69-594「佐々木さんのキョンな日常 恋愛交差点その5~」

「 え、 古泉君の家?」
 長門が戸惑いの表情を見せる。
 「ええ。今、僕が住んでいる家ですが」
 長門にも古泉の家の複雑な事情はわかったのだろう。古泉の言葉にしばらく経ってから、納得したような
表情を見せた。
 しかし、いいのか、古泉?俺達がお邪魔して。
 「大丈夫ですよ。一人で暮らすには十分すぎる家ですから」
 何故か橘が答える。古泉の家の中をよく知っているようだな。
 「週に二回はお邪魔していますし、休日は泊まることもありますし」
 さらっと言ったが、橘、今とんでもないことを言わなかったか?
 古泉の表情を見ると、奴め、視線を空した。

 古泉の家は、東中からさほど離れてはいないところにある一軒家だった。
 外見はいささか古いが、古泉の話では賃借する前にリフォームをしてあるとのことで、成程、玄関からお
邪魔すると、内部は綺麗なものだった。掃除もよく行き届いている。
 まさかとは思うが、古泉、橘がやってくれているのか?
 「いえいえ。全部自分でやっていますよ。二日に一度ぐらいは。それに掃除機ロボットもありますし」
 シャ-プのココロボの姿が目に付いたが、そういえば、うちの母親も欲しがっていたな。それにしても二日
に一回とは、相当マメな奴だ。
 「昔から一樹さんはそうなんですよ」
 さっさっと家にあがり込み、家主より先に橘はキッチンに入る。通い妻やっているんじゃないよな?

 夕食は橘と古泉が作ることになった。まあ、俺達がお邪魔しなくても、元々そういう予定だったらしいが。
 橘の話によると、橘自身は光陽の学生寮に入っているらしい。門限はあるが、親戚の家に行く場合は外泊も
許可されるそうだ。それを利用して橘はここに泊まるらしい。

 ”しかし、まあ”
 俺の脳裏に学園祭の初日の夜、橘が古泉に言っていた言葉が蘇る。
 ”涼宮さんにあなたを渡すつもりはないから”
 ”僕は涼宮さんが好きなんですよ”
 橘の気持ちと古泉の気持ち。交差することがない二人の思い
 全く恋愛は難しい。恋愛は綺麗な形をしているとは限らないのだ。ややこしい事の方が多いのかもしれない。


古泉シェフと橘シェフが作った料理は、かなり出来栄えがよく、俺と長門は二人の腕に感心しながらありがた
く頂いた。
 「すごい、橘さん。いいお嫁さんになりそう」
 長門が褒めていたが、それには俺も同意する。
 後片付けは俺と古泉がやることにした。長門も手伝うと言ったが、橘が「ゆっくりしてください」と言って
引き止めた。

 古泉と食器を並んで洗いながら、俺は古泉に話しかける。
 「なあ、古泉。橘が婚約者だと言ったが、あれは本当のことか?」
 知ってはいるが、一応確認の意味も込めて古泉に尋ねる。
 「ええ。彼女は幼馴染で、父同士が親友でもあるので、兄妹同然に育ちました。それが僕が中学二年になった
時、親同士が勝手に橘さん・・・・・・すいません、もうわかっていることなので普通に言いますね。京子を僕の婚約者
にしたんです」
 「しかし、橘のことは嫌いじゃないんだろう?」
 「ええ。まあ、一緒に育ってきたも当然ですから・・・・・・ただ、僕は勝手に自分の人生を決められるのは好きでは
ありません。たとえ親でもです。それで実家を離れたんです。一人で暮らすことくらい出来ますから」
 「なるほどな。だけど、なんで今頃橘はお前を追ってきたんだ?」
 「この前京子は誕生日を迎えたんです。16歳になった。それが意味することはわかりますか?」
 「・・・・・・結婚出来る法定年齢に達したということか」
 「そうです。世間的に公式に婚約者と名乗れる年齢になった。まあ、僕が18歳になっていないので、実際は無理
ですが。ただ、その意味は社会的にある程度の影響を及ぼします。特にうちの場合、仕事関係で」
 成程、だいたい事情は読めた。実家絡み、そしてそれぞれの親の仕事上における繋がりと影響。単純な婚約劇では
ない、ということだ。
 もう一つ、古泉に聞いておきたいことがあった。

 「古泉、お前は涼宮に対する気持ちはどうするんだ?」


「ゆっくりしていてください」
 橘さんがそう言って、私にコ-ヒ-と、今日の買い物の途中で買ったアップルパイを出してくれた。
 「片付けは一樹さんとお友達に任せておけばいいのです」
 橘さんは美味しそうにアップルパイを食べながら、そう言った。

 「ねえ、橘さん。あなたは本当に古泉くんの婚約者なの?」
 K大での彼女の発言にはびっくりさせられた。私と同じ歳で婚約者がいるなど、想像もつかないことだ。
 「はい。親同士が親友で、私達は幼馴染なんです。14歳の時、親は私を一樹さんの婚約者に決めました。でも、
そのことで一樹さんは勝手に物事を決める家に対して反発して家を出てしまいました。私はすごく嬉しかったの
ですけど、そうなってしまったのは残念です」
 一息ついて、彼女は話を続ける。
 「16歳になったので、私は法的にも婚約者を名乗れるようになったので、一樹さんを追って、こちらの高校に
転校してきたのですけど、競争相手ができていたのは予定外でした。まあ、いてもおかしくはないのですけど」
 「競争相手?」
 「SOS団の団長さんの涼宮ハルヒさん。一樹さんが好きな人です」

 涼宮さんの傍には確かにいつも古泉君がいるイメ-ジがある。佐々木さんの横に”彼”がいるように。
 「正直言って、この二年間の間の時間の空白を埋めないと、一樹さんの心は涼宮さんに取られてしまいます。
でも、私は涼宮さんに一樹さんを渡すつもりなんて毛頭ありませんから」
 強い口調で橘さんはきっぱりと断言した。
 「今日は本当に良かったです。週に二回はこの家に来るといっても、ほとんど顔を見に来る程度で、休日に来ても
一樹さんは涼宮さんたちと出かけていることが多いから。泊っても夕食を一緒にたべるくらいで。昔みたいに遊びに
行けて嬉しかった。誘ってくれたキョンさんに感謝しています」

 彼――キョン君の、人を思いやる心。いろいろな場面で彼は優しさを見せる。
 図書館で初めて出会ったあの日の出来事。私と彼を繋ぐ、二人だけの思い出。

 「ねえ、長門さん。長門さんは好きな人、いるの?」
 「え、あの・・・・・・」
 突然、橘さんに聞かれ、私はどう返事していいのか戸惑ってしまった。
 「もし、好きな人がいて、その人に彼女がいても、最初から諦めたりしては駄目。自分の気持ちに嘘をつくことは
できないし、それに恋愛は戦いだと思うのよね。覚悟がないなら人は好きにならない方がいいと思います」
 そう言った橘さんのツインテ-ルの髪が誇らしげに揺れていた。

 ------------------------------------------------------------------------------------------------------

 「おじゃましたな」
 周囲はすっかり暗くなっていた。
 「いえいえ。本当に今日は楽しかったですよ。また時間があれば行きたいですね」
 片付けを終えて、しばらく古泉の家で喋りながらくつろいでいたが、夜遅くなるので切り上げることにした。
 「それじゃな」
 「おやすみなさい」
 玄関口で古泉と橘に手を振って、俺と長門は古泉家を出た。
 あとは長門を無事に長門のマンションまで送り届けるだけだ。
 長門といろいろ今日のことを話しながら歩いていると、すぐに長門のマンションについた。
 「今日はありがとう、キョン君。いろいろ付き合ってくれて」
 礼を言うのは俺の方だ。思いつきに付き合ってくれて感謝するよ。
 「そんな・・・・・・それに猫のコップありがとう。昼ごはんもごちそうになって、キョン君に悪い・・・・・・」
 気にするな、長門。
 マンションの入口で、長門と別れ、俺は自宅へ足を向ける。
 かなり空気が冷たく、夜空の星が澄んで見える。


”今はまだ、わかりません”
 俺の問いかけに対する古泉の言葉をふと思い出した。人の心は夜空の星のように明快じゃない。
 古泉の心は、涼宮と橘の狭間で揺れている。
 人の心が交差するとき、そこには様々な思いが生まれる。その思いの中で人は戸惑い、考えながら前に進むのだろう。
 ”ただ、いずれ答えは出します。中途半端な態度は涼宮さんにも京子にも失礼ですから”
 迷いながらも古泉は俺にそう言った。どんな答えを出すにせよ、古泉にとって良い結果が出ることを祈るばかりだ。

 携帯の着信音が俺の思考を中断させる。
 この着信音は・・・・・・
 「やあ、キョン」
 佐々木の聞きなれた声が、冷たい夜風の中で暖かく感じられた。

タグ:

+ タグ編集
  • タグ:

このサイトはreCAPTCHAによって保護されており、Googleの プライバシーポリシー利用規約 が適用されます。

最終更新:2013年04月01日 01:10
ツールボックス

下から選んでください:

新しいページを作成する
ヘルプ / FAQ もご覧ください。