68-534「佐々木さんのキョンな日常 夏夢幻蒼~夏休み合同旅行」

 8月に入り、連日最高気温を更新し続け出した、夏休みのある日の午後のことである。
 「キョン、みんなで旅行に行かないか?」
 国木田とプロ野球を観戦して遊びに行った帰りに、そう持ちかけられた。
 「鶴屋さんが、自分の家の別荘地に行くそうなんだけど、SOS団も一緒に行くんだって。で、文芸部も行かない
か、って誘われたんだ」
 鶴屋さんの別荘か。一軒家しか持たない平凡な会社員の子供である俺には想像がつかないが。
 「国木田、俺達がお邪魔していいもんかね。SOS団の合宿なんかじゃないのか?」
 「鶴屋さんはすごく文芸部のことを気に入っているよ。特にキョンと佐々木さんのことは興味があるみたい」
 「うーん、行ってもいいと俺は思うんだが、とりあえず佐々木や長門達の意見を聞かないとな。それにいつ
行くんだ?」
 実は8月から、土曜日に俺は佐々木と一緒に塾に行くことになった。時間は佐々木と同じ午後からであり、昼
御飯の後、佐々木を自宅まで迎えに行き、自転車の後ろに佐々木を載せ塾に行き、終了後は我が家に戻り、一緒
に夕食を食べて、そして佐々木の家まで送って行くのである。
 「今度の土曜日だけど、塾は講師達が休暇に入るから、今週はなかったよね。一泊二日の小旅行で日曜日の夜
には戻って来れるから、キョンのアルバイトにも影響はないよ」
 なるほど。国木田の言うとおり、問題はなさそうだ。あとは佐々木達次第だな。
 「よし、ちょっと、佐々木たちに聞いてみようか」

 土曜日の朝。
 今はまだいいが、午後は確実に暑くなるだろうな、という位に晴れ上がった夏の青空の下、SOS団と文芸部の団
員及び部員達は、鶴屋さんの屋敷前に集合していた。
 俺、佐々木、長門、朝倉、国木田、それと涼宮と古泉。
 鶴屋さんと朝比奈さんの姿が見えないと思ったら、目の前にマイクロバスが停まり、その中から鶴屋さんと、何
故かバスガイドの格好をした朝比奈さんと、(こちらは普通の格好をした)鶴屋さんが降りてきた。
 「やあやあ、ようこそ。SOS団の団員と文芸部の諸君!」
 明るさいっぱいの鶴屋さんに対して、朝比奈さんは、少し恥ずかしそうだ。七夕の時も思ったんだが、鶴屋さん
にはコスプレの趣味があるとしか思えん。
 「今日はお世話になります」
 佐々木と長門が鶴屋さんに頭を下げる。
 「遠慮はいらないっさ。みんなで大いに楽しむよ!」

 俺達はマイクロバスに乗り込んだのだが、古泉は大荷物を抱えていた。もちろん俺と国木田は運ぶのを手伝って
やったが、呆れたことに殆どが涼宮が持ち込んだお菓子やゲ-ムの類だった。遠足に行くんじゃないんだぞ。
 「いいじゃない。こんな機会はそうそうあるもんじゃないんだから、キョン、あんたも楽しみなさいよ」
 「キョン。涼宮さんの言うとおりだよ。僕らも楽しもうじゃないか」
 涼宮からお菓子を分けてもらった佐々木は俺の隣に座り、早速袋を開けて、俺に差し出す。

 「皆さん、仲がいいですな」
 マイクロバスの運転手さんが笑いながら俺たちに話しかけてくる。渋い感じのする白髪白眉白髭のこの人は、
「新川さん」と言って、鶴屋さんの家で働いている―執事とでも言うのだろうか―人である。
 紳士的で穏やかな感じのする人だ。確かに鶴屋さんの屋敷で働くのにふさわしい雰囲気を持っている。

 その新川さんの運転で、俺達は鶴屋さんの別荘があるという場所へ向かっていた。
 海辺の温泉地がすぐそばに有り、古くから保養地として栄えた場所である。そんな所に別荘を持っているなんて、
さすがは鶴屋さんである。


 マイクロバスの中で、俺達は旅行ということで気分が高まっていたせいか、大いに盛り上がりおしゃべりやゲ-ムに
興じていたのだが、そうこうしているうちに、バスは目的地へ近づいていた。
 鶴屋さんの別荘というのは、鶴屋さん家の会社が経営しているホテルを見下ろす小高い場所にあり、そこも元はホテ
ルだったのを、鶴屋さんのお爺さんが気に入って買取り、鶴屋家の別荘にしたそうだ。鶴屋さんの話では、ホテルの施
設も利用できるそうなので、それは楽しみである。

 鶴屋さんのホテル「鶴星」(かなりでかい!)の敷地内に入り、それから小高い丘に登る道を上がり、マイクロバスは
停車した。
 「うわあ、すごい立派!」
 完成をあげたのは、われらが文芸部部長・長門優希である。
 確かに長門の言うとおりで、古い洋館建築の、花と緑に囲まれた元はホテルだったと言う別荘は、歴史を感じさせる趣の
ある建物で、鶴屋家の別荘にふさわしい。
 「素晴らしい建物だ。おそらく明治時代の洋風建築だね。重要文化財ものだよ」
 佐々木も感心したように呟く。
 「さあさあ、みんな遠慮はいらないよ、入った入った!」
 鶴屋さんに促されて、俺達はバスを降り、別荘の中に入った。

 中に入って驚いたのが、その内装の素晴らしさと、メイド服を着た本物のメイドさん達がいた事である。
 「いらっしゃいませ」
 丁寧にお辞儀をされてそう言われ、俺達は慌てて頭を下げる。さすがの佐々木や涼宮も、これには驚いたようだ。
 「キョン、すごいね。本物のメイドさんだよ」
 国木田がこっそり耳打ちしてきた。
 全くその通りだ。コスプレでなく、本物を見るのは生まれて初めてである。つくづく鶴屋さんが別世界の人間であることが
わかる。
 「さて、諸君。これから皆の部屋を決めるけど、ここは一つくじ引きと行こうかねっ!」
 いつの間に持ってきたのか、鶴屋さんの手には、何やら大きな箱が握られていた。
 「部屋は一階と二階に分かれていて、各部屋内装が違うから、当ててからのお楽しみさっ。さあさあ引いてご覧あれ!」
 それじゃ引いてみるとするか。
 俺と佐々木が一番にくじを引く。そして次々と皆がくじを引き、箱の中は空になった。
 「そんじゃ、一斉に開いてみるよ」

 くじの結果は以下の通りとなった。
 一階 俺、佐々木、長門、朝比奈さん。
 二階 涼宮、古泉、朝倉、国木田、鶴屋さん。

 俺と佐々木は隣同士で、二つ空いて長門と朝比奈さんが並び、二階は涼宮と古泉が並んで、一つ空き朝倉と国木田と鶴屋さん
が並んだ。
 「おやおや、やっぱりキョン君と佐々木さんはくじ引きでも仲がいいんだね」
 結果は全くの偶然なのだが、佐々木が隣だというのは悪くない。からかわれた佐々木は、顔を下に向けていたが。

 さて、俺はこの別荘が元はホテルだと言ったが、部屋の中に入って、それを思い知らされることになった。
 ”なんだこりゃ?”
 各部屋の内装が違うと鶴屋さんが言っていたが、俺の部屋は何故か畳を敷いた和室なのだ。扉が洋風なのに、中は純和風。
 落ち着いたいい雰囲気の部屋なのだが、違和感ありまくりだ。
 とりあえず荷物を置くと、誰かが部屋のドアを叩いた。
 「キョン、入るよ」
 部屋に入ってきた佐々木は、中を見るなり、おかしそうに笑い出す。
 「ここは純和室か。僕の部屋はロココ調の洋室だったけど」
 本当に鶴屋さんが言ったように各部屋違うようだな。
 「しかも、ベットはダブルベットだったよ」


 昼食までには結構時間があった。朝早く鶴屋さんの家を出発して、混雑にも巻き込まれず順調にここに到着した
のである。
 それまでの時間を潰すため、涼宮は古泉と朝比奈さん、それに佐々木と朝倉を引き連れて、ホテル「鶴星」の大
型プ-ルへ泳ぎに行った。ここのプ-ルは大型スライダ-や人工波を作り出せる、このホテルの名物である。(しかし
たまに思うのだが、近くに美しい砂浜と海があるのに、プ-ルが必要なのかね)
 鶴屋さんは国木田を連れてテニスコ-トに出かけて行った。最近、ますます二人は仲が良くなっているようだ。

 町にでも出かけて見ようか、と俺は思った。この町は古くからの保養地で、歴史的な建造物も多く、落ちついた街
並みに惹きつけられる観光客も多い。何より美しい海がある。
 ホテルのレンタル自転車を借りて街並み散策に行くことを決めた俺は、別荘を出てホテルの方へ行こうとした。
 その時、ちょうど玄関のところで長門と鉢合わせをした。長門はプ-ルには行かず、部屋で本でも読んでいたようだ。
 「長門、お前も出かけるのか?」
 「うん、この街にある文学館を見に行こうかと思って」
 そう言えば、佐々木が言っていたな。ここは多くの作家達が静養に来た土地で、縁の作品も多いと。
 「ならば、長門。一緒に行かないか?俺も街並み散策をしようかと思っていたところなんだ」

 「申し訳ございません。今一台しか残っていません」
 自転車を借りようと思って、レンタル受付に行くと、かかりの人は申し訳なさそうにそう言った。
 長門もレンタル自転車で文学館に行こうかと思っていたのだが、出足からつまづいてしまった。
 歩いていくには、少し距離がある。タクシ-を使うのは風情がない。
 さて、どうしようか?

 「長門、しっかり掴まっていろよ」
 俺は長門を自転車の後ろに乗せて、この街の散策に行くことを決めた。自転車の後ろに人を乗せて走るのは佐々木で
慣れている。
 長門は、いいの?と聞いてきたが、遠慮は要らん。しっかり乗せて行ってやる。
 「それじゃ行くぞ」
 長門が俺に掴まったのを確認して、俺はペダルを漕ぎ出した。

 文学館は、この街にあった銀行の建物を改装したという市立図書館の三階にあった。教科書にも載っている著名な作
家の生原稿や筆記具を間近に見ると、そこまで詳しくない俺でも感慨深いものがある。文芸部部長・長門優希はなおさ
らだろう。それらにじっと見入っていた。

 記念品を購入して文学館を出て、街並みを堪能しながら、俺達はここの名所の一つ、花公園に向かって行った。
 ここは向日葵で描いた巨大な花絵画や迷路が有名で、この街に来たならば、是非訪れたいと思っていた場所である。
 夏の太陽の光を浴びて、黄色い花がその生命力を蒼い空のもとに、誇らしげに咲き誇っていた。
 その素晴らしさに、俺達はしばし言葉を失った。

 「おお-い、キョンじゃねえか」
 雰囲気がぶち壊しの、間抜けな声に、俺は我に返った。
 「オマエ、こんなところでどうしたんだ?」
 声の主に、俺は一瞬自分の目を疑った。
 俺のクラスメートにして、SOS団の幽霊部員、谷口だった。


 「オマエ、こんなところでどうしたんだ?」
 それはこっちが言いたいセリフだ。俺は文芸部とお前が一応所属していることになっているSOS団との合同旅行
でここに来たんだ。
 「なるほどな。奥さんと部員と、涼宮の愉快な仲間たちと一緒ってわけか。お前もご苦労さんだな」
 ほっとけ。それに奥さん、てのは誰のことを言っているんだ。
 「決まっているじゃねえか。佐々木さんのことだよ、他に誰かいるのか」
 つくづくこいつは阿保である。
 「うん?今日は佐々木さんじゃないのか?キョン、てめえ浮気しているのか?」
 張り倒されたいのか、お前は。
 「いや、冗談だ。そんな度胸はオマエにはないよな」
 やかましい奴だ。それより俺の質問にも答えろ。お前はどうしてここにいるんだ?家族旅行か?
 「馬鹿を言え。健全な青春を謳歌する俺が、家族旅行なわけないだろうが。彼女と来たんだよ、か・の・じょ」
 その3文字をやけに強調しながら、谷口は答えた。

 彼女?ナンパ失敗王のお前が?いつ彼女なんて出来たんだ?
 「七夕の後さ。俺の努力が星に届いたらしい。この日のために俺はバイトに励んだんだ。頑張ったかいがあったぜ」
 よっぽどうれしいのか、谷口はにやけっぱなしである。奇特な星が存在しているものだ。
 それにしてもこいつと付き合うとはどういう女の子だろうか?
 「知りたいか?キョン、特別に教えてやろう。何と光陽の生徒なんだぜ」
 これには素直に驚いた。谷口とはあまり接点がなさそうな気がしたからだ。
 「バイト先で知り合ったんだ。お客さんとしてきていたんだが、ダメもとで誘ったんだが、OKしてくれたんだ。
紹介するよ」
 そういいながら、谷口は後ろを振り向いたが、そこには誰もいなかった。
 「あ、あれ、いつのまに?」
 いや、最初からいなかったが。
 「どこに行ったんだ、まったく。ちょっと探してくるよ。じゃあな、キョン」
 谷口は消えた彼女を探すため、ここから立ち去ろうとした。
 「あ、キョン。お前たちどこに泊まっているんだ?」
 鶴屋さんの別荘に泊まっているんだが。そういうお前はどこに泊まっているんだよ。
 「ホテル『鶴星』ってところだ」
 よりによってそこかよ。
 「あとで会うかもしれないな。そん時に彼女を紹介するよ」
 どうでもいいのだが、ま、見せびらかしたいのだろう。合わないことを祈っておくよ。

 谷口のことは、きれいさっぱり頭の中から消して、俺と長門は向日葵が作り出した花の芸術を堪能した後、ホテルに戻った。
 ちょうどロビーで皆と会い、合流して、そのままホテル内のレストランへ向かう。
 佐々木に長門と見た美しい花公園のことを話すと、あとで僕も連れて行くように、と言われた。
 「もちろん、僕を自転車の後ろに乗せてからだよ」


        ”だってそこは僕の特等席なんだから”

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最終更新:2013年01月01日 21:23
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