68-787「佐々木さんのキョンな日常 夏夢幻蒼~不機嫌な女神」

 なんだか、あたしは不快な気分で目が覚めた。
 「おはようございます、涼宮さん」
 朝御飯を食べようと起きたとき、時計の針は9時近くになっていた。古泉君はあたしが起きるまで、待っていて
くれてたらしい。
 「おはよう、古泉君」
 古泉君は、いつものさわやかな笑顔だった。
 「涼宮さん、あまり気分が優れておられないようですね」
 まあね。昨日の夜、変なモノを見たから。
 「変なモノって・・・・・・ああ、ひょっとして彼と佐々木さんですか?」
 二人の名前、特に佐々木さんの名前を聞いたとき、私はイラっときた。

 SOS団員と文芸部の部員達も寝坊したらしく、食堂に入ったのはほぼ同じ時間だった。
 「おはよう、ハルにゃん」
 鶴屋さんは大きなあくびをしながら、挨拶してくる。その横にはみくるちゃんと国木田君が座っていた。
 優希と朝倉はあたしたちの隣の席、キョンと佐々木さんは――
 ”?”
 二人の姿が見えないことに、あたしは気づいた。
 「キョンと佐々木さんはまだ、寝てるの?」
 「いいえ。お二人は皆さんがたより早く起きてこられ、食事を済まされました」
 執事姿の荒川さんが答えてくれた。
 「二人はどこに行ったの?」
 「散歩してくると言われ、つい先頃出かけられました」
 「元気だね、あのふたりは」
 鶴屋さんが笑いながらそう言った。

 高校に入っても、中学時代の憂鬱な生活がさほど変わるとは思わなかった。
 ”この世の中に面白いことなんてあるのかしらね”
 あたしはすべてに退屈していた。部活も面白いものはなく、生徒の中にもあたしの興味を惹きつける
ような人間はいなかった。
 しかし、苛立ちの中で、あたしはアイツと――キョンと出会った。

 別に目を引くような、はっきり言えば、人並みの凡人顔のキョンは、最初に会ったときキョンがいた
潰れかけた文芸部同様、あたしの興味を引くような存在じゃなかった。
 しかし、キョンはあたしに、それこそ思考の大転換を促すようなきっかけをくれた。
 と、同時に、あたしは直感でキョンはあたしが作るクラブに不可欠な人間になると思った。

  だけど――

 キョンの横に常にいる存在――佐々木さん。
 キョンが最も大事にしている女性。

 そして、あたしの苛立ちの元。


 "だったら、お前が作ればいいんだよ。お前が面白いと思うような活動をするクラブを。人の敷いたレ―ルの上
を歩くんじゃなくて、お前自身がレ-ルを敷けばいい ”
 人が作ったものに対して、不満をいうだけのコドモだったあたしは、キョンのこの一言で目が覚めた。
 それはあたしにとって、衝撃的なことだった。
 不満があるならば、行動すればいい。探せばいい。なければ作ればいい。
 そういうことに気づかせてくれたキョンは、あたしが作ったSOS団には入ってくれなかったけど、古泉君や鶴屋
さんとも親しくなり、結果的にはSOS団との距離も近くなった。
 そのことは、あたしにとって楽しいことだった。

 だけど、キョンの横には常に佐々木さんがいる。
 二人は、恋人の関係だとは一度も明言していないけど、どう見たって恋人同士にしか見えない。
 二人の間にある強力な信頼関係。
 古泉君は、そのような信頼関係を持てる間柄であるのは羨ましい限りです、とあたしに話したことがある。
 あたしには、そんなに信頼できる親友を今まで持ったことがない。古泉くんが一番近いけど、キョンと佐々
木さんの二人の関係には遠く及ばない。

 正直、佐々木さんが羨ましい。

 二人の仲の良さを見せ付けられると、いつの頃からか、あたしは苛立ちを覚えるようになった。
 手に入らなかったおもちゃを、他の子供たちが持っていると何故か落ち着かない――そんな感じ。
 子供じみた感情は、あたしがまだコドモでしかないことの証なのかもしれない。

 鶴屋さんと仲がいい国木田君は、「キョンは佐々木さんのおかげで成長している」と鶴屋さんに言っていた。
 国木田君は、中学時代から二人のことを知っている。その国木田君が感心するほど、キョンは佐々木さんのおかげで
成長している。
 あたしはキョンのおかげで少しは先に進めたけど、何となく二人に引き離されていっている感じがする。
 置き去りにされたコドモ。二人に追いつけない。
 だから佐々木さんに苛立つ。

 キョンと佐々木さんの間にに入り込むのは不可能だと、みんなが思っている。
 だけど、そんなことはない、とあたしは思っている。
 あたしが作ったSOS団――今しかない高校生活を、あたしが生きる世界を面白く楽しくするためのクラブ。
 その中にキョンがいること。それはあたしにとって必要不可欠の要素である――そう確信している。

 その為にも――あたしは成長しなければならない。
 佐々木さんを超えなければ、キョンは手に入らないのだから。


 ”・・・・・・定外因子の発生――変動化界要因値上昇・・・・・・第17項―14項に伴う処置・・・・・
・潜在記憶保有素子者の希望により――不胎介入措置――実行。

 どうやら彼女が動き出したらしい。まあ、そうなるのは予想していたけど。
 ”契約”時、私はある条件を課した。それは”公平に、正々堂々と”というものだ。 
 彼女だけではない。彼と関わり合いができるほかの彼女達――その人達も排除はしなかった。
 逃げはしない。ごまかしもしない。正々堂々と戦って、彼を手に入れる。
 ”私”も忙しくなるだろう。だけど、誰にも邪魔はさせない。特に涼宮さんには、だ。
 つくづく面白いことになりそうだ。


 朝の浜風が、磯の香りを運んでくる。
 もう日差しは強くなっているけど、空気は心地よい。
 キョンと私は、朝食後散歩に出かけ、少し走って海岸まで足を伸ばした。
 一泊二日の短い旅行だったけど、この夏の日の、二人で見た花火の美しさは、私の記憶から消えることは
ないだろう。
 「今日で旅行も終わりか」
 「あっという間に時間が過ぎていったね」
 楽しい時は早く過ぎていく。思い出を胸に、少し名残惜しさを抱いて、私達は日常へ戻るのだ。
 「キョン」
 「何だ、佐々木」
 「機会があったら、またどこか出かけよう」
 私の言葉に、キョンは笑って頷いた。

 ”今度は君と二人だけで行きたいな”
 一番言いたい言葉は、心の中で、そっとつぶやいた。

 「お世話になりました」
 別荘のメイドさんたちに別れの挨拶をして、私達はマイクロバスに乗り込んだ。
 「それでは行きましょうか」
 新川さんが運転席から振り向いて、声をかけてくれた。

 私はキョンと並んで座席に座った。
 窓側の席から外に目をやると、美しい蒼い海と空が遠くまで広がっていた。
 真夏の夢のような幻想的な風景に、私は思い出を重ねる。そして願いをかける。
 私とキョンの未来が、この風景のように、どうか素晴らしいものになりますように、と。

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最終更新:2013年02月03日 17:34
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