69-x カップル盛り

 思えば、現代と呼ばれる時代は若人に恋をすることを奨励してはいないだろうか。
 青少年向創作物にありがちなのは昔からだが、サービス業においてもそうした例を見かけやすくなった。
 これをして「独り身は肩身が狭い」と言った者もいれば、男女二人組にとっては生き易い世の中だと言った者もいる。
 カップルというものには、世間様が恩恵を与えてくれたりもする。そんな話だ。
 そう、それは例えば・・・

「くく、そう。故にこうして僕らが差し向かいで焼肉を食べるという展開に至ったりもする訳だ」
「佐々木、喋ってばかりだと肉が焦げるぞ」
 佐々木と二人、大学通りからやや外れた焼肉屋で「カップル盛り」とやらを頂く。 
 提案者は大方がお察しの通り佐々木だ。

 俺と佐々木がカップルかはさておき、大学生の懐具合には若干だが嬉しい価格帯に設定されていたのは間違いない。
 そこで男女二人という性別上のメリットを活かし、連れ合ってご来店してみたわけだ。
 このように
「このように、男女二人組には何かと世間様がサービスを用意してくれているものだ」
 続く「使わないのは損だよキョン」という言葉は省略されたらしい。

「くく、解ってらっしゃる」
「人のモノローグを読むな」
 俺のジト目はいつものニヤリ笑いに跳ね返された。

「しかし、カップル盛りか」
「確かに」
 何がだ。と返事を返すよりも佐々木の言葉の方が早かった。

「確かにね。カップル、つまり男女の食事とするには色気のない事この上ないのは認めるよ」
 人の語尾を奪いつつ、俺が乗せた肉をささっとひっくり返す佐々木である。
 ま、確かに肉をモリモリ食うような間柄というのは色気がねえな。
 相手を男、或いは女と認識してる仲での食事じゃねえ。

 などと思っていると目の前のニヤリと笑った目がこちらを覗きこんでいる。
 佐々木、もっと肉に注視しないと俺が全部くっちまうぞ。

「しかし昔からこうも言う。肉食と言うあけすけな食事をできるような仲、それはただならぬ仲だとね」
 肉を齧るという飾り気のない食事。
 相手に対し、飾らない関係。

 夫婦関係のように、相手が男、女である事を当然と認識した、更にその先の関係。
 性別に拘る関係ではなく、相手が「その人」である事が大事なのさ・・・
 そう補足を終えると佐々木は肉をぱくりと頬張った。

「物は言いようだな」
「くっくっく。なに万事そんなものさ。故に」
 故にカップル盛りってか。それより佐々木、白飯の追加するがお前はどうだ?
「くく、キョン」
「ん?」

「いや。では今の僕らはどちらの関係なのかな、と思ってね」
 片頬を歪める佐々木特有の微笑み。
 それをしばらく眺めていると、少しだけ困ったような笑みがかえってきた。

「キョン。スルーされた上に食事中の顔を見つめられるとさすがの僕も羞恥心を喚起されるのだが」
「いや」
 いつものように「冗談だ」が末尾につくものだと思ったものでな。
 誤解されては困るが、から始まる奴でもいいぞ。

「くっくっく」
 俺の言葉にいつもと同じように、いや、いつもと同じを装ったくすくす笑いを漏らす。
 佐々木、笑ってばかりいると肉を食い逃すぞ。
 男子大学生の食欲ナメんな。

「くく、仕方ないだろ。キミといるとどうも顔が笑い顔で固定されていけないね」
「そりゃ結構なことじゃねえか」
「そうかな」
 そうだろ? ・・・少なくとも俺は、もうお前のセンチメンタルな風情なんか見るのはご免だ。
「ふ、くっくっくっくっく・・・そうかい。では、親友。さっきの話は」

 まあ「冗談だ」や「誤解されては困る」のどちらでもないケースだろうが、俺の方は一向に構わんがな。

「え?」
「『冗談だ』佐々木」
「・・・・・キミはまた心根によくないところができたね。キョン」
 毎度と言えば毎度の事だが婉曲に言うな。意地が悪い、で十分だろ。

 こら佐々木、焼肉屋だというのにそうフグのように頬を膨らませるな。
 そういうのはな、そうだな、魚屋でやってくれ。
 値札は多少高くても俺は構わんぞ。
 どうせ俺の財布の中身くらいお前は把握してるんだろ?
)終わり

Part69-x 『カップル盛り』

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最終更新:2013年03月12日 01:49
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