69-146『浸食』4

「佐々木さん……」
橘さんが、私の胸に顔を埋めて泣いている。
「それでいいのですか?!佐々木さんは、それでいいのですか?!」
いいはずがない。でもね。
「私のエゴの為に、誰かが消えるなんていうのは嫌よ。」
これは、本心。そして私のつまらない矜持。

私は選んだの。橘さん。たとえ仕組まれた事だろうと、全力で足掻くことを…。

――――――――――――――

何者かの卑劣な罠が、佐々木さんを追い込んだ。

組織の後ろ楯もなにもない今の私に、何が出来るか。でも……
大好きな佐々木さんの笑顔を曇らせた、黒幕を必ず突き止めてみせます。
突き止めて、必ず笑顔を取り戻してみせます。
私には何の力もない。お荷物かも知れないのですが。だから……

「佐々木さん……泣かないで欲しいのです……。」

――――――――――――――

僕がここにいる理由。それは、詳しくは禁則になるのだが、とある人物からの依頼だ。
『佐々木に協力しろ』
生憎とTPDDに狂いが生じ、24時間座標がずれた。
その間に、姉さんは佐々木と接触していたようだ。未来に擦れが生じ、指示を仰ごうにもノイズが入る。
依頼人のいけ好かない顔が浮かぶ。
『後はお前の裁量に任せる』
それが最後の指示。
結末は既に知っている。佐々木が現地人の記憶を消し、暴走した情報統合思念体のインターフェースが、佐々木の記憶を抹消した。
記憶を失った二人は、重なりあう事なく生きていく事になる。
現地人は、涼宮ハルヒと。佐々木は…僕の知らない誰かと。

依頼人が、望むはずのない事実だ。

「(怨むぞ、お前。帰ったら存分に殴らせろ。)」

僕は依頼人……あの気に食わない男を思い浮かべた。姉さんの恋人にして、あの……


翌日。

ハルヒも何とか落ち着きつつあった。
渡橋が、ハルヒの話し相手になり、少しずつ納得していっているようだ。
俺達は、それを見て心から安堵した。

ハルヒは、もう自分の思い通りにならない世界を変えようとはしない。

渡橋は、ハルヒの無意識だ。ハルヒは、無意識に俺の思いを理解してくれている。古泉も朝比奈さんも、ハルヒに前よりもフランクに接し、長門もまたハルヒに積極的に接した。
俺もそうだ。ハルヒと今まで通りに接し、ハルヒも今まで通りに返す。
「土曜日、不思議探索はどうする?」
「そうねぇ。佐々木さんには悪いけど、あんた強制参加よ?」
団室に笑いが木霊す。
閉鎖空間も出現していない。本当に良い傾向だ。

ただ。俺は理解していなかったと言っていい。

ハルヒは『佐々木がいるから』納得していただけに過ぎなかった。
仮に佐々木が居なければ。全ては元の木阿弥となり、ハルヒは再び力を行使する。その理解だ。

「全ては規定事項よ、キョンくん……
佐々木さんが、あなたの記憶を奪った時点で、あなたは涼宮さんのものになる。」

朝比奈さん(大)が、そう呟いていた事。それは理解しようがない事だったが。

それよりもこいつが俺に接触してきたのは、まさに予想外だったとしか言えない。

「や、やっと会えたのです……」

橘京子。
あの組織とやらの一員だ。

「どんだけ情報にディストーション(歪み)を重ねてるんですか!諦めて帰ろうと思ったですよ!」
ディストーション?
「歪みですよ!情報統合思念体のせいでしょうけど!」
「知るか!」
とはいえ……最近、朝比奈さん(大)が接触してこないのは、長門のおかげか?
「悪いんですが、接触させてもらうですよ!じゃないと情報がジャミングされて、私にはあなたの姿が見えなくなるのです!」
橘は、俺の袖を掴む。こ、こいつは何の罰ゲームだ!
しかし、こいつが来たとなると、佐々木に芳しくない事が起きるか、俺に芳しくない事が起きるかの二つだろう。

「わかった、わかった。喫茶店にでも行くぞ。」
「分かりました。」

結論から言おう。やはりこいつは馬鹿だ。
しかし。こいつみたいな馬鹿が佐々木の近くにいるのは、実に心強い。

後に長門から聞いた、最悪のシーケンスパターン。
そこにこの馬鹿は不在だった。長門は敢えて語らなかったのかも知れないが。
後に考えると、この時から運命は動き始めたのだ。

END

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最終更新:2013年03月03日 03:51
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