19-511「閉鎖空間漂流記」前半

別になんてことの無い日だったはずだ。
朝は別に遅刻とも早過ぎるともいえない時間に妹に叩き起こされのんびり朝飯を食ってから家を出た。
その日の授業も忘れ物程度のトラブルでさえ起きていなかった。
弁当は普通に旨かったし、谷口や国木田と馬鹿話をしていたはずだ。
SOS団の活動もいつもどおり、最大の懸案事項であるハルヒの機嫌も良好だったはずだ。
長門からのメッセージも古泉からの忠告も朝比奈さんからの依頼もなかった。
古泉とのオセロで5連勝したころ長門が本を閉じ活動は終了。
帰り道は急に雨が降ったり子供が道路に飛び出したりするところを助けたりもしなかった。
家にたどり着くと夕食までゲームをして、食事をしてから風呂に入って。
雑誌をパラパラめくりながら今日は課題も無いからとっとと寝ちまおうと思って11時には寝たんだよな。
見事なまでに普通だ。
宇宙的未来的超能力的要素はどこにも入る余地が無い。
ならばだ。
今回のこの事態の原因は何だというんだ?

「なぜ俺はこんなところにいるんだ?」
「そこは『俺たち』と言ってほしいものだね、キョン」

灰色の町、人の気配の一切感じられない場所。
そして、嫌に暗い場所。
この暗さが電灯という電灯がまるでついていないのが理由だとわかるまでにはしばらくかかった。
気づいたとき俺は佐々木と二人で閉鎖空間にいた。
まるでいつぞやのようにな。
今までの経験や情報を統合して考えれば俺をここに連れ込んだのは佐々木なのだろう。
俺が着ている服装が中学の制服なのがそれを証明している。
こんなことができるやつで、俺の中学時代の制服を知ってるのは佐々木しかいないからな。
だが佐々木は完全な能力を持っているわけではなかったはずだがこんなことができるのか?
……いや、実際そうなっているんだから考えても仕方が無いか。
となると佐々木が俺をここに連れ込んだ理由は何だ?
ハルヒの時は……たしかその前日嫌に不機嫌でイライラしていた気がする。
正確な原因は俺には聞かされていないがおそらく何らかのフラストレーションの原因が俺だったのだろう。
しかし今回もそれを当てはめてもいいのだろうか?
ハルヒの時と違って佐々木が何らかのフラストレーションをためているような様子を見た覚えは無い。
いや、それどころか俺は昨日佐々木に会ってすらいないのだ。

「さて、キョン。僕も多少橘さんから話は聞いているつもりだけれどこういったことは君の方が詳しいはずだね?
 できれば説明をお願いしたいな」

どうやら俺は思考の渦に飲み込まれて黙り込んでしまっていたようだ。
その沈黙を嫌ったように佐々木が俺に質問をしてきた。
そうか、佐々木にしたってハルヒにしたって自分の能力には無自覚なんだよな。
佐々木は一応その存在を知っているとは言え、橘やらから聞いてそういう情報を持っているに過ぎない。
要するに自覚症状はまるで無いと思っていい。
ならばやはりこの状況は不思議だろう。
初めて古泉に閉鎖空間に連れて行かれた俺のようにな。
しかし……説明といわれてもな。
確かに超常現象は嫌というほど経験させてもらったがそれは巻き込まれてきただけだ。
原因は毎回説明をもらっているとは言え推論と専門用語で固まったようなやつばかりだ。
さらにいえばおれ自身正確に理解しているとは言いがたい。
……まぁそれでも無いよりましか?
佐々木にしたってまったく訳のわからない場所にいるのは不安だろうしな。
俺は佐々木に必ずしも正確なこととは言えないと断ってから現状俺がわかる範囲の解説を始めた。

「まずここだがな、閉鎖空間だ。俺やお前の服装が中学の時の制服なことから、多分お前のな……」
「なるほどね、それにしても何で中学の制服なんだろうね?」
「多分お前が一番見てる服装だからだろ。第一中学の制服なんざ俺は下取りに出しちまってもう無いからな」
「……やっぱり、僕の原因なのかな?」
「……お前がハルヒと同じ力を持ってるってのが本当なら、多分な」
「そうか……済まない、キョン。こんなところに連れ込んでしまって」


俺に発せられた佐々木の声はどこか不安が入り混じっているような気がした。
……不安?どこがだ?
別に口調も表情もいつもどおりだった気がするが……。
まぁいい、とりあえずフォローを入れなきゃ名。
はっきり言って俺に佐々木を糾弾する意思など微塵も無い。
大体こんなことでいちいち怒ってたら俺はハルヒを呪い殺していなければならないからな。

「原因こそお前かもしれんが悪意なんて無いんだろう?こんな力そうそう扱えるものじゃないしな。
 それに脱出だってその内古泉あたり……こっちなら橘なのか?が連絡してくるはずだ」

「そうか……そう言ってくれると助かるよ。ところでキョン、君は前にもこういう状況に陥ったことがあるはずだね?
 くっくっ、橘さんから聞いているよ……とりあえずそのときの脱出方法を試してみないか?」

……そうだな、とりあえずこの状況を何とかしないといけないよな。
そのためには可能性のある方法は試さなきゃな。
だけどな、あの時と同じ脱出方法だと?
……あー覚えているさ、一応名目は夢ってことになってるがな。
あれを今やれというのか。
白雪姫やらsleeping beautyやら散々ヒントを出されたあげくわけのわからん巨人に追いかけられてテンパった状態でやったあれを。
今このほとんど素面なテンションでやれというのか。

「いや、そのだな。佐々木、それは……ちょっと佐々木も嫌じゃないかと思うような方法なんだが……」
「大丈夫だよキョン。それにこれは僕の責任なんだ、可能な限りのことはするよ」

だめだ、こりゃ絶対引かない。
この感じだとたとえ内容を教えたところでやると言い出すだろう。
こいつも恥ずかしいの我慢しやがって。
知ってるんじゃないか?どうやって脱出したか。
ということは嫌じゃないのか?
……勝手な妄想している場合じゃないな。
……やるか?
やるのか?
確かに現状俺が思い当たる脱出方法はこれしかない。
そういえばハルヒのときも長門でさえ俺たちを助け出すことはできなかったわけだよな……。
確かにこんなところに長居はするべきではない。
あの時と違って脱出の鍵はもうわかってるんだ。
……よし。

「佐々木、目をつぶってくれ……試してみる」
「え?あ、わかったよキョン」

俺の声に対応して佐々木がゆっくり目を閉じる。
……ぐ、中学のときより色っぽくなって……ええい!余計なことは考えるな!

「佐々木……」
「キョン……んっ……」







「出れないな」
「出れないね」

まぁその、なんというか致してしまった訳だが。
ハルヒの時は次の瞬間夢ということになってベッドから転がり落ちていたんだが今回はそんな気配すらない。

「……本当にその……あれが脱出方法だったのかい?」
「……ま、まぁな」
「じゃ、じゃあ君は涼宮さんとも……」
「あれは夢だ!そういうことになっているんだ!」

俺は言及されないように佐々木の言葉にかぶせて発言した。
正直言ってあれのことは思い出したくないし出来ればこの無様な脱出失敗も無かったことにしたい。
ていうかしてください。

「……まぁ、いいか……これでおあいこだし」

佐々木は小声でなにやら言ってからこのことについて言うことは無くなった。
俺の願いが通じたのだろうか。
と、まぁ気恥ずかしさでこんな会話になってしまうのも仕方が無いというものだろう。
……冷静に考えたら今回は夢では済まない気がしてきたぞ?
俺達二人とも事象も原因もわかってるわけだし……いや、今は忘れよう。
それよりも早々に打つ手をなくしてしまった俺達はどうするべきか?
佐々木の力はハルヒほど完全なものではないらしいからさしあたって世界が作り変えられてしまうことは無いだろう。
と、なると別にそこまで急ぐ必要も無い。
長門やら古泉やらの連絡を待ってりゃいいのか?

「な、なぁ佐々木」
「な、なんだい?キョン」
「その……な、とりあえず俺の脱出方法のあては品切れなんだ。
 こんなところにいつまでもいるのもなんだ、どっか落ち着ける場所にいかないか?」
「……そうだね、こんな道端にいるよりいいかもしれない」

まだ会話にぎこちなさを残したまま俺たちは移動を開始する。
……そういえばここはどこだ?
なんだか見覚えがある道端だが。

「ここは……中学と塾の中間の場所だね」

そうか、そういえばそうだな。
自転車で見る景色とは違うから気づかなかったな。
……単に俺の記憶力が駄目なだけかもしれんが。
うん、思い出してきた。

「……だったら俺の家が近いか」
「そうだね……君の家に向かうかい?」
「この閉鎖空間がどこまで続いているのかはわからんが……前回電気やお湯はそのまま使えたんだ、だったら見知った場所のほうがいい」
「そうなのかい?だったらさしあたって餓死の心配は無いということか……」

そこまで長期間になるとは思いたくないがな。
閉鎖空間の壁に顔面をぶつけるのはごめんなので手を前に突き出しながら歩く。
暗くて歩きづらいが見知った道へ向かうのはそう難しくない。
かろうじて月明かりもあったしな。
数分歩いて俺の家にたどり着いた。
今まで歩いた距離を半径で考えたらこの空間はハルヒのときよりずっと広いのかもしれない。

「……そういえばキョン、鍵は持っているのかい?」
「大丈夫だ、開いてる窓がひとつある」
「無用心だね、気をつけなよ」
「まぁ今回はそれで助かったってことでよしといてくれ、よっと」

そんな場所からの進入は当然想定していない場所に設置してある窓なためちょっと力をこめて上る必要がある。
鍵を忘れて家に誰もいないときとかよくやってるから慣れたもんだ。

「佐々木、俺の靴もって玄関に回っててくれ。今鍵を開ける」
「わかった……はやくしてくれたまえよ」


窓を乗り越え床に着地する。
くそ、お袋のやつこんなところに物置やがって……。
そんな文句を思いつつ玄関へ向かい鍵を開ける。
佐々木を家に招きいれるととりあえずリビングに向かう。
手探りで電灯のスイッチを探り電気をつける。
急激に明るくなったため目が眩むがしばらくすると収まった

「……よし、やっぱり電気は来てるみたいだな」
「電話とかはどうなんだい?」
「通信手段っぽいものはまるで駄目だったな、一応試しては見るけどな」
「じゃ、どうやって長門さんとか古泉君は君と連絡を取ったんだい?」
「宇宙的超能力的なことはさっぱり解からんからなんとも言えないが、かなり無理してるようだったな」
「それじゃ連絡待ちしかないのかい?」

佐々木が不安そうな声を上げた。
声?声じゃないな、声は別に普通だ。
表情……も普通。
とにかく、なんだか佐々木が不安そうにしている気がしたんだ。
俺の心がそう認識した途端、俺の心に言いようの無い感情が生まれた……気がした。
庇護欲……とでもいうのだろうか。
目の前で、少なくとも中学の1年では見せることの無かった不安という感情を俺に見せる親友を守らなきゃならないような気がした。
……考えてみりゃいくら神もどき一歩手前とはいえ佐々木は一般人だし超常現象初体験なんだ。
毎回毎回巻き込まれている俺とは違う。
……そうだ、今回はいつもとは違う。
俺は一般人だ超常現象とは無縁だ巻き込まれたんだ他人任せで何とかしろってのが通る状況じゃない。
解決策……とまでは行かなくてもせめて佐々木を安心させるくらいはしなくてはいけない。
超常現象体験のベテランとして素人を導かなきゃならない。
……そんなベテランにゃなりたくなかったんだがなぁ。

「平気だろ、ほれ。米びつには米もちゃんとあるし水道から水も出る、電気も使えるんだからとりあえず心配ないさ」
「……そうだね、キョン」
「平気だ平気、なんとかなるさ。俺だって今まで何とかなってきたんだからな。
 ……やっぱテレビは映らないか、電源は入るんだが……」

リモコンの電源スイッチを押しても映るのは砂嵐ばかりだ。
電波やら何やらの通信手段はまるでだめなんだろうな。
ここには神人もいないみたいだから命の危険はまったくないし、佐々木と二人でいる以上孤独にさいなまれることも無い。
しいて言うなら唯一の不安はちゃんと日が昇るのかってことだな。

「ねぇ、キョン。橘さんや古泉君がこのことに気づいてくれるのはどのくらい後だと思う?」
「そうだなぁ……あの時は即座に気づいたみたいだが……今回はどうだろうな?世界が改変されてるわけでもないだろうし。
 少なくとも古泉や長門が監視してるのはハルヒだからな、俺だけが消えてもすぐには気づいてくれないかもしれん」
「橘さんはどうかな……学校は違うけど朝方なら気づいてくれるかな?」
「そうだな……佐々木、お前昨日何時に寝た?」

とりあえず今の時間が問題だ。
俺達はあの路傍でどのくらい倒れていたのだろうか。
数時間も倒れっぱなしだったと仮定するなら長門あたりはそろそろ気づいてくれていてもおかしくは無いだろう。
即座に目覚めたならしばらくは助けに来ないのかもしれない。

「11時ごろかな……君は?」
「ん、俺もそんなもんだな……学校に着くのが8時ごろで3時間くらいで気づいて対処法見つけてくれるとして」
「12時間くらいだね、結構希望的観測だけど……」
「っていうか今何時だ?」

俺はリビングの時計のほうを見る。
11時13分
……?
自分が寝付いた正確な時間なんて覚えちゃいないし時計もきちんと見ていたわけではないが……11時13分?
俺と佐々木はここにつくまで……その、脱出の試みやらなんやらで1時間は使っているはずだ。
いくらなんでも13分しかたっていないのはありえない。
11時ごろって言葉が正確じゃなかったとしても考えても誤差は10分前後に収まるはずだしそれを計算に入れても23分だ。

「……キョン、あの時計止まってるじゃないか。秒針が動いていないよ」
「そんな馬鹿な、この間電池変えたばっかりだぞ?」
「この世界で電池は動かないのかな?」
「でもリモコンは作動したぞ?」

なんて話を佐々木をしている時、カチリと音がした。
眠れない夜なんかによく聞くことになるあの音だ。
しかしそれはたったの一回。
一度音を鳴らしただけでまた止まってしまった。
俺も佐々木も時計を凝視していたので何が起こったのかはわかる。
秒針が動いたんだ。

「動いたな」
「でもまた動かなくなってるよ」
「……すごく嫌な予感がしてきたぞ」
「……聞かせてもらおうじゃないか」
「佐々木よ、この間俺が橘にお前の閉鎖空間に連れて行かれたとき。俺はどのくらいの時間あっちに行ってた?」
「……10秒くらいだったと思うけど」
「俺は10分くらい中にいたつもりだった」
「…………」
「…………」

勘のいい佐々木はもうこれで気づいているだろう。
いや、俺に言われるまでも無くそれくらいの仮説は立てていたのかもしれない。
とは言え俺達の意思を統一しておく必要がある。

「これから話すのはあくまで仮説なんだが……」
「……うん、言ってみてくれないか」
「この空間はその……いわゆる『精神と時の部屋』なんじゃないかと思うんだ」
「……時間の流れが遅いってことかな」
「まぁそういうことだ、とにかくあの時計が秒針を刻むまでの間隔を計ってみようと思うんだが……どうだ?」
「やらないほうが幸せな気がするけど……賛成だね」

再び秒針が動くのを待ってカウントをスタートする。
1……2……3
誤差を考慮して佐々木と俺はお互い心の中で秒数をカウントしていた、
20……21……22
この時間の誤差もハルヒ空間との相違点だな。
31……32……33
………えーと、もしこれが事実とするなら食糧問題が現実的になってくるな。
41……42……43
……なぁ、そろそろいいんじゃないか?
51……52……53
…………。
61……62……63……64……65……66

そこまで数え終わったときようやく秒針が動いた。

「64秒だね」
「俺は64秒だった……間を取って65秒差とするか」
「そうだね……まぁあの時計が外の世界をの時間を示しているという確証は無いんだけれど……」
「まぁ、そうだな。しかしはっきり言って俺らにできることはこのくらだ。暇つぶしとでも思っておけばいいさ」
「……そうだね、もし連絡が長時間来なかったらそう思えばいいんだから」

俺は頭の中で必死に計算を始めた。
ああめんどくさい。
えーと……

「あの秒針は俺達の体内時計で65秒数えてようやく1秒動いた。つまり外界の65分の1の速度でここの時間は進んでいるわけだ」
「さっきの計算では助けがくるのは外界時間で12時間を見ていたね」
「12時間の65倍、780時間……日数に直すと」
「……32日半だね」

……なんて計算だ。
何の確証も無い推論だがだいぶ現実味を帯びてきたぞ?
少なくともこの時計が遅いのと俺達の体感時間が合わないのは理由はこれぐらいしか思い浮かばない。

「キョン、ちなみに涼宮さんのときは脱出までどのくらいかかったんだい?」
「……3時間くらいだったと思うが、あっちの閉鎖空間は外とも時間の流れはそう変わらなかったはずだ」
「つまり、長門さん達が最短で脱出方法を作り出し僕らに連絡をくれたとしても1時間は見たほうがいいね」
「そうだな」
「そうなると……最低でも65時間、3日近くはかかるわけだ」
「最低3日、最長1ヶ月……いや、もっとになる可能性もある」
「1日かかれば2ヶ月、2日かれば4ヶ月、6日で1年になるね」

会話が途切れた。
まぁ仕方が無い、絶望的とは言わないがかなり長期間ここに滞在する可能性が出てきちまったわけだからな。
さて、どうするかね。
……ぐだぐだいっててもしょうがないか。

「佐々木、とりあえず俺の部屋でも行くか?……この計算を採用するのは12時間待ってからにしよう」
「……そうだね、僕らには積もる話もたくさんあることだし12時間くらいならすぐすぎるさ」

さすがに12時間はすぐとは行かないと思うが。
まぁ積もる話があるのは本当だ。


「君の部屋に入るのも久しぶりだね」

俺の部屋に入ると佐々木はそういった。
たしかにな、中学のときの勉強会以来だったか。
あの時はなんだかんだで勉強してたな、そういえば。
そのおかげで北高に入れたわけだがな。

「変わってないね」
「1年でそう変わるかよ」
「くっくっ、君の部屋に参考書がびっしり並ぶなんてないだろうしね」

軽口を叩きつつ佐々木は俺のベッドに腰掛けた。
俺は勉強机の椅子に座る。
と、言うか佐々木よ。俺の部屋なんぞがそんなに嬉しいか。

「四方山話で時間をつぶそうと思ったけど、やはりここのことが気になるね」
「そうだな、なんせ最短でも3日だからな」
「……食料とかね、大丈夫かな?」
「あの時計が外界と同じように進んでるって言うなら、腐ったりする速度も外界に準拠するんじゃないか?」
「そうでなかったらスーパーにでも乗り込んで保存食を集めればいいのかな」
「おいおい、泥棒宣言かよ」
「緊急避難だよ。カルネアデスの板では人命が議論の対象だけどこの場合食料だからね。悩む必要すらないさ」
「……こっちで食い散らかした食料は向こうではどうなってるんだろうな?」
「正直見当もつかないな、同様に減るかも知れないし関係ないかもしれない」

俺達が気がついた地点からここまでは1km弱あった。
ここら辺は住宅街だし、半径1km以内にはたくさんの民家がある。
仮にスーパーまで閉鎖空間が伸びていなかったとしても最悪他人の家の冷蔵庫をあさればいいわけだからたいした問題は無い。
この町の人口なんぞ俺は覚えちゃいないが少なくとも万人単位が食えるだけの食料がこの町にはあるわけだ。
この閉鎖空間内の人口を千人としても千日分、二人で500日分は確実にあるわけだ。
飽食日本万歳。しかも先に言ったとおり腐らない可能性が高いしな。

「……結局のところ何にも不自由はなさそうだな、しいて言うなら娯楽不足か?」
「くっく、本屋に行けば本は山ほどあるし、何より僕ら二人でいるんだか大丈夫じゃないかな?」
「……そうだな。あ、テレビの電源は入るわけだからゲームはできるかも知れんな」
「もし1ヶ月もここにいることになるなら勉強のほうも遅れてしまう……ことは無いか、でも忘れてしまうかもね。
 参考書は探しに行ったほうがいいかな?いやいや、キョンの勉強を見るのも楽しそうだ」
「げ、マジか」

閉鎖空間の内情を考察していただけなのにいつの間にか雑談になっていた。
別に気づかなかったわけじゃない。
それで佐々木の不安が解消されるのならそれでいいと思っただけだ。
……理知的な性格と口調のせいで落ち着いたのかと騙されかけたがあいつの顔には不安がいまだに浮かんでいたからな。
それから俺達はずっと話し込んでいた。
こんな特異な状況下であるにもかかわらずその会話の内容は中学時代の雑談と何も変わらない。
佐々木が先ほどのカルネアデスの板について解説をする。
俺が適当に疑問点を聞くと佐々木は定説に自分なりの解釈を入れて解説をしてくれる。
こいつの話は本当に聞いていて面白い。
再開後こうやって二人でゆっくり話すのは初めてだな。
1年分のたまりにたまった話題を消化するにはかなりの時間がかかった。
俺と佐々木はお互いベッドの上に座って話を続ける。
佐々木の話はかなり思考を要する内容であることが多い。
佐々木の出した質問に対して答えを考え、それについて佐々木の意見を聞く。
この行動はある意味パズルゲームのような心地よい疲労を俺の脳に与えていた。
ああ……そういえば俺達はろくに眠っていないんだったか。
目の前の佐々木もなんだか眠そうだ。
……思考が薄くなっているのを感じる。
そうだ、無理に起きている必要なんか無いじゃないか。
たとえこっちで60時間眠ったところで外じゃ1時間以下なんだから……。
俺は後で考えれば無茶にも程がある思考の中で、俺の意識は沈んでいった。
最後に見たのは、確か佐々木の寝顔だったな。






電灯の光が目に差し込んでくる。
……明かりをつけたまま寝ちまったのか。
なんでこんな体勢で寝てるんだったか。
今、何時だ?
学校は……。

「おはようキョン、どうやら途中で寝てしまったみたいだね……僕もさっき起きたところさ」

ようやく眼球のピントが合って目の前のものが正確に見えるようになった。
佐々木……?
……そうか、そうだったな。
どうやら寝ている間に助け出されてるなんて都合のいいことは起こってないようだ。

「どのくらい寝てたんだ?」
「いつ寝たか覚えてないから、話し始めたころからカウントすると11時間くらいかな。ここの時計で約10分」
「……そろそろ精神と時の部屋説を認めなきゃならないころだな」
「……そうだね」
「完全に目が覚めたら最寄のスーパーまで食料調達に行こう……そこまで続いてなかったら仕方が無い、民家に侵入だな」
「そうだね、足はどうする?」
「徒歩しかないだろ、自転車で行くとあんまり荷物もってこれないしな」
「それと、僕の家によって衣類を取って来たいな。1月近くも同じ服っていうのはちょっとね」
「ああ、そうか……それじゃ帰りに寄ろうか」


二人で家の棚にあったインスタントコーヒーを飲んでから食料調達に向かった。
そのときのことは割愛しよう。
ぶっちゃけただの泥棒だしな。
緊急避難やら銘打ってみても仕方が無い。
そう何度もこんなことをやりたくないので大量に持ってきた。
ショッピングカートに山盛り食料を積んで深夜の町を徘徊するさまはかなりシュールだったがな。
ついでに佐々木の家によって衣類も調達だ。

「あ、僕は家の鍵を持っていないな……キョン、窓ガラスを割ってくれないか」
「いいのか?」
「今更だよ、スーパーで破壊の限りを尽くしたじゃないか」
「……それもそうか、よっと」

手ごろな石を見つけて窓を叩き割る。
あっけなくパリンと割れた窓ガラスの隙間から腕を切らないように注意しつつロックを解除して窓を開ける。

「じゃあ、少し待っていてくれたまえ」

そういって佐々木は窓から家の中に入っていった。
佐々木が戻ってくるまでの間、俺は考える。
この空間は本当に佐々木の閉鎖空間なのか?
最初は俺達が中学の制服を着ていることから佐々木の空間だと断定したが中学の制服なんて変わっていないんだから調べるのは簡単だ。
こんなことが出来るのはそしてする意味があるのは……。

仮説その1
天蓋領域、周防九曜。
こうやって食料まで用意していたり、時間がずれていたり。
まるで雪山のときみたいじゃないか。
では、天蓋領域が犯人だとして、俺達にこんなことをする理由は何だ?
雪山のときはおそらく俺達との接触そのものが目的だったはずだ。
だが今回に限ってそれはありえない。
なぜなら接触したいなら普通に訪ねてくればいいだけだからだ。
情報統合思念体よりいささかぶっ飛んだ思考体系を持っている天蓋領域の考えることなんざ想像もつかないんだがな。

仮説その2
超能力者、橘京子
考えてみれば閉鎖空間を一番自由に利用できるのは超能力者たるあいつらに他ならない。
俺と佐々木を無理やり閉じ込めて何をしようとしているのか。
閉鎖空間の安全性とあいつの精神の安定を見せ付けて俺に心変わりを促すつもりか?
残念ながら自分が原因で俺を巻き込んだと考えた佐々木のうろたえぶりを見た以上さらに強固に能力は移さないと思ったんだがな。

仮説その3
未来人、藤原
これは……ないか。
あいつらはただ時間を異動することが出来るだけの存在のはずだ。
ただこれが規定事項ならば他2名あたりの助力で押し込めることがあるかもしれない。
その理由は……はっきり言って想像の仕様がないな。
言ってしまえば風が吹けば桶屋が儲かるみたいな理由なんだろう。

仮説その4
情報統合思念体、急進派
俺と佐々木を閉じ込めることでハルヒにノイズを起こす。
……それならば時間の流れをずらす必要が無いか。
というかそれ以前に殺しに来るんだろうな、やっぱり。

どれもこれもいまいち説得力に欠ける。
やはり佐々木の無意識で決まりなのか?

「お待たせ、キョン……どうかしたかい?」

っと、また考え込んでいたようだ。
……今の説は佐々木にいう必要は無いな。
危害を加えられているなんて考えさせたらまた不安がるかもしれないしな。

「いや、なんでもない……じゃ、帰るか」
「そうだね」

タグ:

+ タグ編集
  • タグ:

このサイトはreCAPTCHAによって保護されており、Googleの プライバシーポリシー利用規約 が適用されます。

最終更新:2007年08月27日 11:56
ツールボックス

下から選んでください:

新しいページを作成する
ヘルプ / FAQ もご覧ください。