69-42『LOVE IN VAIN』

その頃。
「(結局なんだったのかなぁ、あの指令。)」
みくるは、昨日の指令を反芻していた。
『涼宮ハルヒを連れて、光陽園駅前を歩け』
それが指令だった。結局、いたのは長門だけ。長門の悲しそうな目は、未だに焼き付いている。
ハルヒが長門に声をかけ、SOS団三人娘で近くの喫茶店で話し、軽食を摂る事になった。
ハルヒは、わざわざ緑茶を頼み、「みくるちゃんの入れたお茶のほうが美味しい」と、クレームを入れ………長門は大盛りのカレーライスを平らげ…………楽しく、暖かい時間を過ごした。
もうすぐ、こんな時間も終わる。だからこそ、皆で一緒にいたい。そんな自分の気持ちを酌んだ指令だったのかも知れない。
みくるは、放課後にハルヒに美味しいお茶を入れてやろうと思った。

同時刻。未来では同一人物が頭を抱えていた。
「……………か、過去の私ながら、アホ過ぎるわ……………!」
あと、たったの10メートル。たったの10メートルで、ハルヒが世界を再構築していたはず。
「……………どっちにせよ、私達には規定事項がある。行動は丸わかりよ、キョンくん…………。」

放課後。
「キョンも、有希も、どこ行ったのかしら?」
団室にはハルヒのみ。古泉は昼休みに階段から落ちて、病院に行っている。
「携帯にかけました?」
「かけてるけど、通じないのよね。……………もう。」
やがて飽きたのか、ハルヒはみくるのお茶を口にする。
「…………ああ~…………これよね~…………」
笑顔でみくるを見るハルヒ。ほんの一年半前とは、別人のような柔和さだ。たまに来るセクハラは勘弁願いたいが。
「うふふ。喜んでもらえて、何よりです。」
みくるは、膝の上に乗せた毛糸を使い、編み物を始める。
皆に手袋を作りたい。
自分がいたという、証を残したいという思いからだったが、予想以上に早く出来てしまい、目敏く発見したハルヒに奪われ、早くも分配された。
なので、これは自分用。皆と同じ柄の手袋。未来に帰ったら、指令をしている人にもあげられたらいいな。
それから、二人は女の子同士の内緒話をした。
ハルヒは終始機嫌良く、みくるも笑顔で話し相手になる。二人にとって、最高に楽しい時間だった。
いつか終わるという、寂しさも胸に残して…………。


同時刻。
「……………おかしい。何故キョンは電話に出ないのかしら。」
佐々木は、キョンに電話をしていた。理由などない。ただ、声が聞きたかっただけだが………。
「(忙しいだけかな?)」
佐々木は電話を直すと、塾へ向かおうとした。
「佐々木さん、かしら?」
佐々木は声がした方向を向く。そこにいたのは、大人の色香を匂わす女性だった。
「…………あなたは、確か…………藤原くんの……………」
「………………………ええ。キョンくんについて、お話が。彼が今、長門さんに拉致されているのを御存知かしら?」

公園のベンチに座る。
「……………説明してもらいましょうか?」
佐々木がみくるに詰め寄る。
「言葉の通り。キョンくんは、現在長門さんに拉致されているわ。
……………まぁ、貴方がキョンくんの想いに応えたせいなんだけど。」
…………ブラフだ。佐々木は、直感的にそう感じた。
「信じる信じないは勝手だけど、実は長門さんは以前、涼宮さんの力を奪い、世界を改変していましてね。
今回…………キョンくんの想いを知り、同じ事をしないとの保証がないのよ。」
「…………それは、長門さんがキョンを好きだという事ですか?」
みくるは、佐々木を冷たい目で見る。
「知らなかった?意外とモテるのよ、キョンくん。涼宮さん、長門さん、過去の私…………鶴屋さんもかしら。この四人は、多分キョンくんが選んでいたら、皆、多分想いを受け入れているわ。」
「へぇ。…………私には関係ない話ですね。キョンは私を選んだ。キョンは、ああ見えて強情です。一度選んだ相手を裏切る真似はしないでしょう。」
二人の間に火花が飛び散る。
「話を聞いていたかしら?長門さんには、その思いを上書きする事だって出来るのよ。
あなたとの思い出を、長門さん自身との思い出に摩り替える事も。」
「それは最悪の可能性でしょう?長門さんには長門さんの思惑があるのかも知れない。」
そう言いながらも、佐々木は身を切るような苦痛に苛まされた。
「どうでしょうね。……………佐々木さん。長門さんって、そんなに信用出来る?あなたと付き合い始めた途端に、キョンくんを拉致するような人よ?」
「………………………」
「私は、あなたの味方よ。キョンくんを長門さんに渡すわけにはいかないの。…………ね?」
みくるの表情を見て、佐々木の心は、確かに揺らいだ。しかし……………
「……………キョンに代わって言います。」
「何?」
佐々木は、一息吐くと、みくるに言った。

「くそったれ。」


「なっ……………!」
面食らったみくるが、目を白黒させながら佐々木を見る。
「キョンは、長門さんを自分より信頼している、と言った。…………なら、私は長門さんを信頼する。
その長門さんを、貶められたと聞いたとしたら、キョンなら私に『くそったれと伝えろ』と言うでしょうね。」
知ってか、知らずか。佐々木の言葉は、処分されつつあった長門を救うべく、キョンが情報統合思念体に向けた言葉と同じであった。
「………………………。わかりました。また会う事もあるでしょう。…………その時、また同じ事が言えるか…………。楽しみにしています。」
みくるは、立ち上がると佐々木を見た。
「あなたの我が儘が、ひとつの未来を消し去る可能性があります。………そこを忘れないで。」
立ち去るみくるの背に、佐々木はひとりごちた。

「…………くそったれ。」

自分は、自分達は、逆らうと決めた。しかし。いざそうなる事を言われたら…………やはり、双肩にずしり、と重さが来た。
気弱になる心…………。キョンに会いたい。声を聞いて安心したい。不安で仕方ない心を、抱き締めて落ち着けて欲しい。

「キョン……………君の声が聞きたいよ…………。」

虚空に響く、佐々木の声。愛は、人を強くする。しかし。同じだけ人を弱くする。
下を向いて、歯を食い縛り、佐々木は嗚咽を洩らさないように小さく泣いた。

To Be Continued 『LOVE IN VAIN』 SIDE YUKI.N

タグ:

+ タグ編集
  • タグ:

このサイトはreCAPTCHAによって保護されており、Googleの プライバシーポリシー利用規約 が適用されます。

最終更新:2013年03月03日 03:11
ツールボックス

下から選んでください:

新しいページを作成する
ヘルプ / FAQ もご覧ください。