68-620「佐々木さんのキョンな日常 夏夢幻蒼~夏休み合同旅行その5~」

 あれは中学校二年生の七夕の日のことだった。
 私はその日、初めて市の大きな図書館へやってきた。学校の図書室とは比べ物にならないほど大きく、充実した
蔵書の数に、私は圧倒され、夢中になって本を読んでいた。
 ふと気づくと、いつの間にか閉館時間が近づいていた。私は読みかけの本を借りようと、貸出の手続きをするた
めに受付に行ったが、初めてだったのでどうしていいか解らなかった。

 「もしかして、ここで本を借りるのは初めてか?」
 困った様子の私を見て、声をかけてくれた男の子は、私と同じぐらいの年齢で、貸出カ-ドの作り方を教えてくれ
て、借りる手続きを手伝ってくれた。
 親切な男の子にお礼を言うと、男の子は笑顔で「借りるのが間にあってよかったな」と言った。
 その後、何度も図書館に行ったが、その男の子と会うことはなかった。

 北高に入学して、私は中学時代の先輩・喜緑さんがいる文芸部に、親友の朝倉さんと入部した。ただ、文芸部は廃
部寸前で、しかも頼みの綱の喜緑先輩も生徒会の書記と言う立場になり、部員はさらに少なくなった。
 北高の文芸部は、長い伝統と歴史がある文化部だったが、近年は活動らしいことはやっていない。生徒規約の改訂
で、新しい部員が入らないと、同好会に格下げになる。
 ”このまま文芸部を終わらせたくない”
 喜緑先輩から文芸部部長の肩書きを受け継ぎ、朝倉さんと二人で部員募集を呼びかけたが、私たち以外の部員が来
ることはなく、格下げは時間の問題だった。

 「文芸部に入部したいんだけど」
 佐々木さんと名乗った朝倉さんのクラスメ-トは、ひとりの男子生徒を連れてきていた。
 彼女の親友だと言うその男子生徒を見て、私は思わず声を上げそうになった。
 七夕の男の子。「キョン」とあだ名で呼ばれる彼は中学二年生の時、図書館で私に手助けしてくれた、あの男の子
だった。

 彼は私のことには気がつかなかったようだが、佐々木さんと共に文芸部に入部してくれて、もう一人部員を引っ張
ってきてくれた。格下げはとりあえず免れることができた。
 新生文芸部の目標として、文化祭までには文芸部部誌を発行することを決めた。
 彼と佐々木さんは文芸部を動かす中心になっていった。

 彼と佐々木さんは、本当に息の合ったコンビで、彼ら二人が一緒にいることが当たり前であるような感じさえ受ける。
 彼は本当に親切で、仲間思いであり、私たちにも佐々木さんに接する時と同じように気を使ってくれる。
 正直、彼の優しさを一番多く受けられる佐々木さんが、羨ましく感じる時がある。
 鶴屋さんのおうちで、短冊に書いた私の願い。私の家の机の奥に大切にしまっている、あの時の図書カ-ド。
 ”いつか、彼が図書館でのことを思い出しますように”

 今日、彼が私を自転車の後ろに載せて、一緒に街並みを散策してくれた。
 蒼空の下で、太陽に向かって咲き誇る向日葵の園の中を二人で歩いた時、私は胸が高鳴るのを感じていた。


 ホテル内のレストランで食事した後、俺は約束通り佐々木をレンタル自転車の後ろに乗せて、もう一度街並みと花公園
を堪能するために、出かけようとしていた。
 「ちょっと待ちなさい、私達も一緒に行くわよ!」
 佐々木と自転車を借りに行き、さあ出発だ、という段になって、俺達を呼び止めたのは、涼宮だった。
 「何かこの街、面白そうなものがありそうな気がするのよね。二人とも付き合いなさい!」
 好奇心に満ち溢れた、笑顔の涼宮の横には、自転車を押している古泉の姿があった。

 俺は佐々木を、古泉は涼宮を、それぞれ自転車の後ろに乗せながら、街へと繰り出した。
 長門を乗せて散策した地区とは別の、古い建物が残る美観地区を俺達は進んだ。
 観光客が、何人も俺たちの方へ視線を向けてくる。まあ、佐々木に涼宮に古泉と、美男美女が揃っているんで、人目をひ
くよな、そりゃ。
 しかし、こうやって古泉と涼宮が一緒にいるのは、実にいい感じじゃないか。
 「こうやって見ると、涼宮さんと古泉君はお似合いな感じがするが、キョン、そう思わないか?」
 佐々木が俺に掴まりながら、後ろからそう言ったので、俺は大きく頷いた。

 美観地区の中には、いくつか古い洋館がある。その中の一つが涼宮の心の琴線に触れたらしい。
 「ちょっと、ここに寄って行くわよ!」
 建物に入口には案内板が立っていたが、「旧伯爵家別荘」とだけ書いてあった。一応観光客に開放されているようだ。
 「怪しいわね。ここの地下室で、何か変な実験でも行われていそうね」
 怪しいのは、お前の頭の中の思考だ。どこをどう考えたら、そんな発想が出るんだ。大体地下室があるとは書いてないぞ。
 「涼宮さんらしい、面白い発想だね」
 佐々木がおかしそうにくっくっと笑う。
 「調べてみるわよ」
 そう言って、涼宮はずかずかと洋館の中に入っていく。
 入場料をちゃんと払ってから行け。古泉、後で涼宮から取り立てとけよ。
 古泉の苦労を思うと、俺はやれやれと言う気分になった。

 予想通り、地下室などはなく、怪しいマッド・サイエンティストもいなかった為、涼宮は少し不満顔だった。
 「一人くらいそうなもんだけど」
 いるわけないだろう!こんな観光地のど真ん中で、そんなアホなことをやるやつがいるか。
 「まあまあ、キョン。君の小説じゃないが、人の心理の裏をかくという点では、涼宮さんの言うことも荒唐無稽とは言えな
いよ。何気ない日常の風景の中に、非日常的なものが同時に存在したとする。しかし、大半の人はあまり気にも止めず、不思
議の入口を見逃しているのかもしれないよ。人間は案外見ているようで、その実見落としていることが多いからね」
 「さすが佐々木さん、よくわかっているわね。キョン、佐々木さんの言葉、肝に銘じときなさいよ」
 偉そうに言う涼宮に、俺は呆れ、古泉は苦笑していた。


 旧伯爵家を出た後、俺と古泉は花公園へ行くつもりだったが、予定変更となった。理由はもちろん、涼宮ハルヒ
のせいである。
 花公園に行く途中、涼宮はまたも怪しい雰囲気のある洋館の前で、古泉に自転車を止めるように行った。
 「今度こそ、何かいそうな気がするわ!」
 実際、その洋館は何か違った雰囲気が感じられた。それは俺だけでなく、佐々木や古泉もそう思ったらしい。
 蓮根の断面のような不思議な装飾窓に、緑と黒と赤の煉瓦つくりの洋館の壁には、蔦が生い茂っている。
 人の気配はなく、先ほどの洋館のように案内板も表札もない。
 「文化財ではなさそうですね。かといって人が住んでいる様子もない」
 古泉の言葉に、俺は頷いた。何か妙な感じがする。
 「とにかく入ってみるわよ」
 涼宮はお構いなしに敷地に入っていった。

 洋館の入り口の大きな扉に、鍵はかかっておらず、俺達は簡単に屋敷内に入ることができた。
 中に調度品は何もなく、蓮根のような丸窓から入る外の光が室内を照らしていた。ただ、奇妙なことに室内には
塵一つなく、まるで新築の建物の室内のようだった。
 「外との外観とつり合っていないね」
 「確かに。かなり古い感じがしたんだが、中はきれいなもんだ。どうなっているんだ」
 俺と佐々木が首を傾げた時だった。

             バタン!

 大きな音をたてて、扉が一人でに閉まり、丸窓にもブラインドが降り、一瞬にして室内は闇に包まれ視界が真っ暗になった。
 「佐々木!」
 俺は思わず、大きな声を上げていた。
 真夜中でもここまで暗くはないというくらい、漆黒の闇の中、俺は右手にやわらかい感触を感じていた。
 「キョン」
 それが佐々木の手の感触だと気付いた。
 「傍にいるんだな、佐々木。手を離すなよ」
 無言のまま、佐々木がうなずいたのを感じた。
 「古泉、涼宮、いるか!」
 「すぐ傍にいます!涼宮さんも隣にいます」
 古泉の返事がすぐ近くで聞こえた。
 「いったい何がおこったのよ!」
 「わからん。だいたいこの暗闇はおかしい。ここまで見えなくなるなんてありえねえ」
 俺が涼宮に答えた時だった。


”貴方たち、、、、、に問う、、、、、”
 その声は、直接俺達の頭の中に響いてきた。声なき声。それでいて俺達全員に聞こえたのだ。
          ”世界は、、、面白い、、、、?”
 全員に聞こえながら、それは涼宮に向けられたものだと何故か俺達はわかった。
 「面白いかって?そうね、昔はつまんなく感じたけど、最近は少し面白いわよ」
 涼宮はさっきより落ち着いたようだ。はっきりと不思議な”声”に対して返答する。
          ”貴方は、、、、今に、、、満足している、、、、?”
 今度は古泉に対してだった。
 「質問の意味がわかりませんが、今の自分の生活に対してですかね?それだったら十分満足ですよ」
 暗闇の中でも、古泉はさわやかスマイルなんだろう。声がいつもと同じ調子だ。大した奴だ。
         ”貴方が、、、望むものは、、、、何、、、、?
 佐々木にその声が問いかけた時、俺の手を握る佐々木の手に、力が入った。
 「今の時間。キョンといる今の私」
 俺は佐々木の手を握り返す。佐々木の気持ちが俺に伝わってくる。
         ”貴方の、、、、大切なものは、、、、、”
 俺への質問に、俺は返答する。
 「佐々木と俺の仲間たちだ!」


 「!」
 声の主が笑っているのがわかった。
           ”第二次因子固定”
 その言葉を聞きながら、俺達は意識が遠のいていった。


 「おい、涼宮。こんな空地に何か用でもあるのかよ」
 涼宮は古泉にある空地の前で自転車を止めさせた。
 「だって変じゃない。これだけ建物があってここだけ空地なんておかしいでしょ」
 別におかしくはない。何故なら、そこにはでかでかと「売地」と書かれた看板が立っているからだ。
 「老朽化か何かして、建物を壊したのでしょうね」
 古泉の言葉に俺は頷いた。
 「そろそろ行こうか。早く花公園を見たいし」
 佐々木の言葉にうながされて、俺はペダルを漕ぎ出した。

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最終更新:2013年02月03日 16:51
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