71-808「恋愛苦手な君と僕~放課後恋愛サークルSOS 夏の夜想曲」

 期末試験の結果は、長門と勉強したおかげで、入学時よりかなり成績は向上し、母親は上機嫌だった。
 「長門さんのおかげね。しっかり勉強しなさい。そうしたら、長門さんと同じ大学へ行けるわよ」
 最近、母親はよくこんなことを言う。まだ、大学受験など、先のように思えるのだが、佐々木やハルヒの学校では
、先を見据えた授業を行っているらしい。
 「キョン、君も塾にきてみたらどうだい。塾で学ぶのも、なかなか面白いと思うよ」
 佐々木にそう言われたのではあるが、検討してみるのも悪くない。

 夏休みに入って二日たったある日の朝。
 「ごめんください」
 玄関のチャイムが鳴り、我が家に入って来たのは、長門有希だった。
 淡い穹色のギンガムチェック・ドレスに、少し幅が広い、白い帽子。それは、期末試験が終了して、俺と長門と朝倉
涼子の3人で、気分転換の買い物に出かけたとき、俺が選んだものだった。
 普段の外出にも、海辺に出かけるにも両方にふさわしいデザインと色合いを持つこの服を長門は気に入ってくれたよ
うだ。
 「有希ちゃん、いらっしゃ~い」
 妹が笑顔で長門を迎える。長門にかまってもらえるのが、妹は気に入っているようだ。
 「悪いが、今日は長門はお前と遊んでやれないぞ。もう少ししたら、俺達は出かけるんでな」
 「え~つまんない。二人だけずるい」
 「また今度遊ぼうね」
 妹は少し渋ったが、長門が約束したので、一応おとなしく引き下がった(その代わりお土産を約束させられた)。

 しばらく長門と話していると、エクスペリアZの画面に「涼宮ハルヒ」の名前が出て、俺が「もしもし」と言うと、で
かい声で、人のあだ名を呼んで、「出かけるわよ!」と言っている横で、佐々木の特徴のある笑い声が聞こえた。
 「そろそろ出かけるか」
 「うん」
 俺と長門は、家を出て、待ち合わせの場所に向かった。

 俺、長門、佐々木、ハルヒ。
 最近固定化してきたこのメンバ-で、今日何をするのかといえば、なんと、今度古泉に招待されていく、海辺で着るため
の、女性陣の水着選びなのである。
 「何で俺が行かなきゃならんのだ」
 最初にこの話が出たとき、俺は断ったのだが、ハルヒが「アンタ、有希の洋服選んであげたそうじゃない。不公平だか
ら、あたしと佐々木さんの水着を選ぶのを手伝いなさいよ」
 ・・・・・・何を考えているのだろうか、こいつは。洋服と水着では全然違うだろう。
 「一緒よ。同じ布使っているでしょうが」
 むちゃくちゃな理屈を振りかざしたハルヒに押し切られ、結局、俺は水着選びに付き合うハメになった。
 「君がどんな水着を選んでくれるか、少し楽しみだね」
 佐々木も楽しそうに笑っていた。
 「私も一緒に行っていいかな?」
 長門も行くと言い出し、俺は女性三人と水着を買いに行く羽目になったのである。


 青い海、白い砂浜、照りつける太陽、吹き抜ける潮風、とまあ、定番宣伝文句がそのままじゃねーか、とツッコミ
を入れたくなるような、海辺のリゾ-トホテルに俺達はやってきた。
 「気に入っていただけると良いのですが」
 古泉はそう言っているが、格安で(古泉はタダでいいと言ってのだが、それじゃあまりにも厚かましいので、食事
代は出すことにした)泊まれるのに、文句は言うまい。それに見た感じ、かなり期待できそうだ。
 「さすが古泉君、すごく良さそうなところじゃない!」
 ハルヒのテンションはかなり上昇しているようだ。

「それにしてもあなたも奇特な方ですね」
 ホテルの送迎バスの中で古泉と話していたとき、そう言われた。
 「女性三人の水着選びに3時間も付き合われるとは。涼宮さんと佐々木さんから伺いましたよ」
 思わず俺は顔をしかめた。
 何件も店を周り、三人の水着姿を批評させられ、各店舗の女性従業員から生暖かいような、なんとも形容し難い視線
を向けられ、すこし居心地の悪い思いをしたものである。
 「お二人共、とても喜ばれておられましたよ。特に佐々木さんはかなり気に入られておられたようですね」
 喜んでくれたならそれでいいが、しかしかなり疲れたのもまた事実である。
 「男性としては役得ではないのですか?」
 そりゃ彼氏とか彼女とかの関係である時のことだろう。ただの服なら構わんが、水着というのは微妙なものがあるんだ。

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 今回、古泉君の招待によりこの旅行に参加したのは、七人。すなわち私、キョン、古泉君、涼宮さん、長門さん、そして阪
中さんと、阪中さんの友人で北高生の橘さんである。
 ツインテ-ルの彼女は、合コンの時、古泉君と話していたのを見ている。その後どうなったかは知らないが、阪中さんが誘い、
古泉君も了承したらしい。
 ”森さんは行かないの?”
 光陽にいるときは、古泉君は涼宮さんの側にいる印象が強いのだが、森さんともいる時間は多い。昔からの知り合いらしく、
古泉君のことを「古泉」と呼び捨てにするのは、森さんだけだ。
 ”森さんは行かないそうですよ。気分が乗らないとかで”
 涼宮さんが古泉君に訪ねると、彼はそう返答した。

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 ”私は行かないわ。あなたたちだけで楽しんでいらっしゃい”
 僕が森さんに話を持っていくと、彼女はそう答えた。
 ”ちょっと気分が乗らないの。この部屋でのんびりしておくわ”
 活動的な彼女には似合わないセリフを吐いたが、その時何故か僕は安堵したような気分になった。

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 ”いい?長門さん。アドバンテージは長門さんにあるのよ。だけど、涼宮さんは押しが強そうだし、佐々木さんは、なんかキョ
ン君好みのような気がするわ。この旅行を通じて距離を縮めなさい。ぐずぐずしていると、鳶に油揚げさらわれるわよ”
 出かける前に、涼子に随分念入りに言われた(少し怖い顔していたけれど)。
 ただ、彼ともっと仲良くなりたいと思う気持ちは以前より強くなっているような気がする。佐々木さんや涼宮さんと一緒にいても
楽しいけど、二人でいるときは、気分が高揚する。
 涼子の言葉を思い出して、私は彼が選んでくれた水着が入った袋を握り締めた。


 俺達が宿泊するホテルの名は「貴洋亭」というホテルで、古泉が言うには、かなり歴史があるホテルということだ。
 「明治後期ぐらいと聞いていますが、このあたりでは一番古いようです」
 ホテル自体は何度か改装をされているので、古めかしさを感じはしないが、何となく歴史の重みを感じる。

 「いらっしゃいませ。ようこそおいでくださいました」
 受付のお姉さんが俺たちに声を掛け、古泉は手続きに向かう。
 そんなに荷物は多くは持ってきていないはずだが、俺と古泉で運んだ全員分の荷物は、それなりの量はあった。
 ロビ-には、家族連れや、あるいは友人、恋人などと推測される宿泊客の姿も見える。
 手続きを済ますと、とりあえず荷物を置きに部屋へ向かうとことになった。ちなみに部屋の割り振りは以下の通りで
ある。
 320号室 長門、佐々木、ハルヒ(三人部屋。特別室)。318号室 阪中 橘 317号室 俺 古泉。
 一番豪華な部屋は佐々木達の部屋で、和室と洋間の二つの空間を持つ、かなり広い部屋である。
 「キョン、後で僕等の部屋に遊びにおいでよ」
 佐々木にそう言われたのだが、どう返事して良いのか、少し俺は戸惑い、そんな様子の俺を見て、佐々木はおかしそう
に笑っていた。

 「ところで古泉君、夜の食事はどんなものが出るわけ?」
 ・・・・・・つい一時間ほど前に、ここに来る途中に寄ったステ-キレストランで、赤牛のランプ肉ステ-キランチを二人前
食べたのはハルヒだが、もう夕食の話を持ち出すとは、コイツは消化が早いのか?
 「基本的には部屋食は海鮮中心ですが、僕等はビュッフェ(食べ放題)になります。そちらもメインは海鮮ですが、
部屋食よりは種類が豊富ですね」
 「楽しみは多い方がいいわよ」
 「まあ、確かに食事は重要な要素ですからね。涼宮さんの期待に添えるものであると思いますが」
 「じゃあ、しっかり味わうためにも、思いっきり遊ぶわよ!」

 三十分後。俺達は水着に着替え、白い砂浜にいた。
 「どうよ、キョン」
 思わず見とれてしまいそうな(でも、じろじろ見るのは失礼な気もするが)発達した胸を突き出して、仁王立ちで
ハルヒは立っていた。
 俺に選ばせたピンクのフラワ-ワイヤーは、ハルヒのスタイルのよさをさらに引き立たせていて、男の視線を集める
ことは間違いない。
 「僕たちはどうかな、キョン?」
 佐々木は空色のバンダナデニムのレイヤードワイヤーで、細身だがスタイルの良い体型にあっている。
 長門は乳白色のレースワイヤーワンピース付き水着で、佐々木やハルヒに比べると、おとなしい印象だが、長門によく
似合っている。
 「よく似合われていますね。大したものですよ」
 古泉が感心したようにつぶやく。
 ついでに書いておくと、阪中はカラフルな配色のソフトボーダーワイヤ―の水着、橘はマリンニットボーダーの水着で
ある。

 しかし・・・・・・
 「やはり女性陣に比べると、男の水着というものは華がありませんね」
 いや、一応色々デザインも色もあったんだが、結局、ブラックブル-の無地に近いやつを選んだんだ。
 「無難じゃないですか。僕もダ-クグリ-ンの無地にしました。そのほうが楽ですので」
 お前だったら、水着売り場の派手なメンズのやつでも似合うと思うのだが。
 「いや、あんまり派手すぎるのは流石にちょっと遠慮させてもらいたいですね。それに、海辺はやはり美しい女性が
華でしょう。我々は目立つ必要はありませんし」
 まあ、確かにこれだけの美人がそろっていれば、俺も古泉の意見に賛成だな。もともと全員美人だが、水着姿だと、
五割増しどころか、更に綺麗に見える。

 「なあ、古泉」
 「なんでしょう?」
 「結構俺達て、恵まれているような気がするんだが」
 古泉は一瞬、首をかしげるような仕草を見せたが、女性陣に視線を向けたあと、納得したように頷いた。


海に来たら何をするか?という問いに対して、決まりきった答えしか出ないような気はする。
 で、俺達はその決まりきったことを楽しんでいた。
 中学時代、国木田と、あるいは妹や妹の友達のミヨキチとプ-ルに行って泳いだことは、結構ある。
 まあ、子供の多さにいささか閉口したものだが。
 プ-ルとは比較にならないくらい広い海に、そこまで多くはない人の数である。泳ぐスペ-スはたっ
ぷりある。そういうわけで、俺は思いっきり泳いでいた。
 「結構速く泳げるのね」
 少し意外だというような表情で、ハルヒがそう言った。
 そう言うハルヒは、他の皆とビ-チバレ-をしたり、古泉が借りてきたゴムボ-トに乗ったり、あるい
は俺と同じように泳いだりと、色々と積極的に楽しんでいた。

 少し一休みするために、俺と古泉で設置した大きめのビ-チテントに戻ると、そこには佐々木がいた。
 「佐々木、泳がないのか?」
 佐々木から受け取ったタオルで水気を拭きながら、俺はテントの中にいる佐々木に尋ねる。
 「いや、行こうとは思っているんだけどね。ちょっと準備がまだ出来ていなくてね。それが終わった
ら泳ぎにいこうと考えていたんだよ」
 ああ、なるほど。
 「で、キョン。君に頼みがあるんだけど」
 ん?何だ。俺にできることなら手伝うぞ。
 「ありがたい。実は僕の背中に日焼け止めを塗って欲しいのだが。前は自分で塗ったのだけど、後ろの
方は手が届かないのでね」
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 えー、その、何でこんなことになっているのか。
 テントの中に俺と佐々木の二人。
 目の前に水着姿の佐々木がうつぶせに寝そべっていて、その横に何故か俺は正座で座っていて、手には
佐々木から渡された日焼け止めを持っている。
 「それじゃ、お願いするよ、キョン」
 とりあえず、佐々木の言う「適量」の日焼け止めクリ-ムを取り出し、両手につける。
 そして、肩から塗り、だんだん下の方へ場所を移動して、まんべんなく塗っていく。
 ”うわ、佐々木の肌ってスベスベだ”
 俺の肌との感触の違いに、心臓の音が妙に早くなり、手先が少し震えそうになるのをなんとか抑えなが
ら、「平静に」、「平静に」と心の中で呪文のようにつぶやき、日焼け止めを塗っていった。
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 我ながら、ちょっと大胆なことをしたものだと思う。
 キョンは丁寧に、優しく日焼け止めを私の背中と足に塗ってくれた。
 終わったあと、キョンは顔が真っ赤になっていたけど、健全な男子なら当然の反応かな。
 私も内心ドキドキしぱっなしだったけど、努めて平静に振舞った。
 ”佐々にゃん。女は度胸だよ。夏は大胆にいくがいいっさ”
 出発の何日前、たまたま出会った鶴屋さんが、どこで聞きつけていたのか、私にキョンの攻略方を(
おそらくキョンの友人にして、鶴屋さんの彼氏である国木田君が教えたものと推測される)教えてくれ
たのであるが、効果は抜群だ。
 「一緒に泳ごうよ、キョン」
 キョンの手を取り、私は海の中へ向かう。
 ”海水で身を冷やさないと、ドキドキが止まりそうにない。頭も落ち着かない”
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 海水の冷たさが心地よい。
 流石にさっきの出来事は、高校男子には、少し刺激が強すぎたが、なんとか落ち着いてきた。
 「キョン、あそこの岩場まで競争しよう」
 佐々木の体は細身だが、泳ぐ姿はなかなか力強いものがある。綺麗なフォ-ムで海の中を移動する。
 「負けるかよ」
 俺も佐々木を追いかけて、腕に力を込める。
 古泉が呼びにくるまで、しばらく俺達はそうやって二人で泳いでいた。


 散々海で泳ぎまくったあと、とりあえず、俺達は風呂に入ることにした。
 シャワーで軽く流したものの、潮風と汗で体がベタベタする感じが残っている。
 女性陣も異論はなく、全員風呂に入って夕食を食べることにした。

 「いい風呂だな」
 「ええ。この辺り一帯は、温泉地でもありますからね。ホテルや旅館のほとんどは、大浴場や露天風呂とか
備えていますね」
 「なるほど、人気があるわけだ」
 とはいうものの、そんなに大浴場は、入浴している客が多いわけではなかった。ちょうどいい時間帯だった
のかもしれない。
 お湯が触れると、少し日に焼けた皮膚がヒリヒリする。ボディソ-プで多めに泡立てて、軽くこすり、汗や汚
れを洗い流すと、体がさっぱりした気持ちになる。
 「露天風呂に行きましょうか」
 異存はなく、俺と古泉は外に出た。

 露天風呂から、波が打ち寄せる砂浜が見え、浜辺にはまだ人がいるものの、さすがに少なくなっていた。
 「あれ、キョンじゃないか。どうしてここに?」
 聞き覚えのある声に振り向くと、そこには国木田の姿があった。
 国木田、何でここにいるんだ?
 「僕は泳ぎに来たんだよ」
 俺も一緒さ。ここにいる古泉に誘われてな。俺たちだけじゃなく、長門や阪中や橘、それに光陽の佐々木や
涼宮ハルヒも一緒なんだ。ところで、お前は誰と来たんだ?谷口か?
 「あ、その・・・・・・僕は鶴屋さんと来たんだ・・・・・・」

 おい、古泉。鶴屋さんてお人は、肉食系女子なのか?
 「いや、まあ、結構大胆なところはありますね。なんといいますか、規格外とでもいう人で、僕にも良く
わからないところはあります」
 うむ~、しかし高校生の男女が二人で泊りがけの旅行とは、その・・・・・・一夏の○○?
 しかも部屋を聞くと、308号室。俺達が宿泊している階の並びにある、セミスイートル-ムじゃないか。
 正直、どこまで国木田と鶴屋さんの仲は進展しているのか。少し、いや、少しどころか多いに興味あるが、
出歯亀の趣味は俺にはない。ここは静かに暖かく、友人が大人の階段を上るのを応援するとしよう。
 「ところで国木田、お前達、食事は部屋で食べるのか?」
 とりあえず、話を別の方向に持って行くことにした。

 それにしても、鶴屋さんはかなりの大物らしい。
 食事は俺たちと同じビュフェレストランだったのだが、当然そこには佐々木やハルヒがいるわけで、色々聞
かれるわけだが、あっけらかんと答えていた。
 その時の女性陣の表情はなかなか見ものだった。当の本人は堂々たる態度で、聞いている佐々木達の方が恥ず
かしそうな(でも、興味津々といったような)表情だった。
 皆同じ並びの席に座ったわけだが、鶴屋さんは国木田の隣に座り、二人の仲を俺たちに見せつけていた。
 ”しかし、こうやってみると、国木田と鶴屋さんはいい組み合わせだな”

 「キョン、大丈夫かい?食事が止まっているよ」
 思わず国木田と鶴屋さんに見とれていて、隣に座っていた佐々木に声をかけられて、俺は我に返った。

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最終更新:2013年10月20日 17:05
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