16-922「佐々木さん、お酒は二十歳になってからの巻」

佐々木さん、お酒は二十歳になってからの巻

皆さん、こんにちは。わたくし、日夜愛を求めさまようものの、フラグの一つも見つからず、
アホの谷口にまでデートの先を越された哀れな愛の狩人、皆様の愛玩動物、通称キョンです。
え? いつもとちょっと違う? いやいやいや。そんなことは。
ええ、俺は別に酔ってませんよ。ぜーんぜん酔ってませんから。
ごくりごくり。ぷはー。
さて、般若湯でのどを潤したところで、実況を続けよう。
「カオス」という言葉をご存知だろうか。
そう、太平洋で起きた台風が、アンデスの蝶々を羽ばたかせるというアレだ。逆か。
南米のモスラの羽ばたきが、回りまわって東京のガイガンの回転鋸を自爆させ、
北村何某が「だからマグロ食ってる奴はダメなんだよ!」と叫ぶという、
人生万事塞翁が馬、世の中は巡りめぐって人類はつながっているというアレだ。
あれ? フラクタル? ストームブリンガー? D&Dの喧嘩分かれの元? まあいいや。
ともかく、今俺の目の前で、佐々木団(仮)が、そのカオスのまっただ中に沈んでいる。

ことの起こりは、佐々木からの呼び出しだった。佐々木団の親睦を深める会を、
橘が必死こいて開くものの、佐々木一人だとちょっと不安なので来てほしいと、連絡を受けたのだ。
参加に不安がられる時点で、それ親睦を深める会としてどーなのよ、というツッコミはさておき、
色々恩のある佐々木から連絡なので、指定されたカラオケ屋に赴いた。
しらけた空気の中、必死に空回る橘見物はそれなりに楽しかったが、
そもそも無口九曜と協調性ゼロのパンジー入れた時点で、カラオケ屋というロケーションは
最悪の結果しかもたらさないと、何故この脳みそ軽いツインテールは気づかないのだ。
胸が大きい女性は栄養が脳に行かないとか言うが、じゃあお前の栄養はどこに行ったんだ。
その髪の毛の先か。このできそこないエスパーめ。
そのまま盛り下がって解散してればいいものを、あのグドンのエサめ、
親戚の中国旅行みやげなどと称した「飲むと非常に楽しい気分になれると有名なお酒」
を持ち出しやがった。カラオケ屋に止められると思ったが、九曜が何か細工したらしく、華麗にスルー。
仕方なくちょっとなめてみた酒は、しかし水のようにするりとしたさわやかな喉ごしで、淡く薔薇のような香りの、非常に美味いものだった。
二度と酒は飲むまい、と固く誓ったはずの俺でさえ、気がつくと紙コップ一杯を干していた。
そして気づくと他の連中は、次々と杯を乾し、俺は完全に酔っ払った連中のサバトのど真ん中にいたというわけだ。

「俺だって、本当は皆さんにきちんと敬語使いたいっすよ。皆さん俺の遥かに先輩なんすから。
こう見えても俺、そーゆーとこはきちんとしてるつもりっす。
でも、俺の時代の文化系って、新しいものほど優れてるって思い込みばっかで、
先輩に対する敬意が足りないんすよ! 俺そーゆーのおかしいと思うんすよ!
でも、『未来人は過去の人間になめられたらいかん』といわれてですね、わざとこー、
キョン先輩にも辛い態度取らなくちゃいけなくて。俺辛いっす。マジで。
本当は、キョン先輩のこと尊敬してるんすよ。ねえ、誤解しないでほしいっす」
このセリフだけで誰かわかったらそいつはエスパーだ、というくらい変わりようの激しいバカポンジー、
離れろ、顔近いんだよ。何突然体育会系の下っ端根性むき出しにしてんだ。
俺の袖で涙をふくな。抱きつくな。男に抱きつかれる趣味はないんだ!

奴を必死に押しのけると、今度は反対側から、今回の騒動の原因が寄りかかってきた。
「らいらい、不公平らと思うれすよ」
いきなりろれつがまわってないぞ橘。
「向こうの機関は超能力もあり、お金もあり、人脈も3年間で形成したとは思えないほどあるらんて、
ろう考えてもズルいでふよ。トップはあの歩く核ミサイルのボタン押させたくないNO1娘、
涼宮さんでふよ。なんれあんらのに人が集まるんれすか」
いやまあその気持ちはわからんでもないが。しかしよく考えると、お前達が無能すぎるだけなんじゃないかって気もするな。
「ひ、ひろい。そうやって突き放した後に優しくしてみせて、
幾人もの女性をたぶらかひてきたのれすね。
れも私には通じませんよ。何せ私は佐々木さん一筋なのれす。
我々が機関に勝るもの、それは、佐々木さんへの清純で一途な愛、愛なのれす。
愛は地球をすくい投げ。とりゃ。そうれすよね佐々木さん。この清純な愛の見返りに、
まずは手付けとしてキスでもひろつ」
はいはい。見返りを期待する時点でそれは清純な愛じゃないだろ。

佐々木は、いの一番に酒がまわり、俺の膝を枕に眠っている。こいつに酔った橘が何かと
ちょっかいというか身体的接触をしたがるので、俺は酔っ払いのただ中で、佐々木を守る防壁に
ならざるを得ないのだった。酒でも飲まんとやってられない仕事である。え、酔ってないっすよ。
俺酔っ払わせたらたいしたもんすよ。ぷはー。
「--煮込みのナース、……仕込み子ナース、リーチ一発ダルビッシュ結婚……、びこびこナース--」
先ほどからマイクを握って話さない九曜の声が俺を現実に引き戻す。
宇宙人でも酔うってんだから凄いなこの酒。ところで九曜さん、時事ネタはすぐに風化するからやめなさい。
「--皆で、親睦……深まる?」
いや疑問形で聞かれても。楽しければいいんじゃないか。
ところでお前、その大量の髪、暑くないのか。
「--これ、取り外し可能オプション」 ぱか。
ぶふぉ!!
ちょ、ちょっと待て。今何した九曜。坊主も凄いが、その下でとれちゃいけないものまで取らなかったか!?
「--パーティ……ジョーク。親睦……深まる?」
深まった。深まりました。マリアナ海溝に一気に沈没したくらいに深まりましたから、あなたはカラオケを続けてください。
「--撲殺、天使……締切びりびりながるちゃん--延期の天使……髪の毛ボロボロながるちゃん」
奴のことは放っておこう。そうしよう。

「……うぅん、キョン、どこー。どっか行っちゃやだー」
暴れたせいで佐々木が目を覚ましたようだ。大丈夫、どこにも行ってないって。
「キョンのうそつきー。そんなこと言って、すぐにわたしを放ってどっかいっちゃうんだよ。
それで別の女の子と仲良くなるんだもん」
俺の高校生活の潤いのなさ(朝比奈さん除く)を知ってたらその発言はできないぞ佐々木。
というか佐々木。いくら酒に弱いからって、幼児退行はないだろう。
お前将来コンパとか行ったときにどうするんだよ。
「キョンがいればいーの。キョンとしかお出かけしなーいもん。くふ」
そうかそうか。何だか従兄弟のガキどもの面倒見てる気分だよ。
「しゃ、しゃしゃきしゃん! その喋りは反則れす! さ、さあ、お姉ちゃんにチューしましょうチュー!」
そこで目を血走らせて迫るな橘。ほら、鼻血がダバダバ垂れてヤバいぞ。
「やー! お姉ちゃんこわい!」
ほれみろ。怯えるだろ普通。俺も怖いよ今のお前。
「私がちゅーするのはキョンだけなのー」
はっはっは。そうかそうか。従兄弟の娘もおんなじようなこと言ってたなあ。
ちゅ。
あれ、なんだ今の感触。
おい、そこで泡吹いて倒れるな橘。ちょっとヤバイぞその倒れ方。
「キョンはすぐそうやって他の女の子ばっかり気にかけるー」
はいはい。とりあえずこいつが死んだらヤバいだろ。ちょっと待っててな、佐々木。

その後も、目一杯延長したカラオケの時間じゅう、カオスは続いた。
ひっくりかえった橘に、いすの上に正座して愚痴上戸の藤原に、歌い続ける九曜。
勘弁してくれ。
佐々木がそのまま眠ってくれたのでまだ助かったが、途中顔がやけに赤いのがちょっと心配だった。
まあ、みんな好き勝手に醜態さらして、しらふになったら、そうとう気まずいだろうな、
と最後に思ったのを記憶している。

結論から言って、その心配は杞憂だった。
それどころではなかったのだ。

ぐおらぁんぁうんぅあん。じんじんじぃんじぃぃん。
あの酒はそうとう強かったらしく、翌日、全員そろって壮絶な二日酔いに七転八倒の上を行く苦しみを味わった。
気まずいどころじゃない。
ようやく元気になって、また顔をあわせた頃には、もう酔って何したかなんて、みんな記憶の彼方にふっとんでいた。
「一生の不覚だ。もう二十歳過ぎてもお酒は飲まない」
まだ頭痛に悩む青い顔で、佐々木はそう言っていた。
俺もその方がいいと思うぞ。理由はなんとなく定かではないが。
うむ、皆もお酒は二十歳を過ぎてからだ。

                                        どっかで見たようなフレーズでおしまい

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最終更新:2007年09月06日 23:01
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