69-x バレンタインな関係葛藤

 バレンタインとは日本国内のごく一部のイケメンがチョコを貰う日である。
 つまり俺には一切関係がなく、そんな非日常が俺の周囲を通り過ぎていくだけのいつもの日常に過ぎない………などと皮肉ぶっていた事態は過去のものとなり
 俺にとってもこの日が「チョコが貰える日」となってから早くも二年目をマークした。
 この点についてはハルヒ様々と言ってやるにも吝かではない……
 ……………
 ……

 そうだな。去年同様の俺なら、例によってハルヒの奴が企画したバレンタイン大騒動による疲労に身を委ねながらも
 とっくりと幸せオーラを感じてやっていただろうと思わないでもない。
 いや、実際俺は幸せオーラとやらに浸っている。
 そうだ。そのはずだ。

 なのに何故か俺は足早くその場を立ち去ろうとしていた。
 SOS団のメンツと別れ、駅前に停めていた自転車を回収するという俺任務に奇妙な焦りを感じていたのは何故だ?
 まさか、まだ思うところがあるってのか俺よ。だがそんな都合のいい、或いは酷く気分が……いや、そんな感情をわずらうような
 そんな都合のアレな事態など起こるはずなどないだろう。

 この二年を振り返れ。
 この二年、SOS団関連でも俺個人の用事でも、あれだけ何度もこの駅前を通りながらも俺がアイツとここで出会う事などなかった。
 あの春の大騒ぎ以外で、ここでアイツと出会う事など無かったはずだ…………

「やあ、親友」

 背中越しに、久々に聞いたよく通る声。
 そして俺はコイツと再会した。

 思い返せば中学時代に義理チョコをくれた我が学友
 ……いや、我が親友、けれど俺にはもうチョコをくれることなど無いであろうと薄々だが思わせる友達、そう、佐々木だった………
 ………………
 ……

 正直に言おう。
 俺は振り向くのが怖かった。
 ああそうとも、酷く身勝手だが、俺は「今こいつがどんな顔をしていて、どんな奴が隣に居るのか」が怖かったのだ。
 あの春の日に告白されたという男と、きっと付き合っているだろうと思っていたからな。

 そりゃそうだよ。
 佐々木は独特の思考パターンこそ持っているが、俺の友人には勿体無いくらい良い奴だし
 古泉曰く、十人中八人が振り返るような美人なんだ。
 そりゃ告白くらいされるさ。

 けれどそれでもこいつは「佐々木」だと思っていた。
 性別を超越した、そんな奴だとな。

 だが、こいつはあの春の日、告白されたことに迷っていると言った。

 俺が想像もしてなかった…………いや想像することを避けていたのか?
 俺は佐々木を「普通の女子」だと思いつつも、それでも……そんな俺の貧弱極まりない想像の埒よりも、ずっと佐々木と言う奴が「女の子」だったと知った。
 ほんの少し思い返せば、中学時代のあの「雨の日」に佐々木自身が言っていたように、だけどな。
 こいつはやはり生物学上は女で、そして……。
 当たり前のことなのだがな。

 そして俺はあの春の日、あの騒動で「ハルヒを選んだ」。
 その形はどうあれ俺は選んだ。
 選んだんだ。

 そして佐々木は何かを吹っ切るように、あの凛とした背中だけを見せて立ち去って……それきり俺との接点をなくした。
 結局、中学の同窓会にも顔を見せなかったし
 俺はその事を深く追及しなかった。

 ……きっと佐々木は、俺に会うのが嫌なのだろう……そう心のどこかで捉えてしまっていた。

 酷く自分勝手でナルシストが入った思い込みかもしれない。
 思い込みだろう、と思いたい。

 けれどあの春の事件を、佐々木自身が言ったように「俺が知らない部分を想像する」なら
 あの事件が「どのような意味合いを持った事件だったのか」と想像することくらい俺にだって出来るんだよ。残念ながらな。

 だから佐々木は俺と会いたくないのだろう、と思い始めていた。
 だから今度会う時があるとしたら、佐々木は、今度こそ、本当に「普通の女の子」になっているのだろう、と……………
 顔も知らない「誰か」と一緒にいられるような「女の子」になっているのだろうと……

 そう思うと、曰く言い難い感情を覚えちまうんだ。
 特にこんな「男と女」の日、バレンタイン・デイなんてイベントにあっては否応なしに考えさせられちまう。想像をしてしまう。
 あの春の大騒動で他ならぬあいつが言ってくれたように「俺の知らないあいつの姿」を俺は想像する。
 全てを知るコトなんて人間には出来やしない。
 だから想像が俺の認識を補おうとする。

 あの雨の日のように、あの春のように、ゼリーのような沈黙が俺を包む。
 悪いか? ああ、悪いのだろうな。
 けれど避けがたいんだ。
 俺は平凡だからな…………
 ………………
 …………

「……キョン、どうしたんだいキョン?」
「ああ、悪い」
 沈思黙考に数秒沈み込んでいた俺だったが、肩越しの声に思わず振り向く。
 中学時代にいつもそうしていたように
 振り向いてしまった。

「………どうかしたのかい?」

 その先に居たのは、あのいつか見た制服の冬服バージョン……? を着た佐々木だった。
 俺が良く知っている……と思う……佐々木だった。
 そりゃ少し背が伸びて大人びてはいたが。

「やあ、キョン」
「よう、佐々木」
 俺が知っている佐々木だった。

 それから。

 その場で、いや正確には通行の邪魔をしないよう道の片隅に移動してから……いつかのように四方山話をし
 いつかを思い起こすような四方山話をして、そして、俺達はまた別れることにした。
 この駅前公園は境目だからな。

 あっちの道が佐々木の道、佐々木がゆくべき塾への道であり
 そして俺が帰るべきは、そのちょうど反対側にある俺の家に続く道、あいつと正反対の道なのだから。
 だから俺達は背中を向け合って、そして

「なあ、佐々木」
「キョン」
 俺の言葉を珍しく遮って、背中を見せたまま言った。
 いつか見たのと同じ、背をぴんと伸ばした、凛とした背中を見せてあいつは言った。

「最後に、キミが聞きたがったであろう事を言おう。僕一流の自己完結した身勝手な思い込みかもしれないがね」
「何のことだ?」
 俺の韜晦を聞き流し、佐々木は端的に言った。
「僕には今、今日と言う記念日にチョコレートを渡すような男女関係と言うものはない。キミを含めてね」

「くく、色気がない話かもしれないがね」
「……そうか」

「俺も範囲外か。そりゃ残念だな」
「くっくっく」
 気安く返してやると俺の耳朶に向けて独特の笑いが返ってきた。
 懐かしくも耳慣れた、佐々木得意の笑い声。
 俺が知っている、佐々木の声。

「涼宮さん以下、SOS団とやらの方々にたっぷりと頂いているんだろう?」
「俺は平凡な高校男子程度には強欲だからな」
「くく、そうかい」

「……くく、そして僕もね、平凡な高校女子程度には疑い深いのさ」
 意味のわからない事を呟く。

「ここ一年で思うに、僕は確かにあの馬鹿げた事件からは解放されたらしい。けれどね」
 背中を向けたまま佐々木は呟くように言う。
 まるで自分自身を嘲弄するように。

「僕に寄って来る人が、同様な関係者なのではないかな? とつい疑ってしまう程度には思うところがあるのさ」
 俺はついこいつの言葉の裏を想像してしまった。いつかこいつ自身が言ったように。
 こいつが端的な言葉に込めた感情を想像してしまった。

『そんな風に邪推してしまうのさ……情けないね』と

「佐々木」
 俺は何かを言おうとした。……けれど言葉が続かなかった。
 俺だって、高校入学後に寄ってきた人達に、少なからず「関係者」がいたのだから。
 ましてや佐々木は、その感情が何らかの影響を与えるらしい、ハルヒに近しい候補者、そう「器候補」だったのだから。
 そして「関係者」が全員善意、という訳ではない事くらいとっくに知っている。

 何? 佐々木は解放されただろうって?
 他ならぬ佐々木自身がそう言っていただろうってか?

 バカを言うなよ。
 佐々木はな、四年近くも我知らぬうちに橘一党に監視されてきたんだぞ。
 周囲の状況は「察する」しかないんだよ。その上でだ、橘以外の組織が居ないとお前は断言できるのか?

 それに佐々木の持つ特殊性、そう「器」だったか?
 アナザーな特殊能力者、未来人、宇宙人、橘・藤原・九曜が大騒ぎしたという今回の一件は
 佐々木の持つ特殊性なら「ハルヒの能力を移せる可能性を秘めている」という事を実証したようなものだったんだぞ。

 そんな存在をわざわざノーマークにするバカな組織が一体何処の世界に居ると思うんだ。

 橘一党が解散しようが、藤原が消えようが、九曜がどっかに失せようが、佐々木の能力が失われたと誰が言おうが。
 そもそもハルヒの能力自体が未だに未知数なんだ、何がどう転ぶかなんて誰にもわからない。
 そんな中、貴重な「元・神候補」をノーマークにするバカがどこにいるんだ。

 古泉の……いや、古泉が、か? 率いるという「機関」が示しているように、この一件には既にバカでかい金まで動いているんだしな。
 可能性がある限り、きっと「関係者」は日常に帰ることなどできやしない。世の中それだけ心配性が多いんだ。
 俺達は「佐々木が解放された」と想像したが、それはあくまで「想像」でしかない事を忘れるな。
 推測は推測であり、可能性がある限りマークはされ続ける。

 ハルヒの力が存在し続ける限り、それを利用しうる、佐々木と言う「可能性」もまた必然的に監視対象で在り続ける。

 そしてそれを狙う奴が佐々木に近寄ってくるとしたら、そいつはどんな手段を使うと思う?
 どんな顔をしてあいつに寄って来ると思う?

 佐々木と言う奴がどこまでも「考える奴」なのだってことくらい知っているだろう?
 そんな「可能性」くらい、あっという間にたどり着いちまう奴なんだよ。
 俺より万倍出来た奴なんだからな。

 だからきっとあいつは考えるだろう。
 自分に近付いてくる者の素性を考えるだろう。
 そして、考えなくてもいいことまで考えちまうだろうさ。
『自分への好意を疑うなんて、他人を信じきれないなんて、自分はなんて情けないんだろう』ってな。

 ……そうとも。こいつは俺なんかより万倍も人がいい奴だからな……。

「キョン」
「……何だ」
「全てが終わったら教えて欲しい」
「……ああ」

「ああ、誤解はしないで欲しいな」
 思考ループし生返事を返す俺に背中を向けたまま、佐々木はくすくすと笑った。
 いつか、あの春の日のように。

「誤解は、困るよ。……だからと言って僕は別に不満がある訳じゃないんだ」
 背中を向けたまま、それでも笑い声を届けてくる。

「僕はねキョン。別に不満がある訳ではない。むしろ……そうだね、僕には中学時代にこうありたいと願った姿がある、望みが、未来がある。
 高校時代から新たに願った望みも、ありたい姿もある。それと現状は合致しないでもない。
 だから現状に不満などある訳が無いんだ」
 くすくすと、笑う。
 笑ってくれる。

「ただ知っておきたいだけさ。ただの邪推なのだと思う。けれど思考を制限されるのは嬉しい状況とは言いがたい。
 自分勝手な思いこみからは早く解放されたい、……だから関与の可能性の終わりを知りたい」
 何事もない風に笑いながら佐々木は告げた。

「僕だって僕のオリジナルでいたいくらいには自分への愛着があるのさ。これでもね」
「そうかい」
 だから俺も何事もなく返す。
「解ったよ佐々木。必ず、な」
 必ずだ。

「ん。期待しているよ、僕の親愛なるキョン」
「任せとけ。我が親愛なる佐々木よ」
 冗談めかして言い交わすと、またくすくすと笑いだした。
 お前はホントに笑顔のストックが多いな。少し分けてくれると助かるんだが。

「そうかい? ならいつか、ね」
「ああ。いつか、な」

「じゃあ僕は塾があるのでね……あー、」
 それから佐々木は右手を少しだけ挙動不審にさせて、けれどやっぱり振り返らぬまま言った。
「ああ、そう、話が、……話が出来て、嬉しかったよ。キョン」
 それきり、いつかと同じ背中を見せて立ち去ろうとする
 いつかと同じように、さよならも言わない。

 今度は具体的な再会なんか約束しない。
 俺とこいつが深入りすれば、また何かが起こるかもしれないから。だから再会の約束なんかできない。それくらいとっくに解ってる。
 だから俺は言葉を投げた。そのくらいしか思いつかなかった。

「ああ、……またな、親友!」
 それきり、振り返ることも返事を返すこともなく、けれど凛とした背中を見せて。
 いつかまた出会うときも、きっと変わらない言葉を俺に告げる。そう高々と背中で宣言しながら、佐々木はまっすぐに反対側に歩いていった。
 俺がゆくべき道と正反対の、あいつ自身の日常へ向かって。

 けれど道が正反対なら、またいつか出会えるってことだからな。忘れるなよ佐々木。
 お前ならとっくにわかってるはずだ。だから約束なんかしてやらん。
 何せ俺は面倒くさがりだからな、不要な事はしてやらん。
 する必要なんて、これっぽっちも必要ないのさ。

 だから俺もまっすぐに正反対に歩いていった。
 この丸い地球を正反対に、俺の家へ、俺の日常に向かって、な。
)終わり
Part69 バレンタインな関係葛藤』

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最終更新:2013年05月08日 00:22
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