17-681「キョンと佐々木とハルヒの生活 7日目」

×月○日
「名前はどうしようか?」
「そうだね。春生まれだから春を感じさせる名前がいいな。」
「春っぽい名前ねえ。そうだ、ハルヒなんてのはどうだ?」
「いいんじゃないかい。響きも綺麗だし、どこか壮大で温かみを感じさせる名前で僕は気に入ったよ。」
「じゃあ、字はどうするかだな。春日・・・、だめだ、カスガって読まれそうだ。春陽。ん~、これもなんか違うな…」
「そうだ、キョン。いっそのことこうしたらどうだい?」
そしてあいつは手元にあったメモ用紙にこう書いた。
『ハルヒ』

「ぐげぇ!」
腹に感じた衝撃で俺は目を覚ました。
今日もまたいつものアレか・・・
「お前、もうちょっとマシな起こし方はできないのか。ハルヒ」
「今日はせっかくの私のお誕生日なんだから、はやく起きなきゃだめなの。誕生日は特別な一日だから一分一秒も無駄に出来ないの!」
「わかった、わかったよ。」
右手で頭を描きながら、目の前で仁王立ちしている我が家の暴君をなだめる。
はぁ、夢で出てきた生まれたてのお前はかわいかったのに、どうしてこんな凶暴に育ってしまったのか。
トーストの焼けるにおいがする。
ヨメはもう起きて朝飯の用意をしてくれているみたいだ。
「わかった、起きるから。そんな怖い顔で見るな。」
フン、とかわいい我が家の暴君は鼻を鳴らすと嫁のいるリビングへと走っていった。
たまの休みくらいゆっくりさせていただきたいものだが、仕方が無い。
ハルヒの言うとおり誕生日っていうのは特別な一日だから。
俺にとっても、ハルヒにとっても、そして当然あいつにとっても。

「やぁ、おはよう、キョン。」
「おはよう。」
俺がリビングに入ると、卵焼きを焼いているエプロン姿のヨメが顔だけを振り向かせた。
先にテーブルに座ったハルヒはご機嫌斜めだ。
「牛乳取ってくれ、ハルヒ。」
「・・・」
やれやれ。
このようだと朝から先が思いやられるよ。
「あれ、なんでハルヒは拗ねているんだい?」
「いや、朝から俺が起きるのが遅いって。」
俺がそう言うと、ヨメは喉の奥で蛙が鳴くような笑い声をたてた。
「ハルヒは大好きなキョンに自分の誕生日を忘れられたと思って拗ねているのだよ。」
「ちがうもん!」
ハルヒが大声で否定する。
「ほんとにそう?」
「別にキョンのことなんて好きでもなんでもないもん。」
その一言は父親として非常に耳が痛い。
「じゃあ、キョンのことが好きでもなんでもないんだったら、そこまで怒る必要はないでしょう。」
ハルヒはう~っと言葉にならない。
こういう屁理屈をこねさしたらうちのヨメは天下一品だ。
こんな詐欺まがいの調子で仕事をこなしているんじゃないだろうな。
急に心配になってきた。
「何か言ったかい?」
何も言っておりません。
「・・・ハルヒ。」
「何?」
ぶすっとしたまま、かわいい娘は好きでもない父親に答える。
「今日は街の不思議探索パトロールに行くぞ。」
「ほんとっ!」
ハルヒは目を輝かせて俺のほうを向くと、しまった、みたいな顔をして
「まぁ、別にキョンがどうしても行きたいっていうなら、仕方ないわね。」
とおうそぶきになられた。
やれやれ。
ヨメと目が合うと、ヨメは両手を挙げてジェスチャーをした。

説明しよう。
不思議探索パトロールとは、我々親子三人で駅前に繰り出し、そこからあちらこちらをうろつきまわってこの世の不思議を探すというパトロールなのである。
まぁ、平たく言えば家族水入らずのお出かけといったところだろうか。
何をどう考えたのか、ハルヒの奴はこれを不思議探索パトロールと呼び、毎回毎回なにか不思議なものはないかとあたりを見回しているのである。
怪しいからやめなさいって。
今日は朝からヨメががんばって用意してくれたお弁当を持って、適当に散策だ。
白いワンピースがよく似合うな。
俺とヨメの間にハルヒが入り、二人と手をつないでいる。
ステレオタイプな家族像だが、これはこれでいいもんだ。
突然、ハルヒは立ち止まり、真剣な顔で何かを数え始めた。
「いち、に、さん・・・」
「ん?ハルヒ、何を数えているんだ?」
「ふうん。前と同じか。」
「?」
「ここの道の数。なんか新しい道がないかなって。」
新しい道って、こんなところに異世界への入り口が開いていたら困るぜ。
「ざんねん。」
そりゃそうだ。

そして俺たちは公園について、そこで昼食をとることにした。
ベンチに腰掛けて、ヨメの作ってきてくれた弁当を広げる。
サンドイッチか。
「まぁ、ピクニックといえばやはりこれだね。」
ヨメは笑いながら紙コップにオレンジジュースを注ぎ始めた。
「そうだな。今日は天気もいいし。太陽の気持ちのいい一日だ。」
「そうだね。」
ベンチでのんびり弁当を広げている俺たちの前でハルヒはじーっと噴水の水面を覗き込んでいる。
実はこの噴水の名前は河童淵で河童でも泳いでいるのかね。
「全く、あいつのみょうちきりんな振る舞いは誰に似たんだか。」
「間違いなく、キミだね。」
あっさり断言された。
「なんでだ?」
「遺伝性のエンターテイメント症候群さ。」
そう言い放つと、ヨメは喉の奥でくっくっと笑い声をたてた。

「こんな日だったね。」
「何がだ?」
「ちょうど4年前のこの日。」
「あぁ―」
そう言われて俺は記憶の糸を手繰り始めた。
4年前、ちょうどハルヒの生まれた日。
あの日も雲ひとつない快晴で、春の太陽の光が降り注いでいたな。
「もっとキミのことだから娘の名前を考えるのに時間がかかると思っていたのに、あっさりと決定されてしまったね。」
実はハルヒが生まれる前に名前についてあれこれ、あーでもないこーでもないと色々候補を考えていた。
が、結局決められないままその日を迎え、そしてその日のうちにあっさり決まってしまったのである。
「まぁ、インスピレーションってやつだな。」
ヨメは俺にくっくっと笑い声を出しながら笑顔を向けると、今度は視線をハルヒの方に向けた。
「いい名前だよね。僕は気に入っている。」
ハルヒの奴は噴水に手を突っ込んでパシャパシャやっている。
「当たり前だろ。俺とお前で名づけたんだから。」

いい加減昼飯を食うぞ、と噴水で遊んでいるハルヒをベンチまで手を引いて連れ戻した。
「ハルヒ、手を出して。」
そしてヨメはウェットティッシュを取り出しハルヒの手を拭いた。
相変わらず用意周到だ。
ヨメ、バスケット、ハルヒ、俺という並び順でベンチに座りみんなでサンドイッチをいただく。
と、気づけばハルヒが俺の手元をじーっと見ている。
なんだ、お前このサンドイッチが欲しいのか。
「キョン、そのサンドイッチはハルヒが作ったんだよ。」
ヨメは悪戯っぽく、俺のかじっているサンドイッチを指差す。
なるほど。
「どうりでうまいわけだ。ハルヒ、お前きっといいお嫁さんになれるぞ。」
その奇矯な振る舞いさえなんとかすれば。
ハルヒはぷいっとあっちの方向を向くと
「別にいいお嫁さんなんかになりたいわけじゃないもん。」
そうか。
まぁ、一生俺の傍にいてくれるというならそれはそれで―
「なにを馬鹿なことを言っているんだい。」
ヨメがあきれ返った声を出す。
「でも、キョンがどーーーしてもって言うならキョンのお嫁さんになってあげてもいいわよ。」
とハルヒがのたもうた。
まぁ、娘が父親のお嫁さんになるって言うのはよくあることらしいが、うん、悪い気はしないな。
「でも、ハルヒ。ママがもうキョンのお嫁さんになっちゃてるから、ハルヒはキョンのお嫁さんにはなれないんだよ。」
おいおい、子供の夢っつうか俺の夢を壊すような発言をするんじゃない。
「なんで?」
「うーん。お嫁さんになるのは早い者勝ちだからかな。」
平たく言えば確かに早い者勝ちだな。
ハルヒの奴はふーん、と少し何か考えるような仕草をすると
「じゃあ、しかたないか。でも」
「でも?」
「ママと私がヨーイドンで勝負したら私が勝つ自信がある。」
「え、なんで?」
「だってママなんてキョンに対して積極的にアプローチ出来ずに、結局何も出来ないままずっと友達のままでいて終わりそうだもん。」
ちょ、なに説得力のある分析をし始めるんだい、ハルヒ君。
思いもよらないハルヒの発言にヨメの表情を伺うと・・・
うん、顔は笑っているが目は笑っていないな。
「そんなことないよ。ハルヒだって、あまのじゃくなところがあるからキョンを振り回すだけ振り回すけど、肝心なところでうまく好きって言えなさそうだよ。」
「そう?でも、きっとママだって中学のときにそれなりにいい仲になれそうなところまで行けるけど、そこから先へ踏み出せなくて、結局想いに気づいてもらえることもなく高校進学で離れ離れになって忘れられちゃうって感じだよ。それに私のほうがきっとおっぱいが大きくなるし。」
「ハルヒだって、愛情表現がへたくそでかまって欲しいのにうまくそう言えなくて、それで彼の女友達に嫉妬とかしたりして彼に迷惑をかけたりして、で結局友達以上恋人未満のままって感じがするけどな。それとおっぱいの大きさはきっと関係ないよ?」
・・・ちょっとキミら。
もしも、もしもの話ですよね。
えらくリアリティあるけどそうですよね。
この二人の間に入った俺にはまるで氷柱を抱え込んだがごとく寒いものが走っていた。
なんだろう、なぜかよくからんが冗談に聞こえん・・・
そして、なぜか二人の俺を見る視線が痛い。

そんなプチ修羅場?をくぐりぬけ、午後の散策を開始した我が家ご一行は駅前の繁華街でプレゼント探しを始めた。
ハルヒの奴は相変わらずわけのわからんものを気に入る。
こら、バニーガールのコスプレセットなんか欲しがるな。
「ちぇ。」
女の子はおしゃれさんだと言うが、こいつの場合なんか単純にコスプレに走っている気がする。
今度はカエルの着ぐるみをもの欲しそうに見ている。
だめだ、こりゃ。
「はぁー。バニーガールのコスプレなんて4歳児の選択じゃないぞ。」
「いいじゃないか。無邪気だからこそ、だよ。」
ヨメはそうフォローしてくれるが、ハルヒがこのまま成長したときのことを考えると心配だ。
しかしながら、ハルヒにもバニーガールの衣装が似合うような年が来るのかな。
成長すればいつかそうなるだろう。
でも―
「キョン。・・・なぜ僕の胸を見ているのかね?」
ごめんなさい、なんでもありません。

結局、ハルヒの奴が欲しいものを買ってやるととんでもないことになりそうだということで、ハルヒをヨメに任せて俺がなにかよさげなものを見繕ってくることになった。
女の子のプレゼントだからヨメが選んだほうがいいと思ったのだが、ヨメいわく
「キョンが選んでくれたものなら、なんでもハルヒは喜ぶよ。」
とのことなので俺が探すことになった。
とはいってもハルヒの喜びそうなものなんて俺にはよくわからん。
ありきたりのものでは喜ばないだろうし・・・
かといって奇をてらいすぎると着ぐるみになってしまうからな。
やれやれ。
そう思いながらあたりを適当に見回していると俺の目に何かが入ってきた。
「おっ、これは・・・」

「やぁ、キョン。いいものは見つかったかい?」
「あぁ。まあな。」
そしてヨメに手に持った包みをアピールする
やっとこさそれなりのブツをゲットした俺はヨメとハルヒの元へ戻ってきた。
ちなみに、その間にヨメたちはケーキやらなにやらを買っていた。
「それじゃあ、そろそろ家に帰って準備を始めようか。」
そのヨメの一言で本日の不思議探索パトロール隊は解散。
各自持ち場に戻り、誕生日パーティーの準備をせよ。

誕生日ケーキとご馳走に囲まれてハルヒはご機嫌だ。
こうやってハルヒが笑っていてくれると家の中まで明るくなった気がする。
お前が生まれてきてくれて本当によかったよ。
嬉しそうなハルヒの顔を見ると心の底からそう思える。
「それじゃあろうそくに火をつけようか。」
ヨメがろうそくに火をつけると、ハルヒは大きく息を吸い込み一息でそれを吹き消した。
「ハッピーバースデーハルヒ。」
「誕生日おめでとう。」
もう、4歳か。
時間が経つのは早いもんだ。
ハルヒの笑顔は百万ワットの電球みたいな輝きを放ている。
いつもこうやって笑っていてくれりゃ、かわいいのに。
「キョン、ちょうどいいタイミングだからプレゼントを。」
「おお。」
そして手元に置いてあった包みを取り出す。
「誕生日おめでとう、ハルヒ。」
むずがゆそうな笑顔でプレゼントを受け取る。
素直にありがとうと言えない所がこいつらしいな。
「ほら、ハルヒ開けて見せて。」
ヨメがハルヒと一緒に包みを覗き込む。
ハルヒが包みを開けるとそこから出てきたのは
「おぉ。」
ヨメが感嘆の声を上げた。
「キミにしてはセンスのいいものを選んでくれたね。」
ふふふ、そうだろ。
偶然店で見かけて、その瞬間ハルヒに絶対よく似合うと思ったのさ。
「ほら、ハルヒ付けて見せて。」
ハルヒはしばらくそれを見つめた後、自分の頭に付けてみせた。
それは両側に黄色いリボンのついたカチューシャだった。
「おぉ、思ったとおりよく似合っているな。」
「本当に。ハルヒのイメージとよくあってるね。」
ハルヒはこういうときにどうしたらいいかわからないというように、怒っているのか笑っているのかよくわからない表情で、大切そうにずっとカチューシャに手を当てている。
「でも、キョン。」
「ん、なんだ?」
「これ、大人用だからハルヒにはまだ大きすぎるよ。」
・・・


「起きろー!」
ボフッ
「うげっ!」
また、今日の朝もこれか・・・
眠い目を擦りながらリビングへ向かう。
「おはよう、キョン。」
「おはよう。」
相変わらず俺よりも早く起きるヨメが俺を出迎えた。
「あれ?」
「ん、どうしたんだい?」
「ハルヒのやつあのカチューシャどうしたんだ?」
ハルヒの奴は昨日の夜からずっとカチューシャをつけたまま、寝るときになっても外さなかったのに。
「あぁ、あれかい。よっぽど気に入ったんだろうね。昨日は付けたまま寝そうになっていたよ。」
結局、寝る直前になってヨメから、付けたまま寝ちゃうとカチューシャが壊れちゃうよ、と言われてしぶしぶそれを取ったのだった。
「あの勢いなら今日の朝も付けていると思ったのに。もう飽きたのか?」
ヨメははぁーっとため息をつくと
「全然違うよ。あのカチューシャはハルヒにはまだ大きすぎただろう?」
そういえばそうだったな。
俺はサイズを確認せずに買っちゃったんだった。
「それで、あのカチューシャはとっておくんだってさ。」
「とっておく?」
「そう。」
そしてヨメはトースターを覗き込んでいるハルヒの方に目を向けた。
「これから大きくなって、なにか特別ないいことがあった日。その日からそれを付けるんだってさ。」

そして『その日』がやってきたのは、今までと同じあの日だった。
俺たちがあいつの名前をつけた日、そして俺があいつにカチューシャを送った日。
16歳になったその日、高校1年生になったハルヒは突然長かった髪を切ってそのカチューシャを付けた。
「それじゃあいってきまーす!」
「行ってらっしゃい。」
「気をつけてなー。」
久々にみせる百万ワットの笑顔とともにあいつは学校へ向かった。
あのころとは違ってもう俺が送り迎えすることはない。
「やっとあのカチューシャを付けたね。」
ヨメが笑いながら俺に話しかけてくる。
「あぁ。なんかハルヒが一つ大人になったっていうか、なんか一歩俺たちの手から離れたって感じだな。」
「そうだね。きっとなにかいいことがあったんだろうね。」
「あれがちょうど12年前か。今まで長かったような、短かったような・・・」
思わず遠い目をしてしまう。
「本当にそうだね。」
そんな会話をしながらヨメと俺は仕事へ行く支度を済ました。
今では俺たち二人は一緒に家を出て仕事に行くことにしている。
玄関から外に出ると春の日差しが気持ちよく俺たちを出迎えてくれた。
「あぁ、そういえば―」
「ん、どうした?」
「ちょうど僕がキミと付き合い始めたのもちょうどこの日、ハルヒと同じ高校1年生だったね―」
そしてあいつは俺に笑いかけた。
あの頃と同じ笑顔のままで。
そして、この春の日差しもあの頃のまま俺たちを照らしていた。

『キョンと佐々木とハルヒの生活 7日目』

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最終更新:2007年08月17日 23:03
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