72-131『しっぽのきもち』

最近、色々忙しく髪を切りに行く暇もなかった。
最も、私は基本は怠惰であり、お洒落にしても外を出歩いたり人と会う用事が無ければあまりしなくはある。
家だと中学ジャージというのもザラだし、パジャマというものも下着にシャツというのもおかしくはないのだが。
どうせ人に見せる用事もないわけで、こうした時にお洒落にキメられる橘さんあたりは本当に凄いと思う。
一度彼女が遊びに来た時、彼女のパジャマであるネグリジェを見た時は、心底驚いた。ネグリジェに、ビスチェ。下着の質もシルクで決めており、手触りからして違う。上質なものというのは、気分も高揚させるのだろう。橘さんのテンションは凄まじいものがあった。
私?厚手のTシャツに下はイモジャー。庶民たる私に相応しい格好であったと自負している。
このイモジャーの下は、母の中学時代からの由緒正しき代物であり、足首にある謎の紐がチャームポイントだ。使い込んだ風合いといい、まさしく寝間着の中の寝間着といえる。
「髪、伸びましたねぇ。」
遊びに来ている橘さんが、私の髪を梳く。どうでもいいけど、髪の匂いを嗅がないで。生理的に不快なんだよ。
「明日、キョンと図書館で勉強だというのについていないわ…」
「美容院へは?」
「私は平々凡々な一庶民よ?母にしても働いている。人と会うからと美容院へ行けるブルジョアジーとは無縁よ、橘さん。」
橘さんって、良く分からない。
こないだ、未来人と周防さんと落ち葉焚きをしているのかと思いきや、地熱を使った焼きムカゴや川魚の丸焼きを作って食べていたし、かと思えば着る物は凄く上品で上質なものだ。
「小さいポニーには出来るかも知れないのです。…パイナップルみたいになりますかね?」
橘さんは、私の髪を梳きながら髪の匂いを嗅いでいる…。いい加減に止めるべきか?拳をご馳走したらこの暴挙も止めるのだろうか。文面だけは普通だろうが、実際には私の髪を頬ずりしながら匂いを嗅いでいるのだ。
私の髪の長さは、肩位。といえば私の生理的嫌悪も分かって頂けるだろうか?首筋に橘さんの息が吹き掛かり、彼女のよく手入れされた髪が肩を擽る。男性ならたまらないシチュエーションなのだろうが、私としてはたまらなく不快だ。
私はヘテロであり、決してビアンやバイセクシャルでない。嬌声を上げる橘さんを仕置きし、私は鏡を見た。
「(ポニーにするには短い。)」
やれやれ。明日は久々にひっつめるか。髪が肩に触ると意外に不快だからね。
…ポニーに出来ていたら、一番良かったんだけど。私は明日に備え、早仕舞いして布団に入った。
橘さん?食糧の調達があるから、と早めに帰ったよ。本当に彼女はよくわからない。


翌日。キョンと待ち合わせをしている喫茶店へと向かう。少し早めに行き、喫茶店のコーヒーを嗜みながら本を読むのが私の贅沢だ。
店内に流れる上質な音楽に耳を傾け、活字を読み、物思いに耽る。ひと段落した後にコーヒーを嗜みながら彼を待つ時間というのは、贅沢な時間である。
喧騒の中、コーヒーを嗜む趣味はない。やはり外出してコーヒーを飲むならば、静かな喫茶店に限る。
伸びた髪を後ろでひとつまとめにし、本を読み耽っていると、キョンがやってきた。気配で分かるなんて、我ながら妙な話だ。私は振り返るとキョンに言った。
「やあ、親友。」
「おう。」
キョンは少し奇異の目を此方に向けていたが、直ぐに椅子に腰を下ろした。
「この本に書かれていた事だが、なかなか興味深い。」
いつものようにキョンに、自分の見解と理論を語る。キョンは頷き、理論の違う場所については修正を入れる。
時折首を捻る箇所もあり、私達は少々熱くなりながら語る。
「心理学と哲学は違う学問ではないか?キョン、キミは心理学と哲学を混合し過ぎるきらいがある。」
「佐々木、人の心理を分析したものが心理学であり、哲学とは人の行動の指針となる学問だ。指針と心理の分析。このふたつの関連性は否定出来ない。」
「僕はだね、キョン。」
「俺はな、佐々木。」
はたから見たら、私達は口論しているかのように思われるだろう。だが、口論でなくお互いの理論を語り合っているだけだ。
白熱する議論。身振り手振りも加え、キョンと議論する。久々に楽しい時間だ。
「……?」
だが、キョンは時折赤くなり下を向く…一体どうしたというのか。
「キョン、キミはどうしたというのだい?僕に何かついているのかい?」
キョンは、少しはにかみながら言った。

「いや、お前が身振り手振りする度に、お前のひっつめが揺れてな。まるで尻尾みたいだ、と……」

……それから?キョンを付き合わせ、美容院に行ったよ。キョンは「綺麗なうなじなのに勿体無い」とほざいたが、関係ないね。
いつもの髪型にし、時間は短くなったが、図書館でキョンに勉強を教えてやった。実りある時間だったと思う。

もしも尻尾があったら?さぁね。キョンが言った通りじゃないかな?振り回して楽しんでいたと思うよ。だから髪を切ったんだけどね。
だって、悔しくないかい?
尻尾振り回すのが、キョンには見えて私には見えないなんてね!

END

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最終更新:2013年12月08日 01:23
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