71-15「恋愛苦手な君と僕~放課後恋愛サークルSOS 動き出す想い」

 「この問題は、ここをこうやって、そこにこの公式を使って・・・・・・」
 「なるほど、そういうことか」
 放課後の図書室で、俺は長門から 勉強を教えてもらっていた。
 長門はかなり頭が良くて、国木田とトップを争うくらい成績が良い。長門に教えてもらうことにより、中学時代
よりは成績もましになっては来ている。
 ”あんたも塾に行ったら”
 最近母親に言われたのだが、勉強のおもしろさというものが、長門のおかげでわかるようになってきたので、行
ってみようかなという気になってきた。中学時代には考えられないことだが。
 今日の分の課題は終わり、俺達は下校することにした。

 「いらっしゃい、有希ちゃん」
 妹が長門の顔を見ると、嬉しそうに笑ってそう言った。
 「シャミセン見に来たの?」
 シャミセンとは、我が家で飼っている雄の三毛猫で、元は長門が拾った猫だが、長門が住むマンションでは飼え
ないため、俺が貰い受けたわけだ。雄の三毛猫なんざ、珍しい物で福運をもたらしてくれそうなんだが、妹が付け
た名前は、猫にとっては不吉きわまりない。
 長門は猫好きで、週に一度はシャミセンに会いに来る。その日は我が家で御飯を食べて、妹とも遊んでくれるので、
妹は大喜びだ。

 「ごめんなさい、いつもいろいろもらって」
 我が家で夕食を食べて、妹と三人で遊んだあと、俺は長門をマンションまで送った。いつものように母親は長門におか
ずを持たせた。
 両親とも仕事で遠方にでかけることが多いという長門は、いつも一人で食べる事が多いという。時々は従姉妹の朝倉
が一緒に食べているそうだが、たいてい一人だそうだ。
 料理というのは一人分だけ作るのは、案外大変なことだ。だから、母親は長門にいろいろ持たせるのだ。
 「それじゃ、長門。明日また」
 「うん、また明日」
 マンションの入口でそう言いながら、長門に手を振り、俺は道を引き返す。

 日は長くなったものの、さすがに宵闇が周囲を覆っている。青い色の街灯が辺りを照らしていた。
 仕事を終えたサラリーマンや、OLたちの姿が目立つ夜の街の中に、俺と同じぐらいの学生たちの姿が見受けられた。ど
うやら、塾の帰りのようだ。
 ”?”
 その中に、俺は先日知り合った人物の顔を見つけた。
 宵闇の中でもはっきり映える美人顔。同級生らしき女子学生に囲まれ談笑しているその姿。
 向こうもこちらに気づいたらしい。

 「やあ、キョン。こんなところで君に会うとは」
 佐々木はそう言いながら、俺の方へ近づいて来た。


 「塾の帰りなのか?」
 「 うん。今、終わったところでね」
 「大変なんだな、こんな時間まで。何処の塾に?」
 佐々木が名前を上げた塾は、最近講師が有名になった、全国展開している処だ。
 「君はなぜここに?塾帰りじゃないよね」
 「友達を家迄送った帰りなんだ」
 「ひょっとして、前に言っていた君の女性の友人?」
 「その通りだ。何故わかった?」
 「男性が家まで送るのは、たいてい女性と相場が決まっているからね」

 「ちょっと、佐々木さん、いつの間に男友達できたの?」
 一緒に帰っていた女の子たちがこっちにやってきて、佐々木に声をかけて来る。
 「佐々木さん、ほとんど男子と話さないから、男友達居ないとばかり思っていた」
 そういえば、合コンの時、男と付き合うのが苦手だ、みたいなことを言っていたな。俺自身もそんなに異性と
話すのは得意じゃない。気楽に話せるのは、長門ぐらいなものだ。
 「最近出来た友達よ。彼はとても話しやすいの」
 女性に対しては、佐々木は女言葉でしゃべっている事に俺は気付いたが、まあ、どうでもいいことである。それ
が佐々木の流儀なんだろう。
 「彼はキョン、て言うの。もちろんあだ名ね。本名はすごく良い名前なんだけど、キョンの方が親しみやすいので
そう呼ばせてもらっているの」

 女の子達は値踏みするかの如く、俺を見ていたが、なぜかその後、一様にうなずいて、俺達から離れて行った。
 「それじゃ、佐々木さん。私達はここで。また明日。キョン君、佐々木さんを送ってあげて」
 そう言って、女の子たちはその場から足早に去って行った。何なんだ、一体。
 さて、これからどうするかだ。とりあえず、ここは佐々木を送るのが、俺のすべきことであると思う。
 「君に家まで送ってもらっていいのかな?」
 いたずらっぽい微笑を浮かべ、佐々木はそう言った。

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 本当に不思議な男の子だ。会うのは今日が二回目なのに、まるで昔からの知り合いの様に、落ち着いて喋れる。
 気負うことも無く、ごく自然に、彼の事を友人たちに紹介できた。
 ”君に家まで送ってもらっていいのかな?”
 そんなセリフ、私の口からスッと言えるなんて、思いもよらないことだ。
 彼は頷いて、私を送ってくれることになった。
 ”女性を一人で夜道を帰らせるのは危ないからな”
 そう言って、彼は家まで私を送ってくれた。意外に彼の自宅から私の自宅までは、そんなに離れていないことも
分かった。校区が違うので遠いのかなとも思っていたが、そうではなかったのだ。
 彼は女性に対して話すのは苦手だと言っていたが、女性には基本的に易しい性格の様だ。
 彼が家まで送ったとかいう、彼の女性の友人。どんな女性か興味が出て来たのと同時に、彼女を少し羨ましく思った。


自分の部屋のドアを開けようとして、ドアノブに手をかけると、私は鍵が掛かっていないことに気づいた。
 誰が中にいるのか、開けなくてもわかる。
 「お帰りなさい。遅かったわね」
 朝倉涼子。私の従姉妹であり、クラスメートであり、親友でもある。
 「長門さん、またキョン君の家にお邪魔していたの?」
 従姉妹なのに、私のことを「長門さん」と呼ぶのは、彼女の妙な流儀だ(私は彼女のことを涼子と呼んでいるが)。
 ”彼”の家からもらった惣菜を冷蔵庫に入れ、テーブルの上に他の荷物を置く。
 「キョン君も、キョンくんの家の人も、人がいいよね。御飯たべさせてくれて、おかずまで持たせてくれるなんて」
 キョン――そう呼ばれている私の友達。私はそんなに友達が多い方ではない。その少ない友人の中でも、私が心許せ
る友達の一人だ。

 彼との出会いは本当に偶然。中学時代は別の学校だった。その中学時代に彼と知り合った。
 高校で一緒のクラスになり、二人とも図書委員になり、私達は友達になった。
 彼は不思議な男の子。彼といると、心が落ち着く。自分でもあまりコミュニケーション能力が高いとは思ってないけど、
彼とは普通に喋れる。とても楽しい気分になれるのだ。

 「でもね、長門さん。キョン君も所詮男の子だからね。中学時代みたいにならないように気をつけなさいよ。一目ぼれ
したとか言ったくせに、浮気してすぐに別れたあいつみたいなことにならなければいいけど」
 「彼とはそんな関係じゃないわ。彼は友達よ」
 そう答えながらも、心に少し苦い思い出が蘇ってくる。

 中学時代、私は同級生に告白された。地味な私に一目惚れしたと言ってくれて、嬉しかった私は、その男の子と付き合
うことになった。
 でも、長くは続かず、その男の子とは結局別れた。彼が私をどんなふうに見ていたのかはよくわからないが、思い描い
ていた私と、現実の私が違ったらしい。
 その男の子は他の女の子と付き合うようになり、そして別れを告げられた。それを聞いて涼子は大いに憤慨してくれて、
私も落胆したが、忘れるように努力した。
 高校に入り、私は彼――キョン君と友達になった。彼のいいところは方にはめようとしないところだ。
 中学の同級生は、自分の理想や考えを過度に押し付けようとする傾向が強かった。私はそれに答えようとしていたが、結
局、無駄に終わった。彼にはそんなところは全くない。一緒にいて、ストレスを感じないのだ。

 正直に言えば、彼との関係は友達以上になりたいと思う時がある。だけど、あまり多くは望まない。彼と友達でいられる
今の関係が、私には落ち着くのだ。
 ごまかしているだけなのかもしれない。だけど、しばらくはそれでいい。今の暖かい、居心地がいい彼との友達関係は、私
にとってかけがえのないものだから。


 我が家の中庭に咲いている、白いコデマリの花が春の微風に揺れている。もうすぐ、この花の時期も終わる。
 コデマリの樹上には、小さい藤棚が有り、紫色の房花が鮮やかに花開いている。
 コデマリは小さな花の集合体で、切花に使われる美しい花だが、花弁は散りやすいので、家の中に飾るのは、
実はあまり向いていない。花が咲き終わると、古い枝を剪定して、花が咲きやすくなるようにしなければなら
ない。
 花言葉は、「品位」「優雅」「友情」「努力」。

 その白い花をながめながら、僕はある女性のことを考えていた。
 朝比奈みくる。
 谷口が連れて行ってくれた合コンで知り合った、可愛らしい、一つ上の女性。
 愛らしさと優雅さを併せ持ち、ある種の品位を兼ね備えていた彼女の事を、気がつけば考えている。
 同年代で、あれだけ花に詳しい女性に初めて出会った。
 メールアドレスと電話番号を、別れ際にこっそり教えてくれた。
 「男の子に電話番号教えるの、初めてです」
 そう言って、彼女は僕のメールアドレスと電話番号を、彼女のIフォン5に登録していた。

 「みつる」
 母さんが僕を呼んでいる。
 「母さん、花を届けてくるから、店番をお願いね」
 「ああ。気をつけて」
 店内はいつもより花の数が多い。
 ”そういえば、近々華道の家元たちが集まる展示会があったな”
 我が家は青山方丈流と池坊の地元支部、松露天流の三流派と取引が有り、利用して貰っている。特に青山方丈
流は地元でも学んでいる人が多く、おかげでうちを贔屓にしてくれる人も多いのだ。
 店内に、その開催を知らせるポスターも貼ってある。
 ”今度、行ってみるか”
 そのポスターを眺めながら、そんなことを想い、同時に彼女を誘ってみようかな、とそんなことを考えていた。

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 「京子」
 夕食前に家に戻ってくると、母親が店の中から私を呼んだ。
 「京子、悪いんだけど今から多丸さんところにお酒届けてくれない?お父さん、配達に行っていないのよね。急な
頼みなんだけど、多丸さんところは昔からの付き合いだしね」
 「いいよ。私が届けるくるね」
 「済まないわね。白鷹の純米酒、一升瓶3本だから気をつけてね」

 私の家は、地元では名の知れた酒屋で、取引している店も多い。「多丸さん」のところとは、地元で人気の寿司・
和食店で、開店当初からうちを利用してもらっている。兄弟二人で経営していて、イケメンの弟さんは人気がある。
 スクーターを止め、裏口の戸を叩き、中に入る。
 「ごめんください、橘酒屋です。配達に来ました」
 「やあ、すまないね、京子ちゃん。急に申し訳ない」
 店長でもあるお兄さんは、すっかり顔なじみだ。
 「いえ。こちらこそ、いつもお世話になっているので。白鷹の金松純米酒でしたね?」
 「うん。ありがとう。お父さんとお母さんによろしく言っといてね」
 頭を下げて、その場を立ち去ろうとした時だ。
 ”?”
 カウンター越しに、店内の様子が見えるのだが、そこに私は見覚えのある男女の姿を見つけた。
 ”あれは、古泉さんと、それと・・・確か、森さん?”


 多丸さんのお店を出て、私は家に戻った。
 さっき見た光景。古泉さんと森さんの二人。私に比べて、もともと大人びて見える二人だけど、今日見た姿は一段と
大人びていて、特に古泉さんは格好よかった。
 ただ、一つ気になることがある。
 合コンで会ったとき、古泉さんは、おだやかで爽やかな微笑みを浮かべていた。とても紳士的で、女の子達が集ま
っていたのもわかる。
 今日の古泉さんに笑顔はなかった。少し硬い表情。そして、隣にいた森さんの眼。
 なんだろう、あの眼は。森さんは古泉さんに話しかけながら、笑っていたようだけど、見つめるその目は何か、怖い
ものを感じた。
 なにか、あの二人には秘密があるような気がする。笑っていない、古泉さんの表情が、私の脳裏に焼き付けられていた。

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 「ハルにゃん、今度の休み一緒に出かけてみないかい?」
 放課後、鶴屋さんから、あたしは声をかけられた。
 「みくるが、生花の大会で父親とともに出席しなければならないんだわ。一応、この前知り合った国木田君と、それと彼の
と友人と四人で出かける予定を組んでいたんだけどね。行けなくなったから、ハルにゃん、来てくれんかな?」
 鶴屋さんはこの前の合コンで知り合った国木田君を、すっかり気に入ったようだ。良く、連絡している姿を最近見るように
なった。
 「まだ、二人きりのお出かけというのも、ちょっと照れるのさ。そんでみくるについてきてもらうはずだったんだがね。」
 「でも、鶴屋さん、この前、二人で会うか言ってなかった?」
 「まあ、あれは放課後に待ち合わせして、食事して、話しただけっさ。めがっさ楽しかったけどね」
 普段、大人っぽい感じもするけど、今の表情は、無邪気にはしゃぐ子供のようだ。

 「そういえば、一緒に来てくれる、国木田君の友達、確かキョン君とか言っていたね。国木田君に話を聞いたけど、なかなか
人が良さそうな感じだね。あの佐々木さんが話していたぐらいだからさ」
 鶴屋さんの言った、名前を聞いて、あたしは思わず鶴屋さんに詰め寄っていた。
 「え、あいつが、キョンが来るの?」
 「そうっさ。国木田君が、付き添いで、親友を連れてきますねとか、言っていたから。かなり信頼しているみたいだね」

 合コンの時、あんまり存在感もなく、隅の方にいた少年。すこし間抜けに聞こえるあだ名を持つそいつにあたしは妙に心惹かれた。
 男性と話すのは苦手だ、と言っている佐々木さんが、楽しそうに話していたけど、あとで聞いたら、とても話しやすい、と言って
いた。
 自慢じゃないけど、あたしに言い寄ってくる男は多い。でも、誰もあたしの目に適う、心が動かされた男はいない。
 だけど、キョン――、あいつのことを考えると、心がざわつく。
 会ってみたいと思う。話してみたいと思う。
 ”いい機会じゃない”
 面白いことになりそうな予感がしてきた。


 「橘さん」
 お昼休みにお弁当を食べようとしたとき、私に阪中さんが声をかけてきた。
 「ちょっと橘さんに聞きたいことがあるんだけど、いい?」
 「え、何なに?」
 阪中さんは周囲を見て、声のトーンを落とす。
 「この前の合コンの時、橘さん、光陽の男の子と話していたでしょう?古泉さんだったよね、確か」
 古泉さんの名前を聞いて、昨夜見た光景が脳裏に浮かぶ。笑っていない古泉さんと、目の奥になにか秘めた森さん。
 「古泉さんて、かなり話し安い感じがしたのだけど、橘さんは実際に話していたんだよね。どんなだった?」
 「うん。すごく紳士的な人だった。話の幅が広くて、どんな話題にも答えていたよ。丁寧で笑顔も爽やかだし」
 だからこそ、昨夜のあの表情が余計気になる。一体、古泉さんと森さんは、何を話していたのだろう?
 「特定の彼女とかいるのかしら?」
 「どうかな。いるようには思えなかったけど」
 そう言いながら、森さんの顔が頭に浮かぶ。

 「橘さん。私ね、古泉さんにアタックしてみようかと思うの」

 阪中さんの言葉に、思わずお弁当を落としそうになるが、何とか防いだ。
 「え、で、でも阪中さん。この前、二人ぐらい男の子と話していなかった?」
 「う~ん、それがね。悪くはないんだけど、何か、もう一つ惹きつけられるものがなかったの。友達としてはいい
と思うけど」
 確かに阪中さんの言うとおりだ。阪中さんに声をかけていた男の子二人、古泉さんに比べれば魅力は劣る。
 「この前、橘さん、古泉さんに一目惚れしていたみたいだし、それに橘さんは私の友達だから、きちんと言ってお
いた方がいいかな、と思ったの」

 確かに、合コンの時、私は一目で古泉さんに惹きつけられた。話してみて、「これこそ理想の男子!」とまで思った。
 ただ、今は違う。別に超能力者というわけではないけど、本能的に危険を感じるのだ。
 ”誘蛾の炎舞”
 美術の時間に見た日本画に古泉さんのイメージが重なる。

 「あ、阪中さん。確かにあの時は、一目でまいったんだけど、冷静になれば、私にはちょっと無理かな、とも思うの
よね。だから、私のことは気にしなくていいから」
 「本当に?橘さん、遠慮しているわけじゃないよね?」
 「本当に本当。だから、古泉さんにアタックしてみるといいと思うよ」
 私に言葉を聞いて、阪中さんがホッとしたような表情を浮かべた。

 ”だけど・・・・・・”
 阪中さんにあのことを話しておいたほうが良かったのだろうか?
 確証もなく、うかつなことは口には出来ない。でも、やはり気になる。

 この時はこう思った私だったが、私と阪中さんは、二人して古泉さん達にまつわる出来事に巻き込まれることになった。
 子供と大人の狭間で揺れる私達に起こった一つの出来事。そうして、私達は大人へと成長していったのだ。

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最終更新:2013年06月02日 03:38
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