72-51「~移ろい花火~」

 夏休みが終わり、最初のテストもまあ上々。新しい季節と学期が始まった、最初の週末。
 夕食を食べ終わったあと、佐々木から電話があった。
 「キョン、今からお邪魔していいかい?」
 どうぞ、どうぞ。別に予定はないし。
 「それじゃ今からすぐそちらに向かうよ」

 夏に比べれば、日が沈むのも随分早くなって、周囲は宵闇が覆っていた。
 「お待たせ、キョン」
 電話を受け取り、程なくして佐々木はうちにやってきたのだが、佐々木はかなりの大荷物を
抱えていた。
 一体何を持ってきたのだろう?
 そう思っていると、俺の目の前で佐々木は荷物を広げ始めた。
 「これは花火か?」
 「そう、その通り。買い物に行ったら、投げ売り状態で、半額やら割引シ-ルやらが貼られて
いたのでね。今年の夏は花火をやらなかったから、急にやりたくなったんだ」
 そう言われると、去年、まだ中学生の夏休みの日に、俺と佐々木と国木田、岡本、須藤、中川
と花火をやった。
 中学生の夏の最後の思い出。今、そのうち3人は、俺たちと別の道を歩んでいる。
 「早速やろうか、キョン」

 うちにも妹が親にねだった花火が残っていて、それも使い、妹も参加して、庭で花火に火をつけた。
 打ち上げ花火はなく(あっても住宅地じゃ苦情が来るから、火はつけられない)、いわゆる家庭用
の玩具花火、手持ち花火と呼ばれるものばかりだが、俺も佐々木も妹も多いに楽しんだ。
 別に花火は夏だけのものではないのだが、やはりこの季節ではないとどうもしっくりこないような
気さえする。佐々木が見たように、投げ売りされていたのも、やはり花火は夏物、という考えが日本人
の多数に意識されているからだろうか?

 「これが最後の花火だね」
 かなり長い時間、花火を楽しんだあと、佐々木が取り出したのは、丁寧に梱包された線香花火だった。
 「佐々木、その線香花火、何か特別なものか?」
 「さすがキョン。よく気づいたね。」
 よく見かける線香花火に比べ、佐々木が取り出したのは、先が黒く短くて色も素朴なものだった。
 「線香花火は二種類あるんだよ。関西では、今僕が持っているスボ手牡丹というものが一般的だった。
諸説あるが、三〇〇年前に最初に作られた線香花火はこの花火で、その原型を受け継いでいる。一方、
よく見かける線香花火は長手牡丹と言って、スボ手牡丹が関東に伝わり、進化して全国に広まったと言わ
れている。どちらも日本で生まれたものだけど、いまや日本で生産しているところはほとんどない。この
スボ手牡丹も生産しているのは、日本でただ一件、福岡のみやま市高田町の花火屋さんだけなんだ。そして、
この花火は、その貴重な国産のスボ手牡丹の線香花火なんだ」
 「よくそんな貴重なものが手に入ったな」
 「親戚のお土産なんだよ。九州旅行に行ってね。僕にくれたんだ」
 良くはわからんが、何かすごいもののような気がする。締めくくりにふさわしい花火である。

 線香花火には、花火の状態で各それぞれに名前がついているという。
 添加した直後の状態が「蕾」、そして「牡丹」、「松葉」、「散り菊」。それらは人の一生を、花火で表現
したものだという。
 「僕らの今の状況は、線香花火に重ねると『牡丹』に当たるらしい」
 安物の線香花火にはない、闇夜に瞬き、儚さを持ちながら、しっかりと存在感を主張して、スボ手牡丹の線香
花火は火花を放っていた。


すべての花火に火をつけたあと、俺は後片付けをする。
 夜風が涼しく、もはや季節が夏から秋に変わったことを感じさせた。
 庭の片隅に潜んでいた秋の虫たちの音色が聞こえる。
 「今日は楽しかったよ、キョン。こうやって季節に区切りをつけるのも悪くはないね」
 いや、俺の方こそ楽しかった。
 「それじゃ僕は帰るよ」
  ああ、それなら家まで送るよ。結構遅くなったしな。
 「ありがとう、キョン」

 「それじゃ、キョン」
 佐々木の家までついてきて、玄関先で俺達は別れる。
 「ああ、そうだ、キョン。君は明日も時間があるかい?」
 今日と同様、何も予定はないさ。
 「そうか。キョン。文化祭の準備もあることだし、よかったら明日本屋に行きたいんだけど、一緒に来てくれな
いかい?」
 構わないよ。そういえばもうすぐ文化祭だったな。
 「君が応募する小説も、もうすぐ締切だしね。取材に出かけて細部を詰めないと」
 もうほとんど完成はしているんだが。
 「その小説の賞金で、晩秋の行楽シ-ズンに、君と旅行に行く予定を立てておいていいのかな?」
 佐々木は面白そうに、くっくっくっと笑った。

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最終更新:2013年10月20日 17:23
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