67-9xx「キミこそ余裕がないようだが?」


「なあ佐々木」
「なんだい親友」
 それは二人して向かい合い、額をつき合わせて夏休みの宿題をやっていた時の事だ。
 そのはずだった。なのにどうしてこうなった。

「いい加減、俺の背中から離れろ」
「くく、つれないじゃないか」

「計算式がわからないとヘルプを求めたのはキミだよ? なのに何故今になってそんな事を言うんだい?」
「そこは感謝感激五体投地で礼を言うさ。だが何故いつまでも俺の背中に引っ付いているんだ?」
「くく、他に計算間違いがないかチェックしてあげているのさ、親友」

「何か問題でもあったかい? 大体キミの背中なんて中学時代に張り付きなれたものじゃないか。何を今更」
「こんなに密着してた覚えはねえよ」
「まだ足りないという事かな?」
「何がだ。第一、お前の頭脳ならとっくにチェック完了してるんじゃないのか?」
「そう持ち上げてもらっては困るな。僕とて凡人だからね」
「既にこのやり取りが開始して30分が開始したはずだが」

「ほう。30分一本勝負ならここらでゴングが鳴るとこだね」
「俺の脳内じゃゴングじゃなくてドラが鳴ってるぜ」
「ほう。マージャンかい?」
「そっちのドラじゃねえ」

「くく、キミに脱衣マージャンの趣味があったとは意外だよ」
「お前こそ随分論理が飛躍するようになったな。意外だぜ」
「ほほう、お褒め頂けるとは思わなかったな」
「皮肉以外に聞こえるとは思わなかったな」
「僕はこれでも素直な人間だからね」
「どこがだ」

「それよりキョン、随分余裕がないようだがどうしたんだい?」
「どこがだ親友。俺はいつでも平常運転だ」
「くく、そうかな? 先程からキミのモノローグがぱたりと止まっている辺り、相当動揺していると見受けられるが」
「佐々木、お前は何時から俺の脳内まで察せられるようになったんだ」
「くく、さて、何時からかな?」

「だがキョン、キミとて僕の想像力と観察力の前にどれだけ隠し事が出来ると思っているんだい?」
「言い切ったな佐々木。というかそれは俺の中学時代のモノローグそのものじゃねえか」
「くく、よく覚えているじゃないか。つまりそういう事だよ」

「そしてキョン、僕がキミを観察しているという事に気付かないほどキミが鈍重な感性だとは思っていないよ。
 見られているという事は往々にして見ているという事にも繋がる。違うかい?」
「さて何の事だかな」

「くっくっく、そういえば以前、プールの授業を明日に控えたかなづちの小学生という例えを以って、僕の動揺を解説したことがあったね?」
「そんな事もあったな。こうしてみると懐かしい話だが」
「ほう。覚えておいてくれたとは嬉しいな?」
「人の耳をなぞるな」

「くく、話を戻そう。これは僕が実際にプール授業を前に動揺したことがあるから表現出来る。そうは思わなかったかな?」
「お前、カナヅチだったのか?」
「いいねえ、その反応」

「さてキョン、一般にプール開きと言うものは六月頃だ。そしてキミと僕が仲良くなったのは……さて、いつだったかな?」
「四月に入塾して以来じゃないのか?」
「さあてね」

「ただ、キミとエンターテイメント症候群のような突っ込んだ話題が出来るようになったのも六月頃だったね?」
「ほう。奇妙な一致だな」
「実に奇妙な一致だね」

「人をつつくな佐々木」
「なぞるのなら許可してくれるね?」
「なぞるのも舐めるのもシャツに手を入れるのも却下だ」
「いけずだなあキミは」

「なあに、先日の一件の報復だよ」
「悪かった。だが悪気がなかった事は解ってもらえたはずだろう?」
「確かに。だがあの一件で僕の乙女としての心がズタズタにされてしまった報復とはまた別の物語だ」
「こんな報復があるかよ。言っとくが俺だって…………」

「……なあ、乙女心の対義語っていうか男版ってなんだ?」
「純情って言うだろ?」
「だがそれは女性にも共通の用語じゃねえか」
「なら言い換えよう、僕の純情をズタズタにしてくれた以上、キミに報復せざるを得ないのだ。これが復讐の連鎖というものだよ」
「人間、言葉で勝てないと暴力に走るって知ってるよな?」
「無論、性的な意味で」
「違うわ!」

「くく、ただ問題はあるんだ。キョン」
「なんだ佐々木」

「素面でやるには些か気恥ずかしいという事だよ」
「なんだ、酔っ払ってたのかお前?」
「まさか。催眠術と言う奴だ」

「ただね、僕は今自己催眠によって冷静さを欠いている。そこに新たな問題が生じるんだ」
「簡潔に言え。簡潔に」

「くく、……どう収拾をつけたものだか解らないということだよ」
「まず降りろ」
「断る」
)終わる

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最終更新:2012年09月07日 03:41
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