘆いた。でも私は微笑んでしまった。
 そう、私は酷い奴だから、キミが、私を向かい後悔してくれた事に笑ってしまうのだ。

「そうでもないよ、キョン」

 そもそも人間と言う奴は「観測」する事が出来ない事実の方がずっとずっと多いのさ。
 でも「観測」できないからといって「解答」が存在しない訳じゃない。
 もしあらゆる事物を観測できるならそれは神様だけさ
 だから嘆く必要なんてないんだよ。

 後悔なんてしなくていい。
 キミは僕に沢山のものを暮れた。キミは僕に僕の夢を思い出させてくれた。佐々木でいいのだ、とわからせてくれた。

 それから恥ずかしいような事を語った。神様と僕らの話を。
 そして私自身からキミへの、ありったけの信頼を。

 ほんの少しの強がりをこめた、ありったけの信頼を。

 そう、キミは僕らのような「変人」の価値観を踏みつけにしない。そりゃ僕らだって自分が「変人」だってことくらいは理解しているさ。
 一定の距離をもち、僕らの思考を尊重し、詮索せず、普通に接する。それが僕らには好ましいのだと。
 いつだって僕らの味方でいてくれたのはキミなんだ。

 そんな異性は唯一キミしかいなかったのだから。

 今、僕とキミとの関係はこれでいい。
 さあ、思考を続けよう。

 ところでこれは推測だが……そして想像力こそ「神」に刃向かい得る人間のちっぽけな武器だと常々思っているのだが……
 涼宮さんは、どうも「神」そのものではなく、「力」を持ったただの人であるらしい。
 そして「力」とやらもまた、いつかは彼女から消えてしまうのだ。
 形があろうとなかろうと、この世に永遠のものはない。
 いつかは彼も日常に帰るのだろう。

 そうだね、「朝比奈さん」とやらの存在を鑑みればあと一年。
 高校生という区切りで考えるなら後二年。
 涼宮さんの精神次第なら後何年?

 ――もしキミが望むなら神様だって演じてみせよう。
 だけれどキミは「日常」側の神様なんて望んじゃいない。
 なにより僕は、きっとキミが思うほど人格者でも綺麗でもないんだ。
 僕は誰かを『こいつ死んじゃわないかな』と呪ってしまうくらい、愚かな人間なんだ。
 それをつくづく僕は思い知った。僕はキミが思う程「佐々木」じゃない。ましてや神様なんて演じられない。
 ――キミの非日常の中には行けない。

 キョン、僕は「解りやすい敵役」なんてしたくない。
 そうとも、今、メインストリームにあるのは間違いなくキミと涼宮さんの物語だ。今の僕は「敵役」にしかなれないのさ。
 キミを求めれば、それは「神様」だの「力」の奪い合いだのに取り込まれざるを得ない。
 そんなの僕は望んじゃいないんだ。

 だから、思考を続けよう。
 僕はこの二週間で新しい価値観を「理解」した。
 二年も前に「認識」し、「理解」を拒み、そのまま心に閉じ込めていた感情を理解した。
 二週間前の僕じゃない。キミとの関係を否定し遠ざけていた僕じゃない。ちっぽけだけど大きな違いさ。
 きっとそれはコペルニクス的転回、価値観の変容だ。

 さあ、思考を続けよう。
 どんどん新しい事を覚えていこう。
 嫌々覚えた事なんて、必要なくなればさっぱりと忘れてしまう。
 そうさ。記憶の取捨選択は無意識とやらに任せよう。涼宮さんを忘れなかったように、きっともうキミを忘れないだろうから。
 きっとどんなに新しい事を覚えても「自分の覚えていたい事」だけは覚えているだろうから。

 今は反対の道を歩いてゆこう。
 これは非日常と戦うキミと、日常を戦う僕との対決だ。
 高校二年は激動だ。進学校というものは、大学受験の為にあるようなものだからね。
 さて、彼は世界を揺るがす一年を過ごしたと言う。それと比べれば小さいかもしれないが、これは僕なりの戦いだ。

 僕は僕以外にはなれないし、そして僕自身を否定することも無いとよく解った。なら、もっと新しいことを覚えてやろう。
 涼宮さんに憧れた「僕」では敵わない。なら、もっと素敵な「佐々木」になってやろう。
 キミ達が非日常と戦う間に、僕は想像力を働かせ、日常で戦い続けよう。

 それが神様に抗いうる、たった一つの武器なのだから。

 さあ、思考を続けて立ち上がろう。
 決めた僕の背中へと、キョンが目一杯の叫びを届けた。

「じゃあな、親友! また同窓会で会おうぜ!」

 そうとも親友!
 僕が苦し紛れに考えた「親友」じゃない。キミが疑問符をつけた「親友?」じゃない。
 僕らは心を分かち合い、本当の親友になれたんだ。
 だから、今はその絆でいい。

 僕も今は背中で示そう。
 きっと次に会うのが何年後だろうと「やあ、親友」と告げるだろうと。
 きっと次に会うのが何年後でも、私はあなたを忘れないと。

 だから、私を忘れないで欲しい、という、とても簡潔なメッセージである事を。
)終わり、或いは……


 66-164 火曜日と自転車の荷台(ifルート短編)。

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最終更新:2012年07月29日 01:03
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