20-349「手折られる旗」

その行為に達成感なんてない。
決して満たされぬとわかっていて、それでも若さはこの身を焦がさずにはいられない。
いつもすがるのはキョンの面影、キョンの言葉、キョンの声。
彼と離れた今を忘我するひとときのあと、ただいつも後悔と自己嫌悪に襲われる。
我ながら、精神疾患とはよく言ったもの。
もう、手の施しようがない、末期患者ではないか。

「どうしてですか!
 どうして佐々木さんはそんなに苦しんでるのに助けを求めないんですか!」
橘さん、私はね、キョンを縛りたくないんだ。
私の好きなキョンはいつも飄々として、自由で、ありとあらゆるものを受け入れることができる。
そんな彼だから、こんな私でも受け入れてもらえたの。
でも、私がこの気持ちを吐露して、キョンがそれを受け入れたら、キョンは、私の好きなキョンじゃなくなってしまう。
キョンは義理堅いから、一度でも結ばれた相手は決して裏切れない。
そんなことははっきりと分かってしまうくらいには、親友なんだ。
「私は……私は彼が許せません。
 いくら佐々木さんの好きな人であっても、私は許せません。
 どうして彼は気づかないんですか!そんなはずがありません!
 北高であれだけの女の子たちに囲まれているんですよ。
 気づいていて佐々木さんを弄んでいるとしか思えません!」
そうね。私もかつてはそう思ったこともあるの。
でも、途中で気づいたの。
キョンは確かにゲイじゃなく、ちゃんと女の子が好きなんだけど、それはただの嗜好であって、肉体的な欲求と結びついていないんだ。。
「ありえませんよ、そんなこと。仮にも彼は健全な男子高校生ですよ。
 そりゃあ、最初はあの古泉と妖しいんじゃないかとも思いましたけど、以前なんかあの未来人の胸を見てデレデレしていたじゃありませんか
 どんな澄ました顔をしてたってその裏ではあんなこととかこんなこととかしてるに違いありません」
ああ、朝比奈さんか。彼女は本当に心底腹立たしいくらい巫山戯ているのかと思うほどに反則じみているわね。
だけどね、キョンは確かに彼女の身体を見て喜んではいたけど、決して欲情はしていないの。
「……どういう、ことですか」
私も今のクラスで遠巻きにされながらも、男子からそういう目で見られていることは自覚しているし、多分夜のおかずにされたんだろうなというのは大体気づくことができるわ。
でもね、キョンにはそれがまったく無いの。無かったの。
だから、塾が終わった後の教室で私と二人きりになっても、そこで何かをしようとはしなかった。
そればかりか、密室で接近したとしても何一つ焦らない。
私の容姿を褒めてはくれるけど、その感想はいつも客観的なものでしかなく、自分のものにしようとする意識が何一つ感じられなかったの。
「それは、佐々木さんの身体が……ああああごめんなさいごめんなさい違います済みません謝ります許してくださいぃぃ」
言いたいことはわかりますけどね。
最初はそう思って落ち込んでいたけど、そうじゃないとわかったのはつい最近。
涼宮さんが相手でも、朝比奈さんが相手でも、長門さんが相手でも、キョンは庇護欲くらいは発揮しているようなんだけど、どんな環境であっても、彼女たちを手に入れようとする意識がまったく見られなかったんだよ。
だから、今はもう確信を持っているの。
キョンは、性欲とか、性的衝動とかいうものが、完全に欠落している。
「全く理解しがたいですけど、そう言われると納得できることがあります。
 だから彼はそこら中で女の子の思いを叩き折っているのに平然としていられるんですね」
そう、他人の恋愛についてはとやかく言うくせに、自分がその対象から完璧に除外されているんだ。
どんな環境であっても、自分が恋愛するという選択肢がそもそも存在していない。
自分が恋愛をして、そこからさらに肉体的に結ばれようと願われているということを考えることも……できない。
「もう、もう、いいじゃないですか、佐々木さん。
 そんなにも泣いて、泣いて、泣き尽くすくらい泣いて、苦しみすぎていますよ!
 あなたも涼宮さんも、そんな欠落人間のことなんか放っておけば……。
 その推察が正しければ、佐々木さんも涼宮さんも、永遠に彼と結ばれないんですよ」
……ああ、そうか、涼宮さんもそうなんだよね。
わかるんだよ。そんなキョンだからこそ私たちは好きになってしまったんだ。
自分が一般人だと諦観して、常に自然体で、何かを望むわけではなく、私の中学三年の一年間、ただただ、私の隣に居続けてくれた。
涼宮さんもきっと同じ。彼女を受け入れることが出来たのはキョンだけで、きっと世界中探しても代わりはいない。

だから最近とみに思うことがあるの。
神的存在なのは私や涼宮さんなのではなく、キョンなのではないかとね。
「!!……そんなことは、決してありません。
 彼には閉鎖空間を作る力も無いし、世界を改変する力も無いし……」
力があれば神だという、その考え自体が間違いじゃないかと思うのよ。
だって、私も涼宮さんも、笑ってしまうほどの俗物なのよ。
ただ好きな人と一緒にいたくて、好きな人に抱いて欲しくて、誰にも渡したくない。
ね、これはただの人間の女の思考であって、とても神とは言えないわよね。
人は人だから相手を求めて対になろうとする。
でも、その欲求が無い人は、果たして本当に人間なのかしら。
それこそが、神様じゃないのかしら。
「だとしたら、だとしたら、だとしたら……!
 私たちはどうすればいいんですか!
 どうすれば世界を正しく導くことができるんですか!」
そんなことは、私にだってわからない。
いえ、わかってはいるの。
私と涼宮さんがいて、その間にいるキョンが神様ならば、その神様に私を選んでもらうしかない。
でも、その神様は、私も涼宮さんも求めようとしない。
私が泣いて裸になって、頼むから抱いて欲しいと懇願すれば、もしかしたらキョンは私
を抱いてくれるかもしれない。
でもそれはきっと義務感に過ぎないの。
義務感で私を抱いて、抱いた義務感から一緒になってくれるかもしれない。
狂おしいほどに、そうしてでもそうなりたいと思う私がいるけど、そんな私が、私は一番大嫌い……。
私は、そんな理由で傍にいて欲しいじゃない……。
キョンが自ら望んで、私の傍に居続けようと思って欲しい。
キョンが自ら望んで、私の身体を抱きたいと思って欲しい。
そんな願いさえ叶わない。
ほら、私はやっぱり神様なんかじゃないわ。
一番の望みがかないっこない神様なんて滑稽でしょう。
私たちは、私たちのかけがえのない神様にあこがれ続けているだけの、ただの人間。
愛想が尽きたかしら?
私は橘さんの望むような神様には、到底なれっこないということがわかってくれたと思うわ。
「いいえ、私はあきらめません。
 たとえ彼が神様だとしても、私が信じる神様は、私を救ってくれた神様は、私を救ってくれると信じている神様は、今でも、そしていつまでも、佐々木さん、貴方だけなんです。
 貴方が彼を神様だと信じたとしても、私は自分の思いを変えません。
 私は今こそ確信しました。
 どうして私に、佐々木さんの心の中に入る力があるのか。
 全てはこのために。
 神様たる彼に佐々木さんの心を、佐々木さんの全てを見せるために」
私の、全てを、キョンに見せる……?
「ええ、そうです。
 貴方にできなくても私にはできる。
 貴方がしたくてもできないことを、私がして差し上げます。
 佐々木さんの全てを見せて、彼を一人の男にすることは私にしかできません。
 そのために私はこの力を授かったのです。
 そのために私はこの命を授かったのです。
 あなたの心の中を、私は彼に蹂躙させます。
 あなたのすべてを彼に征服させ、必ず彼を人間にしてみせます。
 私の信じる悲しい神様、だから決してあきらめないで。
 貴方は必ず、私が救って差し上げます」



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-続編
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最終更新:2011年10月31日 02:44
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