69-67「佐々木さんのキョンな日常 体育祭その5~」

 妹のとんでもない発言で俺は咳き込んで、佐々木に背中を叩いてもらい、どうにか元に戻ったのだが、そこに長門がやってきた。
 「キョン君」
 如何した、長門。
 「実行委員会にクラブ対抗リレーの最終順番表を出すけど、このままで良かったよね」
 ああ、その順番で問題ない。SOS団の方も変更は無いと古泉が言っていたからな。俺達も変えるつもりはない。
 「わかった。それじゃ出してくるね…、あれ、シャミセンが来てるの?」
 妹が連れて来たシャミセンは、長門の姿を見ると、嬉しそうに擦り寄って来て、ニャアと鳴いた。
 長門が抱きかかえて、頭を撫でてやると、シャミセンは満足げにゴロゴロと喉を鳴らした。
 「ちょっと見ない間に大きくなったね」
 夏休みの終わりがけに、長門が我が家にシャミセンを見に来て以来だ。あの後から、急に太り出した。秋に合わせたわけじゃある
まいが。
 「それじゃ、ね。シャミセン」
 長門は妹にシャミセンを渡した。
 「また、お家に見に来ていい?」
 いつでも見に来ていいぞ。もとはといえば、長門の猫だからな。
 俺がそういうと、長門は嬉しそうに笑った。

 午後の競技も順調に進み、いよいよ俺達の出番、すなわちクラブ対抗リレーの時間が近づいてきた。
 「キョン、そろそろ行こうか」
 佐々木に促され、俺と国木田、そして朝倉は集合場所へ向かった。
 リレーの順番は次の通りである。

  国木田⇒長門⇒朝倉⇒俺⇒佐々木。

 ちなみに、古泉から聞いたSOS団の順番は、以下の通りである。

 谷口⇒朝比奈さん⇒鶴屋さん⇒古泉⇒涼宮。

 SOS団の最終走者が涼宮だと聞いた時、佐々木は真っ先に自分がアンカーをやると言った。
 「面白くなりそうだよ」
 そう言って、佐々木はくっくっくと笑った。やる気満々である。
 そういう俺も、負けたくはないという気持ちになり、皆で順番を考えることになった。

 谷口には国木田をぶつけたのは、普段体育の授業で一緒にやっていて谷口の能力を知っているからだ。
 谷口は案外運動神経はいい方で、国木田よりも走るのは早いが、そこまで差があるわけではない。勝てなくても大負けしなけれ
ばいい。次の走者である長門も、走るのは結構得意だそうで、長門に差は縮めてもらう。
 問題は鶴屋さんと涼宮だ。
 国木田の話によれば、鶴屋さんは頭だけではなく、運動神経も抜群だそうだ。どれだけ走るのか、未知数だ。
 最初、俺は長門と朝倉の順番を逆にしていたのだが、皆で考えた結果、朝倉を鶴屋さんにぶつけることにした。朝倉も走るのは
、クラスの女子の中で相当速いからだ。
 そして、涼宮。
 入学直後、学校のクラブに全部体験入部したという、佐々木並みの能力の高さに、むだに有り余っていそうな体力。
 正直、佐々木も苦戦しそうだが、ここは佐々木を信じてラストは任せる。
 「さあ、行くぞ!」
 第一走者の国木田に襷を渡して、俺達は手を重ね気合いを入れた。


 各クラブの第一走者が、スタート地点に並んだ。
 このクラブ対抗リレーに参加したクラブは16組。体育会系が14、文科系が2である。
 一応、俺達は当然だが、SOS団も文科系部になっているらしい。何をやっているかはよくわからんが、とりあえ
ず文科系にしておけという、生徒会の判断があったらしい。
 「それにしても、何よ、うちの学校の文化部は。軟弱ぞろいばかりなわけ?」
 涼宮があきれた様に言っていたが、この競技に、過去文化系のクラブは参加した事がない。俺達が初めてなのだ。
 まあ、文科系部の活躍する場は、この体育祭の後にある学園祭が中心なので、参加しないのは当然といえば、当然
であるが。文科系が参加する方が変わっているのだ。

 16組を二手に分け、8組づつ、400メートルのトラックを各ランナーは一周走る。その合計タイムが一番速いクラ
ブが優勝である。
 「なお、優勝したクラブには、特別予算を支給する」
 生徒会長が競技の始まる前に、こう宣言したものだから、俄然各クラブは色めきたった。
 「優勝はSOS団がいただくわよ!」
 涼宮はふんぞり返って古泉達に宣言していたが、あいつらが優勝しても、特別予算は降りるのだろうか?

 文芸部とSOS団は後の8組に入れられた。ちなみに前半のトップは陸上部(当然と言えば当然か)だった。
 運動部に混じり、文芸部とSOS団の襷を掛け、国木田と谷口が第一走者として並ぶ。
 「位置について」
 第一走者達がスタートの構えをとる。
 火薬の音と共に、一斉に走り出した。

 現在、谷口が5位、国木田が6位。4位から下は団子状態で、谷口と国木田の差は4メートル程だ。
 「計算通りだ」
 国木田は良く頑張っている。ゴール前で、谷口との差を少し縮めて、襷は長門に渡された。

 「それにしてもすごいね」
 佐々木が笑いながらそう言った。
 何がすごいかって?
 朝比奈さんへの、男子生徒への声援である。
 愛くるしい容貌に加え、まあ、その、ちょっと言いにくいが、いわゆる巨乳が目立つ朝比奈さんが一生懸命走る姿は
野郎共の保護欲を刺激したのであろう。すざましい大声援である。
 普段の俺だったら、その輪に加わっていたかもしれないが、今、俺が応援すべきはただ一人。
 「長門、頑張れ!!」
 大声援に負けじと、俺は声を張り上げた。

 長門の頑張りで、文芸部は一気に順位を3位に上げた。ちなみに朝比奈さんは5位のまま鶴屋さんに襷を渡した。
 朝倉の走る姿は見事だった。陸上競技をやっていたんじゃないかと思うくらい、フォームが決まっている。スピ
ードも速い。
 だが……

 鶴屋さんの能力にはある種のでたらめさがある。国木田が言っていたが、やはりこの人は規格外の存在だ。
 軽々と、という言葉がぴったり当てはまるような走りっぷりで、鶴屋さんは一気に前の走者を抜き去り、トップに
躍り出た。
 朝倉が懸命に鶴屋さんを追いかける。まだ、それほど引き離されてはいない。
 ゴール前、鶴屋さんから、古泉に襷が渡った。
 「キョン君!」
 少し遅れて、俺は襷を朝倉から受け取った。


 襷を受けて、俺は走り出す。朝倉のおかげで、古泉はまだ射程距離内である。感謝するよ、朝倉。
 古泉はなかなか冷静な走りを見せている。おそらく最後の直線距離100メートルで、スパート
をかけるつもりだろう。
 古泉との差はまだ縮まっていない。
 「キョン、頑張れ!」
 佐々木の声が聞こえる。
 あいつに古泉と並んで襷を渡す。それが最低限度の俺の役目だ。
 ラスト100メートル。
 古泉と俺は勝負に出た。

 「佐々木!」
 ただ、佐々木の名前だけを呼んで、俺は襷を渡す。
 笑顔で、俺の大好きな佐々木の笑顔で襷を受け取り、佐々木は走り出した。
 全く同じタイミングで、涼宮も古泉から襷を受け取り、勢いよく駈けだした。

 二人の走りはまるでカモシカが走る様だった。
 佐々木も涼宮も、駆け抜けるという言葉が当てはまる様な速さで、2位以下を大きく離してトラック
を走っていた。
 どちらも一歩もゆずる気配は無い。涼宮の走りは予想していたが、佐々木がこれだけ走れるのは予想
外だった。
 ラストの直線。
 俺は立ち上がり、ゴール前で声を挙げて佐々木を応援していた。
 「佐々木、頑張れ、後少しだ!」
 佐々木と涼宮が、同時に並んでゴールしようとした時、佐々木が何かにけ躓き、バランスを崩した。
 「佐々木!」
 俺は叫ぶと同時に駈けだしていた。

 「……助かったよ、キョン。ありがとう」
 俺の腕の中で、佐々木はホッとした表情でそうつぶやいた。
 佐々木が転倒したまま、ゴールする寸前、俺はなんとか佐々木の体を受け止めて支える事が出来た。
 「涼宮さんに負けたのは、少し悔しいけどね」
 結局、僅差で1位は涼宮だったが、佐々木はよく頑張ってくれた。怪我がなくて何よりだ。

 「アンタ達、いつまでイチャついているのよ!」
 1位を取ってご満悦のはずの涼宮は、何故か膨れ面をしている。良く分からん奴だ。
 「涼宮、お前の走る姿、すごくかっこよかったぞ」
 一瞬、虚をつかれたような表情になり、その後、なぜか俺から顔をそらした。
 「ベ、別にアンタに褒められる為に走ったわけじゃないんだからね!」
 その様子が少しおかしくて、俺と佐々木は思わず笑ってしまった。

 結局、このクラブ対抗リレーは、優勝はなみいる体育会系を押さえて、SOS団と文芸部が1位、2位
になるという、でたらめな結果に終わった。
 このことにより、SOS団と文芸部の認知度は、一気に高まる事となった。


 「なんだって俺達がそんなことをしなきゃならないんです?」
 クラブ対抗リレーの後、俺達文芸部とSOS団は、体育祭実行委員会に呼ばれ出向いたのであるが、何故かそこ
に生徒会長と、書記の――長門と朝倉の先輩で、喜緑さんという――姿があった。
 「なに、簡単な事だ。君たちはクラブ対抗リレーで見事に1位、2位を取った。その輝かしいクラブに、生徒
代表ということで、我々と前の方で踊ってもらいたい、ということなのだよ」
 ・・・・・・理屈にもなっていない。

 体育祭の最終プログラムは、全校生徒による創作ダンスである。
 これが中々しゃれていて、音楽は軽音学部が作詞作曲して、ダンスの振り付けは創作ダンス部が振り付けを
考案するという、生徒主体の創作活動を刺激する目的にもなっているのだ。
 しかも、軽音楽部が生演奏で奏でる歌に合わせ踊るという、かなり面白い試みなのだ。
 だが、まさかこんな話が持ち込まれるとは、全く想定していなかった。

 結局、俺達はその話を承諾した。
 涼宮と佐々木が乗り気だったこと、喜緑さんが長門と朝倉の先輩に当たるということで、断るわけにもいかな
くなったからだ。
 「全校生徒の前で踊るのかよ」
 「まあ、全員踊っているからね。生徒たちよりも、保護者や家族たちに見られると考えたほうがいいね」
 親も妹もまだ帰ってない。佐々木と俺の姿が母親のデジカメの餌食になるのは必定である。
 「君との写真なら、僕は何枚取られても構わないのだけど」

 体育祭最後のプログラム、創作ダンス。
 文芸部、SOS団、そして生徒会長と喜緑さんがステ-ジにあがる。
 ステ-ジには軽音楽部の部員たちがチューニングを行っている。
 コンピュータ研究部、略してコンピ研が彼女たち(言い忘れていたが、軽音楽部は女子生徒ばかりである)の
音楽をデジタル変換して、携帯やスマホ、デジタル音楽プレーヤ-に配信してくれていて、全校生徒はそれで練習
いるのだが、生演奏はまた違っているだろう。うまくいくことを祈る。
 うん?そういえば、創作ダンス部はどこにいったんだ?あいつらこそがステ-ジの立つべきじゃないのか?
 「ああ、彼らは怖気づいてね。全校生徒の前で踊るのは、今回は勘弁してくれとの申し出があった」
 意味ないじゃね-か!

 ダンスは二曲。一曲目は軽快さを感じさせるような、ダンスミュージックだ。
 ヘタレの創作ダンス部が考えた振り付けは、簡素だが曲に合わせて踊りやすいようにできている。
 二人一組で踊り、曲が進むに連れ、パートナーは次々と入れ替わる。
 俺も涼宮や長門、朝倉や朝比奈さんたちと踊り、そして佐々木と踊った。
 谷口は朝比奈さんと踊れて、顔がにやけっぱなしだった。夏休みに彼女だと自慢していた九曜に写メ-ルで送り
つけてやってもいいが。
 国木田は鶴屋さんと、古泉は涼宮と踊れて実に嬉しそうな表情をしていた。

 ノリがよく、おおいに盛り上がった一曲目とガラリと変わり、次の、そして体育祭の最後を飾るのは、軽音楽部
の部員たちが一番気に入っているというバラードだった。
 「なかなかいい曲だよ。音もいいが、詞も気に入った。僕はあまり詞を気にかけないことのほうが多いのだけどね」
 日頃洋楽を中心に聞いている佐々木が、褒めていたが、俺もいい曲だと思った。
 俺は佐々木と手を繋ぐ。プログラム最後の始まりだ。

 ”きっかけはありふれたもの 何気ない日々の中で 僕は君と出会った さりげなく言葉を交わした ”
 ”それが全ての始まり 君と僕との物語 君といるありふれた でも宝物のような日々 小さな宝石 ” 
 ”夜空に煌く星から見れば 僕達の時間は一瞬の閃光 だけど僕らの思いはすべてを照らす     ”
 ”君と手を繋ごう ふたりのこの手で未来を紡ごう 時空の翼で僕等は飛び立つ 時の彼方へ・・・・・・ ”


 軽音楽部の渾身の演奏が終わり、気がつくといつの間にか俺と佐々木はステ-ジの中央にいた。
 一曲目と同様、パートナーは次々と入れ替わったが、曲の最後で俺は佐々木と手をつないでいた。

 全校生徒から、割れんばかりの拍手と歓声が上がった。
 その喧騒の中で、俺と佐々木は、お互いの手を握りしめていた。

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最終更新:2013年03月03日 02:13
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