69-452「佐々木さんのキョンな日常 学園祭その7~」

 学園祭の一日目はとりあえず、こんな感じでおわり、俺と佐々木は一緒に下校していた。
 もうすぐまた季節が移り変わる時が近づいている。日の暮れるのが随分早くなった。
 俺は佐々木を家まで送ることにした。

 「それにしても、学園祭はなかなか面白かったね。結構みんないろいろ考えて、一生懸命やっていたし」
 そうだな。最初はどんなものになるかな、と思っていたんだがな。俺たちの文芸部誌も捌けたしな。やってみて良かったよ。
 「文芸部にとっては一つの段階を超えた感じだね。次のことも考えなければならない」
 確かにな。長門たちと次の活動を相談しなきゃならんな。
 「今日参加して、あらためて思ったよ。何か目標を持って、それに向かって努力し行動することは素晴らしいことだ、てね」

 「それじゃ、キョン。また明日よろしく」
 ああ。明日朝から迎えに来るからな。
 佐々木の家の前で別れ、俺は道を引き返す。今日は佐々木の母親は家にいるようだ。
 一人で歩く帰り道は静かで、秋風の音がやけに大きく聞こえる。
 俺の隣に佐々木がいること。当たり前のようでいて、当たり前じゃない、二人の何気ない、でも大切な特別な時間。
 願わくば、その時間がずっと続きますように。

 ”?”
 いつもの帰宅コ-スを外れ、途中本屋に寄り、雑誌を購入して自宅に戻っていたとき、俺は足を止めた。
 ”古泉と・・・・・・それに、あれは橘京子?”
 宵闇であまりはっきり見えないが、街灯の光に浮かび上がった横顔は、間違いなく古泉と北高で会った橘だった。
 古泉の表情は爽やかスマイルではなく、俺にいつか見せた真剣な表情だった。
 二人がいるのは、小さな公園だった。
 ”なにを話しているんだ?”

 正直、今の俺の行動はあまり褒められたものではない。友人の会話を盗み聞きするのは良くないことである。
 小さな公園ながら樹木は多く、二人の会話が聞き取れる距離にまで近づいても、俺の姿は全部隠れていた。
 俺の良心がとがめたが、好奇心が優ったのである。

 「元気そうでなによりだわ、古泉さん・・・・・・やっぱり苦手、この呼び方は。昔の呼び方でいいかしら、一樹さん」
 「構いませんよ。名前で僕のことを呼ぶ人は、今の僕の周りにはいませんから、久しぶりにそう呼ばれると、少し
違和感は残りますけど」
 「ならば、私のことも昔みたいに京子、て呼んでほしいな。あなたから『橘さん』と呼ばれるのは、私も違和感が
あるから。それにその敬語でしゃべるのも、私たちのあいだでは無しにしてもらいたいわ」
 「今じゃ、この喋り方に慣れてしまったので、変える方が苦労しますね」
 「会わない二年の間に随分変わったのね。あなたのお友達の涼宮さんの影響かしら」
 「なぜ、涼宮さんのことを?」
 「転校先で友達になった周防さんの彼氏が、あなたの中学時代のクラスメ-トで、あなたと涼宮さんのことを話してくれたの」

 谷口から橘は古泉と涼宮のことを聞いていたらしい。人間、妙なところでつながるものだ・
 「少し妬けるわね。その涼宮さんに。一樹さんをここまで変えるなんてね」

 「婚約者の私としては、本当に複雑な気分になるわ」

 俺は橘が言った言葉を頭の中で反芻する。
 婚約者?橘が古泉の?どういうことだ?

 「親同士が勝手に決めたことだけど、私は嬉しかった。小さい頃からあなたとは兄妹みたいに育ってきたわけだし、
あなたのことが好きだったから。でも、あなたは自分の未来を、たとえ自分の親でも決められるのが我慢ならなかった。
だから、あなたはあの家から離れた。あなたの才能なら、一人で暮らすのも簡単なことだし、実際今は一人暮らしでしょう?」
 「ええ。気楽なものですよ。あの家にいたら息が詰まっていましたよ」
 「おじ様もあなたの成長のためになるとかおっしゃられてたけど、私は寂しかった。もう帰ってこないんじゃないかと思った」
 「正直帰るつもりはあまりありませんよ。僕は今の生活が気に入っているので」

 橘が小さく笑った。
 「そう言うだろうと思って、私もこちらに転校してきたの。一樹さん、ひとつだけ大事なことを言うわね。私はあなたを涼宮さんに
渡すつもりなんて、毛頭ないから」



 次の日。
 あのあと、しばらく古泉と橘はその公園にいたようだが、俺は途中であの場を去った。
 古泉の婚約者と名乗った橘京子。あいつは古泉が涼宮に思いを寄せていることを知っていた。その上で堂々と
「渡さない」と宣言した。
 ”なかなか大胆な奴だ”
 しかし、古泉――お前は何者なんだ?
 家を出て一人暮らしをしている。橘の話ぶりじゃ、あいつの家は相当の資産家のようだ。そこが嫌で出て行った。
 謎だらけだ。ただ、橘が古泉を追ってきたことにより、あいつの実体の一部をつかめた。
 ”そういえば”
 昨日、佐々木と一年九組の教室にいき、その後、教室を出るときに古泉の表情がいつもと違って見えたのは、橘が
来ていたせいではないのか。あのあと、俺達は橘に校舎内で会うことはなかった。おそらく、俺たちより前に古泉と
橘は再会していたのだろう。
 これから先、何となく事態は複雑な事になるような、そんな気がした。

 朝から佐々木を迎えに行き、それから俺達は北高へ向かった。
 北高の学園祭は二日間。準備期間は長いものの、祭りはあっという間に終わる。
 「それはすべてのことに当てはまると思うと、キョン。仕事だってなんだって、結果に至る過程が重要な要素であり、
実際行動してみると、あっと言う間に時は過ぎていくのだから」
 何事も毎日の積み重ねが大事なんだな。
 「そのとおりだよ」

 俺たちの教室にくると、そこで俺は意外な人物に出会った。
 「おお、キョン。元気にしていたか」
 でかい声と体格。中河である。
 まあ、元気だ。よく来たな。
 「うむ。朝倉さんに招待されてな」
 実に嬉しそうだ。

 「キョン君、佐々木さん」
 その朝倉が俺たちに声をかけて来る。
 「突然だけど、二人でこれに出てくれないかしら。生徒会主催の行事なんだけど」
 朝倉が持ってきた用紙には、「生徒会主催・ベストペアコンテスト」と大書きされていた。
 『自薦、他薦は問いません。友人、恋人、相棒、そんな枠にこだわらず、二人でいる事が最もふさわしいと思われるペア
のコンテストを行います。なお、クラブ推薦が優勝した場合、そのクラブは特別予算が加算、自薦優勝者には、個別に記念
が渡されます』
 「喜緑先輩から渡されたの。多い方が盛り上がるから、出場出来る人に声をかけて欲しい、て」
 「出てもかまわないけど、朝倉さんは出ないの?中河君と出ればいいじゃない」
 俺が返事をする前に、佐々木が答えていた。
 「え、あの、それは・・・・・・」
 思いもかけぬ佐々木の言葉に、朝倉がうろたえる。
 「いや、キョン、佐々木。俺は北高に来るのは初めてだ。そんな人間が朝倉さんとこう言う行事に出るのは、朝倉さん
に失礼というものだ。お前たち二人が出るのは当たり前だが、俺はそうじゃない」
 なかなか筋が通っているが、何で俺たち出るのが当たり前なのかね、お前の認識は。

 「それじゃ、私は中河君を案内してくる。文芸部推薦でキョン君と佐々木さんの出場申し込みを出しておくわね」
 朝倉は中河を連れて、教室から出て行った。美女と野獣(熊だな、ありゃ)がならんで歩く様はなかなか絵になる。
 「そういえば、SOS団は出場しないのかな。涼宮さんと古泉君のペアはいいと思うのだけど」
 佐々木の言葉を聞いて、俺は昨夜の古泉と橘のことを思い出す。一体どうなることやら。
 「ついでに国木田と鶴屋さんも出ればいいんじゃないか。あ、でもその場合、優勝商品はどうなるんだっけ」
 「文芸部とSOS団で半々かな」

 そんなことを話しながら歩いていると、渡り廊下のところで、ばったり谷口に出くわした。横には周防九曜、そして、
その横には橘京子がいた。



 「昨日はお世話になりました。おかげで、古泉さんとも会えました」
 橘は俺たちに頭を下げて、お礼を言った。
 「それは良かった。古泉も喜んだろう」
 我ながらよく言うよ、と思いながら、素知らぬ顔で俺は橘に聞いてみた。
 「ええ、とても」
 橘は本当に嬉しそうな笑顔で答える。

 「ところでよ、キョン。話はかわるんだが、お前、これに出ないか?」
 谷口が俺の目の前につきつけた用紙は、先程朝倉から見せられたものだった。
 「周防とこれに出場しようかと思っていたんだが、おれたちだけじゃ、どうも心細くてな、お前が一緒に出てくれると助かるんだが」
 言われなくても出る予定だ。先程、朝倉にクラブ推薦で出るように頼まれたところだ。
 「やっぱりそうか。まあ、お前なら多分出るとは思ったよ。おっと、相手に関しては聞く必要もないか」
 にやけた笑いはいささか気になるところだが、お前、SOS団の推薦で出るわけじゃなかろうな。幽霊とはいえ、一応団員だったよな。
 「バカを言うな。個別の自薦資格さ」
 よほどコイツは自信があるようだ。まあ、確かに九曜の長い髪と整った顔立ちは人目を引く。問題はその相手が谷口という点ではなかろうか。
 俺も人のことはあまり言えないが。

 「キョン!」
 谷口たちと話していると、こちらに俺の名を呼んでやってくる人間がいた。
 バニーガ-ルの衣装の上にサンタの衣装をまとい、右手に立札を持った女――言うまでもない、涼宮ハルヒである。
 その横には、今日は衣装を変えた、ヤン=ウェンリー=古泉がいた。

 「何で、こんなところに集合しているの・・・・・・あれ、アンタは確か、昨日古泉君を訪ねてきた娘よね」
 「ええ。古泉さんの友人で橘京子と言います。今度こちらにある光陽学園に転校してきたのです。」
 「へえ、古泉君も隅に置けないわね。こんな可愛い友人がいるなんて」
 涼宮は含み笑いをしながら、古泉にそう言ったのであるが、ある程度の事情を知る俺としては、胃が痛くなるような光景だった。
 「古泉君、クラスの方は途中で切り上げていいから、お友達を案内してあげなさいよ」
 「そうですね・・・・・・それならば、お言葉に甘えてそうさせて頂きますか」
 古泉もたいしたものである。奴の爽やかスマイルはいつもの通りである。

 「ところでさ、キョン。あんたこれに出ない?」
 涼宮がそう言いながら、俺に見せたものは本日三度目のご拝見になる、あの用紙である。
 「あたしと組んでこれに出ようじゃない。そしたら、優勝間違いなし。SOS団は予算獲得が出来る、てわけ」
 ・・・・・・度々いうがな、涼宮。俺は文芸部の部員だ。SOS団の団員じゃない。それに、優勝とはどこからそんな根拠ない自信が出るんだ?
 「涼宮さん。悪いけど、キョンは私と文芸部推薦で出るの。もう朝倉さんが申し込んでくれているから、残念ながら間に合わないわね。古泉
君と出場したらどうかしら?」

 笑顔の影で、女たちの間に火花が飛び散った用に見えたのは気のせいだろうか?

 いささか刺々しくなったその場の空気をかえたのは、新たにその場にやってきた鶴屋さんと国木田コンビである。
 「やあやあ、みんな集まっているね!」
 鶴屋さんの声は圧倒的な存在感と迫力があった。
 「国木田君とこれに出るんだわさ。みんなも一緒に出ないかい?」
 いま、その話をしていたところですよ。
 「そうかい。やっぱりキョン君は佐々木さんと、ハルにゃんは古泉君と出るのがいいと思うっさ。SOS団と文芸部で優勝を目指すよ」
 いささか強引に話が進んでいくが、これによってその場の空気が変わったのは確かだ。

 「古泉さん、涼宮さんと出場してくればいいわ。そのコンテストいつあるんですか?」
 橘の言葉は意外な助け舟になった。表情を見ると、余裕綽綽と言った風である。
 「お昼前の11時半からお披露目だね。そして、投票受付して、結果が出るのが二時ぐらいだね」
 「それじゃ、もう少し、時間があるわね。涼宮さん、古泉さんをよろしくお願いします」
 涼宮はペリカン口の不満顔だったが、橘に頭を下げられて、承諾した。
 その様子を佐々木は面白いというような顔で見ていた。

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最終更新:2013年03月31日 23:43
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