70-395「佐々木さんのキョンな日常 最終章 真相~再生その22~」

 「パパ、ママ」
 月日の過ぎ去るものは早いもので、北高を卒業してから十年の月日が過ぎていた。
 妻と娘の優希を連れて実家に帰ってきたついでに、散歩がてら懐かしの学び舎によってみることにしたのだ。
 あの日、この校門のところで気持ちを確認しあい、正式に恋人として付き合い始め、同じK大に進学して、卒
業してから三年後、俺達は結婚した。
 妻はK大に設けられた国際物理学会の研究員として日々研究に打ち込みながら、俺と一緒に子育てをしている。
 俺自身は化学素材メ-カ-に就職し、技術者として働いているが、実は大学在学中に応募した小説が新人賞を取り、
それが大当たりして、俺は作家というもう一つの顔を持つことになった。

 今日は北高卒業生の同窓会だ。

 このあと、鶴屋さん――今は国木田婦人――のホテルで、同級生たちと顔を合わせるのだが、それとは別に、文芸部
兼SOS団の元部員・団員達と、集まって飲み会をすることになっていた。
 「みんなとはしょっちゅう会っているんだけどね」
 「ああ。おまけに長門は俺の担当だしな」
 長門は出版社に就職したのだが、どういうわけか、俺の担当になり、おかげでいつも顔を会わせているという状況で
、娘の優希も、長門には大変よくなついている。ただ、長門のおかげで、俺は二足のわらじの生活が出来るし、作品を
一緒に練り上げてくれるという点では、極めて有能な編集者なのだ。俺の本が売れているのは、半分は長門のおかげだ。

 「古泉君も奥さんと一緒に来るみたいだね」
 「大丈夫なのかね、嫁さんは。確か3人目を妊娠中だったんじゃないか」
 「もう安定期に入っているから、大丈夫だと思うよ。今度は男の子かも、とか言っていたね、奥さんは」
 大学二年の時に橘と結婚した古泉は、卒業するときにはパパとなっていたが、二番目の子供が優希と同級生で、一番上の
子供は、もうすぐ小学生になる。うちに家族で遊びにきたときは、優希を可愛がってくれる。

 朝倉や谷口(今は周防)も、中河や奥さんと一緒に来るそうで、これに涼宮が来るから、また賑やかに楽しめそうだ。
 涼宮は妻とよく二人で食事にいっているのだが、妻の話では、最近、涼宮は妻の研究室の学生と付き合っているらしい。
何でも、むかし涼宮に勉強を教えてもらっていたそうで、涼宮が初恋の人らしい。人生いろいろである。


 「みくる姉さん、いい加減に起きなよ。いくら休みとはいえ、もうすぐ昼だよ」
 弟に起こされて、私は夢の世界に少し未練を残しながら、眠い目をこすり、体を伸ばした。
 時空観察局に務める私達姉弟は、昨日まで監視任務についていたが、異常は無し。今日も世界は平和だ。
 この世界の基礎というべき発明をした三人の科学技術者、TPDD開発者、物質変換エネルギ―発明者、人工
物質合成開発者の三人に関する防護任務が最重要任務。過去に送り込んでいる過去の私が現地駐在員として彼
らの警備任務にあたっているが、とりあえずそちらからの報告もない。しばらくはご先祖様の家で働かせて
もらおう。
 それにしても、あの時代の人間の着こなしに関する情熱はすごいものがある。先日過去の私からいくつか
送ってもらって友人にプレゼントしたが、非常に喜んでいた。近いうちに結婚間違いなしだとも言っていた
けど、なんに使ったのだろう?
 とりあえず、なるべく過去の事例に未来人が介入する事態になるのは避けたい。今のところ時空観察局に
そのような緊張した空気はない。ただ、上層部は警戒は怠っていないようだ。
 未来は過去の積み重ねの上にあるが、変化しやすく壊れやすいものなのだ。今ある落ち着いた日常、弟と
二人で暮らす幸せな日常が続くことを私は切に願う。

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 妻が――佐々木が俺とともに選んだ世界、それは俺が佐々木を愛した、本来の流れとなるはずだった世界。
 落ち着いた日常があり、人々が懸命に生きる社会。不思議な非日常はないけれども、暖かい絆がある世界。

 俺にはどちらの世界の記憶もある。佐々木を愛する世界、ハルヒを愛した非日常の世界の記憶。
 俺以外、その記憶を持つ者はあと一人だけ、それ以外は誰も非日常世界、俺がβ世界と名づけた世界の記憶は
、佐々木ですら持っていない。ハルヒも同様だ。
 そして、今二人には、世界を震撼させた”力”は存在していない。
 情報生命体の元端末、朝倉涼子、喜緑江美里、周防九曜も、いまじゃ普通の人間だ。
 「情報統合思念体、天蓋領域は既にこの惑星より手を引いた。彼らがこの惑星に関心を持つことはないだろう。
既に滅びの命運より逃れることはないと気づき、自律進化に関する結論が出た以上、もはやこの惑星に関与する
意味はない」
 佐々木と俺の意思もあったが、元端末たちはこの地球上に残った。自律進化した者たちは、有限の生命をこの地
で終えるのだろう。

 俺と長門有希に何故記憶が残っているのか、それはわからない。長門に至ってはその力が残っている節さえ伺え
る。ただ、今の俺たちは人間として生きているわけで、自分たちの仕事にその知識を活かす以外は周囲の人間と変
わりはない。
 異世界人。かつて、ハルヒが会いたいと願った、不思議なもの。宇宙人、未来人、超能力者、異世界人。
 長門有希、朝比奈みくる、古泉一樹。あと一人かけたピ-ス。
 そう。なんのことはない。すなわち、異世界人とは俺のことだったのだ。違う世界の記憶を持つことになる人間。
いずれハルヒの世界から去っていく存在。
 そのハルヒの世界、あの朝比奈さん(大)が存在した未来の時間軸も既に消滅した。正確に言えば、元から存在
しなかったことになる。時空改変能力は、過去や未来さえもまるごと変換・消失させたのだ。そして、どうやら、
その影響は、ほかの時間軸にもかなりでているようだ。

 これから先、未来はどのようになるのか、それは誰にもわからない。
 ただ一つ言えることがある。自分の未来を決めるのは俺達の意思。自分の選択。それは真理だし、変えてはいけ
ないこと。そして俺達の選択は未来に対しても責任あるものでなければいけない。俺の脳裏に、俺を撃った時の朝
比奈さん(大)の叫びが残っている。彼女が守りたかった未来人の幸せ。それの礎を築いて行く責任は、俺達にも
あるのだ。

「そろそろ行こうか、キョン」
 佐々木の――妻の言葉に頷きながら、俺は優希を抱きかかえる。
 家族の幸せ。仲間と共に生きる世界。穏やかな日常が続くことを祈りながら、俺は家族と共に、長い坂を降り始めた。

       Fin

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最終更新:2013年04月29日 14:43
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