19-762「夏の終わりの記念日」

夏が終ってしまう、そう思った。
すすんで口に出したことはないけれど、私はこの季節が好きだった。
セミにひまわりに入道雲、この世の全てのものが躍動感に満ち溢れるのに、
ふとした拍子に切なげな顔を覗かせる静かな夏が。
過ぎ行くものだからこそ季節は美しい、それは分かっている。
でも、あの時だけは終って欲しくないと思った。だから強くそう願った。
その願いが届いたのだとしたら、きっと私があれを生み出したのだ。
彼とふたりで迷い込んだ、あの幻のような夏の迷路を――――


『夏の終わりの記念日』

ツクツクボウシに抱く俺の想いは、とてもひと言では言い尽くせないものがある。愛嬌と、そこはかとない
前向きさを醸し出すあの声が聞こえはじめると、俺が一年のうちで最も愛する季節が終わりに近づいた
ことを嫌が応にも知らされる。だから鳴き声だけに関していえば、はっきり嫌いであるはずだった。
かといって夏が終るのはセミのせいではないし、俺だって移ろいゆく季節を愛でるだけの日本人的情緒は
持ち合わせているつもりだ。どころか、この燃え尽きようとする瞬間こそが、夏が最も輝く時であるとさえ
思っていた。でもやっぱり終って欲しくねえ、いやいや今こそ謳歌すべきなのだ、そんな愛憎こもごもの
込もった一方的な感情を、俺はあの小さな夏の虫に対して抱いているのである。

「そこまで想ってもらえているなら、さぞかしツクツクボウシも光栄だろうね」
含み笑いでそう返したのは、クラスメイトであり塾の臨席の主でもある佐々木だ。まあ、俺のこんな勝手な
思い込みで、連中が6年も土の中にいたことが報われるとも思えんが。
「それは正確ではないね。セミの幼虫が何年間を地中で過ごすのかは、実はよく分かっていないんだ。
俗に6年間と言われるのは、アブラゼミの研究が元になっているらしいけどね。一説によればツクツクボウ
シの幼虫期は1~2年というから、キミの一方的な恋慕でも案外報われるかもしれないよ?」
その無駄に豊富な知識で、俺がセミに抱いていた敬意を安っぽいものにしないでもらいたい。今のひと言
で、おまえは確実に日本中のツクツクボウシを敵に回したぞ。一斉に襲われても知らんからな。
とはいえ、こいつの明晰な頭脳に大いに助けられていることもまた事実だった。学校の成績は緩やかなカ
ーブで上昇線を描いていたし、なんと8月中旬までに全ての宿題を終らせるという快挙まで、今年の俺は
成し遂げていた。母親は地元の高校が甲子園で優勝したかのような喜びようだったが、遊びたい盛りの中
学生としては、夏休みのほとんどを夏期講習に明け暮れなければならなかったのは痛恨の極みと言える。
くそ、せめて午前で講習が終る今日くらいは遊び倒してやる。

「それはいい考えだね、キョン」
佐々木の顔が、一気に15センチは近づいた。ことあるごとに俺に勉強させようとしていたこいつに、こんな
食い付きをさせるほどの何が俺のセリフの中にあったんだ?
「いいかい、中三の夏は一度しか来ないんだよ? 確かに僕らは受験生で、その本分が勉強であることは
否定しない。でもキミは目覚しい成長を見せ、課題も早々に済ませるという驚くべき結果も残している。
そのために尽力した僕も含めて、僕らには少しばかり羽根を伸ばす権利があるとは思わないか?」
去年まで羽根を伸ばすばかりで飛びもしなかった俺からすれば、即座かつ無条件に同意すべき意見だが…
やはり同じ中学生、つまり、こいつも遊びたかったのだ。佐々木が急に身近に感じられた。そういえば、
こいつとは一緒に勉強をした記憶ばかりで、遊んだ覚えはほとんどないな。だがこれだけ馬が合うんだ、
きっと楽しい時間になるに違いない。

「おし、じゃあ…祭りも終っちまったし時間的に贅沢もできないし、プールにでも行くか?」
「いや、僕は古本屋に行きたい」
―――はい? 俺は耳を疑った。さっきこいつに覚えた親近感が一挙に遠ざかっていく。この暑い中どんな
羽根の伸ばし方をするかと思えば、古本屋巡りですか佐々木さん?
「失敬だな、人を珍獣を見るような目で見ていないで、まあ聞きたまえ。古本屋が目的であるのは間違い
ないんだけれど、この場合、多分に手段が目的になっていてね…」
聞けば、この街でもかなり古い一画にその古本屋はあるのだという。佐々木も一度しか行ったことがなく
場所もうろ覚えな上、バスが入れないほどに路地が入り組んだ街区なのだそうだ。
「徒歩だと遠いし、途中に結構な坂があるので自転車でも億劫でね。ついつい行きそびれていたんだが、
うん、キミが一緒なら実に心強い」
ちょっと待て、この残暑の真っただ中で、俺にヒルクライムをしろというのかおまえは?
「いいところだよ。郷愁を誘う路地に風鈴の音色、軒先の金魚蜂。そんな空間を、うろ覚えな古本屋を
訪ね歩いてちょっとした探検をする。これはこれで、面白そうだとは思わないか?」
なんというか、実に佐々木らしい変化球だ。俺はひそかに興味を引かれ始めていた。
「プールやお祭りもいいけれど、僕はこんな、静かな夏の過ごし方にも魅力を感じるのさ」
例のくつくつ笑いを向けられて、俺の心は決まった。ノスタルジック空間も悪くないかもしれん。

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だらだらと続く坂道の途中で、俺は早くもその決定を後悔していた。Tシャツは汗でべっとりと体に張り
付き、最初は気張って二人乗りをしていたママチャリも、とうの昔に「押し」が入っている。おい佐々木、
これじゃ俺が一緒に来た意味ないだろ、全くもって泣ける状況だ。
そんな俺の様子を見て佐々木は可笑しそうに笑った。どうやらこいつ自身はまんざらでもないらしいが、
いったい何がそんなに楽しいんだろうね。やっぱりこいつは変わってるな―――だが、何とか坂を登り切
った俺たちが最初の角を曲がった瞬間、景色は一変した。

年季の入った板塀、カラタチの垣根、まだなお白い漆喰の土塀。俺の家の近所では珍しくなった類の
敷地囲いが続く路地が、その先でYの字に分かれて消えている。雑多な囲いの奥にたたずむのは古い
木造の家々だ。いわゆる格式あるお屋敷ではない。ごく庶民的な民家が、ただその年代だけを古くして
軒を連ねている。強い日差しにコントラストを増したそこは、まさにちょっとした異空間だった。
「どうだい、汗を流して来るだけの価値はあるだろう」
汗を流すどころか、金を払う価値くらいはあるかもしれんぞ。景観保護区に指定して観光地にだってでき
そうだ。俺は、この街にこんな場所があるのを全く知らなかった。
「こうした景観が残っているのはほんのわずかな一帯だし、すでに新しく建て替えられた家も多い。今から
観光地化するのは難しいだろうね。それに、いつかは消えてしまう風景だからこそ、ここは魅力的なのだと
僕は思う。キミが夏の終わりが好きだというのも、それに近い感覚なんじゃないか?」
佐々木にしてはずいぶんと感傷的な意見だが、これには同意せざるを得ない。それより、おまえが言ってた
古本屋ってのはどこにあるんだ?
「僕の勘が確かならば、その先のY字路を右だ」
記憶じゃなくて勘ときたか。まあいい、せっかくだから迷子を楽しもう。俺は、荷台にちょこんと腰掛けた
佐々木を乗せて、真夏の路地へとママチャリを走らせた。

右に左に十字に分岐する、垣根と塀に挟まれた路地を、6割が勘で4割が記憶だという佐々木の道案内を
頼りに先へと進む。駄菓子屋に金物屋といった、今や絶滅危惧種といえる商家の店先をかすめ、角を曲が
った先に突如として現れる小ぶりな階段で自転車を担ぎ、神社の鳥居や延々と続く石垣を横目に俺たちは
走った。佐々木の言うとおりごく狭い区画なんだろうが、見通しが効かないために無限回廊に迷い込んだ
ような錯覚に陥る。
「ああ、あの柿の木には見覚えがあるな。う~ん…確か次を左だったと思う」
非常に頼りない佐々木のナビに文句をつけながらも、俺はこの状況をかなり楽しんでいた。知らない道を
走るのはただでさえ心が躍るのに加え、この巨大アトラクションめいた異空間ときた。これで童心に返るな
という方が無理ってもんだろう。
「だんだん思い出してきたよ。このまま直進すると左手に小さなお堂があったはずだ。それを過ぎてふた
つめの十字路を右に曲がってくれ」
徐々に正確さを増してきた佐々木の案内に従うことしばし、鬱蒼と繁る竹薮の脇に目指す古本屋は現れた。

「地球堂」と書かれているのだろうか。達筆すぎて却って読みづらい看板をくぐり、俺は佐々木に続いて
店内に入った。古紙特有の黴臭さが鼻を突く。クーラーが動いている気配はないのに、薄暗い店の中は
ひんやりと冷たかった。
「懐かしいな。ここは哲学書が充実していてね、以前父に連れて来てもらったんだ」
こいつの博覧強記ぶりは親父さんの影響か? まだ幼かっただろう娘を哲学書に堪能な古本屋に連れ込
むとは、ずいぶんととんがった教育もあったもんだ。俺は雑多に積まれた本に足をとられながら、難解な
タイトルが並ぶ書籍の谷を眉をひそめて見上げた。ダメだ、俺には理解できそうもねえ。
「くっくっ、そんな難しい顔をすることはない。読みたい本が見つからない時は何でもいい、タイトルや
装丁にインスピレーションを得た一冊を手に取ればいいのさ。いわゆるジャケ買いだね。読み手側が
先入観さえ持たなければ、この世に面白くない本など一冊もないんだよ、キョン」
そう言って、佐々木はぎっちりと詰まった本棚を実に楽しげに物色しはじめた。嫌な予感がする。まさか
厚物を山のように買い込み、一緒に荷台に収まって家まで運ばせるつもりじゃあるまいな。佐々木だけが
幸せそうに笑っているその末期的なビジョンを頭から振り払う。
だが、俺の不安は杞憂に終った。佐々木が選んだのは、哲学書というより詩集に近い印象を与える薄めの
一冊だったからだ。
「では購入してくる。少し待っていてくれ」
店の奥で化石のように鎮座する店主に向けて、佐々木は古書の谷間に消えて行った。

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「せっかく来たのに、一冊だけでよかったのか?」
来る途中で見つけた駄菓子屋の軒先に座り、よく冷えたラムネを喉に流し込みながら佐々木に聞いた。
「今日は手段が目的になっていると言っただろう、十分さ。それに厚物を山のように抱えて、僕だけが幸せ
そうな顔をして荷台に納まるわけにも行くまい」
キミの心配事などお見通しだ、といわんばかりの笑みを浮かべて、佐々木は手元の詩集に目を戻した。
沈黙が訪れる。なんとはなしに、俺はすだれ越しに空を仰いだ。
鮮やかな夏空を背に、大きな入道雲が湧き立っている。陽光が瓦屋根に眩しく照り返り、石垣でトカゲが
チョロリと動く。かき氷の吊るしを揺らす風には、微かに秋の気配が感じられた。
いい気分だ。花火ともプールとも違う、素顔のままの夏がそこにあった。遠くでツクツクボウシが鳴いて
いる。その他に聞こえるのは、隣で佐々木がページを繰る静かな音だけだ。ふたりでいるのに会話はない、
でも、その距離感が心地よかった。俺はそのまま長いこと、長閑な夏の空気を堪能していた。

「―――しばらく二人で黙っているといい。その沈黙に耐えられる関係かどうか」
いつのまにか、俺と同じく空を仰いでいた佐々木が呟くように言った。なんだそれ、格言か何かか?
「気にするな、ただの独り言だよ」
佐々木はそう言って詩集をバッグにしまい、ラムネに口をつけると夏空に視線を戻す。
また、あの心地よい静けさがあたりを支配した。ツクツクボウシが鳴き止もうとしている。
「嫌だ、まだ終らないでくれ―――」
「え?」
俺が聞き取りそこねた佐々木の言葉を風がさらい―――ちりん、と風鈴が鳴った。

と―――

気が付けば、目の前に女の子が立っていた。
白いワンピースに麦わら帽子、透き通るような肌と艶やかな黒髪。
露出オーバー気味の背景に、陽炎のように輪郭がぼやけている。
麦わら帽子の鍔に隠れて、その表情は見えない。
俺の妹より少し幼いくらいの年だろうか。
それは、夏が人の姿をとって現れたような白い少女だった。
そして少女は―――くつくつと笑って、言葉を紡いだ。

「じゃあ、ちょっとだけだよ」

再び風鈴がちりん、と鳴り、白い少女は真夏の陽光に掻き消えた。ツクツクボウシが鳴き始める。
動き出した時間の中、白昼夢のような光景に呆然となった俺が隣を見れば、佐々木もポカンとした顔で
俺を見つめ返している。今のはなんだ? 僕にも分からない、そんなアイコンタクトを交わして、俺たちは
なんの変哲もない、駄菓子屋の前に広がる夏の風景に揃って向き直った。

「子供のいたずらだったんだよ、きっと」
荷台に座る佐々木が背中越しに言う。でもな、俺にはあの子が急に現れて、急に消えたようにしか見えな
かったぜ。おまえもそうなんだろ? ふたりまとめてそんな体験をするか普通。
「それだけ僕らが呆けていたってことさ。無理もない、あの場所は―――そこ左折だキョン、そうさせる
だけの独特の空気があった」
帰り道をかなり正確に覚えているらしい佐々木のナビに従い、俺はハンドルを操る。確かにあの駄菓子屋
の軒先は、いつまでもこうしていたいと思わせる引力めいた何かを帯びていた。そんな場所でいい具合に
脳をとろけさせていれば、突然現れた子供にも気づかない―――か?
「現に僕らは子供の姿を見て、声も聞いている。もしキミの言うように僕らの意識がはっきりしていたの
なら、あの子が急に発生して消滅した理由を、量子力学的観点から考察しなければならないよ」
そういう身も蓋もない言い方をされてもな。とはいえ、俺も幽霊を見たような恐ろしさを感じていたわけ
ではない。むしろ綺麗で珍しいもの、そう、例えば虹を見た後のような気持ちでいた。
「美しいものが見られた、それでいいじゃないか。あぁ次を右だ。まあ正直なところ、僕もこの場所から
帰らなければならないのは少々残念だけどね。それくらい今日は楽しかった、ありが―――」
そこで、俺は目の前に現れた光景に自転車を止めた。せいぜい恨みがましい目をして佐々木を振り返る。
なるほど。おまえ、帰るのが惜しくてこんな道案内をしたのか?
「え、えっ?」
佐々木が驚いた視線を向けたその先には、「地球堂」という看板を掲げた、古ぼけた古書店があった。

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かくして、俺はいま自分の自転車の荷台にまたがるという、人生初の体験をしてるってわけだ。道すがら、
いきさつを話そう。
「馬鹿な、ありえない。僕のナビゲートは完璧だったはずだ」
帰りの道順に絶対の自信を持っていたらしい佐々木はそう言い切り、逆にジトーッとした目を俺に向けて
きた。あ~つまりなんだ、俺が指示どおりに自転車を走らせなかったと、そう言いたいのか佐々木よ。
「そうは言ってない、ただ、その可能性も考慮に入れるべきということだ」
言ってることが何も変わっていない気がするぞ。
「とにかく可能性がある以上は、アプローチの方法を変えて検証するしかないだろう」
そう言うが早いか、佐々木はいそいそとママチャリのサドルを下げ始めた。ちょ、何してるおまえ!?
「今度は僕が運転する。キョン、キミは荷台だ」
というわけで、いま俺の目の前には佐々木の背中がある。さすがにその細い腰に手を回すのは気が引け
たので、俺は荷台の前部をつかむという窮屈な姿勢を強いられていた。
「お堂が見えたら次を右、柿の木を左手に見てふたつ先を左……」
インプット済みの道順を呪文のように繰り返しながら、佐々木は重そうにペダルを漕ぐ。うなじには玉の
ような汗が浮かんでいて、なんとなく照れ臭くなって俺は目を逸らした。俺を後ろに乗せて夏の真昼間に
自転車を走らせるのは、インドア派の佐々木の足では辛かろう。
「おい佐々木、きつくなったらいつでも言えよ。あんまり無理すると膝を壊すぞ」
「次の次の角を曲がれば終わりだ、何とかなる。僕に任せておいてくれたまえ」
そして、俺たちは本日三度目となる、達筆すぎて却って読み辛い「地球堂」の看板を目にしたのだった。

シャリ…と、隣で涼しげな音がする。
「かき氷、冷たいよキョン」
「そうか、この心太も冷たいぞ」
暑さと疲労で脳をやられているためか、俺も佐々木もアホのような感想しか出てこない。どこまでも続く
陽炎の中、虫捕り網を持った子供が数人、駄菓子屋の前を走っていった。
あの後、都合8回に渡るノスタルジック空間脱出の試みは、ことごとく無残な結果を晒すこととなった。
俺が運転を代わり佐々木が携帯のGPSを起動させ、道行く人に聞き込みをして別ルートを開拓、果敢に
前に進んだ。それでもダメと分かると、駄菓子屋で50円で売っていた精度も怪しい子供用コンパスにさえ
手を出した。だが何度挑戦しても、結局あの古本屋の看板からは逃れられなかった。
おまえのGPSがいかれてるんだ、いやキミが道を見落としたに違いない、そんな不毛な言い争いを最初
のうちは続け、お互いにむっつりと黙り込み、それにも馬鹿馬鹿しくなって再度協力体制を築いても問題
が解決するわけでもなく、ただ疲れ果て、最後にはふたりで大笑いしながら自転車を走らせるという地獄
絵図にまで至ったうえで、俺たちは今こうして、駄菓子屋の軒先でぐったりとしているわけだ。
太陽はまだ真上にある。とっくに傾いてもよさそうな時間をここで過ごしたと思うのに、おかしなことも
あったもんだ。だが実際に時計を見ても、それほど時は進んでいない。まあ時計がそう言うのなら間違い
ないんだろう。楽しい時間はあっという間に過ぎるもんだが、今日は逆だな―――いや、楽しくもなかっ
たか? さっきから思考力が働かない。頭がぼうっとした。

「のぼせとらんと、これで顔でも拭きんさい」
おわっ! 頼むから婆さん、急に顔を出さないでくれ。すっかり顔なじみになった駄菓子屋の婆さんが、
奥から冷えた濡れタオルを持って来てくれた。
「効くぅ~」
佐々木の名誉のために言っておくと、これは俺のセリフだ。だがありがたい、キンキンに冷えたタオルを
首にあてると、ほんの少し意識がはっきりしてくる。それは佐々木も同じのようだった。
「GPSまで使って迷うなんて普通じゃありません。このあたりの道はそんなに複雑なんですか?」
「はぁ~、あたしゃ経済のことはよく分からんけんども、この界隈じゃ昔から人がよう迷うでの」
「でも、それほど広いエリアではないんでしょう?」
「そうさねぇ、高台の上だけじゃったら、ぐるり3kmもないじゃろうな」
婆さんのボケにはあえて突っ込まずに俺は考える。周長3kmに満たないエリアからどうしても出られない、
いくら道が入り組んでいるからといって、そんなことがあるだろうか。やっぱり何かがおかしい。
「まぁ慌てんと、ゆっくりしていきなされ。まだ夏休みじゃろ? ほっほっ、若い恋人さんは羨ましいの」
「いえ違います、彼とは友人関係です」
「そう照れんでもええて、ほっほ、めんこいめんこい」
やれやれ…俺は、お約束の勘違いをして奥に消えていく婆さんから表通りに視線を戻し―――
「佐々木、あの子だ!」
「え?」
軒先から伸びる路地のはるか向こうに、陽光にきらめく麦わら帽子を被る、白いワンピースの少女を見た。

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自転車に乗るのも忘れて俺は走り出した。佐々木は、あの子が突然現れて消えたのを見間違いだと言っ
たが、俺はまだ納得できていなかった。確証があったわけではない。ただ、白い日差しを背負った少女の
登場シーンがあまりにも非日常的で、それがGPSを使っても出られないこの小さなエリアの持つ非常識
さと、根っこで繋がっているような気がしたのだ。
ここから出られないことと、夏の化身のようなあの白い少女には関係がある、俺の直感がそう告げていた。
「非論理的だ、因果関係を証明する材料が何もない。頭を冷やせキョン」
俺は後ろに続く佐々木に問う。じゃあお前は、コンパスを見ながら北に進んでいたのに南端に出たのを
どう考える? GPSのグリッドが、突然あらぬ地点に移動したのをどう説明する?
「コンパスはおもちゃのような代物だったし、この暑さだ、GPSが壊れることだってある。僕らはただ迷子に
なっているだけだ、冷静に考えれば分かるだろう」
それなら聞くが、佐々木よ。おまえは今までどおりの方法で、まだここから出られる気がするか?
「それは―――」
佐々木は二の句を継がなかった。こいつも本当は分かっているのだ、これは異常な状況だと。ただ、俺よ
りもはるかに現実的な思考を持ち、それを裏付けるだけの情報も豊富にあるが故に、この状況を頭からは
認められないだけなのだ。路地にたたずむ少女が近づく。
「分かった。納得はできないが、あの子に話だけは聞いてみよう」
そして、少女は口元に笑みを形作り、カラタチの垣根に挟まれた横道に姿を消した。

俺たちの前を少女が駆ける。黒髪が揺れ、ワンピースがひるがえる。カラタチの路地から土塀の路地へと
右に左に奔放に、踊るような足取りでどこまでもこまでも駆けてゆく。その距離が縮まらない。なぜだ、と
俺の中の冷静な部分が問いかける。相手は年端も行かない子供だ、それなのに―――
眩暈がした。強い日差しにホワイトアウトした路地に白い少女が舞っている。麦わら帽子から覗く髪だけが
吸い込まれるように黒い。青い空、入道雲、焼けた石垣。狂おしいまでの夏の情景が陽炎に揺らぐ。
―――ああ、ここはまるで、夏の迷路だ。そう思ったのを最後に、俺の意識は暗転した。
佐々木の声の向こうで、ツクツクボウシが鳴いていた。

「ん……」
ちらちらとした光が眩しくて、俺は目を覚ました。陽光を透かした木の葉の間から木漏れ日が注いでいる。
そこへ、ひょこっと佐々木の顔が現れて俺を見つめた。その口元に優しげな笑みが浮かぶ。
「おはようキョン、気分はどうだい?」
「ここは、どこだ? 俺は…」
「近くにあった神社の境内だ。暑さにあてられたんだろう、キミは無理をしすぎだよ」
額に違和感を覚えて手をやると、水に濡れたハンカチが乗せられていた。そうか、俺はあの子を追いかけ
ている途中で…
「僕にとっては結構な重量物であるキミを運んできたんだ、感謝したまえ。それと、そろそろ足が重くなって
きている。もし元気があるようなら起きてもらいたいのだが」
そのひと言で頭が冴えた。がばっ、と起き上がって後ろを見れば、案の定、俺の頭を乗せていた部分を
ほんのりと赤くした佐々木の白い脚があった。あ~、つまりこれって…
「それから水分を取ったほうがいい。塾で飲みきれなかった残り物で恐縮だが、手水場の生水よりは
はるかに衛生的だろう」
そう言って、佐々木は半分ほどに減った緑茶のペットボトルを差し出してきた。礼を言ってキャップを外
したものの、そこで俺の手は止まる。こういう場合、このまま口をつけちまっていいのかこれ?
「キミの躊躇が衛生面から来るものであるとしたら、少なくとも僕の方は気にしないと答えておこう。ただ
し、その他の側面からの躊躇であるとしたら、それはいわゆる恋愛感情を持つ者が感じるべきものだ。
では、ここでキミに質問だ。僕らの関係を端的に表す単語として適当なものは何かな?」
……はい、友達です。
「そういうことだ。ためらう理由など何もないことが分かったら、速やかに水分を補給したまえ」
そうだ、こういう奴だった。恋愛感情を精神病のひと言で切って捨てるような女偉丈夫なのだった、こい
つは。だから俺は、お茶のことも運んでくれたことも膝枕のことも全部まとめて付けて―――
「ありがとな、佐々木」
と、それだけを言った。お茶を飲み干すまでの間、こいつの視線が妙に気になったのはこのさい秘密だ。

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喉を潤して境内の木陰に涼をとってみると、頭が冷えてきたせいだろうか。なぜあれほどあの少女にこだ
わっていたのか、理由が分からなくなってきた。佐々木の言うとおり、俺たちはただの迷子ってことで十分
説明がつくような気もする。
「中三にもなっていたいけな女の子を追いかけ回すなんて、キミは直感よりも世間体を気にするべきだね」
そう言われてしまうと返す言葉もない。でもな、あの子を追いかければここから出られるんじゃないかと、
あの時はそんな気がしたんだ。確信に近い感じだった。
「それでキミが倒れてしまっては元も子もないだろう。まぁせっかくだから、もう少しこの状況を楽しんだら
どうだい? まだまだ時間に余裕はある」
そうだな、と俺は思った。どこぞの軍隊が誤射したミサイルや、どでかい隕石が落ちてくるような派手さ
こそないものの、これはかつての俺が望んでいた非日常に近いものであるはずだ。エンターテイメント症
候群とのお墨付を佐々木から頂戴した身としては、これを楽しまなければ嘘ってものだろう。だから…
「よっ!」
抱えていたものを吹っ切る意味も込めて、俺は近くの木にとまっていたそいつを素手で捕まえた。途端。

シャアアアアアアアアアーーーー!!!!!

耳をつんざく大音量が発せられた。しまった、オスだったのかよこいつ! 手の中で即席の音波兵器と
化したクマゼミを慌てて空に放る。やれやれ、捕まえる前にちょっとは鳴いてくれよ。
「―――すごい」
その声に振り向けば、佐々木の大きな瞳がさらに大きく見開かれ、熱っぽく俺を見つめていた。
「セミが手で捕まえられるものだとは知らなかった。キミはすごいよ、キョン!」
ちょ、本気か佐々木? ガキの頃に外で遊んだ奴なら誰でも知ってるぞ。
「それに、あんなに大きな声で鳴くなんて! いまのはクマゼミだろ? 他のセミはどうなんだい?」
ああ、あんな馬鹿でかい声を出すのはクマくらいだが……なぁ佐々木、おまえも捕まえてみるか?
「えっ? い、いや、僕にはとても、あんな電光石火の神業は…無理だ」
まいったな、こいつ本当にセミの捕り方を知らないらしい。幼虫が土の中に何年いるかなんていうマニア
ックなことは知ってるくせに、実践はからっきしってわけか。
よし、じゃあ佐々木、あそこにいる間抜けそうなアブラを狙ってみよう。ゆっくり近づいていって、セミが
鳴き止んだらこっちも動きを止めて、また鳴き出したら接近―――いいぞ。ちょっと腰をかがめて、その
感じだ。それを繰り返して、手がセミから20cmの必殺の間合いに届いたら、下から一気に―――

ぱしっ、ジイィィィィィーーー!!!

「よっしゃ!」
我がことのように声を上げたのは俺だけだった。佐々木は信じられないものを見る目つきで、自分の手の
中で鳴き声を上げるアブラゼミをしばらく見つめてから―――満面の笑みをたたえて、俺を振り向いた。

その後、駄菓子屋に停めっぱなしだったママチャリを回収するついでに捕虫網と虫かごを調達した俺たち
は、神社に戻りセミ捕りに明け暮れた。捕まえたり逃げられたりするたびに、コロコロと表情を変えて一喜
一憂する佐々木の様子がたまらなく面白い。ションベンをかけられた時の顔なんか最高だったぜ。
そんな佐々木も、田舎の従兄弟相手にならした俺の指導で、その場にいた全ての種類のセミ―――アブ
ラにはじまりクマにミンミンにヒグラシ、それに最難関であるツクツクボウシまでも、ついにコンプリートした。
初戦でいきなり素手捕りを成功させただけのことはある、いい筋してるぜ。
受験生の男女がなにやってんだろうね、という突っ込みはこのさい野暮ってもので、俺たちはさながら
志望校の入学試験に向かうかのような真剣さで、心ゆくまでセミ捕りを堪能したのだった。そう、こういう
遊びにこそ本気になるべきなのさ。こんなにも楽しい日は、めったにやっては来ないのだ。

カラカラと車輪が音を立てる。自転車を押す俺の後ろに続くのは捕虫網を持った佐々木だ。神社で
捕まえたセミはキャッチアンドリリースの精神に則り全て逃がしてきたが、他の虫も捕まえてみたい
というこいつのたっての希望で、帰りの道を探しがてら、こうしてふたり歩くことになった。
「やっ! …ああ、逃げられた」
おいおい、トンボは上級者向けだぜ? だが意外だったな、こいつがこんなに虫捕りにハマるなんて。
「得られる興奮はスポーツのそれに似ているし、なにより直に自然を知ることができる点がいい。うん、
これはなかなかアカデミックな娯楽だね」
虫捕りをそんなふうに評したのはお前が初めてだよ。さすが、セミが手で捕れることを知らなかった奴は
言うことが違うな。
「くくっ、実践経験が不足していたことは素直に認めよう、お陰でいい勉強になったよ。書籍偏重もほど
ほどに、ということだろうね。まさか古本屋巡りがこんなことになるとは、とかくこの世は面白い」
陽がほんの少し傾いていた。体感上では、とっくに日が暮れていてもおかしくないくらいなんだが。
「なあ、キョン」
なんだ?
「その、キミさえよければでいいんだが、また……」
佐々木の言葉はそこで失速した。俺は内心苦笑する。まったく、普段あれほど口が回るくせに変なとこ
ろで素直じゃないなこいつは。でもな佐々木、皆まで言う必要はないぜ。おまえと過ごした今日この日は、
今年の夏休みで最高に面白い一日だった、俺が保証する。国木田や須藤には悪いが、おまえと遊ぶと
こんなに楽しいんだってことに、もっと早く気付くべきだった。ずいぶんと損をした気分だ。だから佐々木。
「秋になっても冬になっても、ずっと一緒に遊ぼうぜ」
足を止め、振り向いてそう言った俺の言葉に、佐々木はこれまで見た中で最高の輝きを瞳に宿して答えた。
「あくまで勉強の合間にだよ、キョン」

           -------------------------------------------------------------------------

そして。あてどなくぶらぶらと路地から路地を歩くうち、ふと何気なく曲がった角の先に広がる光景を見て、
俺は思わず絶句した。佐々木の提案に乗ってしまったことを激しく後悔しながら汗まみれになって登った
あの坂が、いとも簡単に、あっけらかんとしてそこに現れたからである。
「出られた…?」
間違いなかった。だらだらとした傾斜で下界に続く日差しに焼かれたアスファルトは、俺の記憶と寸分の
違いもない。不意に笑いが込み上げてきた。なんのことはない、佐々木の言ったとおり、俺たちは絡んだ
紐のようにのたくった路地の中で、ただ迷子になっていただけだったのだ。麦わら帽子の女の子なんて
全く関係ない。俺はなんで、あんなに必死になっていたんだろう。
「なあ、佐々木―――」
苦笑を浮かべて後ろを向いた俺は、そこに佐々木の姿が無いのを見て―――再び絶句した。

「佐々木!?」
呼んでも返事はない。冷たい汗が背中を伝った。あの白い陽炎の向こうにあいつが消えてしまったような
気がして、俺は自転車を放り出してもと来た路地に駆け出した。
ふたたび目の前に続く路地また路地の光景に、目も眩むような夏の迷路のイメージが甦ってくる。嘘だろ
おい、勘弁してくれ、あそこに囚われたら誰も帰って来られないに決まってる、だから頼む、出てきてくれ
佐々木! 闇雲に角を曲った、瞬間―――
「きゃっ!?」
「うわっ!」
あやうく人とぶつかりそうになった俺は急停止して、一拍遅れてそれが佐々木であることに気付いた。
「さ、佐々木?」
「キョン?」
お互いに豆鉄砲を食ったような顔をして、しばしの間俺たちは見つめ合った。本当に、佐々木だよな?
「ひょっとして、僕を探してくれていたのか? すまない、ちゃんと声をかけたつもりだったんだが…
うまく伝わっていなかったようだ。今ちょうど、こちらから電話をかけようかと思っていたんだよ」
体から力が抜けていく。つまり、なんだ。佐々木とはちょっとの間はぐれてしまっただけで、俺がまた勝手
に取り乱したと、そういうことか? やれやれだ、まったくもって今日の俺はどうかしてるぜ。
と、そこで佐々木が手に持っているものが目にとまった。見覚えのある麦わら帽子が。
「途中の空き地にあの子がいたのでね。お別れの挨拶をしていたら、どうやらキミとはぐれてしまったら
しい。この帽子は彼女がくれたんだ、今日の記念に、と言ってね」
そう説明すると、佐々木はおどけたふうに麦わら帽子を被った。どう見ても小さすぎる。それに今日の記念
って何だ、人生最大の迷子をした記念か?
「さあね、あの子にとっては何か特別な日だったんだろう。お礼に今日買った本をあげてきた、まだ読める
年だとも思えないが」
ちょっと待て、それじゃあ何のためにここまで来たんだか……もうわけが分からん。
「今日の目的は、それに至る行程にこそあると言っただろう。そういう意味では、僕らは十分にその目的を
果たしたのだからこれでいいのさ。それより、帰り道は分かっているのだろうね」
俺の目を覗き込んだ佐々木は、クツクツと喉を鳴らした。

あっけないほど簡単に戻ってきた坂道の上、自転車の荷台に佐々木がちょこんと座る。虫かごと網を持ち、
小さすぎる麦わら帽子を首の後ろにまわして。少し傾いてはいるものの陽はまだ高く、世界はじっとりとした
残暑の支配下にあった。俺は少し欲を出す。
「なあ佐々木、時間も妙に余ってるし、やっぱりこれからプールに行かないか? 途中でおまえの家に寄っ
て、その、水着とって来てさ」
「ふうん、やけにプールに拘るねキミも。でも僕の家に寄るというのはいいアイディアだ。塾で出された
今日の課題くらいなら、付き合うのに吝かではないよ。学生の本分は勉強だからね」
ぐあ、薮蛇だったか。こんなに暑くていい天気なんだから、今日くらいはいいじゃねえか。
「過ぎ行くものだからこそ季節は美しいんだよ、キョン。ずっと遊んでばかりいたら、まるで終らない夏の
ようになってしまう。いつかは飽きて、疲れてしまうだけさ」
そうか? 俺ならいくらでも遊び倒せると思うけどな、ずっと続く夏なんてものがあったら。
「またキミはいい加減なことを言って。いつか本当に、そんな世界に閉じ込められてしまっても知らないよ?
今日はもう十分すぎるほど遊んだのだから、諦めて勉学に励みたまえ。冷えた麦茶とお菓子くらいはご馳走
しようじゃないか」
やれやれ…俺は観念した。こうなったらもう、佐々木を止めるすべは無い。あとはひたすら学生の本分と
やらを全うするまでだ。ペダルを漕ぎ出す。
微かに秋の涼しさをはらんだ風が吹いた。もう夏も終わりだ。俺は、腰に回された佐々木の手が来た時より
も強く締め付けてくるのを感じながら、日差しに焼かれた坂道を下って行った。

           -------------------------------------------------------------------------

遠くでツクツクボウシが鳴き止んだ。
彼の後を歩く私がふと空き地に目をやると、あの女の子が手を振っていた。
麦わら帽子に白いワンピース。夏の化身のようなその姿で。
彼女と話さなければいけない、そんな気がして、私は空き地に足を踏み入れた。

あなたは誰? と私が問うと、わたしはあなた、と少女は答えた。
からかわれているのかと思ったけれど、少女がくつくつと笑うのを見て、私は信じる気になった。
じゃあ、今日のあれはあなたの仕業? 私の問いに、少女はこくりとうなずく。
この子は私だ。ということは、つまりあの夏の迷路を生み出したのは私ということになる。
それほどまでに強いものだったのだろうか、あのとき抱いた私の想いは。

ふと、苦笑する。
普段なら絶対にこんなことは考えない。きっと暑さにあてられたのだ、彼と同様に。
それでも私は、ありがとうと、白い少女にお礼を言った。
今日という日がとても素晴らしかったという、まじりけのない気持ちを込めて。
すると少女は、これをあげると、私に麦わら帽子を差し出した。
私はこの子だ。ということはこの子にとっても、今日という日は大切なのだ。
それならば私からも、なにかを贈るべきなのだろう。この日にふさわしい記念の品を。
麦わら帽子を受け取りながら思いつく。そうだ、あれならぴったりだ。
あの強い想いを抱くに至った、夏の迷路で見つけたキルケゴール。
小さな手でそれを受け取ると、少女はふたたび、真夏の陽光に霞んで消えた。

遠くでツクツクボウシが鳴き出した。
気がつけば、私は空き地にたったひとり。どうやら彼とはぐれたらしい。
でも心配することはない。いまの私は、夏の夢から覚めている。
あのとき抱いた終わりへの不安は、もう欠片も残っていなかった。
見上げる空には入道雲。私は麦わら帽子を手に歩き出す。

今日はかけがえのない記念日だ、彼との絆を手に入れた。
秋になり冬がきて春を迎えても、これからはふたり一緒に歩いていける。
近すぎず遠くもない、この心地よい距離感をまもって、
過ぎ行く季節を大切にかみしめながら進んでいこう。
夏の終わりの記念日に、私はそう、心に誓った。


Fin

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最終更新:2007年08月29日 14:42
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