69-486『ねこの森には帰れない』

シャミセンは思った。
猫は発情期のみにパートナーを作るが、人はそうでないようだ。
今日、主人は、つがいを巣に招いている。
自分を膝に乗せ、撫でる雌。人間の呼称は佐々木か。ヒトの雌は、主人の妹といい、あの黄色い角のある雌といい、恐怖の対象以外何者でもないが、この雌は一味違うようだ。
「シャミセン、ご機嫌だな。こいつ割と女嫌いなのに。」
ご主人が手を伸ばし、自分を撫でる。ふむ。心地よい。
「くっくっ。妹さん達は構いすぎなんだよ。」
全くその通り。この雌の膝はなかなか気持ちよい。発情期特有の甘ったるい匂いが無ければ、最高の寝心地だと言っていい。
一番はご主人の隣なのだが、そこはまぁ自分の特等席だ。
机を向かい合わせ、何やらカリコリ音がする。ご主人のこうした姿は、このつがいが来た時に多く見られる。
「佐々木、ここは?」
「ああ、ここは……」
甘ったるい匂いが強くなる。ご主人、雌に誘われているぞ。気付いてやれ。雄の義務だ。
「……ああ、なるほどな。さすが佐々木だ。」
「応用に過ぎないよ。」
しかし、これだけの発情傾向にあるなら、既に何匹も子がいてもおかしくはないはずだが、悲しいかな、ご主人とこのつがいに子はいない。
猫は半年もすればある程度増えるのにな。ヒトは不思議だ。
結局、今日もこのつがいは交尾せずに別れた。どうやらご主人には、まだ雌の発情のサインを読む嗅覚がないらしい。
あの黄色い角の雌に、乳牛に、まな板もご主人が近くにいたら、発情のサインを出しているのだが。
「さーて、寝るか。シャミセン、入るか?」
「にゃあ♪」
しかし、当分はこうしてご主人の隣を独占出来る権利は自分にある。当面はこれでよかろう。

ねこの森には帰れないな。

END

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最終更新:2013年03月31日 23:50
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