70-439「恋愛苦手な君と僕~放課後恋愛サークルSOS 君と僕との出会い」

 「キョン」
 放課後、図書室へ向かう俺に声をかけてきたのは、北高に入学してからできた友人で、クラスメートの谷口だった。
 「お前、まだ帰らないのかよ」
 「ああ。これから図書委員の仕事が残っているんでな。今日は俺と長門が当番なんだよ」
 長門有希は俺のクラスのもうひとりの図書委員で、うちの学校は持ち回りで、放課後の貸出・管理当番がまわって
くるのだ。
 「何だ、奥さんと一緒かよ。まあ、ゆっくりやんな」
 谷口がニヤニヤ笑ってやがる。一発ケリを入れたいところだ。

 「俺に声を掛けてきたのは何か用事でもあるのか?」
 いささか不機嫌な口調で俺は谷口に尋ねる。
 「おお、そうだ。肝心なことを忘れていた。キョンよ、今度の土曜日、合コン行かねえか?」
 また、合コンの話か。俺はその手の話はは苦手なんだよ。前に言わなかったか?
 「それは知っている。だがよ、キョン。俺を助けると思って参加してくれないか?この前知り合った光陽の女子生徒
が俺を気に入ってくれたんだよ。チャンスは失いたくないんだ、な、頼む。人数が足りないんだよ」
 足りないんだったら国木田や藤原に頼んだらどうだ?あいつらの方が相手側も喜ぶと思うんだが」
 国木田は俺の中学時代からの親友、藤原は、生け花をやっている俺の母親がよく利用する花屋の息子で、学校は別だが
昔から知っている俺の友人だ。
 「それでも男のほうが足りないんだよ。女子は阪中と橘を何とか口説いたんだが、男があと一人、な、頼むよ」
 お前は合コン手配人か?だいたい光陽が相手なら、希望者多いんじゃないのか?
 「あそこは進学校でおまけに金持ちとか多いじゃないか。皆怖気づいてるんだよ。相手側は気にしていないんだけどな

 谷口のしつこさに根負けして、とりあえず数合わせでよければという条件で、俺は渋々いくことを承諾した。
 正直なところ、俺は合コンが苦手だ。というより、女性と付き合うとか、そういうことに、一種の拒否反応がある。
 原因はなんとなくだが、俺のトラウマが元だろうと思う。簡単に言えば、失恋が原因だ。
 失恋といっても、相手に好きだといったわけではない。言う前に相手はいなくなってしまい、しばらくの間、大きな
喪失感にとらわれたことがある。
 そのせいで、今でも俺は恋愛が苦手なのだ。

 図書室に来ると既に長門が先に来ていた。
 「すまん、遅くなった」
 「大丈夫。私もさっき来たばかりだから」
 メガネをかけた、物静かなクラスメート。この学校で初めて机を並べることになったのだが、実は長門とは中学時代に
何度か会っている。
 中学時代も俺は図書委員を二年間務めたのだが、うちの県は学校間の交流が盛んで、図書委員は県単位で交流し、活字
文化の振興を図るという取り組みをおこなっている。その会合でよく顔を会わせていたのが長門で、おまけに俺が妹と利用
する県立図書館に長門も来ていたので、その頃から話はしていた。
 北高に入り、同じクラスになり、俺と長門は友人になり、よく話すようになった。普段、長門も喋る方ではないが、俺とは
比較的喋っている。たまに遊びに行ったり(とは言っても、長門の従姉妹で、これまたクラスメートで委員長の朝倉涼子が付いて
くるが)、図書館に行ったりすることはある。
 前にその様子をたまたま谷口に見られ、それ以来、谷口はなにを勘違いしたのか、ああいう馬鹿げた発言をしている。

 今日はあまり本を借りる生徒も少なく、俺達は少し早く図書室に鍵をかけ、管理室に鍵を返しに行った。
 校門を出て、北高名物の長い坂を降り、しばらく歩いて、当番の日に時たま寄るカフェに入り、コーヒーを飲み、話に興じる。
 それから長門の家であるマンションの入口まで送り、それから自宅に戻った。


 ”……みつるくん……遊ぼう……わた……おねえちゃ…”
 小さいころの夢。ふわふわしたかわいい女の子。僕を呼ぶやさしい声。遠い日の記憶。
 あれは誰だったのだろう。

 土曜日の朝。
 目覚まし時計の音で僕は目を覚ました。
 起きると同時に匂う、色彩々の花の香り。
 自宅が花屋の店舗兼住居である我が家では、常に花の匂いが漂っている。
 土曜日は我が家は店休日で、金曜日の夜に花はかなり売れたので、残っている花はほとんどないのだが、香りは
残り続けているのだ。
 母親はまだ眠っているようだ。うちは金曜の夜は遅くまで営業している。駅前の繁華街に近い為、花束や開店祝
い等の注文が金曜の夜は多くなる為だ。

 とりあえず、起きて顔を洗い、その後朝食の準備をする。自分の分と母親の分の2人分だ。
 僕には父親がいない。自分が生まれて直ぐに亡くなってしまったそうだ。それ以来、母は実家の花屋を継いで、
働きながら僕を育ててくれたのだ。
 週に3回は僕も仕事を手伝う。中学までは祖母がいて母と二人で店を切り盛りしていたのだが、高校に入る直前
に倒れてそのまま亡くなってしまった。

 今日は店も休みということで、僕は出かけることにした。まあ、約束があるからなのだが。
 僕が入学した北高のクラスメートの谷口から、合コンに誘われたのだ。
 『お前だったら向こうも絶対喜ぶからさ。可愛い子もくるぜ』
 おだてられて、つい行くのを承知してしまった。それに、まあ彼女も欲しいといえば欲しい。出会いは多い方が
いいわけで、目指せ、リア充である。
 待ち合わせの場所にした駅前の広場には谷口とクラスメートの国木田、橘と阪中、それと意外な人物がいた。
 「よう、藤原」
 「あんたが来るとは意外だね」

 キョンと言う奇妙なあだ名で呼ばれている僕の友人は、苦笑いを浮かべた。彼とはお前、あんたで呼び合う仲で
ある。竜胆の花が好きだと言う友人は、彼の母親とならんで我が家の常連客である。

 「谷口の粘りに負けたんだよ」
 「あんたもこの機会に彼女になる女性でも見つけたらどうだ?」
 「どうかね。こっちは只の人数合わせで来ているんだ。出来るとも思わないがね。」
 思わず僕は笑ってしまった。

 「皆揃ったからそろそろ行くか」
 「谷口、会場はどこなんだよ?」
 「時間城て知っているか?最近オープンしたアミューズメント施設さ」
 「いや、良く知らん」
 「いって見ればわかるさ」


 時間城は、平たく言えば、ROUND1とレストラン、大型書店とシネコン、物販等が合体した大型の複合商業・遊戯施設である。
 撤退した百貨店の跡地に開業した施設は、家族連れ、カップル連れ、あるいは気の合う仲間同士の遊び場として、多くの客を集め
ている。ただし、此処に来るのは俺も初めての事だった。
 合コンの会場になったのは、広々としたカラオケパーティルームで、光陽学園、北高、それと他校の学生が合わせて20人程来て
いた。
 此処のカラオケの売りは、併設のレストランの本格料理を味わえるということで、運ばれてきた料理のレベルはいずれも高い物だ
った。これだけでも、此処に来たもとは取れそうだ。正直、俺に彼女なんて出来るわけがないのだから、他の事で楽しまなきゃな。

 「ようこそ、皆さん、サークル・SOSの集まりへようこそ、今日は思いっきり楽しんでくれっさ!」
 司会なのか主催なのかわからん、明るい美人の言葉により、とりあえず合コンは始まった。
 谷口によると、このサークルの主催者は、先程挨拶した光陽学園の二年生、鶴屋さんと三年生の森園生さんと言う人だそうだが、
まとめ役は、谷口の東中時代の同級生・涼宮ハルヒという一年生らしい。
 谷口が指さした先に、カチューシャを付けた、かなり美人のポ二ーテールの女の子がいた。そしてその隣にかなりハンサムな爽
やかスマイルを浮かべた男子生徒。古泉一樹とかいうその男子は、女の子の視線を集めまくっている。うちの橘京子も、目がベタな
ハートマークになっていた。

 「谷口、お前の目的は誰だよ」
 俺がたずねると、谷口は髪の長い、少し小柄な女子生徒を示した。なんとなく、俺の友人・長門有希に感じが似ている様な気がする。
 「周防九曜、て言うんだ。かなり美人だろう」
 しかし、光陽は美男美女が多いのかね。その他の奴らもなかなかのレベルだとは思う。
 こちらだって、橘と阪中はレベルが高いし、藤原もなかなかの男前だし、国木田は別名「ショタ木田」とも影で言われる美少年だ。
まあ、俺と谷口で、レベルを下げているのかも知れんが、しかし谷口は周防という女子生徒とかなり親しく話している。それを考える
と、俺は来なかった方が良かったんじゃないかという気持ちになった。

 場は多いに盛り上がっていて、それぞれ気に入った相手がみつかったらしく、国木田は司会の鶴屋さんと、藤原は何とも愛らしい感
じがする光陽の女子生徒と、橘は他にも女子がいたがハンサム野郎の古泉と、阪中は逆に二人の男子と話していた。
 カラオケやゲームで盛り上がる空気の中、なぜか自分の気持ちが冷めた状態にあるのがわかった。
 ”すこし離れておこう”
 目立たない様に席を移動して、一つ息をつく。いまの気分は傍観者のそれだった。

 「隣、空いているかい」
 その声に、俺は我に返った。
 俺に声をかけて来たのは、おそらく十人中九人は美人だと判断するような、美しい女の子だった。

 「あいてるよ。誰も来ないとは思うが」
 俺の言葉に、その女の子はくっくっくつと、差もおかしいと言うように笑った。


その女の子は、俺の隣に腰を下ろした。そして、俺と同じように他の参加者たちを見ると、溜息をついた。
「こういう場は疲れるよ」
 ならば何故参加したんだ?
 「人数合わせだよ。それと涼宮さんがしつこく誘ってくるんでね。僕も根負けしたんだ」
 何となく俺の状況と似ているような気がする。しかし、とても人数合わせとは言えないレベルの高さの
美少女である。俺の立場とは天と地程の差がある。
 「そういえば、名前を名乗っていなかった。僕は佐々木。光陽学園の一年生だ」
 俺は――
 「キョン、でいいのかな?」

 初対面の女の子が何故俺の間抜けなあだ名を知っている?たしか自己紹介の時は、本名を名乗り、間抜けな
あだ名は名乗らなかったのだが?
 「そちらの窓口の谷口君かな、うちの周防さんにかなりご執心の彼が教えてくれたんだ」
 谷口め、いらんことを。
 「しかし、キョン、てあだ名はすごくユニークだね。一体どういう経緯でそんなあだ名が?」
 話せば少し長くなるが、構わないか?
 「構わない。実に興味がある」

 このあだ名をつけたのは、俺のおばさんだ。俺の名前を文字ってそう呼んだのだが、それを広めたのは俺の
妹である。その顛末を、俺は佐々木に話した。
 女性と長話をするのは、長門を除けば俺はあまり得意ではないのだが、この佐々木には不思議と普通通りに
話せたのである。
 「君の本名からどうやってそんなあだ名に・・・・・・まてよ、ちょっと推理してみたい」
 佐々木はしばらく考えたあと、紙ナプキンの上に、持っていたペンできれいな字で文字を書きつけた。
 「・・・・・・正解だ」
 よく推理したもんだ。ピッタリ合っている。
 「いい名前だね。どことなく高貴で壮大なイメージがあるね」
 褒めてくれてありがとう。
 「でも、僕は君のあだ名も気に入った。君はあまりこのあだ名を気に入っていないようだけど、君をそう呼んで
いいかい?」
 俺が気に入っていないとか、そんなことまでわかるのかよ。
 「名前とあだ名を呼ばれたときに、反応の違いがごく僅かだがあるんでね」
 成程、大した奴だ。

 「君もこの合コンはあまり楽しんでいるようには見えなかったけど、気のせいかな?」
 いや、そのとおりだよ。俺は単に人数合わせでいるだけだからな。そちらが美人ぞろいじゃ気が引けてな。
 「まあ、確かに森さんや鶴屋さん、涼宮さん、周防さんはうちの学校でも上位十本指に入る美人だからね。彼女
達が主催しているから、この合コンは人気がある」
 しかし、そっちも美人だし、さぞかしモテるんだろう?
 「そういうことにあまり興味はないんでね。まあ、正直にいえば、少し苦手なんだよ、付き合うということが」

 しばらく佐々木と話していたが、「少しこの場を出ないか。やっぱり、どうも苦手だ、こういう場は」と言って
きたので、俺達は一時的に外に出ることにした。
 外に出た途端、俺達は大きく背伸びをした。
 「キョン、気分転換に、コーヒーでも飲んで他を回って見ないか?」
 佐々木の提案に俺は大きく頷いた。

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最終更新:2013年06月02日 02:31
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